14-6-5.生きる為に乗り越えるもの
「ぐるっガァァアア!!」
涎を撒き散らしながら、猛獣のように突進してくる若者に対し…躊躇無く攻撃を放ったのは火乃花だった。焔鞭剣を横一線に凪ぎ、爆炎が付随して若者へ襲い掛かる。
「ギッ…!」
人間としは有り得ない体の捻りによって火乃花の攻撃を避けた若者は、両手両足で着地すると唸り声を上げながら龍人達の様子を伺う。四つん這いで口から涎をとめどなく滴らせる姿は、人間というよりも獣。
「龍人君、遼君、レイラ。私達にはすべき事があるはずよ。その為なら…人の命を奪う覚悟をしている筈だわ。だからこそあの機械街紛争乗り越えられたんじゃないかしら。私達が躊躇していて…誰がやるのよ。」
キツイ言い方かも知れないが、火乃花の言葉は正しいと言わざるを得ない。魔法街の魔導師団として任務にあたる彼らには、魔法街を守るという使命がある。例えば、それが人の命を奪わなければ守れないのなら…彼らにはそれを実行する義務があった。魔導師団になった時に、言葉にはしなくても分かっていて、覚悟したつもりだった。
しかし、あくまでもそれは覚悟したつもり。実際にその場面に直面した時に、その壁を乗り越えられるかは本人次第である。
実際に彼らは機械街紛争に於いて人の命を奪うという事に躊躇った。だが…乗り越えた。いや、乗り越えた筈だった。
魔法街に戻り、魔獣の討伐という試練を乗り越えた彼らは自分達が覚悟をする事が出来たと思っていた。だが、命を奪うという行為自体に簡単に慣れる人はほぼ存在しない。いるとしたら、人としての真っ当な精神を失った人だろう。
そして今、改めて人(だった筈の者)の命を奪わなければならないであろう事態に対面し、覚悟の甘さを思い知っていた。
それは龍人、遼、レイラの3人に限った事ではなく、先陣切って攻撃を仕掛けた火乃花も同じである。
焔鞭剣を構え、若者を牽制する立ち位置をキープする彼女の手を見た龍人は、その手先が微かに震えているのに気付く。
(そりゃあそうだよな。要は殺人と同じって事だ。相手を殺したい程憎んでいる訳でもないのに、相手を殺す覚悟なんてそう簡単に出来るわけがない。………火乃花に背負わせるわけにはいかないな。)
龍人達の前に立って若者と対峙する火乃花の覚悟を理解した龍人は、夢幻を握る手に力を入れると火乃花の隣に並んだ。
「悪かったな。俺は大丈夫だ。」
「龍人君…ありがと。」
この龍人の行動は残る2人にも勇気を与える。仲間は仲間の姿を見て、時には1人で乗り越える事が出来ない壁を乗り越える事が出来る。例え、それが誰かしらに頼った形だとしても…乗り越えようと一歩を踏み出すのは大きな一歩である。
「そうだよね。俺も…戦うよ。」
「……うん。私も戦う。」
「オマエタチはオレの餌ダ…!」
体のバネを使って猛然と突進を開始する若者。これに対し第8魔導師団の面々は散開して突進を避け、レイラが若者の動きを防ぐ形で物理壁を展開し、火乃花が焔の塊を連続で撃ち込み、遼が貫通重力弾を若者の四肢へ正確に撃ち込んでいく。
「ぐるるる…コノテイドで…!」
「まだだ!」
レイラ、火乃花、遼による連続攻撃によって行動力を大幅に低下させた若者は、まるで死にかけのゾンビのようにヨロヨロと這いずり始める。
そこに転移魔法で上空に移動していた龍人が、風の力を利用した高速の垂直降下で迫る。切っ先を下に向けて体に引き寄せた夢幻の刀身を中心に5つの魔法陣が直列展開された。
「ギッ…!?」
「…悪いな。」
5つの魔法陣が生み出すのは火、水、電気、風、土。5属性が1つに混じり合い、融合と反発を繰り返してエネルギーを増大させていく。
龍人は躊躇うことなく…いや、躊躇いを振り切って膨大なエネルギーを携えた夢幻を若者へ突き出した。
「ぎゃぁぁあああ!」
何の抵抗もなく若者に突き刺さった夢幻は、エネルギー収縮、爆発させて若者を飲み込んだ。
属性エネルギーの奔流に飲み込まれた若者は断末魔のような叫び声を上げながら、体をボロボロに崩壊させながら倒れていく。
「………。」
プスプスと煙を上げ、もはや原型があまり分からない姿になって仰向けに倒れた若者を見ながら、龍人達は沈黙を保っていた。
人外の生物を倒した。…そう表現するのは容易い。しかし、突き詰めて言えば人を殺したとほぼ同義の行為。
殺人。この言葉が重くのし掛かる。
「龍人君…ありがと。大丈夫?」
最後のとどめを何も言わずに請け負った龍人へ感謝の気持ちを伝えつつも、罪悪感に苛まされているのでは…と心配した火乃花が声を掛けた。
「あぁ…。俺は自分の覚悟が間違っていない事を信じる。」
「ふむ…。たかが1人を殺した位でそこまで深刻になる必要は無いんじゃないか?」
「…誰だ!?」
その人物の登場は突然だった。フードを被って顔が見えない男が気付けば倒れた若者のそばに立ち、腕を組んで首を傾げている。
「誰…と問われて僕が答えるわけないだろう。」
「何が目的だ。」
「ふむ…。その質問なら答えても良いかな。」
フードの男はズボンのポケットからクリスタルを取り出すと、手の上で転がし始める。
「僕の目的は、目的を達する為の障害物を消し去る事だ。今回の事は私が予想していたよりも良い結果…という意味で、やや想定外なんだ。その事後処理に来たって事だ。まぁ、処理の邪魔をするようなら…お前達も処理するしかないけどな。」
曖昧過ぎる答えに火乃花が突っ込みを入れる。
「曖昧な言葉ばっかり並べて…何が目的なのか分からないじゃない。しかも処理って、そこに倒れてる…私たちが倒した人の事かしら?何でそんな物みたいな言い方が出来るのかしら。あんたが考えてる事…嫌な予感しかしないわね。言いたくないのなら、力で言わせるだけよ。」
シャンっと焔鞭剣の切っ先がフードの男に向けられた。
「ふむ…。君から感じる魔力は強いな。真っ直ぐ貫く意思…とでも言おうか。」
「だから何なのよ。」
「なんにせよ、君程度の実力では僕を倒すのは不可能だ。それに…君達はもうすぐこの場所から離れなければならないからね。」
「それってどういう…。」
ドォォオオン!
突如、大きく地面が震える。
「…なんだ?お前何かしたのか?」
異常事態。この単語が頭に浮かんだ龍人がフードの男に問いただす。この男の人言葉から、今の振動が発生することを…事前に予知していたことになる。予知していたのなら、関与している可能性も十分に高かった。
「くくく…。僕は何もしていない。あえて言うのなら彼らが自分自身を解放するきっかけを与えた程度。自分自身の甘さ、それこそが彼らが真の欲求に目覚める為の鍵になるんだよ。」
「…何を言って…。」
『龍人!今どこにいる!?』
頭にいきなり響いたのはラルフの声だった。魔導師団の証を使った通信機能による連絡だ。龍人はフードの男の動きに注意しながら返事を返す。
『どうしたんだ?今忙しいんだけど…。』
『そんな場合じゃねぇ。南区におかしなやつらが現れやがった。』
『おかしなやつら?』
『あぁ。火乃花、遼、レイラも近くにいるな?』
『いるよ。任務で動いてたからな。』
『それなら問題ない。おかしな奴らってのが…そうだな、半獣人みたいな奴らだ。南区の住人や建物が攻撃されてる。このままだと半端じゃない被害がでちまう!お前たちはすぐに街魔通りの北端に向かってくれ。』
『分かった。…けど、半獣人ってどういう事だよ。』
『そんなん俺が知るか。南区だけで20人が一気に出現しやがった。』
『20人!?それに南区だけ…って事は、他の区でも?』
『あぁ、各区で同じような奴らが現れて暴れてるらしい。…覚悟しとけよ?』
『…分かった。』
他の3人も同じ通信を聞いていたのだろう。龍人が目線を送ると、決意のこもった目線で頷き返す。
「それでは失礼するよ。健闘を祈る、若者達よ。」
「はぁ?何言ってんのよ。逃がすわけないじゃ…」
日常会話のようなテンションで言いながら立ち去ろうとするフードの男に対し、火乃花が攻撃を仕掛けようとする。…が、フードの男は手の上でクルクル回しながら遊んでいたクリスタルを発動、眩い光によって火乃花達の視界を奪う。
目に光が戻った時、フードの人物の姿は綺麗さっぱり消え去っていた。
「…逃げられたわね。」
「火乃花さん、切り替えて私達は街魔通りの北端に向かおう?」
珍しくやる気に満ちたレイラが、迅速な行動を促す。南区の人々が襲われているかもしれないという、そんな状況にいてもたってもいられないのだろう。
「火乃花、レイラの言う通りだ。ここでのんびりしている間にも、犠牲者が増えるかも知れない。フードのやつに関しては、他の事が落ち着いてから考えよう。」
「そうね…。あいつがこの後も変な事を企んでないと良いんだけど。……でもそれを考えていてもしょうがないわね。行きましょ。」
こうして、火乃花達は街魔通りの北端に向けて走り出した。




