表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Colony  作者: Scherz
第六章 終わりと始まり
828/994

14-5-3.束の間の日常



 2年生上位クラスの面々が融合魔法の練習をしている付近から離れた場所に到着した火乃花と龍人。火乃花は龍人に向き合うと、どこか楽しそうな表情を浮かべた。


「なんかワクワクするわね。じゃぁ比較して欲しいから、まずは今までの攻撃方法から行くわね。属性【焔】と属性【幻】の複合魔法よ。」

「いつでもどうぞ〜。」


 気楽に構える龍人。そもそも、火乃花の攻撃魔法は何度も 見ているのである程度であれば防ぎきる自信があるからだ。

 火乃花は焔鞭剣を創り出すと、龍人に切っ先を向け…駈け出すと同時に振り抜いた。


(…流石だな!)


 焔鞭剣は複数の刃が連結して刀の形を成している剣だ。複数の刃の中央には伸縮するワイヤー状のものが通っていて、剣としても刃付きの鞭としても使えるのが大きな特徴である。

 火乃花が振り抜いた焔鞭剣は鞭の様にしなり、龍人へ襲い掛かる。それだけではない。振り抜いたのと同時に鞭が8つに分身し、上下左右の全方向から龍人に襲い掛かってきたのだ。

 幻魔法による剣の分身。この精度は非常に高く、視認するだけでどれが本物かを見極めるのは非常に難しいと言わざるをえない。


(まぁ…全部が本物かも知れないって思わなければ対処方法は簡単なんだけどな。)


 そう。8本の内1本だけが本物だと知っているのであれば、取るべき行動は1つに絞られる。つまり…全てを同時に受ける防御方法を取れば良いのである。

 龍人は8本の刃それぞれの前に、魔法壁を同時展開して受け止める。8本の1本だけが魔法壁に激突し…その他の7本は通り過ぎるだけ。つまり幻である…となると思ったのだが、結果は異なっていた。4本が魔法壁に激突し、4本が通り過ぎたのだ。


「…火乃花。今の攻撃って複合魔法を重ねたのか?」

「ご名答よ。焔鞭剣とそれを模した幻、更に幻の内3本を実体化させたの。どれか1つだけが本物だからっていう前提での反撃に出てたら手痛いダメージを受けていたと思うわ。」

「はは…。防御に徹してて良かったわ。」


 試しの1撃目なのにも関わらず、油断していたら致命傷を受けかねない攻撃を繰り出す火乃花。龍人は気軽な気持ちで攻撃を防ごうとしていた自分を戒めざるを得なかった。


(こりゃぁこの後の融合魔法も油断出来ないな。)

「龍人君、次の融合魔法は発火効果のある幻を基本にしているわ。上手く防いでね。」

「…おうよ。」


 予め自分の使う融合魔法の特徴を伝えるという事は…それなりの自信があるという事なのだろう。龍人はいよいよ気を引き締める事となる。

 そもそもだ、2年生上位クラスでトップクラスの実力を持つ火乃花が、自信を見せる攻撃なのだ。想像するだけで普通なら身の毛がよだつのが当然である。


「じゃぁ行くわよ。」

「いつでもどうぞ。」


 次の瞬間、ブワッと火乃花から強力な魔力圧が発せられる。不気味なのは外見上の変化が一切見られない事か。

 龍人が警戒するなか、火乃花は先ほどと同じ様に龍人に向かって駈け出すと焔鞭剣を振り抜いた。そして、またまた先程と同じ様に焔鞭剣の刀身が8本に分身する。


(同じに見えるけど…全然違う!)


 見た目は全く同じ攻撃だが…分身して鞭の様にしなりながら龍人に襲い掛かる焔鞭剣1本1本に込められた魔力の質が全く違う事に気付いた龍人は、先ほどと同じ防御方法を取る事は出来なかった。

 無詠唱魔法で身体能力の強化を施して全力で後退をし、続けて右手の先に展開した魔法陣から夢幻を取り出す。そして、襲いくる8本の焔鞭剣に向けて魔法陣を展開、光の矢を大量に連写する。

 光の矢と焔鞭剣の攻防は凄まじい勢いで繰り広げられるが…1発に込められた魔力の質から光の矢が少しずつ押され始める。

 だが、これは想定済み。龍人の狙いは火乃花がどのような魔法を発動しているのかを見極める事である。


(…刀身をすり抜けた何本かの光の矢に発火現象が起きてるな。って事は、発火効果を持つ幻ってトコか。幻だけだと防御結界で防ぐ事が出来ないな。…回避以外に防ぐ方法が無いとか反則だろ!)


 火乃花の使った融合魔法の恐ろしさに気付いた龍人は、この攻撃に対する打開策を頭の中で計算していく。そして…導き出した答えは単純なものだった。


「うし。攻撃は最大の防御ってな!」


 攻撃を防げないのなら回避をするしか無い。そして、回避するしか無いのなら逃げるのではなく攻める回避にしなければ意味が無いと言う結論だった。

 龍人は自身の周りに風を発動させる魔法陣を複数展開しながら火乃花に向けて突っ込んでいく。8本全ての刀身を避けて攻撃を仕掛けるべく、無理な体勢の変化や自身の軌道の変化を風魔法を巧みに操ることで可能にし、確実に火乃花へ近づいていく。

 順調に思えた攻防だが…ここで龍人にとって予想外の事態が発生した。4本目の刀身を避けた龍人の目の前に12本の刃が迫っていたのだ。


(…はい?)


 確かに4本の刀身を避けたのだから残りは4本の筈。それなのに最初よりも刀身の数が増えているというこの事実。

 想定外の事態。確実に考察をした上で最適の対処法を取っていきたい所だが…生憎そんな時間が与えられる訳も無かった。容赦なく迫る12本の刀身は、1秒もすれば龍人に直撃する所まで迫っていたのだ。


(くっそ!)


 防御ではなく攻めを選択している今、ここから防御に切り替えるのは大きなリスクをはらんでいる。龍人が選択したのは更なる猛攻だ。


「うおおぉぉ!」


 高速で魔法陣が連続展開発動をしていき、炎の刃を大量に出現させる。弾幕と化したそれに火乃花の焔鞭剣が突き刺さった。

 大量の熱量同士による激突の余波は凄まじく、激突場所を中心に中規模程度の爆発が連続し、それらが重なる事で相乗効果となって爆発の規模を更に大きくさせていく。


「うわっ!」

「ちょ…!」


 龍人と火乃花は自分達の攻撃魔法が引き起こした爆発の余波を受けて体を宙に浮かせてしまう。


「あららですわ。龍人くんと火乃花さんは相変わらず加減を知りませんの。」

「…凄いよね2人とも。あんな規模の爆発を難なく起こせるのもだし、練習で全然手を抜いてないのも凄いなぁ。私だったら相手を傷つけちゃったらどうしよって思って、全力ではいけないもん。」

「それだけ相手の事を信頼…正確に言えば互いの実力を評価しているという事ですわ。」

「…なんか、私って凄い人達と魔導師団を組んでるんだね。」

「そうですわね。貴重ですわよ。」


 ルーチェはレイラと会話をしながらもやや複雑な気持ちも抱えていた。

 各区を代表する魔法街の為に働く魔法使い…魔導師。それが4人1組となって任務をこなすのが魔導師団。魔法学院に通う者達の1つの憧れだ。

 龍人達が所属する第8魔導師団のメンバー選出の際、実はルーチェにも魔導師団就任の声が掛かっていたのだ。ラルフから魔導師団就任の打診を受けたルーチェは、迷う事なく辞退を告げた。それは、彼女にはやらなければならない事があったからこそ。それは他の誰かにできる事ではなく、ルーチェが必ずしなければならない事なのである。だからこそ魔導師団就任を断り、今現在は街立魔法学院のイチ学院生としての生活を送っている。

 こんな背景があるルーチェは、つまり魔導師団に選ばれるだけの実力を有している事になる。勿論、任務をこなす上で必要な知識に関しても。

 だが、そのルーチェから見ても火乃花と龍人の戦いはレベルが高く…正直なところ自分が同じ舞台に立てる気がしないのだ。


(…私、もし魔導師団に所属していたら…足を引っ張らないでいけたのか不安ですわね。一緒に戦ってみたかったっていう気持ちもありますが、足を引っ張らないで済んだという安堵もありますの。)


 いつの間にか…自分と第8魔導師団との実力が大きく開いている事に気付いたルーチェ。それは様々な意味を含んだ上で…好ましい事ではなかった。第8魔導師団の実力が向上するのに問題は無い。しかし、ルーチェの実力との格差が開く事は許されないのだ。


(あ、決着がつきそうですの。)


 思考を見ているものと別のところに飛ばしていたルーチェは、龍人と火乃花の魔力が膨れ上がるのを感知した。

 火乃花が分身させていた焔鞭剣は1本に戻り、魔力が剣全体に満ちていく。

 龍人は夢幻を居合いの体勢で構え、静かに火乃花の挙動を観察する。

 沈黙、停滞はほんの数秒。そして、2人は勝負を終わりにするため…同時に動き出した。

 火乃花が選択した攻撃は一点突破の突き。焔鞭剣を突き出すのと同時に刀身が無数に分裂、その数は数十を下らない。付きの弾幕と形容するに相応しい密度の攻撃が放たれた。迎え撃つ龍人の攻撃は至ってシンプルなものだった。それは…居合抜きからの斬り下ろし。一閃毎に魔力の刃が放たれる。ただし、龍人がよく使う密度の高い魔力刃では無い。剣先が通った場所から前方広範囲の扇状に魔力が散出する攻撃だ。


(なるほどですの、火乃花さんの使う攻撃はどれが本物で幻なのか見分けが付きませんわ。だからこそ魔力を散出させる事で全てに対応。更に…。)


 ルーチェ達が見つめる前で龍人が放った2発の魔力の幕を焔鞭剣の群れが突き抜けていく。

 幻の剣が抜ける場所は魔力の幕に変化が出ない。つまり、変化があった場所から迫るのが実態のある焔鞭剣。これを正確に対応し、隙を突いて反撃を叩き込む。龍人程の実力があれば十分に可能な範囲の反撃手段だった。

 だが、この方法を選んだ龍人と、遠くから眺めていたルーチェは、魔力の膜に表れた変化を確認すると…思わず声を漏らしてしまう。


(………全部本物かよ!)


 魔力の膜に触れた焔鞭剣全てが…魔力の膜を切り裂きながら突き進んできたのだ。全て本物という前提で動いていなかった龍人は慌てて魔法陣を発動する。


(…火乃花さん、やりますわね。どれかが本物でどれかが幻っていう固定概念を植え付けた上で、その前提を崩すのはかなり有効な手段ですわ。しかも、火乃花さんが前に使っていた攻撃は確か…攻撃途中で虚実を入れ替えていた気がしますの。となると、全て実体だからと言って、この後そのままとも限りませんわね。)


 戦闘に参加していないルーチェは冷静に火乃花の攻撃を分析する。そして…この分析は見事に的中するのだった。


 眼前に迫った大量の焔鞭剣に対処すべく龍人が取った行動は、これまでの龍人とはひと味違ったものだった。これまでであれば範囲系の大規模魔法や防御結界を使っていたのだが、龍人が発動した魔法陣から現れたのは…水。しかも範囲攻撃でもなく、夢幻の刀身を包み込む形で出現する。


「うらぁ!」


 気合いの一声と共に牙突を繰り出す龍人。一直線に突き出された剣先から迸るのは水による散弾だ。ひとつひとつが高速で回転し、尚且つウオーターカッターのように細く鋭くなっている。ダイヤモンドですら切断するウォーターカッターを模倣したこの攻撃は、迫り来る焔鞭剣全てを迎え討つ。

 焔と水の鬩ぎ合い。熱によって蒸発させられる水と、硬度の高い水によって散る焔鞭剣。これらが合わさることで水蒸気が一気に辺りにたちこめる。


(ふぅ…。何とか凌いだかな。)


 水蒸気のせいで視界がほぼ遮られている状況だが、火乃花から発せられていた魔力圧が感じられなくなった。これで龍人は火乃花の融合魔法の試しが終わった事を確認する。


「おーい火乃…。」


 向こう側にいるであろう火乃花に声をかけようとした時だった。スッと後ろから手が伸び、龍人の首筋を掴む。


(…マジか!)


 練習であっても容赦の無い火乃花のスタンスに半ば呆れつつも、だからこそ火乃花が強いのだという事を知り…龍人は首筋を掴んだ手を掴んで体を全力で捻った。

 当然の火乃花も龍人を叩き伏せるために力を加えてきていて…この体術による力の方向が混ざり合い、2人は見事にバランスを崩したのだった。


「いててて……。」


 グルンっと回った視界が落ち着いたところで、龍人は地面に手を付いて立ち上がろうとする。

 ムニッ。


「………ん?」


 嫌な予感が龍人の全身を駆け巡る。強力な魔獣を相手にするよりも恐ろしい事態が引き起こされるであろう予感。それは……龍人の右手が原因である。掌が掴んでいるもの。つまり火乃花の胸。


「…………はは。」

「龍人君。すぐに手を放さないっていう事は、意図的だと解釈して良いのよね?」

「いや、それは違う。」

「ふふ。もう遅いわ。」


 スッと龍人の手が火乃花の胸から離れる。そして………。

 ドッガァァアアン!と街立魔法学院のグラウンドを激しい爆発が揺さぶったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ