14-3-4.魔獣討伐試験〜10本脚の恐怖〜
突き出される黒い脚を避け、四方八方から飛んでくる粘着性の糸や、糸が硬質化した棘を避け…破龍の力を纏った龍人は次々と夢幻で螺旋蜘蛛を斬り伏せていく。
だが、螺旋蜘蛛も頭が良いのか、少しでも傷を負うと群れの中に逃げて行ってしまうため、手負いの螺旋蜘蛛は増えているのだろうが、命を散らした個体はまだいない。
(…埒が明かない!)
しかも、致命打の一撃を与えられるタイミングになると、周囲の蜘蛛が仲間に糸を吹き掛け…その糸が硬質化して龍人の斬撃を防ぐのだ。下位魔獣のくせに…と言っては何だが、チームワークが抜群だ。
「ちなみ!まだか!?」
「も、もうちょっと待って!結界がさっきより硬くなってるみたいなの!」
「なっ…!?」
もしちなみが蜘蛛の糸結界を破る事が出来なければ…好ましくない未来が待っているのは確実だ。となると、中途半端な威力の魔法を放つよりも、確実に結界を壊す威力の魔法を放った方が良いのは明白だった。
(俺が龍劔術で一気に…いや、螺旋蜘蛛がそれを許してくれないよな。…ちなみ、早めに頼んだぞ。)
良くも悪くも今の状況をどうにか乗り切れるかは、ペアの相方であるちなみ次第だった。これで4人1組だったら話は大分変わるのだが。
この場面で改めて4人1組で魔導師団が結成されている事の重要さを感じる龍人である。
蜘蛛の糸による結界の強度が上がった…という所に若干の引っ掛かりを覚えるが、再び怒涛の攻撃を開始した螺旋蜘蛛によって龍人の思考は遮られてしまった。
「ちっ…龍劍術【黒閃】!」
横一文字居合斬りによって漆黒の刃が形成される。しかも通常使っているよりも倍程度の大きさを誇っていた。
漆黒の刃は螺旋蜘蛛の群れに飛び込み、次々と10本脚の蜘蛛達を吹き飛ばしていく。
「まだ…まだぁ!」
連続して放たれた巨大な漆黒の刃が螺旋蜘蛛に襲い掛かった。激突と共にドォンという音、そして切り裂かれた螺旋蜘蛛が体液を撒き散らす音が辺り一帯を支配する。
「次は…これだ!」
龍人の周りに面を螺旋蜘蛛に向けた形で魔法陣が展開される。その数…20。そして、20の魔法陣は同時に分解され、龍人の前に巨大な1つの魔法陣として構築されていく。
(…!間に合え!)
視界の隅に、蜘蛛の糸結界を這うようにして接近する螺旋蜘蛛の群れを捉える。蜘蛛の糸が吐かれたとして、龍人に着弾するまで約2秒。対して龍人が魔法陣を発動するまでも約2秒。
攻撃は間に合うが、攻撃は喰らう。この痛み分けとなるであろう状況を避けるかどうかの判断。…龍人は躊躇わずに痛み分けを選択した。全ては、ちなみと共にこの場を乗り切るという信念で。
構築された魔法陣が発動し、放たれたのは放射状に広がる光の奔流だ。それは螺旋蜘蛛の群れを呑み込み、吹き飛ばしていく。
螺旋蜘蛛が吹き飛ばされるのと同時に、龍人の体には横から粘着質な蜘蛛の糸が着弾していた。
その強度は高く、龍人個人の力で引きちぎるのは到底無理なレベルである。
(くっ…不味い…!)
「出来た!龍人君いくよ!」
叫んだのはちなみ。蜘蛛の糸結界に向けた両手からは紅蓮の炎が立ち昇り、後ろには高圧縮された風の塊が浮かんでいる。
属性【全】でありながら使える属性が少ないと嘆いていたちなみだが、炎と風を操る魔法制御力は一般的なそれを遥かに凌いでいると言えた。
「えいっ!」
強力な魔法を放つにしてはやや気の抜けた掛け声だが…ともかく、ちなみが放った炎が蜘蛛の糸を燃やさんと猛威をふるう。そして、熱で真っ赤に変色して脆くなった蜘蛛の糸に圧縮された風の塊が激突し、内に込めた風を解放。圧縮されていた風は鎌鼬となって蜘蛛の糸をズタズタに切り裂いていく。
「ナイスだちなみ!」
今の攻撃で螺旋蜘蛛の糸が熱に弱いと判明した。ならば、する事は1つである。
ブゥンと龍人を中心に捉えた魔法陣が直列展開する。そして…発動と同時に龍人は灼熱の炎をその身に纏う。体にへばり付いていた螺旋蜘蛛の糸はあっという間に燃えて炭と化した。
「龍人君!逃げれるよ!」
「おっけー!」
蜘蛛の糸結界に開けた穴を既に潜ったちなみが手をブンブン振っている。
自分も脱出すべく駆け出した龍人は、視界の隅に猛然と迫り来る螺旋蜘蛛を捉える。大方蜘蛛の糸結界に空いた穴を防ぐべく動き出したのだろう。獲物を捕らえ、食す。その為の結界に綻びなど許されないのだから。
螺旋蜘蛛は上下左右から…といって差し支えない大群で迫って来ていた。
(やべっ…間に合わないんじゃないか?)
螺旋蜘蛛との戦闘で穴から少し離れた場所に移動してしまったのが仇となってた。ここで穴を塞がれたら…絶体絶命だろう。無詠唱魔法による身体能力向上を更に強化して移動速度を上げる。
しかし…一歩、あと一歩及ばない。
(ぐっ…!……ん?)
螺旋蜘蛛が先に到着し、穴の修繕にかかるかと思われた時だった。龍人の体がフワッと軽くなり、移動速度が更に向上した。
その理由…それを龍人化した事で魔力の流れが視覚に映る龍人はすぐに把握していた。1つの魔力が龍人に向かって流れていた。ちなみから龍人へ。つまり…
(これは…支援魔法か!移動能力を向上させる支援魔法ってとこかな。…これならいける!)
グンっと加速した龍人は、蜘蛛の糸結界の穴を塞ごうと糸を吐き出し始めた数体の螺旋蜘蛛を無限で切り裂きつつ、小さくなっていく穴を間一髪で潜り抜ける。
一応明記しておくが、龍人達が戦っていたのは比較的高さのある廃ビルの屋上だ。勢いよくその屋上から飛び出せば…もちろん足下に広がるのは小さくなった街並みっである。
「おぉ…そりゃぁそうなるよな。あ、ちなみ、さっきは支援魔法ありがとな。あれが無かったら多分俺…脱出出来てなかったかも。」
「ひぃっ…!り、龍人君…そんな事言ってる場合じゃ…!」
ちなみが言うように2人は絶賛落下中である。蜘蛛の糸結界から脱出した龍人がちなみを抱きかかえるようにして空中に飛び出し、そのまま重力に従って地面へ向かっていた。
無詠唱魔法による浮遊を行えば良いはずなのだが、いきなり龍人に抱えられたりしたせいかちなみはそこまで思考が回っていないようである。
「あぁ、それなら大丈夫だ。」
脇に抱きかかえたちなみにニコッと笑顔を見せた龍人は自分の下方に魔法陣を展開させた。そして、地面があと少しまで迫った所で発動。圧縮された空気が生み出され、緻密な操作によって龍人とちなみの体を包み込み、落下速度を減衰させつつ無事に地面へと着地をしたのだった。
抱きかかえたちなみを下ろした龍人は聳え立つ廃ビルを仰ぎ見る。
「…ほんっとに何処で魔獣と遭遇するか分かんないもんだな。」
「…うん。もうあんなに蜘蛛がいるのは…やだあぁ。」
「確かに。結構気持ち悪かったもんな。しかもさ、あんだけ戦ったのに転送塔に転移しないって事は、全然討伐数が足りてないって事だよな。」
「あ…そう言えばそうだね。」
「下位の魔獣ってエレメンタルウルフ、ゴブリン、螺旋蜘蛛の3種だろ。これってどれも群れで行動する魔獣だよな。しかも討伐数が20体だけどさ、絶対20体以上で群れてるよな。ってなると…案外中位の魔獣を狙った方がいいのかな?」
「…で、でも…中位魔獣ってカオスウルフとオーガだよね?この2体って下位のエレメンタルウルフとゴブリンの上位互換種みたいな魔獣だよね。」
「…そっか。ってなると、下位の魔獣の群れプラスで中位魔獣が出てくる可能性があんのか。確かにカオスウルフとオーガが単独行動している可能性は低いかもな。…え、どうすんのこれ。」
「…トラップみたいなのを沢山仕掛けておいて、そこに狙った魔獣の群れをおびき出すとかどうかな?」
「…それ、そんなに上手くいくかな?
「…そうだよね。」
思った以上に困難な状況が判明し、龍人とちなみは同時にため息をついてしいまう。ともかく、ノープランで討伐をしようものなら手痛い反撃を受けてしまう可能性が非常に高いのだった。
「よし。とにかくこの場所から離れよう。上から螺旋蜘蛛が降ってきたらたまんないしな。」
「うん。あ、私…さっき爆発がおきていた方に行ってみたいかも。別のペアがどうしてるのかも知りたいし。」
「確かに。そしたらそっちに行ってみるか。」
周りを見渡し、魔獣の気配がない事を確認した龍人はちなみと共に爆発がおきた地点に向けて歩き出したのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
転送塔の結界内では、ラルフとジャバックが将棋盤を挟んで座っていた。
「むぅ…この将棋という物、かなり頭を使うな。」
「いいだろ。戦略を練る訓練にもなるんだぜ。」
「うむ…。」
ラルフが優勢に見える状況で攻められているジャバックは、次の一手を迷っていた。
「にしても、わざわざあんな方法で俺たちが一切助けないとか言う必要あったのか?」
「む?我は本当に助けるつもりはないぞ?」
「へ?それじゃぁ本当に死人が出るかもしれないだろ。」
「それで良い。本当に死の淵に立った時に見えるものもある。それは、誰かが助けてくれるという思考がほんの片隅にあっても行けない。真に命のやり取りを行う中でしか見えないものもある。…お主だってそれ位は知っているだろう?消滅の悪魔と呼ばれる男よ。」
「…その異名は不本意なんだよなぁ。別に俺は消滅させるのが好きなわけじゃないぞ?」
「それはそれだ。我も機械街で魔法街戦争の顛末は聞いていたが…酷いものだったようだな。」
「…あぁ。2度とあんな事は起こしてはいけねぇ。」
「それに関しては我も同じ意見だ。」
パチ…と、ジャバックが将棋の駒を動かす。思わぬ良手にラルフの眉がピクリと反応した。
「だが、今回魔法街で動き始めた魔法街統一思想…あれは危険だ。」
「そうか?俺はアリだと思うぞ。本当に成されるなら、魔法街戦争みたいな事は2度と起きないだろ。」
「それは勿論だ。だが、成される過程は非常に不安定と言わざるをえない。下手をすれば…むぅ。」
ラルフが差した一手に思わず唸ってしまうジャバック。次の一手を間違えれば王手に追い込まれてしまう盤面になっていた。
「俺が同じ事にはさせない。」
「…うむ。我もできる限りの協力はするつもりだ。今回の魔獣討伐試験もそれに連なるものだからな。」
「まぁ…俺としては学院生達を巻き込みたくないんだけどな。」
「その考えは甘い。この魔法街の事は、魔法街で学ぶ彼らが先導を切って解決していく必要がある。人に任せていては気づかぬうちに操られてしまう。」
「…分かってはいるんだけどな。」
「うむ。これで…起死回生の一手となるか?」
パチンと駒が盤上を叩く音が心地よく響く。そして、ジャバックの一手はラルフが有利に進めていた将棋戦の状況をひっくり返すものだった。
「げっ。ちょっと今の一手は無しにしないか?」
「勝負に後戻りなどない。早く次の一手を差すのだ。」
「ちょっと考えさせてくれ…。」
下手をすれば一気に形勢逆転で負けそうな状況に、顎に手を当てて考え込んでしまうラルフであった。




