14-5-2.束の間の日常
光魔法で描かれた円の中心に魔法という文字が描かれる。
「まず、この円の中心にある魔法。これが魔法街のアイデンティティーですの。魔法街は魔法を操る者達が住まう場所ですわ。故に魔法を操れない者は…ほぼ居ないと言って過言ではありませんの。つまり、大前提として魔法街は魔法を中心として成り立っているのですわ。」
ルーチェは指をスーッと動かして魔法が中心に描かれた円の4分の1に被せて別の円を描く。そして、その円の中心には機械の文字を書き入れた。
「今の魔法街の状況はこんな感じですわ。魔法を中心に成り立つ魔法街に、機械街の主要技術が食い込んできていますの。正直なところ、このまま機械技術を進歩させていけば魔法を使わないでも便利な生活を営めるようになる可能性が高いですわ。実際に第8魔導師団の皆さんは機械街に行って見ているので、それがよく分かると思いますの。」
極端な論調の様に聞こえるが、ルーチェの言っている事に間違いは無かった。確かに機械街は魔法を扱える者が圧倒的に少なく、ほとんどの人々が魔法に頼らずに生活を営んでいた。
だからこそ、攻撃手段として銃器が発達したのだろう。しかし…。
「そうなんだけどさ、結局の所…機械街の軍事力の中心には魔法を使えるやつらしか居なかったぞ?」
街主エレク=アイアンを始め、4機肢のラウド=マゲネ、スピル=スパーク、ニーナ=クリステル、リーリー=シャクルらは全員が魔法を使う才能に恵まれた者達だった。ニーナに関してはその実力を見る事は無かったが…4機肢に名を連ねるのだから、一定以上の実力を持ち合わせていると考えて間違いは無いだろう。
龍人の的確な指摘にルーチェは人差し指を立てる。
「そこなのですわ。結局、どんなに機械文明が発達していたとしても魔法には敵わないのですわ。まぁ正確に言いますと、機械街のレベルの技術では…ですが。」
「それは今後、魔法を圧倒する技術の発明があるかも知れないって事よね?」
「火乃花さんは相変わらずの考察力ですわね。その通りですわ。ただ、それに関しては逆もまた然りなので…考えたらキリがないので省きますの。ともかくですわ、現状では機械だけで魔法を超えるのはほぼ不可能とされていますの。だからこそ、魔法街の発展…つまり魔法技術のさらなる向上と、魔法を中心とした星の隆盛を望む者達からすると、機械技術の導入は魔法技術の進歩を遅らせるという懸念事項なのですわ。」
「成る程ね。だからこそ魔法街が1つに統一されるメリットが浮かんでくるのね。」
「そうなのです。機械技術を付属…魔法ありきの機械という位置付けにする事が魔法街のアイデンティティーを保つ最善策…という事になりますの。」
ルーチェが描いた機械の円が魔法の円の外側に移動していき、外周に触れる所で止まると円の大きさを小さくしていき…魔法の円の半分くらいまで縮小される。
更に、魔法の円の周りに機械の円と同じ大きさの円が並ぶ様に描かれる。
「これは私の予想ですが、魔法街統一思想の最終的な着地はこうなると思いますの。」
腕を組んで話を聞いていた遼は人差し指の中程と親指で口を左右から挟み込む様にすると、納得したのか何度も頷く。
「成る程ね。魔法を全ての中心に置いて、魔法以外の技術を魔法ありきで取り込む事で、魔法街としてのアイデンティティーを保ちつつ、より良い星へと進化させるって感じだね。」
「えぇ。だからこそ、魔法街統一思想は自動車技術導入を追い風に支持者を圧倒的に増やしつつありますの。」
「なんか…あれだね。これからの魔法街は色々な思想が入り乱れそうだね。」
「それだけではありませんわ。魔法街統一思想集会で公にされた、過去の事件に関わる何かしらの外的要因…これもかなり気にしなければなりませんの。魔導師団の皆さんはおそらく知っていると思いますが…。」
ここでルーチェは視線をチラリと周囲に向けると声を顰める。
「彼ら…天地の構成員は確実に魔法街に潜り込んでいますの。魔法街統一思想が本格的に動き出す時…彼らも確実に動き出しますわ。」
「だろうな。それは俺も遼も、火乃花もレイラも予想はしてる。ただ、どうやって潜り込んでるやつを見つけ出すかっていう課題が残ってんだよな。」
ルーチェが天地の存在を知っている事はやや驚きではあったが…彼女の博識ぶりや家柄を考えれば、知っていてなんらおかしくは無かったりもする。
「あ、その点に関してはそこまで考える必要は無いのですわ。」
「どういう事だ?」
「正確に言いますと、天地を真正面から相手しようとしても敵いませんの。大勢の人々が住む中のたった数人を…しかも日常生活に溶け込んでいるであろう人を見つけるのは困難ですわ。それならば、他にできる事に注力すべきなのです。」
「そっか。確かに探すよりも強くなる方が優先か。それに起こりうる事態が予想できるんなら、それへの対抗策を準備する方が全体として見た時にベターだな。」
「そうなのです。」
「まぁ…最近は魔導師団での任務もあまり動いてないし…。気張らずにするのが1番かね。」
龍人の締めみたいな言葉にうんうんと頷くその他4人だった。
かくして、魔法街の生活に少しずつだが確実に浸透しつつある自動車技術…もとい機械技術は、それぞれの思惑によって都合良く解釈され、それぞれの思惑が動き出すきっかけを与える大きなスイッチの役目を果たす事になるのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
自動車技術が導入されてから2週間。各区を走る車の数も少しずつ増え、魔法街の住人達が車が走る光景に少しずつ慣れ始めた頃…。魔法街南区では小さな異変が起きていた。
歩く1組のカップル。2人の様子はいつもとどこか少しだけ変わっていた。
「ねぇ…なんか今日…上の空じゃない?」
「ん?お前と一緒にいるのにそんな事無いだろ?………。」
男は彼女に話しかけられればいつも通りの反応を返す。しかし…何かが違っていた。何が…というと具体的に挙げることは出来ないのだが、明らかに何かが違和感として女の感覚に引っかかるの。
「そうだ、この前修行用にクリスタルを買ってたけど…お金大丈夫?クリスタルってそんなに安く無いから…あんまりクリスタルに頼って修行しちゃ駄目だよ?」
「……あぁ。勿論!なんたってお前との将来を考えたら無駄遣いはしてらんないからな。その為にも強くなって、行政区の良いところに就職できるように頑張るよ。」
「うん!ありがと。この後どこに行く?」
「そうだなぁ…折角だから中央区にでも行って新しい店の開拓でもしないか?」
「あ、それ良いね!行こう行こう!」
「あぁ………良い店が見つかると良いな!」
女は男が口にする言葉がいつも通りの、自分への愛の気持ちを語ってくれるものだった為…違和感に蓋をしてしまう。自分を自分で納得させた事によって、隣にいる愛する者の今を見る事が出来なくなってしまっていた。それは、安堵したいからという本能的なものだったのかもしれない。だが、男が話をしている途中に何かに堪える表情をしていたの事に気付いていたのなら…このカップルに訪れる未来は変わったのだろう。
このカップルが仲良く手を繋いで魔法協会南区支部へ向かうのを見つめる人物がいた。
その姿を偶然見つけたのはタム=スロットル。
(あれ、龍人さん…なんであんな所でボケェっと立ってるっすかね?…なんか気が抜けたような顔をしてるっす。もしかしたら何かに悩んでるんすかね?……ここは声を掛けないで見なかった事にするっす。)
いつもの龍人とどこか違う雰囲気だったのを心配したタムは、声を掛けない選択をして通り過ぎていく。
街を歩く者達は知らない。異変は突如起きるものと、静かに水面下で進行するものがある事を。そして、水面下で進行する異変はそれが表面化した時には…既にとりかえしのつかない状態になっている事を。
翌日。寝坊をしてギリギリに街立魔法学院に着いた龍人は2年生上位クラスの教室に遅刻数秒前に滑り込んだ。
扉を勢い良く開けて教室に入った龍人を見て遼が呆れたように声を掛ける。
「龍人…また寝坊」
「またで悪かったな。またで!」
「だってさ、週5日の授業の内3日位は寝坊してるでしょ。」
「だってさ、授業終わった後に夜までジャバックとひたすら特訓だぞ?疲れ果てて帰って寝て起きての生活だからしゃーないだろ。」
「えぇ…それはタダの言い訳な気が…。」
「えぇ…それ位理解してくれって。それに遅刻じゃなくて、遅刻ギリギリだからセーフだしセーフ!」
「まぁ…そういう事にしとこっか。」
「…こんのぉ!」
「あ、ちょっ!そーゆーのは反対です!」
軽口を叩き合う龍人と遼。龍人が笑いながら遼をくすぐりにかかり、遼は当然必死に抵抗する。いつも通りの騒がしさ。
(あれ…。昨日の龍人さんと雰囲気が全く違うっすね。何かに悩んでる風だったのは気のせいだったっすかね?)
龍人の様子が昨日と違いすぎる事に違和感を覚えるタムだったが、今の龍人がいつも通りだった為…自分の見間違いだったのだろうと結論付けるのだった。
あれやこれやで騒がしい中、教室のドアがガラッと開かれる。
「ほーら!ワチャワチャ騒ぐなって!今日はグラウンドで融合魔法の練習すっぞ!」
肉付きの良い自分の顎をポムポム触りながら入ってきたのは、我らが変態教師ラルフ=ローゼス。いつもならニヤニヤ笑いながらセクハラをするのだが、ここ最近のラルフはずっと機嫌が悪かった。
授業中もほぼ笑みを浮かべる事もなく、淡々と学院生達に魔法技術や魔法知識を教え…授業が終わるとすぐに教室から出て行く毎日である。
ただ、機嫌が悪くても教える事はしっかりと教えるため…正直これまでの授業よりもピリピリした雰囲気で良かったりもする。厳格な魔法教師と表現するのが妥当か。
「今日は融合魔法の発動速度を上げる練習だ。…よし、全員揃ってるな。」
教室の中を見回して全員が揃っているのを確認したラルフは、教室内にいる人全員を対象とした転移魔法を発動させる。転移光が教室内を包み込み、次の瞬間には全員がグラウンドに立っていた。
(相変わらずラルフの転移魔法は凄いな…。今の規模の転移魔法を難なく…しかも特に溜めも行わないで発動するとかヤバイ。)
転移範囲の設定、範囲内の対象設定、そして同時に転移を行う魔力量と制御力。どれをとっても一般的なそれを超えている。ラルフが魔法街戦争に於いて消滅の悪魔という異名を取ったのも頷けるというものだ。
「ほら龍人!お前が1番融合魔法に苦労してんだろ。なーにボケっと突っ立ってんだ。」
「ん?あぁ悪い。」
「ほらほら!練習開始!」
ビシッと龍人に言ったラルフは、周りを見渡すと融合魔法に苦戦している学院生の下に歩いていく。
(…なんだ?ラルフの奴…何かしら隠してるな。で、隠しているから機嫌が悪いのかそれとも全く別の何かか?)
歩き去るラルフの後ろ姿を眺めつつ、融合魔法を発動する魔法陣を展開する龍人。
因みに…ジャバックによる連日の猛特訓のお陰で、龍人は多少は融合魔法を扱えるようになっていた。問題を上げるとすれば、発動までに10秒ほどの時間を要するという点だろうか。
「龍人君。ちょっと良いかしら?」
「お〜火乃花。どしたん?」
「極属性【焔】と属性【幻】の融合魔法が完成したから、ちょっと見て欲しいのよね。」
「……ん?火乃花って属性【幻】使えたんだっけ?」
「………失礼ね。普通に使えるわよ。」
「マジか。いつも焔魔法を使ってるから、完全に忘れてたわ。」
「確かに普段は使わないけど…。一応これでも色々考えてるのよ。機械街では相手に捕まっちゃったし、焔魔法のゴリ押しだけじゃ通用しない相手がいるのを思い知ったの。」
「それはそうだな。…まぁ火乃花の魔法はそんなに火力ごり押しではないと思うけど。」
「それでもよ。今のままじゃあ駄目なのよ。だから更に上を目指すしかないのね。」
「ごもっとも。じゃあその融合魔法とやらを見せてもらおうかな。」
「ありがと。周りを巻き込むといけないから…あっちの人がいないところに行きましょ。」
「おう。」
龍人は先に歩き始めた火乃花の後を追いかけ始めた。
 




