14-6-10.失われる信頼
第7魔導師団、第8魔導師団が南区と中央区で魔瘴クリスタルについての調査を開始するのと同時に、第4魔導師団は北区で、第6魔導師団は東区での調査を開始していた。
これは、第3魔導師団と第5魔導師団が他星へ任務に行っている為、万遍なく調査する為の魔聖による決定事項だった。
事件の解明が急がれる中、別の場所では1つの大きな流れが再び動き始めていた。それは…魔法街統一思想である。
中央区に設置されている広場にて。
「いいかい!?この魔法街は未曾有の危機に瀕しているんだ。今までの魔法を使う動物は存在しないと言う原則が覆され、遂には人間と獣を合わせたかの様な半獣までもが現れる始末!しかも各区の被害状況は不思議と同じ位に抑えられているんだよね。これって…見方によったらどの区が半獣事件の犯人でもおかしくない解釈が出来るよね。世論は今、他区の批判で溢れている。だが、こう考えたらどうかな?今の他区を非難する風潮は…それこそが外的要因による工作で、今の僕達は外的要因の手のひらで踊っているに過ぎないってね。」
魔法街の今の風潮を否定する論調を述べているのは、魔法街統一思想の中心メンバーでブレイブインパクトのキャラク=テーレだ。
彼の話す事はひとつの側面から見れば確かに正論で、しかし別の側面から見ればただの戯言に過ぎないものだった。
当然、この演説に対する聴衆の反応は様々だ。
賛同の意を示す者。異論を唱える者。真実を見極めようと沈黙を保つ者。だが、1つだけ共通しているのは、今現在魔法街で起きている問題についてこの場にいる全員が真剣に考えているという点だった。
しかもこの場所は中央区。当然集まっている者達は各区に住んでいる。今この場に各区の住人が集まり、1つの問題について真剣に議論している。この状況こそが魔法街統一思想団体が狙ったものだった。
「僕の意見に対して賛成もあるだろうね。反対もあるだろう。だけど、この場にいる全員に共通している事があるはずだよ。」
キャラクの言葉に賛否両論で騒めいていた聴衆が静かになる。
「それは…この魔法街を守りたいと言う気持ちだ。それが間違いないのなら、各区で敵対するのではなく、手を取り合って何処かしらに身を潜めている犯人を捕まえるのが…区としてではなく、魔法街として1番優先されるべき事じゃないかなと僕は思うんだ。例えその相手が魔聖だとしても、僕達は決して立ち向かう事を諦めないつもりだ。」
キャラクが話しても多少のざわめきがあったのだが、魔聖という単語が出た瞬間に聴衆は話すのを、動くのをやめた。
キャラクの発言は正しいものであるはずだが、立ち向かう相手が魔聖かも知れないというある意味での恐怖が聴衆の心を鷲掴みにしたのだ。もちろんそれだけでは無い。キャラクが今この場で魔聖という単語を出した真の意味を掴みきれず、考え込んでしまう者もいた。
(…よし。これで皆の思考が今回の事件に魔聖が関わっているのか否かに集約されたはずだね。後は、1つに纏まった思考を行動に変えるだけだ。)
聴衆の視線が自分に集中しているのを肌で感じながら、キャラクは大袈裟に両手を広げる。
「僕達の願いはなんだ?他の区に勝り、他の区を支配する事か?今の君達が口々に唱えてる言葉は結果的にここに行きつくだろうね。だが、本当に求めているものはなんだ?他の区に勝りたいと思うのは何故だ。元々は区同士で競い高みを目指すためのシステムが、いつから他区排除になった。魔法街としての願い…魔法街に住む僕達の願いは、根本的な願いはなんだ?」
キャラクの言葉によって聴衆の心は今回の事件に魔聖が関わっているのか否かから、魔法街に住む人々の根本的な願いについて移っていく。全員が同じ事を考える状況。この状況だからこそ届く言葉がある。
「僕達の願いは…魔法街に平和が訪れる事。毎日が楽しく、理不尽な暴力に怯えることのない…言ってしまえは誰しもが普通だと思っている事じゃないのか?」
異論は…出ない。
「ならば、半獣人などの脅威に脅かされつつある魔法街に再び平和を取り戻すには何をしたら良い?簡単だ。危険をもたらす元凶を突き止めれば良い。いいかい。今回の半獣事件で各区は被害を受けた。この被害状況はさっきも言った通り、どの区も同じ程度…被害の出方が綺麗にバラついている。これは、各区同士で批判合戦が起きやすいように敢えて調節された可能性も高いんだ。つまり、東北南区の外から仕掛けられた可能性もあるし、各区の内側に潜んでいる可能性も十分に高い。もう一度言うよ。元凶を突き止める為の最適な方法はなんだ?」
1つの結論に到達させる為のある意味での誘導的な話。このタイミングでサクラを用意し、一気に全員の思考を動かすことも可能だが…キャラクは敢えてその手法を取らないことにしていた。下手と言えばそれまでだが、キャラクは人々の考えを強制的に引っ張っていくつもりはなかった。今持っている武器を全てぶつけ、その上で共感してくれる人共に同じ目標へ向かって進むつもりなのだ。
キャラクの問いかけに対して最初は沈黙を保っていた聴衆だが、次第にひそひそ声が聞こえるようになってくる。
(さて…ここから先はこの場にいる人たちがどう判断するのか。僕のこれまでの話を聞いてどう思うのかだね。僕が言っているのは間違いじゃない。寧ろ今の魔法街の状況を考えれば、最善策と言っても過言じゃない。だけど、魔法街の人々に染み付いた考え方に対して真っ向からぶつかる考え方でもある。この壁を壊して乗り越えてくれる人がどれだけいるのか。それがキーポイントになるかな。)
ここでキャラクは言葉を区切る。敢えて話さない時間を作る事で、聴衆が考える時間を設けたのだ。
「なぁ…俺達って区ごとでいがみ合ってる必要無くないか?」
「でもさ、他区の奴らって俺達を見るとたまに喧嘩を仕掛けてくるよね。」
「あぁ。だけど、それは俺達も喧嘩は仕掛けてるよな。むしろ、区同士で手を取り合うってなったら喧嘩する必要がなくなるよな。」
「あぁ確かに…。統一思想が言うように全ての魔法使いが同じ魔法学院で学ぶようになったら、そもそも喧嘩する必要も無くなるか。」
「だよな。ってなると…そもそも他区を非難するって間違ってるのか?」
「んー、こりゃあ判断が難しいな。」
「ねぇみーちゃん。今の話ってさ、どこかの区の中に真犯人が潜んでたとしたら…その人の為に私達が被害に合ったって事?」
「そうね…。ひばりちゃんが言う通りかも…。だとしたら私達って何の為に他区への抗議活動をしてるんだろ。」
「そうだよね…。」
「なぁ今の話ってどう思う?手を取り合う方向にうまく誘導されてるだけな気もするんだよな。キャラクが言ってる一部の人間が…ってやつの根拠もないよな。」
「うん。そうなんだけど…例えば南区の人達が総掛かりで私達に攻撃を仕掛けてくるって事も考え難いよね。ってなると、やっぱり一部の人が暗幕として動いてる可能性もあるのかなって…。」
「…そりゃそうか。でもよ、そうしたら誰が犯人なのかを掴むのってかなり難しくないか?下手すりゃ…俺達が更に被害を受ける可能性もあるよな。」
「それって私達は何もしないで、魔導師団とかの人達が解決してくれるのを待つって事?」
「あぁ。それもありじゃないかなって思った。」
「でも…それだったら私達が他区への抗議活動に参加している意味が分からないよね。」
「…………それもそうだな。……あー難しいぞ」
無言で聴衆の様子を観察していたキャラクは口の端をクイッと持ち上げる。
そして広場の横に腕を組んで立っているルーベンへ視線を送り、小さく頷いたのを確認すると再び話し始めた。
「さて。君達は僕の話を聞いてどう感じたのかな。どう感じたにせよ、きっと皆はもう気づいてるんじゃないかな。…区間での諍いは何の利益すらも生まないって事にね。じゃあどうするのか。簡単だ。3つの区が1つになり、協力して犯人を見つけるんだ。それか区の中に紛れているのか外部から手を加えているのかは分からない。でもね、僕達が手を取り合う事で…敵は動きにくくなる。その中で無理に動けばボロが出る。そうすれば、捕まえることが出来る。」
キャラクの言葉をきっかけに聴衆から賛同の意が出始める。それは次第に広がり賛否両論だった筈の広場は、魔法街統一思想に対する肯定論で埋め尽くされた。
「さっすがキャラクだな。上手く聴衆の心を動かしやがった。」
広場て行われている集会の様子を端から眺めていたルーベンは、感心しながら隣にいるセイメイ=カミサトに声をかけた。
「ふふっ。そうですね。キャラクさんのやや人を馬鹿にした話し方を見ると不安になりますが、間の取り方とワードチョイスのセンスは抜群ですね。」
「だよなー。あいつ相手に口喧嘩で勝てる気がししねぇ。」
「そもそも口喧嘩をする必要が無いと思いますが…。」
「それ言ったらおしまいだろ。」
「ですかねぇ。」
「まぁこれで口伝てで統一思想が今までよりは広がるはずだ。俺達が気を付けねぇといけないのが、天地の動きだな。」
「天地ですか…確かに最近の彼らの行動は目に余りますからね。半獣人なんていうものを作り出して暴れさせるだなんて…人を冒涜していますよね。」
「全くだぜ。」
今回の集会が成功すると感じたルーベンとセイメイは余裕ある雰囲気で、今後のことについて話し始めるのだった。
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集会が行われているのとほぼ同時刻。龍人達第8魔導師団は集会が行われている広場から離れた中央区のとある場所で、これから各区へ流通するクリスタルを調べていた。
 




