14-3-3.魔獣討伐試験〜10本脚の恐怖〜
周囲の状況を確認し、魔獣に囲まれてピンチにならないように…という意図で廃ビルに入った龍人とちなみは瓦礫だらけのビル内部を順調に進んでいた。
ビルの中は薄暗く、龍人とちなみは光魔法で光源を生み出し、その明かりを頼りに屋上を目指している。
「り、龍人君…やっぱり薄気味悪くない?」
「…うん。思ったよりも中が暗いし、さっきから変な気配がするよな。」
「…え?」
龍人の言葉を聞いて色々想像してしまったのだろう。ちなみはピタリと足を止めてしまう。
「え、えっと…龍人君、さっきからって…どれ位前から?」
「このビルに入ってからだな。探知結界に一瞬だけ何かが引っかかるんだけど、すぐに消えるんだよな。」
「それって…もしかして……。」
「あぁ、魔獣の可能性が高いな。」
「う……。」
安全を確保するために危険地帯に足を踏み入れてしまったという事実にようやく気付いたちなみ。薄っすらと涙を浮かべながらキョロキョロと周りへ視線を送り始めるのだった。
そんな怯えた様子のちなみを見つつ、龍人は周囲へ巡らせていた探知結界の範囲と精度を高める。
(…やっぱり何も引っかからないな。ん〜、何か嫌な予感がすんぞ。)
先程から何かしらの気配はあるのに、探知結界でしっかりと反応を見つけることが出来ない君の悪さに、龍人の中で警報が鳴り始めていた。
「ちなみ。ちっと嫌な予感がするから走って屋上に行くぞ。」
「う、うん。」
そして、龍人とちなみは上階へ繋がる階段に向けて走り始めた。
カサカサ
龍人の嫌な予感は的中…する事なく、2人は順調に屋上の1つ前の階まで辿り着く。
気配はするのに、未だに何も反応がないと言うのがあまりにも気味が悪いのだが…何も無いに越した事が無いのもまた事実。
カサカサ
屋上への階段を見つけ、ほっとひと息をついた時…異変が起こる。
カサカサ
カサカサカサカサ
カサカサカサカサカサカサ
急に2人の耳に鳥肌が立つような音が飛び込んできたのだ。まるで…何かの生物が歩き回る音。それが龍人達の全方位から鼓膜を刺激する。
「龍人君…何か来るよ。」
「…あぁ。…!」
その瞬間であった。龍人とちなみが滞空させている光源の明かりが届かない暗闇から何かが飛来する。
探知結界でそれにいち早く反応して魔法壁と物理壁を全方位に同時展開したのは龍人だ。
ベチャ!
…と音を立てて物理壁にへばり付いた物体を見て、龍人とちなみは首を傾げる。それは、白い物体だった。魔法とかそういう類のものではなく、物理的な何か。
この正体不明の攻撃はそれだけでは終わらなかった。最初の攻撃を皮切りに、次々と同じ物体が飛来し…物理壁を覆っていく。そして…視界全てが白い何かの物体に覆われてしまう。
「…なんなんだこの攻撃。」
「と、とにかくどうしかしないと…!」
得体の知れない攻撃に焦ったのか、ちなみはあたふたしているが…それでこの状況を打開出来る訳でも無い。
(困ったな…物理壁を解除しないと攻撃が…いや、魔法壁だけ解除して白い物体ごと魔法で吹き飛ばすか?…それだと攻撃をしてきた奴が貫通性の攻撃魔法を撃ってきたら確実にくらっちまう。そうなると…魔法壁と物理壁を解除するのに合わせて白い物体を吹き飛ばして、更にこの場所から移動する…ってトコか。)
「ちなみ…。」
龍人は隣にいるちなみに作戦を伝える。最初はおどおどしていたちなみだが、龍人の作戦を聞く内にそれしか方法が無いと気付いたのだろう。作戦を聞き終えた時には大分落ち着きを取り戻していた。
「よし。行くぞ?」
「う、うん!」
「3、2、1、GO!」
カウントと同時に龍人が防御結界を解除し、合わせてちなみが属性【風】による風の刃を高密度で全方位に放った。さらに龍人は身体能力強化と風を足に纏うことで移動力を強化、ちなみを抱きかかえてその場から一気に飛び退った。
(…!?ちっ!予想通りか!)
移動してすぐ、龍人達がいた場所に鋭く尖った白いモノが突き刺さっていた。しかも…龍人達が立っていた場所から外側に向けて伸びる形で。
つまり…周囲を囲まれていたという事になる。これが意味するところ。それは…。
「……!まずった…!くそっ…!」
移動した先で、龍人とちなみは攻撃をしてきた正体と出会ってしまう。2人の周りに浮かぶ光源が照らし出したもの。それは、異形…といえば異形とも言える存在だった。
全身が真っ黒のそれは頭に10の眼が並んでいて、緑色に光るそれらの眼はギョロギョロと忙しなく動き、4つに分かれる口は獲物を求めてヌチャヌチャと開閉されていた。
「…きゃ…。」
声を上げそうになったちなみの口を塞いだ龍人は慌てて後ろに飛び退る。そして、魔法陣を展開発動し龍人達がいるフロアを照らすように光源を広げる。
「…こりゃぁまずいかな?」
「ど、ど、どうしよう。どうしよう龍人君。」
光が照らし出したのは…大量の蜘蛛だった。体長50cm程の大型の蜘蛛が龍人達を取り囲むようにいたのだ。勿論、普通の大きいだけの蜘蛛では無い。10の眼、10の脚…普通の生物としてはあり得ない姿…つまり、魔獣である。
シュッ
白い糸が蜘蛛の口から吐き出され、フロアの壁に突き刺さる。
「ちなみ…。こっからはほぼノープランで戦う事になると思うけど…いけるか?」
「…私…頑張るよ!」
「うし。そしたら目標だけ決めるぞ。この状況で討伐を成功させるとか考えてたら最悪の状況もあり得る。狙うのは…屋上への脱出だ。」
「うん。…因みになんだけど、転移魔法で屋上にいくっていうのは無理…?」
「いやぁそれもしたいんだけどさ、ここから屋上までの距離もよく分かんないし、屋上がどういう状況かも分からないんじゃん?それで転移すんのは危険なんだよな。一回行った事がある場所なら比較的誤差なく転移魔法出来るんだけどね。」
「えっと…思い切り上に転移しちゃうとかだったらいけそうじゃない?」
「転移先が壁の中とかだったら怖いけど…やってみる?」
「う…。」
ヒュンヒュンヒュン
2人があれこれと話している内にも、蜘蛛が吐き出す糸が2人を包囲するように張り巡らされていく。
「まぁ…やってみっか。このままじゃぁマジで逃げられないし。ただし…転移先で何が待ってるか分からないから、すぐに魔法を発動して対応出来るように頼むぞ」
「うん…!」
「キシャァァァァァアアアア!!!!」
龍人が転移魔法陣を構築始めた時だった。逃げられると悟ったのか、蜘蛛達が一斉に襲いかかってくる。
魔法陣の構築発動と蜘蛛達の攻撃が当たるまでの時間は…。
(…ギリギリ間に合う!)
龍人はちなみの手を取り、構築した転移魔法陣をすぐさま発動する。
転移の光とともに姿を消した龍人とちなみがいた場所に、数十匹…いや数十頭と表現した方が正しいか…の蜘蛛達が群がったのだった。
転移の光が消えた後、龍人とちなみがみたのは…ビルの屋上にドーム状に張り巡らされた蜘蛛の糸だった。それを見たのがドームの外側だったら良かったのだが、生憎転移した場所はドームの内側ギリギリだった。
「…ちなみ、もう1回転移して外側に逃げるぞ。」
「うん!」
龍人は再び転移魔法陣を構築発動し、転移光が2人を包み込む。そして、転移光が消えた後…2人が目にしたのは同じ光景だった。何故か蜘蛛の糸の内側に転移してしまっていた。
「…あれ?」
「龍人君?」
「えっと…もう1度。」
再び転移魔法陣を発動させる龍人。そして、3度目の正直でドーム型に張り巡らされた蜘蛛の糸の外側に…とはいかなかった。
「…龍人君、もしかしたら…転移魔法が阻害されてるのかも。」
「マジか…。ってなるとさ…あの蜘蛛達を倒さなきゃだよな。10本の脚に10の眼だから…ラルフが言っていた特徴通りだから螺旋蜘蛛だと思うんだけど、この数を倒すのはちっと…なぁ?」
「…うん。」
眼下では屋上への出入り口から次々と湧き出てくる蜘蛛の群れが、ドーム状の糸の内側をシャカシャカと登り始めていた。
その内の1匹が吐き出した糸を跳ねるようにして龍人達へと襲いかかる。
「ちっ…!」
咄嗟に躱した龍人とちなみは蜘蛛の攻撃が届かないであろうドームの中央へ移動する。
「腹を決めて戦うぞ。」
「…うん。」
龍人は周りを見回すと蜘蛛がまだ到達していないビルの角を見つける。そして、転移魔法陣によってちなみと共にその場所へ移動した。
「うし。ちなみ…全力で魔力を溜めてこの糸の結界を焼き払ってくれ。俺が螺旋蜘蛛を止める。」
「え…そんな。私…出来るか分からないよ。」
「大丈夫だ…ってかやってくれないと困る。ちなみの周りに物理障壁と魔法障壁を張っとくから、防御とかは気にしないで大丈夫だ。」
「でも…」
「…やるしかないんだ。来るぞ!」
まだちなみは出来ないと言いそうだったが、これ以上話す余裕はなかった。屋上一杯に広がった螺旋蜘蛛が飛びかかってきたのだ。
龍人は夢幻を取り出すと剣先に魔法陣を展開し、風を纏わせる。そして、一閃と共に爆風を発生させ、飛びかかる螺旋蜘蛛を吹き飛ばした。
後ろでは躊躇いの雰囲気の後に、魔力が高まり始める。
「頼むぞ。どれ位かかりそうだ?」
「…かなり強硬だから…属性【炎】と【風】を組み合わせて一気に吹き飛ばさないとダメかも。…2分は欲しいよ。」
「オッケー。任せとけっ!」
龍人は言いながら飛びかかってきた螺旋蜘蛛の下を潜るようにしながら夢幻の切っ先で螺旋蜘蛛の腹を切り裂く。
「ギシャァアァギャシャァ!!」
腹から体液を飛び散らしながら、螺旋蜘蛛は痛みにのたうち回ると、シャカシャカと群れの中に逃げていった。
「はは…これ、絶対キリが無いやつだよな。」
夢幻を握る龍人の額をひと筋の汗が伝う。
「シャァ!!」
短い叫び声と共に蜘蛛達から硬質化した糸が棘のように射出された。その数…無数。
龍人は物理障壁を前面に大きく展開して糸の棘を受け止め、反撃として紅蓮の炎を前方広範囲に放つ。
だが…螺旋蜘蛛の群れは紅蓮の炎が到達する前に口から糸を螺旋状に吐き出し、それらが組み合わさることで結界のようになって炎を防ぎきってしまう。
唯一の救いは炎を防いだ糸が燃えて消えた事だろう。これで糸が耐炎性だったとしたら、ちなみが発動しようとしている魔法が無駄になってしまうからだ。
ジリジリと近寄ってくる螺旋蜘蛛の群れ。龍人が一定以上の実力を有していると認識したのだろう。先程のように1体だけで飛びかかるという行動は無く、集団としてその距離を詰め始めていた。
「こりゃぁ手を抜いてたら死ぬな。…いくか。…龍人化【破龍】。」
龍人の内に眠る破龍の力が顕現し、夢幻が漆黒に染まる。そして、黒い稲妻が龍人に纏わりついた。
発せられる魔力の強さに一瞬螺旋蜘蛛の群れの歩みが止まる。…が、黒い魔獣達はすぐに奇声を上げながら一気に飛びかかってきた。
ジャキン。と、夢幻を構えた龍人は射抜くような眼光を螺旋蜘蛛の群れに向け、地を蹴り、敵を蹴散らすべく斬りこんだ。




