14-3-5.魔獣討伐試験〜焔と氷の協奏曲〜
龍人達がいた廃ビルから北に進む事15分。ようやく爆発地点の近くにまできた龍人とちなみ。2人は移動速度を落として周囲を警戒しながら進んでいた。
廃ビルが立ち並ぶ西区の南側地区は、基本的に大通りが交差する形なので見通しが良い。従って奇襲を受ける可能性は限りなく低いとも言えるのだが、魔獣が予想外の行動をする事が身にしみている龍人とちなみは慎重に慎重を期す事にしていた。
2人が進む周辺は戦いの跡なのか所々アスファルトが焦げ臭くなっていた。不自然な程綺麗に切断された柱などもあることから、誰かがここで戦っていたのは間違いがないと言える。
「…ん?何か聞こえるな。」
「あっちの方から聞こえるみたいだよ。」
ちなみが指し示したのは、丁度今いる十字路の先に聳え立つ巨大な廃ビルの向こう側だった。
「よし。戦闘地点が近いって事は、その音に引き寄せられて他の魔獣が近づいているって事も考えられるから、気をつけるぞ。」
「うん。」
「で、基本的な戦闘は俺が前衛、ちなみが後衛で行こう。支援魔法は消費魔力が多そうだから最初は使わなくていいかな。俺が危なそうだったら適宜頼んだ。」
「うん!任せて!」
「ただし、正攻法で戦う試合でもないから
…後衛のちなみを背後から襲撃してくる魔獣がいる可能性もある。その辺りは十分に注意してくれな。」
「う…が、頑張るね。」
何故か自分に危険が及ぶ可能性がある話をされると消極的になってしまうちなみだったが、それでも先程体験した支援魔法の強さ、そして蜘蛛の糸結界を破った時の魔法制御力から、龍人はそこ迄心配をしていなかった。…もちろん、油断が禁物なのは大前提での上でだ。
2人は周囲に探知結界を張りながら巨大な廃ビルを迂回していく。
そして、角を曲がった先にあるビルに囲まれた広場に到達し、そこで繰り広げられていた戦いを目にすると、顔を見合わせてどうしようか…と肩を竦めたのだった。
そこに広がっていた光景…戦っていたのは火乃花とスイの2人だった。彼らに敵対しているのは岩で構成された巨人…つまりロックゴーレムである。
このゴーレムは下位魔獣に分類される。単一の素材で構成された魔導生命体で、構成された素材を操る魔法を駆使する。単一の魔獣としての力だけで判断するのなら中位に属するのだが、基本的に単体で現れる事が多いため下位に分類される魔獣だ。単体ならばそこまで移動速度も攻撃速度も速くない為、適切な戦法…ヒット&アウェイ等を取れば負ける事はほぼ無いとも言える、ある意味で危険度の低い魔獣なのだ。
ただ…今の状況はそうでは無かった。火乃花とスイを取り囲むように4体のロックゴーレムが腕を振り回している。
単体で現れる事が多いという理由で下位魔獣に分類されるゴーレムが4体で襲いかかるというこの状況。普通に中位魔獣を4体相手にしているのと変わらない危険度である。…が、それでも龍人とちなみが戦闘に参加するか迷ったのは、火乃花とスイが素晴らしい程に善戦を繰り広げていたからだ。
焔鞭剣を振り回し、直撃した部分に高熱の爆発を次々と引き起こしながらゴーレムを後退させる火乃花と、氷冰刀…ひょうひとうと言う日本刀(この武器の名前は最近になってスイが火乃花に教えたらしい)を使って素早い動きでゴーレムの四肢を切断し、更には着弾箇所を凍結させる氷の礫を次々と放つスイの2人の戦いは、入り込む隙が無いほどに連携が取れていたのだ。
「なぁちなみ。これってこのままこの場所を離れた方が良く無いか?」
「う…うん。火乃花さんとスイ君の2人…凄いね。ダンスでも踊ってるみたいに連携が取れてるよ。」
「だな。残念なのはゴーレムが討伐対象じゃないってトコかね。」
「…そうだね。なんか、押してるように見えるけど…ロックゴーレムがすぐに再生してるよ。」
「あぁ…確かゴーレムは胸に核があって、それを破壊しない限り、体を構成する同じ素材を吸収して再生するらしいぞ。前に魔法協会ギルドの文献で見たな。」
「え…それって、このままだと火乃花さんとスイ君が魔力切れで負けちゃう可能性もあるんだよね?」
「…まぁ、そうだな。その可能性は無いとも言えないかも。」
「じゃぁ…助けた方がいいんじゃないかな…?」
「ん〜あのプライドが高い2人がそれをOKするかな?」
「でも…それで2人に何かあったら私後悔しちゃうよ。」
「それはそうだな…。よし、そしたらもう少し様子を見て、ヤバそうだったら手助けするか。他の魔獣が近寄ってこないか注意すんぞ。」
「龍人君ありがとう。」
ニコッと笑みを向けてくるちなみは、お世辞でなくとも可愛いものだった。その笑顔に思わず引き込まれそうになる龍人だったが、すぐに自制する。それに、龍人としても火乃花とスイを放っておいて他の場所に行くつもりなど毛頭なく、ちなみにお願いされたらから手助けをするという流れになった事に多少なりとも罪悪感を覚えていた。
(俺ももう少し素直に言えるようにならないとな。)
こうして龍人とちなみは広場の隅で周囲へ探知結界を広げつつ、戦いの行く末を見守る事にしたのだった。龍人は魔法陣を幾つか展開してすぐに攻撃に参加する準備をし、ちなみも魔法をすぐに発動出来るように準備をしつつ。
4体のロックゴーレムと火乃花、スイの戦いは熾烈を極めていた。
「スイ君後ろ!」
「…むっ!?」
火乃花の声に反応したスイは振り向きざまに氷冰刀を横一直線に薙ぎつつ、ロックゴーレムの腕の下を潜り抜ける。切断面を凍結させながらロックゴーレムの足下に移動し、両足を切断して後方へ抜けた。
両足を切断されたロックゴーレムはズシンと地響きを立てて倒れ込む。それに反応したのか、火乃花が相手をしていた3体のロックゴーレムの1体が体をスイへ向け、正拳突きを放つ。距離的に届かない位置での正拳突きだが、全く問題は無い。突き出された腕が拳大の石飛礫に分解されてスイへ襲い掛かったのだ。
「むぅ…!」
スイは低い唸り声を漏らしつつ、迫り来る石飛礫を前方に展開した幾つかの物理壁で防ごうと試みる。…が、ただ飛ばしたのでは無く、ゴーレムの魔力によって操作されている石飛礫は粉を描くようにして物理壁を迂回してスイへと襲い掛かっていた。
高速で回避行動に移るスイは冷気で石飛礫を凍結させつつ、止めきれなかったものは氷冰刀で弾き飛ばしていく。
嵐のような石飛礫の雨をどうにか防ぎきったスイは忽然と姿を消す。次に現れたのは火乃花に後ろから拳を振り下ろそうとしていた別のロックゴーレムの後ろだ。
「…魔剣術【流閃】。」
抜刀術による左から右への斬撃、その斬撃のスピードを維持したまま下から上、燕返しの様に刃の向きを素早く変えての斬りおろしの3連撃がロックゴーレムゴーレムの体を6つに斬り分けた。ガラガラという音と共に崩れ落ちたロックゴーレムの向こうでは、火乃花が鞭の様にしならせていた焔鞭剣を剣の形に戻しつつロックゴーレムへ正面から迫っていた。
「はぁぁ!」
女剣士の様に鋭い気合を吐いた火乃花は剣先を地面に突き刺しつつ、ロックゴーレムへ振り上げた。すると、その軌道に合わせて紅蓮の爆発が生まれ、ロックゴーレムを呑み込み、吹き飛ばして廃ビルの壁面へ叩きつけた。
崩れ落ちるロックゴーレムに目もくれずに振り向いた火乃花は、残りの1体に向けて焔鞭剣を鞭の様にしならせて駆け出した。同時にスイも駆け出しており、2人はロックゴーレムの前後から同時に襲いかかる。
ロックゴーレムもこの2人に応戦すべく両腕を石飛礫へと変化させて2人へ放とうと行動をかいしするが、元々1体では下位魔獣に分類されるだけあり、その攻撃速度は大して速くない。
スピードを武器にして戦うスイと、それ程の速さは無いにしても天才的な戦闘センスを誇る火乃花は、石飛礫に変化しつつあるロックゴーレムの腕を一閃と共に弾き飛ばす。そして、焔と氷の剣閃がロックゴーレムを石塊に変えたのだった。
軽やかに着地した火乃花とスイは、それでも戦闘モードの険しい顔を崩す事はしない。
理由は簡単。1番最初にスイが両足を切断したロックゴーレムが足を再生して立ち上がっていたのだ。残り3体のロックゴーレムも倒されたそばから再生を始めていた。
「スイ君。やっぱり核を壊さないと駄目ね。」
「うむ。…だが、奴らのは核の周りだけ恐ろしく強固に強化している。1体の核を集中的に狙うにしても、4体同時に相手だと難しい。」
「…そうね。このままだとジリ貧だわ。」
日本刀と剣を構える2人は額に汗を滲ませながらも、再生したロックゴーレムへと再び立ち向かっていく。
「やっぱ2人で4体のロックゴーレムは厳しそうだな。」
「う、うん。手助けした方がいいと思うよ。討伐試験のルールにペア同士で手を組んではいけないとは無かったし。」
「…!なるほどね。ジャバックが『お主らを助けるものはいない。…現状では』みたいに言ってたのはそういう事か。つまり、ペア同士で助け合えって事だ。実際に魔法街が魔獣に襲われたと仮定して、その時には全員で協力する筈。その大切さに気付かせるために、わざと男女でペアを組ませたりしてペアだけでどうにかしなきゃいけないって思わせたんだよ。…多分ね。」
「…え、多分って事は、手助けしたら…試験失格って事もあるの?」
「ん〜ダメだとは言ってなかったし…いいんじゃないかな?あの2人をこのまま見過ごして別の場所に行くのは出来ないだろ?」
「うん…。それはやだな。」
「じゃぁやるしかないだろ。失格になったらその時はその時だ。」
「…うん!」
龍人の言葉に同調したのか、ちなみはやる気を出して返事をする。
そして、2人が火乃花とスイの手助けに行こうとした時だった。ある異変が起きる。
夢幻を取り出し、駆け出そうとした龍人はその異変をいち早く察知して動きを止めていた。
「ちなみ…何かが近づいてきてるかも。」
「え?」
ちなみは探知結界の半径を広げ、龍人の言う何かの正体を掴もうとする。
「…北東側から何か来てるね。全部で20体くらいだと思うけど…、今新しく魔獣が来たら大変だよ。龍人君どうしよう。」
「流石の火乃花とスイでも4体のロックゴーレムに加えて20体の魔獣が戦闘に加わったら厳しいだろ。手助けにはいるぞ。」
「…うん!」
龍人が前衛、ちなみが後衛という基本的なフォーメーションは変えずに2人は火乃花とスイの元へと走り出した。
「セイッ!」
居合斬りでロックゴーレムの胴体を上下に分断したスイは、続け様に右にいるロックゴーレムに向けて巨大な氷を放つ。直撃と同時に氷と岩が削り合う音が響き、ロックゴーレムをノックバックする事に成功した。
ここで追い打ちの斬撃を放つべく氷冰刀を脇に構えたスイ。…を横から強烈な衝撃が襲った。
「がっ……!?」
なんと、上下に分断したロックゴーレムが地面に倒れずにそのまま再生を行い、拳を突き出していたのだ。
拳の強打を受けて吹き飛ぶ…だったらまだ良かったのだが、スイはその場で地面に叩きつけられてしまう。
スイを叩きつけたロックゴーレムは両手を頭の上で組み、容赦なく振り下ろした。
「……ぐ。」
ロックゴーレムから受けた衝撃で軽い脳震盪をしたスイは、拳が振り下ろされているのには辛うじて気付くことが出来ていたが、それに対して体が反応出来ていなかった。
このまま無防備に直撃を受ければ、岩の拳が生み出す強大な圧力と衝撃によって体が無残に破壊される事は必至。
スイにとっては絶望的な状況。すぐ近くで戦う火乃花もロックゴーレム2体に囲まれて手助けをできる状況にない。
ドガァン!
と、強力な攻撃音が響いたのはスイの体ではなく…ロックゴーレムだった。その攻撃音を発生させたのは龍人。ちなみと共に走り寄っていた龍人は間に合わないと判断するや否や、特大の火球を放ったのだ。
着弾の衝撃でバランスを崩したロックゴーレムは横へ倒れていき、その隙にスイの腕を取って立ち上がらせた龍人は続けてノックバック状態から復帰したロックゴーレムに向けて夢幻を構える。
「…龍劔術【龍牙撃砕】」
夢幻の左右に3本ずつ漆黒の刃が現れ…合計7本の刃による斬り上げからの斬り下ろしの2連撃が放たれる。1撃目…ロックゴーレムは体の前面を切り裂かれつつ、衝撃に体を仰け反らせて僅かに宙に浮いてしまう。2撃目…浮いた体に叩きつけるように斬撃が襲い掛かり、ロックゴーレムは体をバラバラにしながら地面へと叩きつけられた。
いきなり現れてからのヒーローじみた龍人の活躍にスイは細めを見開いて動くことが出来ない。恐らくは思考回路が付いてきていないのだろう。だが…今はそれが許されるタイミングではなかった。
確かに2体のロックゴーレムに対して手応えはあったが、核を壊すにまでは至っていなかった。
(ちっきしょ。人間相手の戦いだとこの手応えだったらほぼ勝ちなのに、魔獣相手だとそうもいかないってのがキツイな。)
以前禁区で風龍と戦った時に魔獣の恐ろしさは思い知ったつもりだったが…下位魔獣であるロックゴーレムでいまの状態だとすると、風龍は恐らく手を抜いていたのだろう…と思ってしまう。
とは言え、今放った攻撃は核を壊す為ではなく、あくまでもスイを助ける為の攻撃なので…正確な判断は難しいのだが。
余計な思考をすぐに振り払った龍人は、スイを見ると叫んだ。
「スイ!北から魔獣の群れが近付いてる!このままのんびり戦ってたら囲まれちまう!」
「ぬ…。承知した。だが…この場所はロックゴーレムによる結界の中だ。そう簡単には出れぬ。」
「へ?どーゆこった?」
「あんた達ねぇ…私達を助けるためとは言っても、一緒にロックゴーレムの結界の中に入ってきたら意味が無いでしょ。」
「……。」
対峙していた2体のロックゴーレムを吹き飛ばした火乃花の言葉から察するに、どうやら飛んで火に入る夏の虫状態らしい。龍人は探知魔法を周囲に向けてみる。
「…あ、広場の周りにある8つの柱…あれから変な魔力を感じるな。やっべ。北から来る魔獣の群れに気を取られてて気づかなかったわ。」
「うぅ…私も。また結界の中に入っちゃったんだね。」
シュンと落ち込む龍人とちなみを見て火乃花は溜息をつく。
「私達も討伐対象じゃないロックゴーレムと戦うつもりは無かったのよ。ただ、この場所から離れようとするとあの柱が分解して襲いかかってくるのよ。…でも、私達も北から魔獣が近づいてくるのには気づかなかったわ。とにかく、協力して乗り切りましょ。」
「…簡単に言うけどよ、この状況ってかなりピンチだよな。せめて一体か二体は先にロックゴーレムを倒しとかないと厳しいと思うぞ。」
「確かにそうね。でも4人いれば魔力を溜めて攻撃する時間も作れると思うし、いけると思うわ。」
「うむ。さっさと切り抜けるべし。」
「そ、そうだね。私も…やるよ!」
4人は互いの顔を見て頷きあい、砕かれた体を再生して立ち上がり始めたロックゴーレムへ立ち向かう。はひ




