14-3-7.迷子
ちなみが取り出したクリスタルから展開された魔法陣の光に包まれ…龍人は魔力の使い過ぎが原因で気を失う。
目が覚めた龍人の視界に飛び込んできたのは…何だろうか。後頭部には柔らかい感触が広がり、鼻をくすぐるのは仄かに漂う良い香り。
(……ん?)
イマイチ状況が把握できずに身じろぎした龍人の視界にちなみの顔が現れる。目の前に広がる何かの向こう側から。…もう言わなくても分かるだろう。なぜか龍人はちなみの膝に頭を乗せた状態で寝ていたのだ。
「あ、龍人君!良かったぁ…。」
「お…おう。俺の事介抱してくれてたのか?ありがとな。っつつつ…。」
ちなみが覗き込めば覗き込むほど目の前に広がる双丘が近づいてくるため、まさかの事態にならない様に龍人は身を起こそうとするが…全身を激しい痛みが襲った。
「あ、龍人君無理したらダメだよ。えっと…多分普段あまりしない動きに体がついていけなかったのと、 魔力虚脱状態ギリギリだったのが合わさって…ガタがきちゃってるんだと思うよ。この場所布団も何もなくて…だから私の膝の上でごめんね。」
「あ、いや…なんか悪いな。」
膝の上にいる事で気持ちの良い感触と、良い香りと、素敵な光景が目の前に広がっているので…嬉しいといえば嬉しい状況なので、龍人はなんとも煮え切らない返事をする事しか出来ない。
とは言え、このまま素敵な光景を見続けていてもアレなので、龍人は視線を周りへと移す。
「ここは…何処だ?」
「それがね…分からないの。」
「……ん?」
「え、えっと…龍人君がオークに襲われそうになった時に転移魔法陣が記憶されたクリスタルを使ったんだけど、ギリギリで転移先の設定が出来なくてね…多分ランダムに転移先が設定されちゃったんだと思うんだ。…っていう事なの。」
「成る程な。どっちにしろありがと。ちなみが助けてくれなかったら、オークの攻撃を多分まともに食らってたと思う。」
「ううん。龍人君があの凄い魔法を使ってくれたからあの状況を切り抜けられたんだと思うよ。だから、私はいいの。」
「はは…まぁそういう事にしとくか。問題は今いる場所が分からないから転移魔法陣で戻る事も出来ないってトコだよな。」
「う、うん。そうだね…。」
龍人とちなみがいる場所は、四角い部屋だった。置かれているのはテーブルが1つに椅子が4脚。他に特別なものは一切置いてない事からも、特別な目的で使われている部屋でない事は確かと言える。
それに、部屋での中はしばらく使われていないような埃臭いような匂いだった。
「ちなみはこの部屋から外に出たりしたのか?」
「え、う…うぅん。1人で出るのは怖くて…。それに、龍人君を置いていくのも不安で。」
「だよな。サンキュ。じゃあ…一先ずは俺の魔力が回復するまではこの部屋で待機か。」
「うん。…あ、私ね、魔力補充用のクリスタルを持ってるんだ。使って。」
そう言ってちなみは制服の上着をごそごそと探り始める。併せて素敵な光景が揺れる点については割愛しよう。
…ともかく、ちなみから小さめの魔力補充用のクリスタルをうけとった龍人は魔力を少し回復させるが、どちらにせよ全快に程遠いのと身体中がギシギシと悲鳴をあげていたので動く事はままならなかった。
とは言え、いつまでもこの場所にいる訳にもいかないのもまた事実。2人は動き始めるのを翌日の朝に定め、休息をとる事にしたのだった。
因みに、食料に関しては龍人が空間系の魔法陣の中に幾つかの非常食を入れていたので、それを食べて空腹を凌いだのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
龍人とちなみが休息を決めた頃…転送塔の前でオセロの盤面を挟んで向かい合っていたラルフとジャバックは険しい顔をしていた。
「おいジャバック。本当に探しに行かないつもりか?」
「もちろん。龍人はそう簡単にくたばる程弱くはない。」
「そりゃぁそうだけどよ、魔導師団の一員だとしても大量の魔獣に囲まれでもしたら危ないぞ?それにだ…南側地区全域に張ったクラスの生徒達全員の動きを把握する探知結界から消えたってのは、他の地区に行った可能性が高いか…死んだかだ。」
「死ぬという事は無い。我と互角に戦える可能性がある若者が、この南側地区の魔獣程度に命を奪われる事は無い。」
「…言い切るねぇ。そしたら、反応が消えたのはどう考えてんだ?」
「単純にこの南側地区から出たのだろう。ペアの相手がちなみという事も考えれば、龍人がわざわざ他の地区に行く理由が無い。魔獣討伐と言えども所詮は試験。その試験の最中にペアである仲間を危険にさらす愚は犯さないだろう。となれば、考えられるのは1つ。何かしらのトラブルに巻き込まれて別の地区に行かざるを得なかった…だ。」
「ソレだったら尚更探しに行かないとヤベェだろ。上位魔獣とでも遭遇したら、龍人とちなみじゃ太刀打ちできねぇぞ。」
パチィン!と、ジャバックが攻撃を仕掛け、盤面上に黒が一気に増えていく。逆転の一手を打たれて凍りつくラルフを見て、ジャバックは口の端を持ち上げた。
「この世の中、全てが思い通りにいくわけでは無い。不測の事態は常に付きまとう。だが、それを乗り越えられぬ者に限界を超えた成長はあり得ん。」
「まぁ…そうなんだけどよ。」
「ラルフ。お主は少しばかし過保護だ。これから起きるであろう事態全てで、お主はお主の生徒達全員を助けられるのか?」
「それは無理だな。」
「だろう。ならば、自分の生徒を信じる事をするのだ。その過程で起きる犠牲も受け入れて見せよ。」
パチィン!と、ラルフが反撃の一手を投じる。
「ふぅむ…。」
「ジャバック。最悪の場合、俺はお前をぶっ飛ばすからな。」
「好きにするがよい。」
パチィン!と、ジャバックが更に追い詰める一手を放つ。このままではラルフが負けるのは必至。次の一手を間違えれば…負けが確実だった。
「…なぁ、何手か戻すのは無しか?」
「人生にやり直しは利かん。」
「……。」
オセロで勝利への活路が見出せずにラルフは頭を抱えるのであった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ほぼ半日以上休み、ある程度の魔力を回復させた龍人とちなみは今いる部屋の中を調べていた。
(魔力は…半分くらいしか回復してないか。魔力の調節が難しくて一気にもってかれたからな…。あの攻撃魔法を使う時は状況をしっかり把握しないとマズイわな…。)
そもそも、龍人が使った魔法は古代魔法メテオストームもどきなので、其れ相応の魔力を消費するのはあたりまえである。
全身の痛みはまだ取れていないが、いつまでも横になっていても事態が変わらないので、多少の無理をしても動き出す事にしたのだ。
「この部屋、本当に何も無いな。」
「…うん。やっぱり部屋の外に出るしかないよね。」
「だな。……覚悟を決めるか。」
「……うん。」
龍人とちなみは奇襲に備えて魔法発動の準備を整えつつ、部屋のドアをゆっくりと押し開けていく。ドアの隙間から見えたのは…薄暗い廊下だった。左右に何処までも伸びていて、廊下の突き当たりが見えない程だ。
「よし。右に行くか。」
「え、何か分かったの?」
「いや、勘だ。」
「…怖い魔獣がいませんように。」
龍人とちなみは薄暗い廊下をゆっくりと進んでいく。光魔法で照らす事も考えたのだが、この廊下に魔獣が潜んでいた場合…こちらからわざわざ居場所を知らせる事になってしまう為、敢えて薄暗いまま進んでいた。
廊下を進むうち、龍人はある事に気がつく。
「なぁ…ここって、もしかしたら図書館じゃないかな?」
「え、…あ…本当だね。かなり大きな図書館だね。」
廊下には一定間隔でドアが左右に設置されているのだが、それらのドア上にあるプレートに資料室、歴史、児童書…などの文字が書かれていたのだ。明らかに図書館である。
つまり、禁区の何処かにある廃図書館なのだと予想されるが…それにしてはおかしな点もあった。
「さっきから思ってたんだけど…禁区にある建物にしては小綺麗だよな?」
「私もそう思うよ。螺旋蜘蛛がいたビルとか埃だらけだったし、色々な所が壊れてたよね。」
そう。長年使われていない形跡はあるが、廃図書館と呼ぶ程廃れていないのだ。
本当に自分たちがいる場所は禁区なのか…そんな疑問が鎌首をもたげ始めていた。
様々な疑問が浮かぶ中、龍人とちなみはエントランスと書かれたプレートが付けられたドアを見つけて足を止める。
「普通に考えたらここが出口だよな。」
「…?うん。そうだと思うよ。」
「大体さ、ファンタジー系の話でこういう展開の場合…ドアを開けたらボスが立って待ってますってやつだよな。」
「うーん…でも想像上の話だし、そんな事はないって思いたいけど…。」
「それは俺も同じ。ま、いきなり襲われても良いように気を抜かないでいくぞ。」
「…うん!」
…とまぁ、いかにもボスが待ってそうな前ぶりだが、そんなに綺麗なストーリー展開があるはずが無かった。
あくまでも万が一の場合に備えているだけだ。
そして、龍人はドアを開けてエントランスへ足を踏み入れた。ドアの向こうは広い空間になっていて、当然の如く巨大な魔獣のボスが待っているなんて事は…。
(ボス…ではないと思うけど何かいるな。)
広々とした空間の中央に白い鎧が置かれていた。…いや、もしかしたら人が鎧を着ているのかもしれないが、それすらも判別ができない位に一切の身動きが無かった。ただそこに鎮座し、龍人とちなみを真正面に捉えて動かない。
「ちなみ…あの白い鎧ってなんだと思う?」
「え、えっと…何なんだろう。鎧の魔獣は聞いたことが無いから…違うと思うな。」
「それは俺も同じだ。ただの置物ならなんの問題も無いけどな…油断すんなよ?」
「うん。」
2人は白い鎧を避けつつ警戒しつつ移動を開始する。目標地点は丁度反対側にある外に続くであろうドアだ。
足音を立てに異様に静かに、余計な事は話さずに息を潜め、大きく迂回しながら目標地点を目指す2人。
ガチャリ
鎧の横辺りまで来た時、そんな音が龍人達の耳に飛び込んでくる。見れば…横を向いているはずの白い鎧が龍人達の方を向いていた。




