14-3-1.魔獣討伐試験
魔法街統一思想集会が魔法協会中央区支部で行われてから数週間が経っていた。今は7月…春の穏やかな気候が少しずつ夏という暑い気候にに変わり始める季節である。
魔法街に住む人々の心も、魔法街統一思想集会が終わって時が経つにつれ次第に熱くなり始めていた。最初は追いついていなかった理解が追いついてくるにつれ、魔法街統一思想に対する是非が人によって差が出てきていたのだ。
狂信的に語る者から憎き仇の様に目の敵にする者まで様々ではるが、1つの共通点があった。それは遍く人々が関心を持っているという事。
魔法街南区の街立魔法学院2年生上位クラスの教室で窓の外を眺めるのは高嶺龍人。魔法街統一思想集会の場で暴動を起こした人々を止めた龍人だったが、それは統一思想に同調していた訳では無い。単に何もしていない人々が襲われるのを見過ごす事が出来なかっただけであり、正直なところ龍人としては統一思想に興味が全く無かった。
(…魔法街が1つに纏まっても、纏まらなくても俺がする事は変わらないしな。天地が悪意の元に魔法街を統一しようとしてるなら阻止しようとは思うけど…。そもそも魔法街の統一が天地にとって利点になるとは思えないし。)
とまぁこんな具合で一切興味が無い龍人は、クラスの学院生達が魔法街統一思想について熱く語っているのが…逆に面倒くさいと思っていた。
魔導師団として魔法街の為に働き、天地による策略を止める。龍人にとっての大きな目的からすれば、統一思想は大した問題では無いのだ。
それよりも今龍人が頭を悩ませているのは、毎日毎日授業後に続くジャバックとの特訓だった。融合魔法は以前よりは精度が上がってきたが、まだまだ実戦で使えるレベルには至っていない。そして、ジャバックとの模擬戦闘は毎回ボロボロに負けるため、ほんの少し億劫だったりもするのだ。
(ま、強くなるためだからいいんだけど…毎回毎回あの調子で負けてたら自信なくすんだよなぁ。)
同じ龍の力を使う者として負けたく無いのだが、勝てる見込みが全く無いというのが辛いのだ。しかも、ジャバックの轟龍よりも龍人の破龍の方が強いらしく、それでも勝てないという事は…単純に龍人の方が実力で劣っている事を示していた。
何とか勝てないかと様々な策を弄しているのだが…今の所大した成果は上がっていない。
考えれば考えるほど落ち込んでくる龍人であった。
ガラッと教室前方のドアが開けられると、ラルフがいつものニヤニヤ笑いを浮かべながら教室に入ってくる。
(…絶対何か企んでるだろあの顔。)
ラルフがこの顔をしている時は、大抵良い事が起きない。バルクが突っかかったり、火乃花がラルフを黒焦げにしたり。
「よし!7月になった事だし、今日は前期試験のペアを決めるぞ!」
楽しそうにクジを教卓の上に置くラルフ。
(にしても…魔法街統一思想集会の場に居たはずなのに、そういう話題に一切触れないよな。興味が無いのか、触れたく無いのか…止められてるのか分からないけど、気になるんだよなぁ。)
龍人がこう思うのも無理は無い。魔法街統一思想集会が開催された当日、ラルフは授業の中止を伝えて颯爽と教室から出て行ったのだ。後にも先にもこんな事はなく、その原因が魔法街統一思想集会に関係していると思うのは当然である。
とは言え、探りを入れても一切尻尾を出さないので…ラルフ本人から聞き出すのは既に諦めていたが。
「ペアの決め方なんだが、実力を加味して分けようかとも思ったんだけどな…色々考えている内に面倒くさくなったから、完全にクジで決めるぞー!運も実力の内ってやつだな! はははっ!」
楽しそうに笑ってはいるが、学院生達からしたら迷惑極まりない決め方である。弱い者同士でくっ付けば、それだけ試験のクリアが難しくなるという事なのだから。
「因みに実力差が出ないように討伐対象の魔獣は複数種類用意してる。その中のどれかをクリアすれば試験は合格だ。じゃあ…いくか、レッツクジ引きタイム!」
ヤケにテンションが高くて気持ち悪いラルフだが、学院生達は順番に教卓上のクジ箱に手を突っ込んでクジを引いていく。
勿論龍人も前に行ってクジを引くが、何故かラルフは龍人が前に来た時だけ目線を合わせようとしなかった。どことなく笑いを堪えている様に見えるのは…気のせいだろう。嫌な予感しかしないのには目を瞑る。
「よし!じゃあ皆クジを開いてペアの相手と並んで座れー!」
ラルフの掛け声で全員がクジを開き、ペアの相手を探し始める。
そして5分後。全員がペアの相手と席を並べて座っていた。ペアは以下の通り。
龍人&ちなみ
「お、ちなみとペアか。よろしくな。」
「龍人君よろしくね。」
遼&サーシャ
「遼君…私なんかがペアでごめんね。足を引っ張っちゃって試験落ちちゃうかもしれない…。」
「え、あ、…だ、大丈夫だよ!俺も全力で戦うし、上手く2人で連携が取れるようになろうね!」
バルク&ルーチェ
「あらあら、まさかのバルクくんとのペアですの。」
「おう!よろしくな!俺とルーチェなら魔獣討伐なんて簡単だろ!」
「…バルクくん、考えが甘いですの。そうやって単細胞みたいな事ばかり言っていると、痛い目を見ますわよ?」
「お…おう。わりい。」
スイ&火乃花
「…何か言いなさいよ。ペアなんだから少しはコミュニケーションを取らないとでしょ。」
「…我は…(嬉しい)……。なんでも無い。」
「…はぁ。先が思いやられるわ。」
クラウン&レイラ
「レイラよ!俺様とペアとはついているな!魔獣なんぞこの俺様が瞬殺してやるから安心するんだ!はぁっはっはっは!」
「…バルク君、前にも増してキャラが濃くなってるね。」
「何を言う!俺様は目立ち、強くなり、モテるんだ!一般人のオーラと同じわけが無いじゃ無いかぁ!」
「…うぅ。」
タム&名前を知らない女子
「よろしくっす。気軽にいくっすよ。」
「うん、頑張ろうね。」
…とまぁこんな感じのペア組みになったわけで、他のペアに比べると龍人とちなみのペアは比較的穏やかと言えそうだった。
各ペアの顔を眺めたラルフは面白そうな顔をしていた。
「こりゃぁ予想外の組み合わせだな。ほとんどのペアが相性が悪い奴同士だな。まぁそのほうが今回の趣旨とも合ういいか。…よし!今日の授業は、これからペアで1日デートをしてもらう!」
突然のデート宣言に教室内がざわめく。
「ちょっとラルフ!デートとか魔獣討伐とは関係無いでしょ!」
目を吊り上げて怒りを表した火乃花が立ち上がって講義をするが…。
「火乃花…良いでは無いか。我は構わん。」
何故か隣に座るスイに窘められる。それをみたラルフは湧き上がる笑いを抑えられずに、肩をピクピクと動かしていた。
「プププっ。いやぁお前ら案外良いペアかもな。火乃花、別に俺はふざけてデートだなんて言ってないぞ。あくまでもペアとなる相手を理解する為のデートだ。仲間が普段どんな考えで動き、どんな事を思っているのか。これを理解しないと阿吽の呼吸だなんてのは絶対に無理だ。しかも、今回の試験である魔獣討伐は最悪お前らが命を落とす可能性だってある。ペアの相手と喧嘩してて死にましたなんて俺はゴメンだ。」
「……分かったわよ。」
ブスッと口を尖らせてはいるが、ラルフの言っていることを理解できたのだろう。火乃花は大人しく席に座る。
「他に質問があるやつはいるか?」
ラルフが教室内を見回すが、手を上げる者はいなかった。
「よし。じゃぁ後は勝手にデートしてこい。明日からはペアで魔獣と戦う際のコツをジャバックと2人がかりで教えっから覚悟しとけよ~。」
ここまで話すとラルフはニカッと笑うと転移してしまう。…と思ったら、また転移して姿を表した。
「わりぃわりぃ。一個だけ言い忘れてた。お前ら…絶対に子供は作るなよ?」
そして、攻撃魔法が飛んでくる前に素早く転移して姿を消したのだった。
ラルフのいつも通りの行動に呆れかえって、数秒の間沈黙に包まれた教室内だったが、すぐに学院生達はざわめきはじめ、少しずつペア同士で立ち上がって教室から出て行き始めた。
「よし。じゃぁ俺たちもどっか行くか。」
「うん。えっと…どこに行く?」
「ん~と、どうしようかね。一先ず座っててもアレだし、街魔通りでも歩くか。」
「うん。」
こうして上位クラスの教室を出て2人でのんびりと街魔通りを歩き始めた龍人とちなみだったが、イマイチ会話が続かず何も話さないまま歩く事になってしまう。
(えぇっと…俺、ちなみの事全然知らないんだよな。何話せばいいんだ?)
龍人は隣を歩くちなみに視線を送る。歩く振動に合わせて揺れる茶色のボブはサラサラで前髪の上で切り揃えられている。チャーミングなのはくりっとした瞳とあひる口だ。そして、特筆すべきなのは巨乳である。火乃花と肩を並べる程の大きさを誇り、どことなしか途轍もなく柔らかそうに見えるシルエットだった。
…なんて事を考えていると、ちなみがフッと視線を龍人に向ける。
「あ、龍人君…私、髪の毛に何か付いてる?」
「え?あぁいや、何も付いてないよ。」
「…?じゃぁ何で私の事見てたの?」
悪気を一切感じられない純粋な疑問に、龍人は何故かタジタジしてしまう。
「えぇっと…アレだアレ。…ちなみってどんな魔法を使うんだ?授業でも一緒に戦った事とか無かったから気になってさ。」
「あ…えっとね、私は龍人君と同じで属性【全】なんだ。」
「…へっ?マジ?」
「うん。ただね、私…まだ先天的属性しか覚醒してないの。なんでか分からないんだけど、継承属性が使えないの。」
「そりゃあ珍しいな。でも属性【全】ならオールマイティに戦えるな。」
何気なく言った言葉だったが…ちなみの顔が曇ってしまう。
「…?俺何か気に触る事言ったか?」
「ううん。ごめんね。実は私…属性【全】だけどそんなに使える属性が多くないんだ。前よりは増えたんだけど…。」
「なるほどね。そんなん気にしなくて大丈夫だよ。俺も昔は使える属性少なかったけど、地道に努力して増えたから。そういや、ちなみの両親の属性は何なんだ?」
この質問で明るさを取り戻しかけていたちなみの表情が再び翳る。そんな大した質問をしたつもりはなかったが…その理由はすぐにちなみから語られた。魔法街に於いて謎とされつつも、その原因が分からないとされる…今では当たり前となっている事だった。
「あのね、私…親の事何も覚えて無いんだ。だから継承属性が何かも分からないの。」
普通であれば衝撃の事実…となるが、魔法街では最早当たり前の事なので、龍人はさして驚くことも無かった。
「そっか…ちなみもか。」
「……?もしかして…龍人君も?」
ちなみに問いかけられ、龍人は自分の親についての話を魔法街でした事が無かったことに気付く。
そもそも魔法街では親がいない、親の記憶が無い人が多く…それ故に子供1人でも生きていける体制が整えられていた。だから…という訳ではないが、親についての話をする事は全員が何となしに避けている。
勿論、火乃花やルーチェのように親がいて、その親が有名人であるケースも存在するが…実は彼女たちのようなケースは稀だったりもする。
「そうなんだよね。俺も親の記憶が全く無いんだよ。」
龍人の口から語られる真実に、ちなみは真剣な顔を向ける。親がいない事が当たり前だとしても、デリケートな話に違いはないという事を理解しているのだろう。
「ただ…前に…走馬燈みたいなんを見た時に、母親みたいな人に呼ばれた気がすんだよね。ま、サッパリ思い出せないんだけど。」
「それって…本当にどこかにお母さんがいるんじゃないかな?」
「いやぁ…いたら流石に覚えてるよ。」
「……そうだよね。」
シュンとした表女を浮かべるちなみを見て、龍人は悪い事をした気持ちになるが…今更親がどうのこうのと言ってもしょうがないのは事実である。…とは言え、これ以上家族の話を続けてもテンションが上がらないので、龍人は別の話題を振る事にした。
「ちなみはさ、何か好きな食べ物とかないの?せっかくだしそれを食べに行かない?腹も減ってきたし。」
「えっ?…私、…恥ずかしいなぁ。」
何故か恥ずかしがるちなみだが、何となく面白いので無言で待つ龍人。そして、その無言に負けてちなみは白状する。
「えっとね…、私…ラーメンが好きなの。」
思わずパチクリして歩くのを止めてしまう龍人。
「え…そんなに恥ずかしがる事か?」
「だ、だって…女の子1人でってイメージ悪くない?」
「いやぁどうだろ。そもそも俺もラーメン好きだから、大歓迎だけどな。」
「ほんとっ!?…あ、じゃ、じゃあ私がオススメのお店があるからそこに行かない?」
「いいねぇ。そうしよう!」
「…うん!」
こうして龍人とちなみはラーメン屋に向けて歩き出すのだった。
途中で火乃花とスイが何やら小難しい顔で睨み合っていたり、大量の荷物を持ったバルクと楽しそうなルーチェが歩いていたり、喫茶店のテラスで遼とサーシャがやや暗めのテンションでのほほんとお茶を飲んでいたりしていた。
(こうやって他のペアを見ると…俺達は結構マシなんじゃないか?)
こんな感想を抱いている内にちなみオススメのラーメン店に到着し、2人は中に入るのだった。
中で出てきたラーメンは絶品のひと言。つけ麺がメインで、麺は太め。スープは魚介ベースで豚骨が程よくブレンドされていた。サラサラというよりもドロッとしたスープが程よく麺に絡みつき、口に入れた瞬間に広がるのは濃厚な香り。唐辛子が少し入っているのか、麺が喉を通り過ぎた後に口の中に残るピリッとした辛みは病みつきになりそうである。更に、トッピングのチャーシューは口に入れれば脂身の部分はホロっと溶けていき、肉の部分は程よい硬さで噛めば噛むほど肉の旨味が口に広がる。麺を食べきった後のスープ割りは特製スープに細く切った柚子が少し乗る事で爽やかさがプラスされ、最後の一滴まで飲み干す事が出来た。
つけ麺でここまで美味しいものが存在したのか…という感動に、ラーメン店を出た後も小一時間ほどラーメンについて熱く語り合う龍人とちなみであった。
こうして…と言って良いのかは微妙な所だが、龍人とちなみの交流はラーメン好き同士という大いなる共通点を見つけ、大成功を収めたのだった。




