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Colony  作者: Scherz
第六章 終わりと始まり
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14-4-7.青春キャンプ〜恐怖の夜〜



 青春キャンプ6日目、午後6時。キャンプを行っている島の北側に位置する砂浜には、上位クラスの面々…ほぼ全員が集まっていた。

 ほぼ…と言うのは、いつからか姿を見せなくなったクラウンがいないからである。心配すべき事態なのだろうが、普段から喧しく騒ぎ立てるクラウンがいないというのは、それはそれで好ましい事でもあり…結果としてクラウンがどこに居るのか探そうとする人は誰もいなかったのである。

 空は6時という事もあって日が傾き始めていて、青からオレンジへと綺麗なグラデーションをお披露目している。

 これから何が始まるのか一切聞かされていない上位クラスの生徒達は、あれやこれやと予想をしながら盛り上がりを見せていた。


「うっしゃぁぁ!みんな!俺が3日間掛けて準備したイベントを始めるぞ!今回のルールは簡単!この北側の林を抜けて、島の中央にある岩山の頂上に置いてあるクリスタルを手に入れるだけだぜ!クリスタルにはとある場所への転送魔法陣が記憶されてるから、その場所に到着したら見事クリアって事だな!」


 バルクの説明した内容は至って簡単で、これが3日間も掛けて準備した内容なのか…と全員が肩透かしを食らった表情を浮かべる。…が、バルクはニカッと笑って皆の表情を気にした様子は一切見せない。


「もう少し詳しいルールを言うぞ。今回は一切の魔法の使用を禁止する!そして失格になるのは、時間内にクリスタルを入手して使えなかった場合のみだぜ!んでだ…参加するのはペアで頼むぜ!もちろん男女ペアだからな!」


 男女ペア。この言葉に全員が反応を示す。これはつまり、男女ペアである必要がある何かが仕掛けられているという事。

 …と、全員が思考を巡らせ始めた時である。バルクはあっさりとその答えを口にするのだった。


「このイベントの名前は単純!肝試しだぁあぁああ!」


 よっしゃぁぁ!的な感じで拳を高く突き上げるバルク。これに対して皆の反応は様々であった。男女ペアで肝試しというシチュエーションに喜ぶ男、怖いものが嫌いで不満タラタラな女、ホラーやオカルトが好きで小さく口元に笑みを浮かべるもの、そもそも肝試しに全然興味がなくて無関心な者。

 しかし、皆が様々な反応をしたところで主催者のバルクには一切関係が無かった。


「うし!じゃぁ籤を用意したから、みんなは1つずつ取ってくれ。同じ番号が書かれた人とペアを組んでもらうぞ。男は青の箱、女は赤の箱から取ってくれよ〜!」


 参加したくなさそうな者もいるが、バルクが3日間準備したと言った事が効果を発揮し、全員が籤に手を伸ばす。そして、次々にペアが決まっていくのだった。

 さて、龍人の相手はというと…。これまたど定番な相手であった。ここまでいくと魔法で上手く操作されたのでは…?と疑いたくなるが…。まぁそこは置いておこう。こういう事は起こるべくして起こるのだ。龍人の相手はレイラだった。2人が取った籤の番号は30番。


「お、レイラよろしくな。」

「う…うん。」


 午前中は気まずい雰囲気だったレイラだが、ペアが決まってからはほぼいつも通りのレイラに戻っていた。レイラがいつも通りに龍人と接するようになったのには、見えないところでルーチェの涙ぐましい努力があったという事を補足しておこう。因みに、レイラの様子がほぼいつも通りというのは…これから行われる肝試しが影響してやや震え気味のレイラという事である。


「レイラ…肝試しとか苦手なのか?」

「う…うん。基本的にホラーとか怖いものはダメなんだ。」

「あ、そうなんだね。魔導師団の任務とかで結構厳しい場面とかにも遭遇してるから大丈夫なんかと思ってた。」

「リアリティのあるものは良いんだけど…得体の知れない系は苦手なんだ。龍人君は大丈夫なの?」

「ん〜多分…かな。あんまりホラーとか普段は見ないからね。ただ、夜の暗い森は慣れてるから怖いとかは無いかな。」


 各ペアの男女がこんな話をして盛り上がる中、林と砂浜の際に立ったバルクがメガホン片手に仁王立をする。


「よぉし!じゃぁ籤の番号順に挑戦してもらうぞ!1番、2番、3番の番号を持ったペアからレッツゴーだぜ!」


 こうして、青春キャンプ肝試しが開始されたのだった。

 各ペアは林に設けられた3つの入り口から同時に出発していく。次の3組が出発するのは15分後。従って、30番を持っている龍人とレイラが出発するのは最初の組から2時間半後だった。

 肝試しが開始されてすぐに林の中からは何かしらの仕掛けに驚いた悲鳴が響き渡る。


「きゃぁあ!」


 基本的に女性の叫び声が多いが、時折男性の叫び声が混ざるのも待機組の恐怖をより煽る結果となっていた。

 綺麗なグラデーションで彩られていた空も気づけば濃紺に染まっていた。


「なぁレイラ。バルクが作った肝試しだからそんなに怖く無いだろうって思ってたんだけどさ…結構怖いんじゃないかなこれ。」

「…うん。私もそう思う。 全然叫び声が無くならないし…。」

「だよなぁ。なんか行きたくなくなってきたわ。」

「…うぅ。私は最初から行きたくないよ…。こういう肝試しとかって、本当は準備していなかったものが現れたりするっていうでしょ?怖い話をしてると霊が引き寄せられっても言うし…嫌な予感しかしないよ。」

「え…まじか。って事はさ、バルクが仕掛けてない…本当の幽霊とかが現れるかもしれないって事か。それって…本当に起きたらまずくないか?」

「…だからそんな事言ったら余計に怖くなっちゃうって…!」

「あ、ごめんごめん。でも…前向きに考えればさ、俺たちはどれがバルクの仕掛けか、本当の幽霊かは分からないだろ?だったらどれが本物とか考えても仕方がないんじゃないかな。」

「だから怖いんだってぇ…。だってさ、気付かずに幽霊に別の世界に連れて行かれちゃうかも知れないんだよ?」

「いやぁ…流石にそれは無いんじゃないかなな。」

「…ううぅぅ。怖いなぁ。」


 ひたすらに怖がるレイラと、あまり怖がっていない龍人がこんな感じの問答を続けていると、気づけば周りに残っているのは龍人とレイラを含めた3組だけになっていた。


「よし。じゃぁ最後の組の出発な。俺はゴール地点に先に行って待ってるわ。ご武運を祈るぜ!」


 そう言うとバルクはクリスタルを取り出して転送魔法陣を発動させて姿を消してしまう。


「…行くか。」

「………うん。」


 林の入口に立った龍人とレイラ。入口から先は暗闇が広がっていて、本当に別の世界に足を踏み入れてしまうのでは…という恐怖が心の奥底からチロチロと舌を覗かせ始める。

 暗闇の奥底がグニョリと歪んだ気がした龍人は思わず瞬きをすると、ゴクリと唾を飲み込んでレイラと共に林の中に足を踏み入れる。


「思ったよりも暗いな。」

「だね…。」


 林の中に入った龍人とレイラは道を確かめながら、ゆっくりゆっくりと暗い道を進んでいた。隣を歩くレイラが暗闇の恐怖から龍人に寄り添っていて、それをちょこっと嬉しく感じている龍人だったりもする。

 そのまま歩いていると…フと何かの気配を感じた龍人が足を止める。


「なぁ…今、何かが向こうで動かなかったか?」

「……え、わ、私は分からなかったな…。」

「……いや、何かがいるぞ。…あっち。」


 龍人が指し示した先には…人が立っていた。だが、普通の人ではない。白装束を見に纏ったその女は長い髪を垂らし、身動きすることなく龍人達を見つめている。気味が悪い事に…その姿は時折ゆらっと存在自体が消えそうに揺れていた。

 言葉も発さず、動かず、静かに、静かに見つめるのみ。それはこれから龍人達に襲い掛かる恐怖の数々を知っていて、それらに見舞われる2人を憐れんでいるかのよう。

 そして、女は口の端をゆっくりと持ち上げていく。


「え……え…え?」


 それを見ていたレイラが口に手を当てて戸惑いの声を漏らす。

 笑みの形を作った女の口は、それ以上は持ち上がらないだろうという所まで持ち上がっていき…微笑みから、笑顔に…そして狂気の笑みへと変わっていく。

 ブチ…ブチ…ブチ…。

 皮膚が、いや…体の組織そのものが引き千切られる音が響き、女の口は本来の形を失いながらも笑みの形を作り続ける。口の裂け目は広がり、皮膚が裂けた所からはピンクの肉が覗き、耳まで達した裂け目は大きな笑みの形を成していた。


「う…こ、これ…本当にバルクの仕掛けなのか?」


 龍人の服の袖を掴んだレイラの手は小刻みに震え、彼女が本気で怖がっているのが伝わってきていた。

 口の裂けた女は頭をグリン、グリン、グリングリングリンと回し始める。そして、激しい動きに乱れた髪を振り回しながら龍人とレイラに向けて猛然と走り出した。


「うぉ!マジか!…逃げるぞ!」

「きゃぁああああ!」


 女の接近に危険を感じた龍人とレイラは全力で走る。草を掻き分け、木々の枝の下を潜り抜け、先へ先へと走り続ける。10分程だろうか…女の気配が後ろから消えたのを確認した龍人とレイラは膝に手をついて乱れた息を整えていた。


「はぁ…はぁ…はぁ…。こりゃぁ皆が叫んでるのも頷けるわな。」

「そ…そうだね。ふぅ…私…本当に幽霊が出てこないか不安になってきたよ。」

「まぁさっきの女が本物の幽霊じゃない保証も無いもんな…。とにかくさっさと岩山に到着してクリスタルを手に入れよう。」

「うん。もう怖いのヤダから…私頑張る!」

「うし。じゃぁいくか。」


 木々の隙間から岩山の方向を確認した龍人とレイラは再び周囲を警戒しながら歩き始める。


(それにしても…一切の魔法使用を禁止って、思ったよりもかなり不便だな。)


 肝試しでこれからどんな仕掛けが待っているのか…という所も気になるが、龍人としては魔法が使えない不便さの方が気になっていた。今先程木々の間から岩山を探したのも然り、普段であれば探知魔法や、浮遊魔法を使う事で自分のいる位置をすぐに把握する事が出来るのだが…。いざ使えない状況に陥ってみると、相当に面倒臭いという事を痛感していたのだ。


「…ん?レイラ、服を掴むのは良いけどさ…なんでさっきから俺の頭をポンポン触ったりしてるんだ?」

「え…私そんな事してないよ?むしろ龍人君が私の頭をポンポンしてるよね?」

「…俺、そんな事してないぞ?」

「………冗談だよね?」

「こんな状況でそんな冗談は言わないって。」

「………………。」

「……………………。」


 龍人とレイラは顔を見合わせるとバッと周りを警戒する。今まで隣にいる相手だと思っていた頭ポンポンが、隣にいる相手では無いとしたら…答えは簡単。本物の幽霊か、バルクの仕掛けによるものという事だ。

 周囲に不穏な気配を感じる事は出来ない。だが、気付けば木々の高さが歩き始めた時よりも低くなっている気がしなくもない。

 ポン。…と再び龍人の頭に何かが触れる。触れられた感触は完全に人の手なのだが

…。龍人はバッと上を見上げるが、そこにあるのは木々の枝と、その間から覗く月の光だけである。

 すると、今度は不思議な音が鼓膜を刺激する。

 ヒタ。ヒタ。ヒタ。ヒタ。

 何かが歩くような音。それも裸足で歩かないと聞こえない音。いや…正確に言えば裸足で廊下などを歩かないと聞こえないはずの足音。ましてやこんな林の中で聞こえるはずがない足音である。だが、それは確実に聞こえていて…。


「龍人君…私たちの周りを…回ってるよね?」

「だな…うわっ!」


 突然叫ぶ龍人。


「えっ?えっ?ど、どうしたの??」

「…今、何冷たいものが俺の足首を掴んだ。」

「……やだよぉ。」


 奇妙な事象の連続にレイラはややベソをかき始める。


「きゃぁぁ!!わっ、私も触られた…!」

「…取り敢えず逃げるか?」

「うん!」


 最早相手の正体が全く分からない龍人とレイラには、逃走という選択肢以外は残されていなかった。

 しかし…今回は逃げるだけでその奇妙な現象から解放…という事にならなかった。

 ヒタ。ヒタ。ヒタヒタ。…ヒタヒタヒタヒタ。ヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタ!!!!!!!!

 逃げれば逃げるほどに足音は増えていき、遂には前後左右から足音が迫ってくる。

 ヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタ。

 …………………………。


「…止まった?」

「…うん。」


 鼓膜が破れると錯覚しそうな程の足音が一斉に迫り、もう逃げる事は叶わない…と思った時であった。それまで聞こえていた足音がピタリと止む。

 そして、訪れたのは無音の世界。シン…と静まり返った状況はそれまでと比べて格段に安心出来る筈なのだが、今までの異常と比べて通常過ぎて逆に不安感を煽られる結果となっていた。

 急激な状況の変化に警戒して龍人とレイラは身動きを取れず、呼吸をする事も忘れて気を張り巡らせる。

 サラサラサラ…。風が木の葉を揺らし、葉っぱ同士がこすれる音が響く。

 ツーっと龍人の額を一筋の汗が流れ落ちる。両の手は強く握り締められ、レイラは龍人の腕を掴んで小さく震えていた。

 怪異は何の前触れもなく姿を現した。周囲の木々の枝や幹からニュルリと手が生え、龍人とレイラを掴もうと伸びてきたのだ。


「い、いやぁあああ!」


 生身の腕が生え、伸びてくるという異常且つ気持ち悪い光景にレイラは龍人にしがみ付いて叫び声をあげる事しか出来ない。


(う、ちょ…動けないし!)


 怖がる女性にしがみ付かれる。…男からしたら1度は体験してみたいシチュエーションかも知れないが、今の状況的に確実にアウトな行為である事に間違いない。

 レイラにしがみつかれた事でまともに動く事が出来ない龍人は、レイラ共々生身の腕達に捕まってしまう。

 ベチャ、ヌルリ…気色の悪い感触が龍人とレイラの顔や腕、足を掴み自由を奪っていく。そして、身動きが取れなくなった龍人達の前に新たな怪異が姿を現した。

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