14-4-11.グラサン忍者軍団
街立魔法学院2年生上位クラスのメンバーが、島の南側に位置する砂浜で警戒を続ける中…グラサン忍者は予告通り正午ピッタリに姿を現した。
「おい…昨日の奴らと何か違くないか?」
誰かがボソリと呟くのを物見櫓擬きの上で聞いていた龍人も同じ感想を抱いていた。
(確かに何かが違うな…。昨日ほど脅威を感じないっていうか…いや、そもそも体格が違う?)
昨日姿を現したグラサン忍者は小太り、ナイスバディ、巨漢だったはず。だか、今1人で壁の前に姿を現したのは中肉中背のそんなに背が高くない男だった。服装はグラサン忍者そのもの。このグラサン忍者は、壁の前で仁王立ちをすると…何故か龍人に人差し指を向ける。
「龍人…これってお前が壁の前に出てこい的な合図じゃない?」
龍人の隣に居た遼が相手のジェスチャーの意味を推測しているが…そもそも、相手の指図通りに動いてしまえば、相手の思うツボなのは間違いがない。こんなワケで龍人は指差しを無視する事にした。
「何も言わないから本当にそうか分からないだろ。偶然俺を指差しただけかもだし。反撃の準備をしつつ様子を見るぞ。」
龍人を指差したグラサン忍者は暫くの間動きを止めていたが、一切応じる気配がないのを察知すると…ダンっと地面を踏み抜いた。…癇癪でも起こしたか?というややシラけた雰囲気が2年生上位クラス側に漂い始める。
だが、これが戦いの始まりだった。グラサン忍者は右手を壁に向けると、何やらよく分からない動きをした後に高熱の塊を連射し始めたのだ。
ドドドドッドン!!と爆音が連続し、生徒側陣営を揺らす。
「おいおい。急に攻撃を始めやがったぞ。」
「龍人、防御結界の魔法陣はもう発動してるんだよね?」
「あぁ、あいつが魔法を放った瞬間に発動してある。ただ…思ったより攻撃力が高いかな。このまま一方的に守ってるだけだと、そんなに長く防御結界が保たないぞ。」
「オッケー。この防御結界って隔絶じゃなくて、防撃で組んでるんだよね?」
「勿論。だから通常の薄青じゃなくて、薄赤の防御結界になってるだろ。結構魔力を使っちまって昨日は辛かったけどな。」
「ありがと。それなら…あいつの動きを俺が止めるね。」
双銃を構えた遼は鋭い目付きで魔法を連射し続けるグラサン忍者に狙いを付ける。
余談ではあるが、龍人は魔獣討伐試験の時から今に至るまで防撃結界の研究をこっそり重ねていた。その甲斐あって、展開型魔法陣では使う事は出来ないが、構築型魔法陣では防撃結界を使う事が出来るようになっている。但し、構築するのに多少時間が掛かってしまうのだが。
隣の遼が小さく呟く。
「いくよ。」
キュン!という鋭い音と共に遼が発射したのは貫通弾だ。空気摩擦を可能な限り少なくした先端が尖った形の貫通弾は、真っ直ぐグラサン忍者に向けて突き進む。
そして、ガクン…とグラサン忍者の頭が後ろに仰け反った。
「やったか?」
「…いや、駄目だ。……別の奴も居る!」
遼の鋭い声と共に、砂浜に建設した壁の向こうに広がる木々の間から大量の攻撃魔法が飛来し始めた。
「マジか…!これじゃぁすぐに防御結界が破られちまうぞ!」
突然の攻撃群に慌てふためく生徒達。魔法壁と物理壁を多重に張り巡らせた防御結界群は、大量の攻撃魔法を受け止めて軋み始めていた。
「龍人…!この防御結界に魔力の補充とかって出来ないの!?」
「いや…魔法陣って基本的に展開した時にどれだけ魔力を込めたかなんだよね。」
「えっ…?じゃあ攻撃魔法が途中で魔力の出力が上がるのはどうやってるの?」
「あれは目の前に展開した魔法陣に魔力を注いで……あれ?」
「……出来そうじゃない?」
「でも目の前だから…いや、やってみるか。」
龍人は目を閉じると砂浜を守る壁に施した魔法陣へ意識を向ける。すると、物理的距離があるのにも関わらず、すぐ目の前に魔法陣を知覚する事が出来てた。
(おぉ…まじかい。)
魔法陣は基本的に発動する魔法に合わせた紋様を描き、発動させる魔法に準じた魔力を注ぎ込む必要がある。そして、一度発動したら魔力の追加補充は行わない…というのが一般的な考え方である。例外として、発動中の魔法陣に直接触れれば魔力の追加は行えるが…それならば新しい魔法陣を発動した方が効率が良いという事実も存在するため、この手法を使う者はほとんどいないと言っても良い。
だが、今龍人が行おうとしていることは…その世間一般の常識を覆すものだった。確かに思い返してみれば、直接触れずに魔法陣に魔力の追加を行っていたので、気づいていなかった龍人がお馬鹿なだけとも言えるのだが…。そもそもそれらの魔法陣を使う際は、自身のすぐ近くに展開しているため、離れているという感覚が無かったというのもある。
そして、この距離が離れた状態で発動中の魔法陣に魔力の追加が出来るのなら、今の危機的状況を切り抜けるのはそう難しい事ではない。
「よし。これで魔力の追加を行って、防御結界の強度を一気に上げるから…そのタイミングで一斉に反撃に移るぞ。」
「おっけー。」
龍人の言葉を受けた遼が素早く仲間達に伝達をしていく。
「いくぞ!」
龍人は壁に施した防御結界用の魔法陣に一気に魔力の追加補充を行っていく。これに呼応するかのように壁の外側に展開されている防撃結界の魔法壁、物理壁の薄赤の色味が強くなっていく。
そして、防御結界に一切の攻撃魔法が効かなくなった事で、グラサン忍者側に戸惑いが生じ始めた。
「今だ!」
このタイミングを逃さず、生徒側から大量の攻撃魔法が防撃結界をすり抜けてグラサン忍者に襲いかかった。
「………!」
大量の攻撃魔法に曝され、慌てふためくグラサン忍者。
(よし。これなら先ずは相手の第一陣は凌げそうだな。)
戦況を一気にひっくり返すことに成功した龍人が、グラサン忍者が慌てふためいて木々の向こうに姿を消していったのを確認してひと息ついた時である。…突如それは木々の向こう側から姿を現した。
それはレーザービームと言って良い程のエネルギーの塊…いや、柱が木々を食い破りながら生徒側の陣営に迫ってきたのだ。
(なんだあれ!?…無属性?…いや、電気系の魔法か!)
レーザーの周りには放電現象が見られ、そこから電気系の属性による魔法攻撃だと龍人は判断する。
龍人は咄嗟にレイラの姿を探し求めた。これ程の驚異的な攻撃を防げる可能性があるのは、遮断壁しかない。それも遮断壁【電気】などでは無く、遮断壁【雷】が最低ラインだろう。
龍人は物見櫓の下に居るレイラと目があうが、レイラは悔しそうに首を横に振っていた。それもその筈…レーザーが視認されてから防御結界に直撃するまで約1秒。この短い間に遮断壁を展開するのは至難の技である。
そして、レーザービームは容赦無く防御結界に突き刺さり…ほんの5秒程度防御結界に行く手を阻まれた後、バリィンという音と共に防御結界と壁を食い破って生徒側陣営の中央を突き抜けたのだった。
激しい衝撃に揺れる生徒側陣営。
「遼、大丈夫か!?」
「うん。俺は…でも、他の皆が…。」
見れば、レーザーの直線上にいた筈のクラスメイト達の姿が消えていた。
「…マジかよ。」
突然の強力な攻撃。突然の仲間の喪失。この2つの事実が一気に襲い掛かってきた事で、龍人達生徒側陣営メンバーの思考が一瞬停止してしまう。
「また…仲間を失うのかよ。」
龍人の頭に過去の出来事がリフレインする。森林街のレフナンティに住む人々を失った時、ビストという友人になり得た人物を天地に奪われた時、そして機械街紛争において罪のない人々が蹂躙されて命を落としていった時。
何故、罪の無い人々が無念の内に命を散らし、その命を奪った者達が笑っていられるのか。
何故、そんな者達が存在する事がこの世の中で許されているのか。
何故、こういう状況が起こり得ると想像出来たはずなのに、事前に防ぐ事が出来なかったのか。
他者への怒り、世界への怒り、自分自身への怒りが龍人の中に渦巻き、感情を支配していく。
この激しい感情は龍人の中に眠る力を引き出し…顕現させ、大いなる力となって全てを…。
「…と!…うと!……龍人!」
ふと、怒りに呑まれた龍人の耳に聞き慣れた声が飛び込んでくる。それは、昔から、ずっと昔から一緒にいた筈の親友の声。この世界に来るきっかけとなった……………。………?
「龍人!しっかりして!まだ相手の攻撃は終わってないよ!」
この声を聞いて、龍人はハッと目を覚ます。怒りに呑み込まれて周りを見る事が出来なくなっていたが、気付けば壁の内側に大勢のグラサン忍者が入り込み、生徒達と激しい攻防を繰り広げていた。
「…悪い。周りが見えなくなってたわ。」
「大丈夫。それよりも…行くよ?」
「おっけー。これ以上仲間を失うなんて事は絶対にさせない。」
強い意志のこもった言葉。それを聞いた遼はいつも通りの龍人だと判断し、安息する。
龍人と遼は目を合わせると力強く頷きあい、物見櫓から飛び出した。
グラサン忍者に向けて急降下する遼は、眼下で戦うクラスメイト達を見ながも…つい先程見た龍人の異変について考えずにはいられなかった。
(さっきのは…龍人が龍人化を使う前に使ってた黒い靄…だよね。前に見たのと大分雰囲気が違った様な気がする。前も纏わりつく感じに変わりは無かったんだけど、それでも護るような雰囲気があった気がする。でと、今さっきのは同じ纏わりつくでも龍人自体を取り込もうとしてるっていうか。…龍人が自分の力に呑み込まれないと良いんだけど。)
漠然とした不安が遼を襲うが…。それも束の間。着地した瞬間に3人のグラサン忍者が飛びかかってきた為、この思考は中断されてしまう。
後に、この龍人の異変についてもっとしっかりと考えておけば良かったと後悔するとは知らずに。




