14-4-13.忍者との激闘
「龍人化【破龍】!」
そう固有技名を叫んだ瞬間、龍人が纏う魔力の質が変わる。普段の適当な感じは一切消え失せ、冷たく澄んだ鋭い刃が突き刺すような感覚をグラサン小太り忍者…もといラルフ=ローゼスは感じ取っていた。
(おいおい。機械街に行って大分強くなってんじゃねぇの?ジャバックの特訓の成果もありってトコか。…こりゃあ魔力制限をした状態で勝てるか微妙だな。)
ラルフと女忍者…キャサリン=シュヴァルツァー、そして巨漢忍者…ダルム=パワードはグラサン忍者に変装をするにあたり、魔法力が半減するネックレス型魔道具を装着していた。
生徒達との魔力に大きな差があり過ぎても勝負にならず、実勢経験にならないからだ。魔道具を装着しないで手加減をするという手も無くはないが…それでは知力を尽くした戦闘にはならない。それでは実戦経験とは言えないのだ。
但し、前提として忘れてはならないのが魔法力半減の魔道具を装着したとしても、教師陣と龍人達の実力は均衡するに至らない筈…という事。
この前提の上で今回の奇襲劇に臨んでいる為、龍人が今見せている龍人化【破龍】によるパワーアップ具合は想定外の出来事でだった。
だが、同時にラルフの心は期待に踊ってもいた。そもそもこのグラサン忍者に扮して奇襲を行う事を決めたのは、突然の襲撃に対してどれだけの対応力を身につけているのかを確認する為である。つまり、龍人が予想以上の力を身に付けていたのなら…それをしっかりと確認する必要があるのだ。
…というのは建前で、単純に強くなった龍人と戦うのが楽しみというだけだったりもするのだが。
(俺もまだまだ現役だ。もっともっと強くなる必要がある以上、例え生徒だろうとライバルになり得る力を持ってるなら…戦うしかないだろ!いやぁ楽しみだぜ。)
龍人と戦うのが楽しみなラルフは高揚感からニヤニヤを抑える事が出来ない。と言っても、グラサンと忍者装束で表情は龍人からは見る事は出来ないが。
ラルフの目の前に立つ龍人は全身に漆黒の稲妻を纏い、漆黒化した夢幻を右手に握り締め…臨戦態勢を整えていた。
「おし、行くぞ?高嶺龍人。」
「いつでも来い。叩き潰す。」
「お〜お〜怖いねぇ。」
緊張感が無いラルフだが、これでも魔導師団に属する魔導師。緊張感が無いからといって弱いと等しくはならない。
龍人が夢幻を正面に構えた瞬間、ラルフは一直線に駆け出した。
(魔法力が半減に、鎖鞭剣は正体がバレるかもだから使えない…と。まぁ次元魔法は使うとしても…こりゃぁキツくて楽しい戦いになりそうじゃねぇか。)
ラルフは龍人に高速で迫ると、繰り出される斬撃を空間のズレを生じさせて回避。続けざまに右手に空間の歪みを収縮させた球を発生させて龍人に向けて叩きつける。ガスっと直撃したかに思えたが、直後に龍人の姿がブレて消える。
(…転移か!)
使うタイミングが以前よりも絶妙になっている事に驚くラルフ。攻撃が当たる前の転移ならば、すぐに転移だと気づく事ができるが…今龍人が使ったのは攻撃が当たる瞬間に幻魔法による分身と入れ替わり、本体は転移するという複数の魔法を同時に発動させる高等技術である。
(それよりも驚異的なのは、魔法陣を展開した事にこの俺が気付けなかった事か。)
恐らくは自身の後方…つまりはラルフの死角に魔法陣を展開したのだろうが…その魔法陣発動の魔力を感知出来なかったというのも驚きに値する。それは展開から発動までの速度が格段に向上している事を意味していた。
(まぁ…この程度で俺を出し抜けるワケはないけどな!)
ラルフは背面に僅かに生じた魔力反応が龍人の転移魔法陣によるものだとすぐに気付き、左手を右の脇を潜るようにして後方に向け、空間の断裂を展開する。直後、ラルフの背中付近で強烈な爆発が発生した。
ドォォォン!という激しい爆音が轟き、攻撃を仕掛けた龍人とそれを防いだラルフの姿が爆炎に包まれる。
「はははっ!いいな。こういう攻撃を躊躇なく仕掛けてくる辺りが楽しすぎるぜ。」
「ちっ…まだまだ!」
炎の中から無傷で姿を現した龍人とラルフは中距離を保ったまま魔法による応酬を開始する。龍人が使うのは多種多様な属性魔法による攻撃、対するラルフは属性【次元】をフルに使ったのは攻撃だ。
様々な属性による攻撃を繰り出す龍人の方が有利に思えるが、ラルフが扱う属性【次元】は相手が扱う属性による影響を殆ど受けないという特徴がある。次元のズレを多重に発生させ、それを強制的に重ね合わせる事による空間の爆発や、次元の断裂を展開する事による防御等々。
次元魔法という特殊な属性に対する攻撃を続ける内に、龍人はその特徴に気付いたのだろう。突如、攻撃を止めると漆黒化した夢幻を体の横に構えた。
(気付いたか。魔法の量じゃなくて、1発の質を重視しない限り俺の属性【次元】を破れないって事に。)
ここから何を仕掛けてくるか。ラルフは期待に胸を躍らせながら、龍人が動き出すのを待つ。勿論、その攻撃全てを防ぎきるつもりで。
「龍劔術…【黒閃】!」
夢幻が高速で抜刀居合抜きの様に横一文字に振り抜かれ、漆黒の刃がラルフに向けて飛翔する。
(この程度なら転移して避ければ終わりだな。)
魔法壁等で防ぐという手もあるが、威力を測りきれない以上…転移で避けて攻撃を仕掛けるのが無難な選択肢である。
龍人の後方に転移をしたラルフは龍劔術【黒閃】のように次元の刃を放つ。
「…なに!?」
そこに龍人の姿は無く、ラルフは思わず声を出してしまう。そして…体を大きく捻りつつ上に向けて次元の刃を放った。直後にラルフの目と鼻の先で次元の刃と漆黒の刃が鬩ぎ合い、激しく明滅する。
(固有技を放って転移しつつ、更に固有技を放ってくるか。なら…俺も同じ手で上回ってみるかな!)
龍人の攻撃に関心したラルフは同じ攻撃方法で圧倒しようと、転移と次元の刃による攻撃を連続で組み合わせ始めた。
転移して姿を現し、次元の刃を放って転移し…この連続で居場所を固定せず、ランダムな位置からの次元の刃の連続攻撃。これに対して龍人は転移魔法による回避などでは対等に渡り合っていたが、龍劔術【黒閃】発動には毎回居合抜きの体勢を取る必要があり、この技発動までのタイムラグの差で次第に押され始めていた。
(こりゃぁ俺の勝ちだな。)
ラルフの次元の刃をギリギリで避けた龍人は何を思ったのか一直線にラルフに向けて突進を開始していた。だが、その程度の攻撃方法で倒される程甘くは無い。ラルフは転移魔法によって距離を取り、これまでと比べて特大の次元刃を放って決着をつけるべく、転移魔法を発動する。
「…ん?」
だが、ここで異変が起きた。何故か転移魔法が発動しないのだ。
ニヤリと龍人が笑みを浮かべる。してやったり…という表情である。
この笑みを見た瞬間、ラルフは龍人が攻防と共に行っていた仕掛けを理解する事となる。気付けば戦闘地域の各所に魔法陣発動の基点が設置されていて、龍人とラルフを大きく包み込むように立体型魔法陣が発動していたのだ。
(…転移魔法阻害の立体型魔法陣か!龍劔術【黒閃】だけの攻撃にしてたのは魔法陣設置を隠す為ってか。あの威力の攻撃をカモフラージュで使うとか…憎いじゃねぇか。)
相手を油断させた上でのドンデン返し。これによって生まれる隙はコンマ数秒とはいえ通常よりも長くなる。そして…この僅かな時間が勝負の行方を左右するといっても過言ではない。
転移を阻害された事による僅かな硬直時間を迎えているラルフに対し、龍人はもう1つの固有技名を叫んでいた。
「龍劔術【龍牙撃砕】!」
左右に3本ずつの漆黒の刃が出現した夢幻が下段からの斬りあげ、そして刃を返しての斬りおろしによる2連撃を放つ。
「ぐっ…!」
ラルフは龍人の攻撃を防ぐべく次元の壁、魔法障壁を組み合わせた防御行動に移ったが…それまでの攻撃と比べて破壊力の高い攻撃に防御結界類は全て破壊されてしまう。
そして、忍者装束を纏ったラルフの胸に輝く真紅の結晶に漆黒の刃が突き刺さり…亀裂を生じさせた。
「まだ…まだぁ!」
押し切った後に油断せずに龍人が放ったのは、10の魔法陣を直列展開させて発動した光の奔流。それはラルフを呑み込み、天高く昇っていく。
光が収まった後、地面に倒れて動かないラルフの首筋に夢幻の切っ先が当てられる。
「おい小太り忍者。これ以上の勝負は無駄だろ。」
「……最後の最後で甘さを見せんのな。まぁ、それがお前の良いところか。」
別の場所では遼が巨漢忍者の眉間に銃口を突きつけ、女忍者は拘束プレイのように炎縄によって縛り上げられていた。
「あいつらも負けたか…。いやぁお前らホントに強くなったな。」
「…?…………もしかして…。」
「おうよ。お前の想像通りだ。」
地面に倒れたラルフが指を鳴らすと、首にかけた魔力半減効果を持つネックレスが半分に割れ…ついでに忍者装束が吹き飛んだ。
そこから姿を見現したラルフの姿を見て龍人は目を見開く。
「マジかよ…。」
「ははっ。騙すような事をして悪かったな。因みに、行方不明になった生徒と、戦闘で倒されて姿を消した生徒達は全員グラサン忍者になってっから。」
「…はぁ。」
ラルフの告白を聞いた龍人は思わず脱力してしまう。失われたと思っていた仲間が生きていたという事実は、龍人の心を焦がしていた怒りの炎を急激に小さくしていった。
そんな安堵の表情を浮かべる龍人を見てラルフはニヤリと笑みを浮かべる。
「じゃ、転移阻害の立体型魔法陣を解除してもらっていいか?」
「あぁ。」
龍人がラルフの言う通りに立体型魔法陣を解除すると、ラルフは右手に魔力を集中させて大きめの転移魔法光を発現させる。…その中から姿を現したのは先の戦いで倒されたと思ったクラスメイト達だった。気付けば他のグラサン忍者達の衣装も消え去っていて、キャサリンに倒されたと思っていたスイや、肝試しで行方不明になっていたサーシャ達が立っていたのだった。
「こーゆー事をして悪かったとは思ってるんだが、いざ奇襲を受けた時にどれだけの対応が出来るかを知りたくてやれせてもらった。」
「まぁ…思った以上に出来るわね。まさか火乃花に私が負けるとは思わなかったわ。」
事情を説明するラルフに続いて、火乃花による炎縄から解放されたキャサリンが面白そうに話す。
「はっはっは!俺も遼に負けるとは思わなかったぞ!魔法力を半減にしていても勝てると思っていたからな!はっはっは!生徒の成長は良いことだぜ!」
こう言って豪快に笑うのはダルムだ。
「…なんかどっと疲れが出てきた。」
ボソッと漏らす龍人の意見に首を縦に振る生徒達出会った。
この後、今回の奇襲に関する全ての真相がラルフ達の口から明らかになった。
肝試しでラルフ達が手を加えたのは岩山の頂上に続く道の前に仕掛けた雷の玉、そして岩の顔。岩の顔の口にはラルフが転移ゲートを開いていたらしい。
そして、岩山の頂上に安置されていた肝試しクリアのクリスタルを使うと、右手に銀の腕輪が装着されるように細工もしていたらしい。この銀の腕輪は装着者の体力が一定以下になった時に、特定の場所に転移させるという魔法が組み込まれており、これによって戦闘で負けた生徒達が姿を消したように見せかけていたのだという。
憎いことに生徒を倒すフィニッシュとなる攻撃は転移の光が見えないように派手な魔法にしていたらしい。生徒相手にこの徹底ぶりは、流石と言わざるをえない。つまり、それだけ実戦として認識させる事を重要視していたという事だ。
今回のこの襲撃劇で浮き彫りになった課題は1つ。魔導師団以外のメンバーが実戦に投入された瞬間の対応力がやや劣るという事。これは実戦経験という点で差がある為しょうがないとも言えるが。
そして、1つの懸念を抱く人物もいた。その人物とは…遼である。
(龍人は確かに強くなったよね。あの黒い力も前より断然制御出来てると思うし。でも…制御出来ているように見えている…思えてるだけの可能性がある気がする。)
遼の頭に浮かぶのは、物見櫓の上で黒い靄に包まれた龍人に声が届かなかった時。
「お〜い遼!早くしないと肉無くなるぞ!?」
この思考に耽っていた遼に楽しそうに声をかけるのは龍人だ。ラルフ、キャサリン、ダルムが奇襲のお詫びとして大量の肉や海鮮、酒を用意してくれていて、青春キャンプ2回目の大バーベキューが開催されているのだ。
いつもと変わらない龍人の声に、自分の懸念は考えすぎなのだろうと思い直した遼は手を上げながら走り出した。
「ごめんごめん!今行くよ!っていうか、カルビは取っといてくれてるよね!?」
「へっ……。え〜と、うん。きっとある!」
「…龍人!さっきとっといてって言ったのに食べたでしょ!?」
肉を求めて走り出す遼であった。
こうして青春キャンプに於ける教師陣による奇襲劇は終わりを見せ、翌日からは穏やかなキャンプ生活が再び始まるのだった。




