14-6-9.失われる信頼
眼が覚めると龍人は周りに緑が広がっているのを認識する。すぐ近くには小川が流れ、龍人の後方には数十メートルはある巨大な壁に囲まれた街が鎮座していた。
(所謂、始まりの街かな。にしても、なんで街の外から始まるかな。バグ?)
通常であれば………。
「…と、……と!…うと!……龍人〜!?」
耳元で叫ばれた大きな声にハッと目を覚ますと、そこは教員校舎訓練室だった。横にはルフトが顔を覗き込むようにしてしゃがんでいる。
「……あぁそっか。俺達ルフトの攻撃に一気に押されて負けちまったんだっけ…いちちち…。」
上半身を起こした龍人は顎の下部分から響く鈍痛に思わず顔を顰めてしまう。龍人が気を失う原因となったルフトによる強打の跡だろう。
「ププッ。龍人の顎、腫れててダサいね。」
その原因を作った本人は龍人の顔を見て笑いを漏らしている。
「ルフト君…龍人君が可哀想だよ。今治すね。」
ルフトの完全に他人事な態度を注意したレイラから金色の光が発せられる、龍人の体を包み込む。すると、顎の痛みやその他の傷による痛みが瞬く間に消えていった。この治癒魔法を見たルフトが口笛を吹く。
「レイラの治癒魔法は凄いねっ。普通の魔法より温かい感じもするし。あ、そうだ。君達第8魔導師団の課題を伝えなきゃだね。火乃花と遼もこっちこれるかな〜!?」
少し離れた場所で立って話をしていた火乃花と遼は、ルフトに声を掛けられるとすぐに近くに寄ってきた。火乃花はルフトに負けた事が悔しいのかブスッとした表情を、遼は苦笑いを浮かべていた。…大方、火乃花から負けた事に対する愚痴を聞かされていたのだろう。
ルフトは2人が近寄ってきたのを確認すると、指をピンっと立てる。
「君達の実力…チームとしての実力は抜群だと思うよ。所々阿吽の呼吸による連携も取れていたしね。ただ、君達は仲間に対して気を使いすぎているね。」
「…どう言う意味よ?」
「ん〜とね、仲間の動きを確認しながら、その場その場で最適な行動を選択していくっていうのが君達の戦い方だよね。」
「それはチームとして戦う時の基本じゃない。」
ルフトが言ったことの真意が見えない火乃花は、ブスッとした表情を崩そうとしない。
「そうだよ。でもね、それはチームを組んだ人達が1番最初に注意しなきゃいけないことなんだよね。今の君達に求められているのはそこから更にもうひとつ上のコンビネーションなんだ。」
もし、ルフトが龍人達との戦いに負けていたら、「何の理想論を語っているのよ」なんて調子で流したかも知れない。しかし、単独で4人を倒したルフトの言葉は重みがあるものだった。ルフトの実力は圧倒的だ。しかし、第8魔導師団の4人が集まって一方的に負けてしまうというのは、明らかに大きな問題点が潜んでいる事に他ならない。
「いいかい。チームで戦う時に仲間の動きを把握するのは大事だよ。でもね、それを意識し過ぎる事で自分自身の動きを阻害しちゃうんだよね。いいかい。今の君達に1番欠けているのは仲間を信じる事だよ。あいつならこう動くだろう。あいつがこう動けば勝てる。あいつがこう動く為にはこうする。…ここまで考えて動かなきゃ駄目なんだよね。こうやって4人其々が動く事で、結果として全員の動きがハーモニーとなってチームとしての本当の戦いが出来るようになるんだ。」
「…………なるほどね。」
何か反論をするのかと思われた火乃花だが、逆に納得した様子で頷くのみだった。
(負けた事に対して文句を言いたいんじゃなくて、負けた事が悔しいのと、負けた原因が不明瞭だったからブスッとしてたのか。)
火乃花の態度を見てそう判断した龍人はルフトに向けて礼を言う。
「ルフト…サンキューな。魔瘴クリスタルの件について俺達に知らせる事よりも、きっと俺達に助言をする方をメインに今日は呼び出ししてくれたんだろ?気を遣わせちゃって悪いな。事件の調査で忙しいのに悪いな。今度第7魔導師団の人達に会ったらお礼言っとくよ。」
「へっ?え、い、いや?何のことかな?俺は単純に君達と戦って見たいと思って戦っただけだよ。そんで、ついでだからアドバイスしただけだもんね!だからイチイチお礼とか言わなく良いんだもんね!」
まさか自分の真意を読まれているとは思ってもいなかったのだろう。何故かルフトは焦った様子を見せ始める。
しかし、それがバレた事で何かが大きく変わるわけでは無い。何をそんなに焦る必要があるのか。
…と疑問に思う龍人だったが、その答えはすぐに分かることとなる。突然、教員校舎訓練室のドアがガンガンと外側から叩かれたのだ。
「…誰だ?俺達がここを使ってるのを知ってる人は限られてるし、ラルフかな?」
「やっべ…。」
ボソッと声を漏らしたルフトの表情を焦りが満たしていく。そんなルフトの様子を知ってか知らずしてか…火乃花は普通にドアに近づいて外の様子をすると、何の躊躇もなくドアを開ける。
そこに立っていたのは…三角帽子を被った魔女っ子、ミラージュ=スターだった。
「ルフトちゃーん!!!遅い!遅い遅い遅いんだよっ!?話するだけって言って…その格好は戦ってたでしょ!?」
「…えっと、…戦ってないよな?」
あくまでもシラを切ろうとするルフト。
「いや…流石に戦ってないってのは俺たちの服装と、周りの破壊具合で無理があるだろ。」
しかし、龍人はルフトの味方になってくれアピールを綺麗にスルーして真実を告げるのだった。彼らが着ている黒の布地に赤と銀のラインが入った制服はボロボロで、訓練室の中もボロボロに破壊されていた。この状況で変に誤魔化せば、自分もミラージュの標的にされると感じ取ったからこその自己防衛本能による行動だ。
「ほらっ!ルフトちゃんが第8魔導師団の皆と戦い違ってたのは知ってるんだからね!」
「うぅ…せっかく皆にアドバイスまでしたっていうのに、裏切られるなんてっ…!」
「それとこれは話が別よね?」
「火乃花ちゃんの言う通りなんだからね!ルフトちゃん!これから南区の魔瘴クリスタルの流通元を片っ端から当たっていくんだから、早くいくよっ?」
「俺…そーゆーチマチマした調査嫌いなんだもんね。」
ルフトの本音が漏れた瞬間…ミラージュの目が据わる。
「……私だって苦手なのに、それでもやろうと思ってるのにルフトちゃんはそう言う事言うんだねっ?…私、怒ったからねっ!」
ブゥンっとミラージュの周りに光り輝く星が大量に現れる。更に、星1つ1つの輪郭がブレたかと思うと…数が倍近く増える。
「やっべ。マジか!ミラージュ俺が悪かった!ごめん!ホントごめん!許してっ……!」
「ニシシ。やだ!」
そして…光り輝く星による狂宴が催されたのだった。
約5分後。ボロボロになって崩れ落ちたルフトの襟首を掴んでズルズルと引っ張りながらミラージュは第8魔導師団に向けて手を振っていた。
「うちのルフトちゃんが迷惑かけてごめんね!ルフトちゃんから話は聞いたと思うけど、事態は結構深刻だから…中央区はよろしくなんだよっ。」
「お、おう。」
つい先程まで鬼のような攻撃をルフトに叩き込んでいたとは思えないほど、ケロッとした顔で教員校舎訓練室を出ていくミラージュだった。
「なぁ…第7魔導師団ってさ、俺達より全然強いんじゃないか?」
「そうね。私達に1人で勝ったルフトを簡単にボロボロにするんだものね。」
「でも、ルフト君は抵抗するつもりがなさそうだった気もするな。」
「それはミラージュがあんな性格をしてるからじゃないかな?」
「それは言えてる。取り敢えず…俺達も任務を遂行するかね。」
今しがた見せつけられた光景が頭から離れない龍人達は、しっかりと任務に従事することを固く心に誓うのだった。




