14-4-8.青春キャンプ〜恐怖の夜〜
枝の隙間からボトリと落ちてきたのは…黒い何か。1つの物体と言うよりも…黒い何かの集合と言うのが正しいか。地面に落ちた其れはモゴモゴと蠢き、身動きが取れない龍人とレイラの前で盛り上がり始める。
(アレは…なんだ?黒くて細い何かの集合体…鉄?…天地のユウコ=シャッテンか?それにしては何か違う気も…。)
盛り上がり立体感を増していくそれは、遂に人の形を成す。そして、中心がゆっくりと左右に分かれると…間から覗いたのは真白な肌を持った女性だった。黒い何かは女の頭を中心にウネウネと蠢いて蛇のように毛先を龍人達の方に向けている。
「アレ…髪だったんだね。」
「…そうみたいだな。どうする?これじゃぁ身動き取れないし、あの女が何かをしてきたら…マズいぞ。」
「でも…どうやって逃げたら…。」
「…むむぅ。」
打開策が見つからない龍人とレイラは必死に頭を捻る。その間にも女は新たな動きを見せていた。髪の割れ目から覗く瞳孔が開ききった真っ黒な目は龍人とレイラを無表情に見つめ、青紫色の唇はへの字に曲がっている。そして、そのまま無造作に右足を一歩前に出し、続いて左足、右足と歩き始めていた。
この女の接近。それが何を意味するのかは分からないが、バルクによる仕掛けであれば…問題はないのだろう。しかし、これが本当の幽霊や…外部勢力による攻撃だとしたら…このまま黙って接近を許す訳にはいかない。下手をすれば…呪われたり、最悪命を奪われてしまうかもしれないのだから。
「ふふふふ…フフフフフ。フフふふフフフフフ…。」
ベチャ、ベチャ…と歩く女は近づくにつれて怪しい笑い声を漏らし始めていた。虚ろな目は見開かれ、吸い込まれそうな程に底が見えない黒が覗いている。
「ふふフフフフフ。許さナイ。」
「…龍人君、何かあの人に悪い事したの?」
「する訳ないでしょ。」
「だって許さないって…。」
「…いやぁそれもバルクによる演出なんじゃないのか?」
「フフフフフフフフフフ…。呪う。許さない。呪ってやる。ふふふふふふふヒヒヒヒヒャハはヒャヒャハハハは!!!」
狂ったように笑い出す女は龍人とレイラまであと一歩の所まで来ると足を止める。
「お前がイケナイんだ。私が…私を裏切ったから。私は許さナイ。」
完全に龍人が何かをしたかの様な言い分だが、全く身に覚えの無い龍人は何故か恐怖心が薄れ、首を捻ってしまう。
(なんか…面倒くさくなってきたぞ。怖いとかじゃなくて、変な言い掛かりをつけるこの女をぶっ飛ばしたい。)
イライラし始めた龍人だが、生憎…木々から生えた手によって体の自由は奪われたままである。このままでは何もする事が出来ない。
狂気にギラついた女の目が更に見開かれると、女の髪がブワッと広がった。女の頭を中心に扇の様に広がった髪は龍人とレイラを包み込んでしまう。髪は四肢に絡みつき、視界を奪い…五感すらも奪っていく。
(マジか…。意識が…。)
だが時すでに遅し。龍人の耳元に生温かい息が吹きかけられる。
「わたしはあなたがこのばしょにいることをゆるさない。あなたがうらぎったからわたしはあなたのいのちをうばう。あなたのいのちはえいえんにわたしだけのもになるのよ。」
そして次の瞬間、龍人とレイラから拘束感が消える。失いそうになっていた意識も回復し、気付けば周りには木々から生える手も、黒髪の女もいなくなっていた。
「あれ…ここ…どこだ?」
つい先程までは周りに背の低い木々が立ち並んでいたが、今は目の前に高い崖が聳え立っていた。後ろには林。
「龍人君…私達転移させられたんじゃ無いかな?」
「そういう事か。…ってか、さっきの女とかってなんなんだ?俺さ、バルクが1人であんな仕掛けを出来るとは思えないんだけど。」
「それは私も思うな。…でも、きっとまだ終わりじゃ無いよね。」
「そりゃぁそうだろ。…とにかく、この崖って多分島の中央にある岩山の崖だと思うんだ。周りを回って上に登れる所を探してみよう。」
「うん!」
気味の悪い怪異から解放された事で、龍人とレイラはなんとなしに明るいテンションで岩山の周りを歩き始めていた。
先程の女が龍人の耳元で囁いた言葉がかなり気になる所ではあるが…そもそも誰かを裏切ったりした事がないので、恐らくはバルクによる演出なのだろうが…。もし、あの女が本物だとしたら……これまでの生き方を反省しなければならない。
こんな事を思考の隅で考えながらレイラと崖の周りを歩いていると、何やら戦闘音みたいなものが前方から聞こえてきた。
「…なんだ?行ってみよう。」
「うん…!」
戦闘音という事は、上位クラスのメンバーがそこにいるのかも知れない。2人よりも4人で行動した方が肝試しをクリアし易そうだと踏んだ龍人とレイラは音のする方へ向かって駆け出した。
「…おいおい、これは…肝試しの枠から外れてないか?まぁものは肝試し系だけど。」
戦闘音がする所に到着した龍人とレイラが見たもの…それはバチバチと電気が弾ける火の玉…もとい雷の玉。そして、岩で構成された巨大な人の顔だった。
雷の玉はユラユラと空中を浮遊し、一定範囲内に人が近づくと高速で接近して触れたものを弾き飛ばす。
岩の顔は巨大な口を開けて人を飲み込まんと暴れまわっていた。
6人の学院生達がこの2つの怪異に襲われて逃げ惑っている。
「…龍人君、気付いた?」
「あぁ。雷の玉が弾き飛ばす方向に必ず岩の顔がいるな。」
全部で6つの雷の玉は、近づいた人を必ず岩の顔の方へ弾き飛ばしていた。幸いな事に方向の精度はそこまで高くなく、弾き飛ばされるイコール岩の顔に食べられるにはなっていない。
(にしても…あの雷の玉の動きに魔法無しで対処するのは無理があんだろ。)
ユラユラと動いているときは、子供でも避けられるレベルなのだが…高速で移動した時の速さは格闘家の達人レベルでギリギリ避けられるかどうかである。
この2つの仕掛けをスルーして岩山の頂上を目指す方が確実なのだが…。
「……他の奴らが反対側から来たな。」
「多分、あの細い道以外に岩山を登れる道が無いんじゃないかな?」
「ご丁寧に入口部分にずっと雷の玉が浮いてるんだよな。」
「あの雷の玉の動きをどうにか攻略しなきゃ…だね。」
レイラの言う通り、どうにか雷の玉の素早い動きを潜り抜けて岩山の上へと続くであろう細い道に飛び込む必要があった。
このまま闇雲に突撃しても雷の玉に吹き飛ばされ、岩の顔に食べられて終わってしまうだけである。しかも、岩の顔の口に放り込まれた生徒が戻ってくる事は無いみたいである。口の中がどこかに繋がっているのかもしれないが…恐らくは食べられるという事は肝試し失敗という事なのだろう。
岩の陰から様子を伺う2人の前では、4人に減った生徒達がどうにか細い道に飛び込もうと足掻いているが…成果は芳しくない。龍人達と反対側からこの場所に到着したクラスメイト達も状況を把握しようとしているのだろう。雷の玉と岩の顔の察知範囲内に入らないように遠巻きに様子を確認している。
そして5分程経った頃…足掻いていた最後の1人が岩の顔に飲み込まれて姿を消し、岩山の頂上へ続く道の前は静かになる。
「なぁ…1つだけ気付いた事がある。」
「なに?それを利用すれば…切り抜けられるかな?」
「んー…どうだろうな。一応だけど、雷の玉は人以外には反応しなさそうだ。反対側にいる奴らがさっきどさくさに紛れて石を投げてたんだけど、それには一切反応してなかったからな。だだ…人に反応して素早い動きを見せた後、2秒くらい動きが止まる…っぽい。」
このような曖昧な表現になってしまうのは、今の状況が起きたのを確認できたのは1回だけだったからだ。しかも、生徒を弾き飛ばした雷の玉の有効範囲に、別の生徒が恐らくギリギリで入ったのだが雷の玉は一切反応を見せなかったという…この部分においてもやや確実性に欠けていた。
「でも、それでやってみるしかないよね。」
「だな。…問題はどうやって岩山の入口に浮遊してる雷の玉を反応させるかだ。魔法が使えないから、一度反応させて避けるってのも出来ないんだよな。」
「…多分誰か1人を犠牲にするっていうのが現実的なのかもだけど、私…それはやだな。」
レイラの言うことは最もである。例え青春キャンプのイベントだとしても、クラスの仲間を踏み台にして先に進むのは間違っている。これが競争ならば話は別なのだが…。
龍人は周りを見回すと、ある物を見つけ…それを引きちぎった。
「これで何とかなるんじゃないか?」
「え…これ?」
龍人が手に持ったものを見たレイラは首を傾げるのだった。
作戦を確認した龍人とレイラは障害物とも言える存在の行動パターンを確認していた。
しっかりと観察した所…岩の顔と雷の玉の動きにある程度の法則性を見つける事に成功する。雷の玉は半径1メートルの円を描くようにユラユラと旋回を続け、岩の顔は雷の玉の行動範囲を邪魔しないようにランダムに移動を続けていたのだ。雷の玉と岩の顔がどの程度の距離に近づくと反応して襲いかかってくるのかが、やや不明瞭なのが不安点ではあるが…これに関しては誰かが近づかない限り確認する事が出来ない。
後は、可能な限り雷の玉による攻撃を受けないであろうタイミングを見計らい、作戦通りに行動をするだけである。
2人は静かに障害物達の動きを観察し、然るべきタイミングを見計らう。
そして、その時が来る。
「行くぞ!」
「うん!」
龍人とレイラは同時に岩陰から飛び出すと、やや曲線を描くようにしながら岩山の頂上へ続く道へ向けて走り出した。雷の玉の旋回のタイミング、岩の顔の現在地、それら全てを鑑みて…このタイミングが最善であった。
龍人とレイラは雷の玉同士の中間を走り抜けていく。面白い事に索敵範囲外を上手く通れているようで、雷の玉が反応する事は無い。
しかし、ここで問題が発生する。龍人達が飛び出したのにつられて反対側の生徒達が飛び出したのだ。そのタイミングはイマイチであり、先頭の1人が雷の玉の索敵範囲内に入ってしまい、岩の顔の方向に吹き飛ばされてしまう。その生徒は空中で体を捻り、なんとか岩の顔に食べられるのを防ぐが、すぐに岩の顔に追いかけられるハメになってしまう。
(やばい…後ろの奴らのせいで雷の玉の動きが少し変わっちまった。)
吹き飛ばされた生徒に何個かの雷の玉が反応したせいで、最善のルートが消えてしまう。しかし、ここで後に引いても他の雷の玉に襲われてしまうだけ。龍人とレイラは頷き合うとそのまま細い道目掛けて走り続ける。
細い道までに通り過ぎなければならない雷の玉は、細い道の入り口を守るものも含めて3つ。
「マズイ…!レイラ!2つ目の索敵範囲内に入った瞬間に左に飛ぶんだ!」
後ろからは雷の玉がユラユラと迫り、前には3つの内1番近い玉がユラユラと迫っていた。このまま止まってしまえば前後から襲われる事になってしまう。しかし、1つ目をギリギリで抜けたとしても、その先…つまり2つ目の雷の玉が丁度良いタイミングで接近しそうだった。となれば…ここはギャンブルになってしまうが、2つ目の玉をギリギリのラインで避けるしかないのだ。
「…うん!」
レイラもその事は状況として把握しているのだろう。走る速度を一切緩める事なく走り、1つ目の横を反応させずに抜け…2つ目の雷の玉が反応するであろう所で大きく左に飛んだ。
(反応しない?…よし!)
作戦上、レイラの後ろを走っていた龍人は心の中でガッツポーズを取る。レイラがギリギリで2つ目の雷の玉の索敵に引っかからなかったとすれば、このまま3つ目を予定通りに攻略するだけである。
だが、ここで誤算が生じてしまう。レイラのすぐ後ろを走っていた龍人に2つ目の雷の玉が反応してしまったのだ。
「くっ…!」
龍人は慌てて左に飛ぶ。…しかし雷の玉の動きは素早く、龍人に直撃せんとすぐ真横まで迫っていた。
(ダメか…!?)
半ばダメかと覚悟を決める龍人だったが、ふと目線を横に送ると…レイラが口をギュッと引き絞りながら手を龍人に向けて伸ばしていた。
龍人は咄嗟にレイラに向けて手を伸ばし、その手を掴んだレイラは渾身の力で龍人を引っ張る。
(…避け切った!)
足先を紙一重の差で雷の玉が通り過ぎ、龍人はレイラに覆いかぶさる形で倒れこんだ。通常であれば、女の子に抱きついちまった!柔らかい!いい匂い!…なんて考えるのだろうが、そんな事を考える状況ではなかった。
反対側から飛び出した生徒達が後ろの雷の玉と岩の顔の陣形を大いに乱し、その結果1人の生徒が再び雷の玉に吹き飛ばされ…飛んだ先が龍人達のいる場所だったのだ。当然、その場所に向けて岩の顔が猛然と迫ってくる。
「…レイラ!予定通りに行くぞ!」
最早、成功するかはギリギリで、賭けに近い部分はあったが…龍人はそのまま突っ込む事を決心する。龍人は気づいていないかもしれないが、土壇場で突っ込むというこの判断が出来るのが龍人の大きな強みの1つもでもあるのだ。
龍人の言葉を受けたレイラは立ち上がるとすぐに最後の雷の玉に向けて走り出した。そして、索敵範囲のギリギリ手前で止まると後ろから龍人がレイラの横を通り過ぎつつ複数本の蔓を束ねた物をレイラに手渡した。
「頼んだ!」
「うん!」
レイラは予め輪っかにしてある蔓の先を出っ張った岩に掛けてギュッと引っ張る。すると、縄の先が締まり…その蔓を持った龍人は自身に反応した雷の玉に正面から突っ込んだ。
バチィ!という激しい音と共に龍人は岩の顔の方向に吹き飛ばされるが、地面に固定された蔓がその軌道に変化を加える。まっすぐ飛んでいたら岩の顔の口にホールインワンコースだったが、蔓による軌道変化のお陰で龍人は岩の顔の眉あたりに着地する事に成功。本来であれば蔓を縛っている地点を支点に、吹き飛ばされた力を使って円を描くようにグルリと一周し、そのまま細い道に飛び込む予定だったのだが…。
岩の顔に着地した龍人は全力で顔を蹴り、細い道へと走る。幸いな事に岩の顔が雷の玉のすぐ近くにあった為、距離はさして開いていない。
しかし、常人が2秒のうちに数メートルの距離を走り抜けるのは難しく、細い道まで残り1メートルの所でクールタイムの2秒が過ぎ去り、龍人に反応した雷の玉が再び襲いかかった。
 




