14-4-9.青春キャンプ〜肝試し終了!〜
「くっそ!」
高速で迫る雷の玉。最早取り得る手段がない龍人は、せめてもの足掻きとして手に握っていた蔓の両端を持って前に突き出した。
バチィン!という激しい音ともに吹き飛ばされたのは…蔓だけだった。
(お?…ラッキー!)
雷の玉が再び2秒間のクールタイムに入っている間に、龍人は全力で雷の玉の横を走り抜け…無事に岩山の頂上へ続く細い道に飛び込む事に成功した。
「マジで危なかったな。てか…何で蔓しか吹き飛ばさなかったんだろうな?」
「多分…なんだけど、雷の玉が反応するのは人間だけだけど、吹き飛ばしたって判定が出るのは人じゃなくても良いのかもしれないね。」
「なるほど…って事はさ、その対策方法だけ分かってたら誰でも簡単にここを抜けられるよな。」
「そうだね。でも…あまり教えちゃうとバルク君が怒っちゃいそうだし…多分自分達で攻略方法を見つけて欲しいって考えてそうじゃない?」
「それは言えてる。じゃぁ…特に助言とかはせずに先に進むか。」
「うん。それで良いと思うな。」
龍人とレイラの視線の先では別の生徒が岩の顔の口の中にホールインワンして姿を消していたが…まぁイベントの肝試しだからという理由で、特に助けるという選択肢は取らずに2人は岩山の上へ進む事に決めた。
もし、これが生死をかけた場面なら…こんな薄情な事はしないのだが。というよりも、レイラがそんな事を許すはずも無く、人にあまり興味がないようで実は仲間を見捨てる事を嫌う龍人もそんな事をするはずもなかった。まぁ仮定の話ではあるが。
2人は雷の玉の攻略法を後で他のメンバーに伝えた時にどんな顔をするのだろうか…という予想話に華を咲かせながら岩山の頂上を目指す。不思議な事に岩山には大した仕掛けはなかった。コツーンコツーンと石が落ちる音が遠くから段々近づいてきたり、岩の間から手が伸びてきて足を掴んだり…という、まぁ古典的と言わざるを得ないレベルの仕掛けだけで、驚きはするがそこまで恐怖を覚えるというものではなかったのだ。
そして、岩山を登り始めて20分。龍人とレイラはついに岩山の頂上に到着する。
「これか。」
「なんか…途中が激しかったから、終わりがこういう感じだと少し拍子抜けだね。」
岩山の頂上には何かで砕かれた岩(龍人とレイラはバルクが拳で砕いたのではないかと予想していた)の窪みにクリスタルが無造作に置かれていたのだ。取ろうとすると何かのトラップが発動する…と思いきや、そんな事は全く無かった。
前半部分に拘りすぎて、後半部分に拘る時間がなかったのか?という疑問が頭に浮かぶが、それも主催がバルクだという事を思い出すと…なんと無く納得出来たので、深く考えない事にする2人だった。
「じゃぁ…クリスタル使うぞ?」
「うん!お疲れ様。」
ニッコリと笑ったレイラの笑顔に吸い込まれそうになった龍人は、わざとらしく咳払いをするとクリスタルに記憶されている転送魔法陣を発動させた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「私…眠いですの。」
ふわわ〜と欠伸をしながら目を擦るのはルーチェだ。その右手には銀色の腕輪が光る。これは彼女のお洒落…という訳ではなく、岩山の頂上からクリスタルに記憶されていた転送魔法陣を使ってこの場所に来たら…自動装着されていた腕輪である。因みに、ルーチェ以外のメンバー全員に装着されている。
「…ルーチェさんってあんなに怖い肝試しだったのに、全然堪えてないんすね。」
「そういうタムくんは怖がりすぎですの。所詮は只の作り物なのです。」
「そうなんすけど…そうだと分かっていても苦手なんすよねー。」
口が裂けた女が迫ってきた映像が頭にリフレインしたタムはブルリと体を震わせる。
「お化けが怖いというのが良くわかりませんの。」
「ルーチェさんって…鋼の心臓っすね。」
「んーそうなんですか?」
2人がこんな会話を続けていると、転移魔法の光が現れ…龍人とレイラが姿を現した。
「お、ルーチェとタムもクリアしてたか。バルクが仕掛けた割には結構怖くなかった?」
タムとルーチェの姿を見つけた龍人が声を掛けると、ルーチェがキョトンとした顔で首を傾げた。
「龍人くんも怖いものが苦手ですの?」
「いや、俺はそんなに苦手じゃないんだけど…レイラが結構怖がってた気がすっかな。」
「あ、龍人君!そういうのは秘密にしてよぉ!」
「え?何で隠すんよ?」
「だって…恥ずかしいし。」
恥ずかしそうにしながらもむくれるレイラと、それを軽くからかう龍人。
(一先ず…2人の中の気まずい雰囲気は改善されたみたいですの。私が頑張った甲斐がありましたわ。)
仲良さそうに話す龍人とレイラの様子を見ながらルーチェはほくほくと微笑むのだった。
するとここで、レイラと話していた龍人が何かに気づいたかのように周りを見回した。
「…あれ?なんか人が少なくないか?」
この龍人の様子を不思議に思ったタムが立ち上がりつつ返事をする。
「どうしたんすか?まだみんな肝試しを楽しんでるんじゃないっすか?」
「ん?だってさ、俺とレイラが1番最後の組だぞ。流石に肝試しにそんな時間は掛からないだろ。まぁ、最後の岩の顔と雷の玉の所は攻略方法が分かりにくい上に見つけにくいから…時間が掛かりそうってのはわかるけどさ。てか、俺たちより先にクリアしたのって…ここに居る人だけか?どっか別の場所に遊びに行ってるとかじゃなくて?」
「ここに居るだけっすよ。」
「まじか。俺とレイラが岩の顔と雷の玉の動きを観察してる間、他のメンバーは…反対側から来た数人だけだったんだよな。」
「え、それじゃぁ森の中で迷ってるんすかね?」
「怖くて一目散に逃げ出して迷ったとかか?」
「それはありそうっすけど…。」
「おいおいおい待て。岩の顔ってなんだ?」
「…へ?自分で仕掛けたんだろ?」
龍人とタムの会話を聞いていたバルクが惚けた事を言い出すので、龍人は思わず苦笑いしてしまう。
だが、バルクは真剣な顔で腕を組んだ。
「いや、俺…そんなのは仕掛けてないぞ。大体岩山を登る細い道に入る前の場所は開けてるだろ?あーゆー場所に何かの仕掛けをしても怖くないだろうと思って、特に何もしてないぞ。」
「…じゃぁ誰があの仕掛けをしたんだ?」
「それは…分からん!」
この会話を聞いていた者達の間に不穏な空気が流れ始める。
「なぁバルク…念の為聞くけどさ…何かに失敗したらどっかに転送される仕掛けって用意してたか?」
「…?転送されるっていうのは特に用意してないぜ。まぁあるとしたら最後のクリスタル位かな。」
「成る程ね…。って事はだ、ここにいる大体30人位が肝試しをクリアしたほぼ全員で、それ以外の奴らはまだ肝試しをしてるか……あの岩の顔に食べられて俺達が誰も知らないどこかに飛ばされたって感じか。」
「へ?ちょっと待て龍人。イチから説明してくれ。」
龍人が肝試しであった事を説明すると、やっと状況を把握したバルクが真剣な顔で頭を抱えていた。
「マジかよ…。折角の楽しい肝試しのはずが、誰かが悪戯をするとかあり得ないだろ…!」
この時である。キィィン…と何かを感じた龍人が上を見ると…。
「マズイ!!!」
夜空に電気…いや、雷が集まっているのを確認した龍人は慌てて魔法壁を発動させる。そして次の瞬間、巨大な落雷が龍人達を襲った。
バチバチバチという電気が弾ける音と、ドォォォンという落雷の衝撃による音が辺り一帯を覆い尽くす。
ホワイトアウトした視界が元に戻ると…そこには不思議な格好をした者達が立っていた。
全身が黒装束で顔まで隠れている忍者風の者達。顔には黒装束には不釣り合いなグラサンを掛け、胸には拳大の深紅の結晶が輝いている。ここではグラサン忍者と呼ぼう。
グラサン忍者は3人で、1人はガタイがかなり良く巨漢という言葉がピッタリの男。もう1人は少し太り気味の男。もう1人は黒装束を着ていてもナイスバディと分かる女だ。
怪しすぎる不審人物3人の登場に上位クラスの生徒達は警戒心を露わに魔法を発動する準備をする。
(なんだこいつら…。格好はふざけてるのに全然隙がないぞ。)
グラサン忍者から漂う雰囲気は熟練の戦士や練達の魔法使いそのもので、ほんの少しの油断が致命的な攻撃を受けてしまうと否が応でも認識せざるを得ないものだった。
警戒色を滲ませる生徒達を見回したグラサン忍者が片手を上げる。
「まぁまぁそんなに警戒するなって。別に今は襲うつもりないからよ。」
「いやいや。そんなに変な格好で、しかも雷と共に登場とか怪しすぎて…警戒するなってのが無理な話だろ。」
「ほら。やっぱりこの格好ダサいじゃない。」
額に手を当てて溜息を吐くのはグラサン女忍者だ。
「そうか?怪しいくらいがちょうど良いんだよ。」
「怪しいのとダサいのは別でしょう?」
グラサン小太り忍者が首を傾げ、グラサン女忍者が突っ込む。
「ハハハ!そんな小さい事はどうでもいいだろ!先ずはここに来た目的を伝えるぞ!」
2人のやり取りに興味が無いのか、グラサン巨漢忍者が話の進行を促した。
「そうね。この馬鹿に話を任せたのがいけないわね。そういう事だから私が言うわ。」
「おいおい。それは俺の役目…げふっ。」
口を挟もうとしたグラサン小太り忍者の鳩尾にグラサン女忍者の肘がめり込む。衝撃で肺の空気を吐き出してしまったグラサン小太り忍者は、腹を抱えるような体勢のまま無言で倒れたのだった。
「1回しか言わないから良く聞いておきなさいよ。私達はある目的の為にこの世界で任務にあたっている。そして、あなた達が任務達成の障害になると判断した。理不尽って思うかもだけど…排除させてもらうわ。既に何人かのお仲間は始末させてもらったわ。」
「…って事は、この場所に来てない奴らはみんな…。」
「ふふ。あなたは確か…第8魔導師団の高嶺龍人だったわね。そこは想像通り…とでも言っておきましょうか。残るはあなた達だけ。」
「そんな事させねぇ。」
「いいわよ。好きなだけ抵抗しなさい。但し、普通にあなた達を始末しても面白く無いわ。だから…と言ってはなんだけど、時間をあげる。」
「時間?」
これまで黙って事の成り行きを見守っていた火乃花がピクリと反応を示す。
「えぇ、そうよ。私達は明日の正午ピッタリにあなた達を襲撃するわ。それまでに足掻けるだけ足掻きなさい。そんなあなた達を、足掻いて足掻いて足掻くあなた達を、苦しめて苦しめて苦しめて、命乞いをした瞬間に始末する…これ以上の喜びは無いわよねぇ。」
恍惚な表情を浮かべているような怪しい動きをするグラサン女忍者。
「…お主ら何が目的だ。」
見た目も言っている内容も、動きまでが怪しさ満点の3人組の意図が見えない事に苛立ちを覚えたスイが低い声を出した。
「だから、あなた達が私達の障害にならないように始末するって言ったでしょ。」
「我らが障害になる根拠はあるのか。」
「…全く。イチイチ煩いわねぇ。知りたかったらかかって来なさいよ。その身に理由を刻んであげるわ。」
「ほぅ…ならば。」
敢えてグラサン女忍者の挑発に乗る事にしたスイは日本刀を構える。
その後ろで龍人達他のメンバーも戦闘態勢に移ろうとするが、スイがそれを見て押し留める。
「待て。奴らの目的も実力も不明瞭な今、全員で戦いを挑むのは無謀だ。この程度の役割…我1人で十分事足りる。」
「イヤイヤ!それは危ないっす!敵さんが何を考えているのか分からない以上、1人で突っ込む方がよっぽど危険っすよ!」
「黙れ。我1人で戦うのを拒むのなら…先ずはタム、お主から斬る。」
スッと日本刀の切っ先がタムに向けられる。その剣先から迸る闘気は紛れもなく本気のもので…スイの実力を知るタムは二の句を継げなくなってしまう。
「それで良い。」
「ふふふ…あなた面白いわね。いいわ。それなら私が相手になるわ。」
一歩前に出たグラサン女忍者は腰に手を当てて動きを止めた。戦う気があるのか一切不明な、モデルが雑誌の表紙を飾るかのようなポーズにスイの眉間に青筋が浮かぶ。
「やる気あるのか?」
「あら、あなた程度ならこれで十分よ。」
「ほぅ…ならば我を甘く見たことを後悔するが良い!」
弱い…と言外に言われた事への怒りか、猛然とグラサン女忍者へ詰め寄ったスイは鋭い斬撃を首元に向けて放った。
そして次の瞬間…スイは日本刀を手放し、仰け反りながら宙高く舞っていた。




