14-2-11.魔法街統一思想集会
官僚のっぽの声は中性的で、声だけ聞けば低い声の女と間違いそうであった。だが、だからこそ彼の声は聞く者の耳を自然と奪っていた。
「あなたが唱える魔法街統一思想の根本はよく分かりました。確かに魔法街が1つの島になり、その副産物として魔法学院が1つになり、行政機関の細分化を防ぐというのは大きな利益になるでしょう。しかし、それは良い面を見た場合の話です。」
キャラクの眉がピクリと動く。
「考えられる悪い面も沢山あるんですよ。先程から何度も話に出ている魔法学院生の派閥闘争は最も分かりやすい例です。別に魔法学院席同士が対立するのは悪いことではないでしょう。但し…あくまでも他人に被害が及ばなければです。今現状として3つの魔法学院が 別々の島に在って、唯一交流がある中央区で毎日何かしらの諍いが起きている。こんな状況で魔法学院が1つになったらどうなるのか…簡単に想像出来ますよね?学院内で揉め、それが学院街に波及し、同調した市民同士のぶつかり合いが勃発する事だって考えられます。これは、本当に必要な事なんでしょうか?…更に、あなたは魔法協会支部が一本化される事で不正が暴かれやすくなると言いましたが、日常業務の負担が増えるところはどうするつもりなのでしょうかね。今まで4つの魔法協会支部で対応していた全ての案件が1つの魔法協会支部に集中すれば、それだけで業務に混乱が起きますね。これで業務が滞りなく進められるとは思えません。寧ろ、その混乱を狙って大きな不正が起こされる可能性だって考えられます。それに国力の強化とか言っていましたが、外的要因が過去に魔法街を利用したのは十分に分かりました。しかし、あなたはその外的要因が今後、魔法街を利用する…もしくは狙うと考える根拠を一切言っていませんよ。自分達の思想が本当に魔法街にとって良い事だと証明したいのなら、もう少し具体的に詰めて頂かないと困りますね。」
キャラクが反論で言ったことを全て潰しに掛かる官僚のっぽ。彼の言っている事も最も事ばかりであり、思わぬ強敵の出現にキャラクは獰猛な笑みを抑えるのに必死だった。
ここまでの反論をされたのなら、この後は思想云々の話ではなく、魔法街統一思想がどれだけ魔法街に利益をもたらすのか具体的な話をし、それに対する中級官僚トリオの反論を徹底的に潰すだけであった。
キャラクは内から湧き上がる獰猛な笑みを爽やかな笑顔に変え、官僚のっぽに向けて話そうとし…ルーベンが招き猫の様な動作で自分を呼んでいる事に気づく。
(…おっと、そう言えば忘れたね。そうか。ここまで話を進める事が出来れば、後は彼の出番って事だったね。)
しょうがないな…という風に首を横に軽く振ったキャラクは自分の席に戻る。官僚トリオからするとこの行動は予想外だったようで、何も言わずに席に座ったキャラクを不審な目で見ていた。
「キャラク…何故何も言わないのですか?あれだけ偉そうに話しておいて、言い返されたら何も言わずに引き下がるとは…少々拍子抜けですよ。」
官僚のっぽの挑発とも取れる発言。だが、それを受けてもキャラクは薄っすらと浮かべた笑みを崩さずに、腕を組んだまま動きを見せない。
代わりにキャラクの隣に座るルーベンが会場左手のドアに向けて手を向けた。
「さて、俺たちの席が1つ空いているのを皆も不思議に思っていた筈だ。到着したみたいだから入ってきてもらうかな。」
会議室内にいる全員の視線が会場左手のドアに向けられた。
ガチャ…という音と共にドアがゆっくりと開いていき…1人の初老の男性が中に入ってきたのだった。
この人物を見た人々は目を見開き、息を止め…続いて一気にざわめき始めた。中級官僚トリオですらその人物を見て驚き、思わず席を立ち上がっていた。
あまりにも影響力がありすぎる人物の登場に、集会の様子を見ていたゲイルは更に頭を抱えるはめにはる。
勿論マーガレットも口をポカンと開けて凝視。会議室の端の席に座っていたラルフは肉付きの良い顎をプニプニ触りながら引き攣った笑いを浮かべていた。
(おいおい。マジかよ。流石にこの場に出てくるなんて聞いてないぞ。…って事はだ、魔法街統一思想の実現に対して本気って事かい…へヴィー学院長さんよ。)
そう。会議室に入ってきたのは街立魔法学院学院長を務めるへヴィー=グラムだったのだ。短い白髪を揺らし、切れ長な伏せ目を観客に向けた後、のんびりとひな壇…ステージ上へ歩く。
魔聖の1人であるへヴィーがこれから話す事は、ともすれば大きな反発を生む可能性もあり…その場にいる全員がゴクリと唾を飲み込むほどの緊張感が場を支配しつつあった。
自分が出てきた事の意味を理解しているのか、ヘヴィーは会議室にぎっしりと座る聴衆を見回し、ステージ上に引き攣った顔で座る中級官僚トリオへ視線を送る。
「お主ら…先程から魔法街統一思想が成された場合の欠点ばかり述べておるが、そもそもお主らが言っている事は現状維持だとしても大して差が無いのである。魔法協会支部の一本化で業務の負担が増えるとは言っても、そこで働く人々も一箇所に集まるのである。ある程度の対応は出来るはずじゃのう。そして魔法学院同士の諍いによって巻き込まれる人が出ると言っておるが、現状既に魔法学院生同士の喧嘩に巻き込まれた負傷者は出ているのである。その程度の事も知らぬのかのう?このまま手を取り合わぬまま行くよりも、取り合える可能性を探る事…これのどこが問題なのか分からないのである。更に、外的要因が魔法街に被害を及ぼす可能性についてじゃが、確かに確実と言える根拠は無いかもしれぬ。じゃが、及ばさないと確実に言える根拠も無いのである。リスクヘッジを考えた時に、どちらの選択が利口かは…明白なのである。」
官僚のっぽはへヴィーの話を聞きながら次第にギリギリと歯軋りを始めていた。同じセリフをキャラクが言っていたのなら反論のしようは沢山あるのだが…相手は魔聖だ。つまり、同じ内容でもその言葉の重みが違うのだ。
魔聖が言う事に対して下手な否定の仕方をすれば、それが行政区としての意見として認知され、大衆を敵に回してしまう可能性があった。
まぁ…既に行政区がひた隠しにしてきた他星の存在や魔獣事件に関する話が魔法街全域に放送されており、大分不信感を買っているという状況ではあるのだが。
何と言ってこの不利な状況を少しでも盛り返すか。官僚トリオが必死に頭を回転させているのに気付いたのだろう。ルーベンがマイクを持つと立ち上がった。
「よし。じゃここで一旦休憩にすっか。中級官僚の3人も少し話す時間が欲しいだろ。休憩後は聴衆のみんなからの質疑応答タイムから始めっぞ。んーと…30分後に再開だ。」
休憩を強制的に挟む事で中級官僚の反駁を封じ込んだのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
龍人は魔法協会中央区支部の大会議室で行われている様子を、中央区支部外の巨大モニターで見ていた。30分の休憩が宣言された事で、無言でモニターに見入っていた人々は隣にいる人と真剣な顔で論議を始めていた。
つい先ほどまで語られていた事は、確かに魔法街の根幹を揺さぶる内容であり、これが魔法街全域に映像として中継されている以上…笑って見過ごす事が出来ない状況になっていた。
(…にしても、ここでへヴィー学院長が出てくるのか。この事実を他の魔聖は知ってるのか?下手したらこれが原因で魔法学院同士の衝突が激化すんじゃないか?)
魔聖であるへヴィー、バーフェンス、セラフの3人の仲がそこ迄良くないことは魔法学院に関わりのあるものなら周知の事実である。
へヴィーが魔法街統一思想に賛同を示した事で、残りの2人…バーフェンスとセラフがどの様な考えを持っているのかが気になる所であった。
仮に、魔法街統一思想に反対の考えを持っていた場合、今までは何となく仲が悪かったで済んでいたのが…明確に対立する理由ができてしまう。
(まぁ…多分へヴィーの事だから他の魔聖がどう考えてるのか把握した上で出てきてるんだろうけどな。…にしても、どうすっかな。ラルフを追っかけてここまで来たのはいいけど、なんかすごい事態になってるし、ラルフがどこにいるか分かんないし。居るとしたら集会をやってる会議室ん中っぽいけど、入場規制掛かってるしな。)
ラルフがいきなり授業の中止を伝えて教室から出て行ったのが気になり、追い掛けて中央区まで来てみた龍人だったが、自分には何もする事ができない内容の会議がモニターで放映されていて…しかもその内容が普通に考えたら放映されて良いものではなかったのだ。
正直なところ、どうしたら良いのか迷っていた。
このまま中央区でラルフを探すのか。魔法街統一思想集会の様子を最後まで見守るのか。
(けど…俺の予想だとラルフは魔法街統一思想集会関係で中央区に来てるはずなんだよな。ってなると、集会をしている会議室に入るのが1番な気もすんだけど…いや、そもそもラルフに会うってよりも、ラルフが何をしようとしてるのかを確かめる方がいいから…直接会う必要もないのか。……ん?今のは…。)
ピリッとした感覚が龍人の肌を刺激する。それまでのオフモードから戦闘モードに切り替わった龍人は周囲の状況を確認していく。
(今の感覚…前にどっかで感じた事があるような…。)
探知魔法を周囲に広げていくと、今度は違う感覚を察知する。
(…これは……魔力が一気に高まってるな。……右か!)
龍人の探知魔法が見つけたのは、雑貨店の2Fから発せられる強めの魔力だった。明らかに何かを攻撃しようとしている魔力の集中具合だった。
窓の方向から察知するに攻撃先は…魔法協会中央区支部。
ここから予想できるのは1つ。それは、魔法街統一思想集会を妨害しようとする勢力がいて、それに属する者達が今まさしく動き出したという事である。
(ん~…ラルフを追っかけてきただけなんだけどなぁ。やっぱり俺ってこーゆートラブルに巻き込まれやすいのか?)
自分がトラブル体質かもしれない…という疑惑を持ちつつも、ここで他の一般人に被害が及ぶ可能性のある行動は…魔導師団の一員として見逃すわけにはいかない。
軽い溜息を吐いた後に…龍人は魔法陣を展開し始めたのだった。




