14-6-12.失われる信頼
魔法街で様々な動きが交錯し始める中、龍人達が関わらない部分でも別の動きが密かに開始されていた。
場所は魔法協会南区支部内の魔法協会ギルド受付。そしてその前に立つのはルーチェとバルクだ。
「なールーチェ。そもそもなんだけどよ、何でギルドランクBのハイランカーなんだ?」
「ん?それは私がコツコツとギルドの依頼をこなしていたからですわ。」
「だけどよー、Bランクって中々なれないんだろ?」
「そんな事ありませんのよ?Bランク且つ一定以上の能力と認定されてAランク、特別な功績を上げる事でなれるSランク、更に特別な功績と稀有な能力を持った人だけがなれるSSランク。これに比べたらBランクはちょこっと能力があって、Bランクに上がるための試験でそこそこの成績を収めれば良いのでハードルはかなり低いですわ。」
「マジか。…そうすっと、Bランクはハイランカーじゃないのか?」
「そうなりますわね。バルクくんは無駄な思い込みが多いですの。」
「う…。」
さらっとルーチェにディスられて肩を落とすバルク。ややお決まりの流れになりつつあるので、そこまで気にする必要もないのだが。
因みに今回バルクとルーチェが共に魔法協会ギルドに来ているのは、バルクがギルドランクを上げたいと教室で騒いでいた時にルーチェが「1週間でそこそこのランクまで上げられますわよ?」と言ったからだ。
ギルドの依頼書をパラパラと捲るルーチェの手がピタッと止まる。何か目ぼしい依頼を見つけたのかとバルクが覗き込むと、不思議そうな顔をしたルーチェが受付の男に質問する。
「あの、こんな内容の依頼をなんで行政区が出してるのですか?」
「どれだ。…あぁ、これは俺も不思議に思った依頼だな。各区の防犯とかを充実させる予定なんだろ。」
「なるほどですわ。それにしても今…各区って言いましたわよね?東区と北区でも似たような依頼が出ているのですか?」
受付の男がしまったという表情を浮かべる。だが、一度口にしてしまった為に誤魔化すのは難しい。これで話している相手がバルクなら誤魔化せるかもしれないが、ルーチェなら尚更である。
「他区に対してどういう依頼が行政区から出ていますの?」
ニコニコとしたルーチェの圧力に、受付の男はあっさりと折れた。粘っても同じ結果に落ち着くであろう事を考えれば賢明な判断と言えよう。
「…しょうがないか。南区は緊急時用の防御結界展開の基点となる魔法陣の設置。東区はクリスマス用にもみの木の設置。北区は悪行防止の為に防犯魔法の設置。この3つが行政区から出されている依頼だ。」
「行政区が出している依頼にしてはチープですわね。」
「あぁ。行政区が出す依頼は禁区の魔獣討伐などの難度が高いものが殆どだからな。まぁ南区や北区は最近の社会情勢を鑑みての予防策じゃないか?」
「そう考えれば納得出来なくもないですが…。」
「深く考えすぎるな。最近は必要性を感じない依頼も増えているから、いちいち考えていたらキリがない。」
「例えばどんな依頼ですの?」
「そうだな…最近の依頼だとクリスタル保管倉庫の警備だな。そもそも魔法協会が管轄しているところにギルドから警備を出す必要性が無い。しかもこの依頼は詳細に関しては依頼主が直接伝えるともなっている。つまり、ギルド側でも依頼内容を完全に把握出来ていない。」
「その依頼も怪しいですわね。依頼主は誰で、いつ依頼申請がされましたの?」
「依頼は今日の朝からで、依頼主はキールという人物だ。」
「聞いた事が無い名前ですわね。依頼の受注はされていますの?」
「それがだな…報酬がクリスタル50個で、それにつられたのか既に5件の受注がされている。」
「ますます怪しいですわね。」
「まぁ…こういう依頼もたまにはあるものだ。そこまで気にする必要はないと思うが。」
顎に手を当てて考え込むルーチェが焦れったいのか、バルクが大きく腕を上げて欠伸をする。
「ルーチェ、この依頼について考えててもしゃーないだろ。それより俺のランクを上げる依頼をやろうぜ。」
「むーぅですわ。…まぁ仕方ないですわね。それでは依頼を受けましょうか。受付の方。バルク君が一気にBランクに上がれる依頼をピックアップして欲しいのですわ。そうですわね…5つ位に分割して同時受注が望ましいですの。」
「…本気か?」
ルーチェのぶっ飛んだ依頼の受注方法に受付の男は思わず聞き返してしまう。
「本気ですわ。」
「……今どき複数受注を希望する奴がいるとはな。まぁその方が効率が良いのは確かだが。念のため聞くが…複数受注は基本的に魔獣討伐になるぞ?しかも、全ての依頼をクリアしなければ報酬は無しだ。」
「モチロン知っていますの。私、この方法で強制的にBランクにさせられたので経験者なのですわ。だから心配には及びませんの。」
サラッと過去にあった大変なことをニコニコとしながら言うルーチェに、受付の男は口元をヒクつかせる。
「ちょっとまてまてまて!ルーチェ!そもそも俺がOKを出してないだろうが!」
「…?なんでバルクくんの許可が必要なんですの?」
本気なのかわざとなのか分からないが、首を傾げてすっとぼけるルーチェにバルクはガックシ肩を落とす。
「だってよ、俺の事だぜ?」
「でも、バルクくんはBランクになりたいのですよね?それも私の言った1週間で。」
「う……。……あ、そうか。そうするとこの方法しかないのか!」
「そうですわ。5つ位に分割すれば、そこまで難しい魔獣討伐にはなりませんわ。それに、この前の魔獣討伐試験と同じ感覚でやれば良いですの。」
「あー、成る程な!魔獣討伐って聞いてちっとビビっちまったけど、そう考えれば大した事ないか!」
「お前ら…アホか?」
ルーチェの5つ同時受注を止めるバルクを常識人だと思っていた受付の男は、バルクも同類だと知ると思わず本音をポロリと吐き出してしまう。
だが、その呟きすらも無駄だとすぐに思い知る事となる。
「まぁアホだろうな。でもよ、それ位吹っ飛んだ感じてチャレンジするってのは中々に燃えるぜっ!」
「バルクくん。一応言っておきますが、普通なら4人1組で受けるような内容の依頼になるはずですわ。油断は禁物ですの。」
「んなこたぁ分かってるぜ!受付のおっさん、早く依頼の受注をさせてくれよ。」
手のつけられないアホに初めて出会った受付の男は、自分がおっさんと呼ばれた事に対してツッコミを入れる気すら失い、手元の資料から5枚の紙を取り出してバルクとルーチェの前に並べるのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
魔導師団が各区で魔瘴クリスタルの調査に乗り出し、ルーチェとバルクが禁区へ旅立った頃…南区で不穏な動きをする人物がいた。
その人物…A男としよう。彼はグラサンをかけ、煙草を咥えるという明らかにガラが悪い風貌で街魔通りを悠然と歩いていた。但し、悠然とした態度なのにも関わらず目線はキョロキョロと頻りに周りを確認し続けていた。
その目線が1人の人物を捉える。街魔通りにある喫茶店のモーニングテラスでのんびりと珈琲を飲んでいる太った男。
(あいつは…ラルフ=ローゼス。厄介な奴がいやがんな。)
グラサン越しとはいえ、視線が合えば変に疑われてしまう可能性がある。そうなってしまえば、彼が今ここにいる意味が無くなってしまう。A男は只の通行人を装いながらラルフの前を歩いて行く。
見られている錯覚を覚えながらも、必死に平静を装う。
「おい兄ちゃん。」
しかし、特に何もしていない筈なのに声を掛けられ、見れば面倒臭そうにしたラルフが男の事を睨み付けていた。
(…くそ。ラルフに捕まるんじゃあ意味がねぇんだよ。)
A男は必死に思考を巡らせる。なんとか現状を打破する方法がなければ、強引にでも本来の目的目的を達成させる必要があった。
「おい、声を掛けられたのに睨んでだんまりか?」
「……。」
無言で一切反応を見せないA男と睨み合うラルフは、スッと手を伸ばす。
(こうなったら…!)
最悪の場合に備えたシナリオを始めるしかない…と覚悟を決めるA男。…と、ピンっとラルフがA男が咥える煙草をつまみ取った。
「……あぁ?」
ラルフが取った予想外の行動に思わず声を出してしまうA男。
「悪いな。俺の奥さんが歩き煙草は危険だから止めるように言って来なさいってうるさいもんでよ。」
ラルフが親指で指し示す先には、金髪のふわふわパーマを揺らす優しい顔立ちの女性がニコニコと紅茶を飲んでいた。
「…それだけか?」
「ん?そうだ。まぁアレだ。煙草は喫煙所で吸うんだな。」
「…分かったよ。」
「おうよ。引き留めちまって悪かったな。」
ラルフはつまみ取った煙草を何かの魔法で消し去ると手をヒラヒラと振りながらカフェに戻っていく。
(………危なかった。これで俺が攻撃してたら全てがオジャンになるところだったな。)
なんだかんだ自分は悪運が強いという事を思い出しながら、A男は街魔通りをさらに先へ進む。そして、途中で右に曲がって裏通りに入ると、迷う事なく右左と道を曲がっていった。
裏道に入って少し経つと、向かい側から1人の男が姿を現した。A男は向こうから歩いてくる男へチラリと視線を送るが、特に気にする事もないのか真っ直ぐ進んでいく。そして2人がすれ違う…が、特に何かが起こるわけもなく。
「今だ!確保!」
突如大きな声が張り上げられたかと思うと、周囲にある住宅の壁を飛び越えて、白制服の縁が赤と黒の刺繍で彩られ、白の帽子にも金色の杖が刺繍されている男達が姿を現した。そして、A男は抵抗する間も無く腕を後ろに回され、捻りを入れられながら身動きを封じられてしまったのだった。
「ぐっ……離せ!俺が何をした!?警察の犬どもが!」
「ふん。我々警察を舐めるなよ。お前が魔瘴クリスタルの売人をしている証拠は掴んでいる。こうやって取引の現場で押さえられたら言い訳も出来ないだろ。」
警察官の中で1番偉そうな男が腕を組んでA男を見下ろす。その視線には軽蔑の色が濃く滲み出ていた。
「はぁ?俺が魔瘴クリスタルの売人?そもそも魔瘴クリスタルってなんだよ。くだらない妄言で俺を陥れようとしてんじゃねぇのか?」
「ほざいてろ。お前が何と言おうと、連行する。そして、所持品全てを精査した上で問題が無ければ解放してやる。但し、我々の捜査通りの結果が出れば…容赦はせん。」
偉そうな警察官の合図で、その他の警察官が暴れようとするA男を更に強く押さえつける。
「これで今回の事件の手柄は我々警察組織のものだ。魔導師団だけが魔瘴クリスタルの情報を掴んでいると思うな。この魔法街を守る為に居る我々の存在意義は、我々が証明してみせる。行くぞ。」
「はっ!!」
警察官達はクリスタルを取り出すと、A男ともう1人の男を連れて転送魔法を発動させる。
転送光に包まれる中、A男が微かに笑みを浮かべていたことに…気付く者はいなかった。
同時刻。東区、そして北区でも魔瘴クリスタルの売人が警察組織に逮捕される。
魔導師団という存在に対抗心を燃やすが故の地道な捜査による成果。この事実はその日の夕方には即日報道される事となる。
世間が警察組織への賞賛を始め、魔法協会ギルドと魔導師団が警察のやり方に眉を顰める中、更に新たな動きが発生する。各区の魔法協会前で同時刻に号外が配られたのだ。内容は以下の通り。
『陰謀!?逮捕された魔瘴クリスタル商人は各区の差し金!』
『本日、東北南区で魔瘴クリスタル商人が警察によって逮捕された。魔瘴クリスタルとは人に害を及ぼし、精神破壊、更には肉体に変化を及ぼす魔瘴というエネルギーを含んだクリスタルである。この製造方法は不明で、警察は他星から密輸されているとして捜査に当たっていた。その結果として3区で同時に商人を逮捕する事に成功する。これは魔導師団、魔法協会ギルド、警察という3つの組織から一歩抜ける大手柄である。』
『しかし、これだけで話は終わらなかった。各区で捕まった魔瘴クリスタル商人が其々捕まった区とは別の区の住人である事が発覚したのだ。これが意味するのは単純である。それは、今回の魔瘴クリスタルの蔓延をどこかしらの区が秘密裏に行なっていたという事。もしくは…各区が同時に裏工作をして他区を陥れようとしていた可能性である。』
『ここ最近、半獣人が現れたり、意識不明や変死という事件が起きているが、これらは全て魔瘴クリスタルが原因との調査結果も報告されている。』
『魔法街統一思想によって1つの星としての一歩を歩み出すかと思われた魔法街。しかし今、真の意味で1つになれるのか。それとも別の星として独立していくのかが問われているのではないだろうか。』
この号外を見た警察組織の上層部幹部は思わず会議室の机に叩きつけていた。
「これはどういう事だ!?何故我々が公表していない情報が勝手に公開されている!しかも…魔瘴クリスタルが半獣人などの事件に関わっているだと…!ふざけるのも大概にしろ!」
ガンッと蹴飛ばされた机が宙を舞い壁に激突した。破壊された木片がパラパラと降り注ぐ。
「怒りたい気持ちも分かるが、少しは落ち着きたまえ。問題はこの情報をリークしたのが誰か…という事だ。」
「ぐぬ…。そんなのこの文面を見れば大体は分かるだろ!魔法街統一思想に反対する者達だ。私は魔法街統一思想に反対も賛成も唱える気は無いが、阻止したい者達がずっとチャンスを狙っていたんだろう。したたかな奴らめ…!」
「まぁまぁ落ち着きましょうよ。それにしては号外が出るのが早すぎます。それこそ…魔瘴クリスタルの売人が捕まるのを事前に知っていたみたいですね。」
「うむ。それはあり得るな。もしやすると、我々はこの情報をリークした奴らに利用されたのかも知れん。となると、あの売人と繋がっている可能性も…それは無いか。例えそうだとしても繋がるような証拠は全て消えているか。」
「そうですね。今私達がしなければならないのは、真相の究明です。今回の黒幕が外的要因なのか、内的要因なのか。…これは一刻を争う問題ですね。」
コンコンコン。
上層部役員達が会議をしている部屋のドアがノックされる。
「誰だ。今は大事な会議の最中……。…お前は!」
そこには、警察の制服に身を包んだ赤髪の青年が立っていた。




