14-2-12.妨害勢力
魔法協会中央区支部の近くにある雑貨店2Fに潜む4人は、静かに魔法街統一思想の様子をモニターで確認していた。
映像として中継されるのは彼らとしても予想外であり、だからこそ任務を半ば忘れつつキャラクや中級官僚トリオ…そしてへヴィーの言葉に聞き入ってしまっていた。
そして、ルーベンが休憩を告げたすぐ後、この場所に潜んでからずっと待っていた連絡が遂に入る。それは予め渡されていたイヤリング型の通信機から彼らの耳に直接届けられていた。
「待たせたな。今から一斉に行動を開始しろ。」
これを聞いた男達は無言で頷きあい、魔法協会中央区に向けて4人合同で無詠唱魔法による魔力の奔流を放ったのだった。
だが…魔力の奔流は突如空中に現れた魔法壁によって防がれ、霧散してしまう。
急襲を防がれた男4人は驚きの表情で窓の外を見る。そこには…魔法街でも名を知られた人物が立っていた。
「…高嶺龍人だと!?」
思わぬ人物が妨害に現れた事で、雑貨店2Fに潜んでいた男達は浮き足立ってしまう。自分達の実力で勝てるのか分からない相手に対し、どんな行動を選択するか。短い時間での正確な判断が求められていた。
一方、雑貨店の2Fからいきなり放たれた魔力の奔流を止めた龍人は、周囲の環境がいきなり変化した事に戸惑いを隠せないでいた。
雑貨店から魔力が放たれたのとほぼ時を同じくして、巨大モニターを見ていた数人のグループ同士が喧嘩を始めたのだ。
言い合っている言葉を聞くに、魔法街統一思想の是非についての意見が合わなかった事による喧嘩だと推測出来る。
そして、中央区の至る所から数人のグループが現れ…魔法街統一思想に賛同を唱える者達を攻撃し始めたのだ。
(これは…どうなってんだ?手当たり次第に襲ってやがる…!)
最初は様子見をしようかと思った龍人だったが、魔法学院に所属していない…所謂、魔法の才能に乏しい者も襲われ始めていた。
「見て見ぬ振りは…無理か!」
夢幻を取り出して鎮圧に向かった龍人を、魔法協会中央区支部の屋根上から眺める男がいた。男…とは言っても、全身を覆うのは漆黒の鎧で顔も覆われているので、誰なのか特定をする事は難しいのだが。
「ふん…小僧が出しゃばってきたか。だが、あの男1人が奮闘した所で俺の目的を阻止するのは難しい。」
「そりゃあそうだろ。」
突如後ろから掛けられた声に漆黒の鎧の男が振り向くと、そこにはゲイル=レルハが立っていた。後ろには部下が恐る恐る…といった態度で控えている。
「よぉ。魔法街統一思想集会を妨害する奴が出てくるとは予想してたけど、お前さんが来るとはな。」
「…通報するか?俺は逃げも隠れもしない。力で対抗する迄だ。」
「おぉ怖い怖い。言っとくけど、俺はどっちかって言うとお前さんの味方だぞ?」
「…どういう事だ?」
警戒の念を滲ませる漆黒の鎧の男にゲイルは無防備に近づいて行く。そして、耳元で何かを囁いた。
「…ってなワケだ。」
「貴様…何を考えている?」
漆黒の鎧の男から殺気が滲み出始め、その鋭さにゲイルの後ろに控える部下は思わず後ずさっていた。本能的に危険を感じたのだろう。だが、ゲイルは臆する事なく正面に立ち続けている。
「俺が考えているのは魔法街の安定的な未来だ。そのためなら手段は選ばない。」
「ふん。そんな戯言信じられるか。」
「どうかな。俺は過去の過ちを繰り返さないために動いているつもりだ。お前さんだって手段は違えど、目的は同じだろう?」
「…ちっ。ならば俺はここで退く。だが、俺には俺のやり方がある。それにだ、既に動き出した奴らを止めるのは無理だ。」
「ははっ。まぁそこは大丈夫だろ。魔導師団のホープ君もいるし、何故かブラウニー家の娘も居るしな。」
「……街立魔法学院生は相変わらず鼻が効くか。」
漆黒の鎧を着た男とゲイルが下を見ると、龍人とルーチェが魔法を巧みに操りながら、暴れる人々の鎮圧に当たっていた。
「ゲイル…俺が退くからには、必ず成果に繋げろ。」
「まーかせとけって。」
漆黒の鎧の男は鼻を鳴らすと姿を消したのだった。
「ゲイル長官…。あの男は…誰なのですか?」
漸く殺気が場が消えた事で、詰まる息を吐く事ができた部下が男の素性を尋ねる。
「それは言えないな。あいつも素性を明かせないからあんな鎧を纏ってんだからよ。…うし。下の暴動は俺たちが配置した人員と、大活躍してる龍人とルーチェでなんとかなるだろ。俺たちは会議室に戻るぞ。」
「し、しかし…この暴動が中央区支部内にお及んだら…。」
「あぁそれは無いと思うぞ。奴らの目的は集会の中止じゃない筈だからな。」
「え…それは…?」
「余計な事は気にすんなって。俺たちにはすべき事があるんだ。」
伸びをしながら歩き始めるゲイル。どうやら部下に詳細をすべて話す気は無いらしく、それを悟った部下は頭を掻きながら後を追いかけるのだった。
中央区支部の屋根上からゲイルと漆黒の鎧の男が姿を消した後でも、暴動が収まる事は無く龍人と…何故か途中からいきなり姿を現したルーチェは暴動者の鎮圧に当たっていた。
「ルーチェ!後ろだ!」
「…はいですわ!」
返事をしたルーチェは、背後から魔法を放とうとしていた男に向けて光の光線…レイを放つ。
「ぐわぁぁぁ!」
レイが鳩尾に食い込んだ男は悲鳴をあげながら吹き飛び、ぐったりと四肢を地に投げ出すのだった。
「龍人くん助かりましたわ。」
「良いって事よ。…にしても、こいつら容赦が無さすぎるだろ。」
龍人の言う通り、暴動を起こした者達には加減という概念か無いらしかった。
最初は魔法街統一思想に賛同の意を唱える者を襲っていたのだが、次第に映像を見ている者=賛同者として手当たり次第に襲い掛かっていた。これが原因で被害者はかなりの数だ。
「のんびりしている間にも被害者が増えますの。後…見える範囲で10人ですわ。龍人くん、一気に倒しますわ!」
「んだな。俺が突っ込むから援護を頼んでいいか?」
「勿論ですわ。」
返事を聞いた龍人はルーチェに向けて親指を立てると、斬撃が打撃になるように魔力で処理を施した夢幻片手に暴動者のもとへ突っ込んでいった。
ルーチェの手元からは8つの光球が龍人を追いかけるように放たれる。
龍人は一般人に襲い掛かる暴動者の1人に肉迫しつつ夢幻を一閃し、胴に叩きつける。
「うげっ…!」
鈍い声を漏らした男がくの字になると同時に、別の暴動者が龍人に向けて魔法を放とうとしていた。同時に3人の男が龍人を待ち構えていたかのように声を上げながら飛びかかる。
(…ちっ。さっきのは誘い込んでたのか!?)
反撃が難しいと判断した龍人は魔法壁と物理壁を全面展開すべく魔法陣を展開する。…とその時である、龍人を追尾していた光球からレイが放たれて飛びかかってきていた3人の男に直撃した。
(ルーチェか!やるねぇ…!)
絶妙なタイミングでのアシスト攻撃に龍人が視線を送ると、ルーチェは離れた所でニッコリとピースサインをしていた。
イマイチ緊張感に欠けるが…ナイスアシストで助かったのも事実。龍人は防御結界を張るために展開していた魔法陣を分解、構築して雷の槍を生成。炎の矢を放ってきていた男に向けて射出した。
雷槍は炎矢にぶつかり一瞬で消し去ると、雷の残滓を残しながら男に直撃。バチバチバチと放電しつつ男の意識を刈り取った。
「よしっ!後…6人!」
龍人とルーチェのコンビネーションをみてたじろいだ暴徒は、それでも逃げる訳にはいかないのか怒声を上げながら龍人へ向かう。
(一気に行くか!)
魔法陣が連続展開して、龍人の後ろに羽のように並列展開される。
「んじゃ、これで終わりな。」
魔法陣が光り輝き…放電現象が辺り一帯を包み込んだ。目も眩むような眩い光が視界を埋め尽くし、光が収まるとピクピクと体を痙攣させる暴徒が路上に転がっていたのだった。
暴徒が鎮圧されてから15分後、魔法協会中央区支部の前には暴徒達が拘束された状態で一箇所に纏められていた。
「ぅおほん!其れでは諸君らに問う。何故この様な無駄とも言える暴動行為を行った?」
暴徒達を睨みつけながら問いかけているのは警察官だ。縁に赤と黒の刺繍が施された白い制服に金の杖が刺繍された帽子をかぶった警察官は、腕を組んで先程から詰問を続けている。
「……………。」
しかし、当然の如く暴徒達は一切何も話さず、拗ねた表情で座り続けていた。
(なんか…暴動を起こして捕まったのに、余裕感があるのは気のせいか?)
何故だろうか。ここまでの事をしでかしたのなら…懲役レベルなのだが、暴徒達に焦りの表情は一切なかった。例えこの場から逃げたとしても…ここまで顔を見られているし、警察官が写真を撮っているから逃げられるはずが無い。それなのに、彼らは顔を隠そうとする素振りすらしないのだ。
違和感を感じて首をひねる龍人に、暴徒への詰問を続けていた警察官が近寄ってくる。
「君は第8魔導師団の高嶺龍人だな?こいつらを捕まえる過程で何か情報を掴んではいないかね?」
警察官の鋭い眼光に龍人はやや逃げ腰になってしまう。
「え、いやぁ…特に何も分かんないかなと。」
「うむ…。では後ろの…確か君はブラウニー家の娘さんだっかな?何か気づいた事は無いかね?」
話題を振られたルーチェは困った様に首をかしげる。
「それが…全く無いんですわ。」
「そうか…。」
「でも、その全く無い事がおかしいのですわ。彼らの暴動は組織的ですわ。そして、その割にはあっさりと捕まりましたの。私は彼らが得意な属性魔法を使わずに戦っていた様に見えますの。まるで、使う魔法から素性が明らかにされるのを防いでいる様に見えますわ。」
「…だが、それでは暴動を起こした意味が無いだろう。捕まって素性もバレるのだから。」
「いえ…1つだけ可能性がありますわ。彼らが今晒している顔が本物ではなく、使う魔法に特徴が無ければ…逃げられたら再び捕まえる事が不可能ですの。」
「…それは分かるが、この状況で逃げ出すのは不可能だ。それに奴らの写真も撮っているから逃げた所ですぐに捕まえられる。」
「ククククク…。中央区の警察官は腑抜けてるなぁ!」
突然、暴徒の1人が狂った様に笑い出す。
「…何を抜かす!拘束されている状態でお前らに出来ることなど無いだろうが!」
「ははっ。まぁ普通ならそう考えるわな。だけどよ、俺たちのこの顔も作り物なんだぜ?」
すると、言葉に合わせる様に暴徒全員の顔がグニャリと歪む。そして黒い仮面となって顔を覆い尽くした。
「なっ…!」
絶句する警察官。
「ククククク。そういう事だ。俺たちは捕まらない!そして…俺たちの目的は達せられた!それは、俺たちを見る奴らの顔を見ればわかる!」
目的とは何なのか。そこに思考が及ぶ前にひと塊になっていた暴徒達を覆うようにして光が生成され始めた。
「…!?まずい!これ、転送魔法陣だ!」
光の正体に気づいた龍人が叫ぶが…時すでに遅し。立体型転送魔法陣が構築され、暴徒達を転送の光で包み込んでいた。
そして、次の瞬間には1人残らず姿を消していたのだった。
「なんと…。これでは、奴らが何処の誰なのか何も分からないでは無いか…。」
「これだけの事をしでかせるのは、余程の力を持っていないと難しいですわ。それこそ行政区の各庁の長官クラス、各魔法学院の教師、魔法協会ギルドに所属するトップチーム…もしくは、魔聖もあり得ますわね。」
「ぐぬぬ…。これは由々しき事態だ。早急に警察本部に報告する必要があるな。…では、私はこれで失礼しよう。」
険しい顔をしたまま警察官はカツカツと歩き去っていく。
「なんか…あの警察官頑固っぽそうだな。」
「ですが、中々人を観察する力はありそうですの。話しながらも暴徒1人1人の顔を見つつ、周りの野次馬達の顔を全員確認していましたわ。」
「はぁぁ…。ルーチェも良く見てんな。」
「勿論ですの。それ位の観察眼が無いと色々とやっていけませんの。」
「…?えーと、取り敢えずこれからどうしよっか。てか、ルーチェは何でここにいるんだ?」
「それは龍人くんと同じですわ。ラルフ先生が授業を中止にしたのが気になったのですわ。」
「成る程ね…。まぁ、ラルフが何処にいるか全然分かんないんだけどな。」
「私は中央区支部の会議室内にいるのでは…と考えていますわ。確認する方法が無いのが困った所ですが。」
「だよなぁ。する事も無いし…一先ずあのモニターで集会の続きでも見るか?」
「そうですわね。これからの魔法街に大きく関わる可能性がある集会ですから見ておいて損はありませんの。」
「なんか…なんで一気に穏やかになってんだろうな?」
「そんなものですわ。」
特にする事が無くなってしまった龍人とルーチェは、そろそろ再開されるであろう魔法街統一思想集会の様子を見守るため、巨大モニターを見上げるのだった。




