14-2-9.魔法街統一思想集会
魔法協会中央区支部にある巨大会議室の中は満員御礼状態になっていた。席に座りきれない人々が壁際にぎっしりと立ち並んでいる。
扇型をした会議室の前方にはステージの様にひな壇が組まれていて、その上には6つの椅子が3つずつに分かれて置かれている。
集会に参加を希望する人々が会議室に入りきった所で、会議室のドアが鈍い音を立てながらゆっくりと閉められていく。
すると、1人の男が会議室前方にある横のドアから入ってきた。その男は漆黒の鎧を身に付けた大男。歩くたびに鎧が擦れてガチャガチャという音を立てる。
男の出す明らかに一般人とは異なる雰囲気に会議室はシン…と静まり返っていく。ただ、会議室が静まり返ったのはその男が出す雰囲気だけではない。その男が名を馳せる人物だったという事もあるのだ。
(…流石ですわね。登場するだけで会議室に居る人達の視線を釘付けですわ。)
扇型をした会議室の前方に座っていたマーガレットは、登場しただけで場の雰囲気を掌握したルーベンを見て感心していた。
魔法協会ギルドのトップチームであるブレイブインパクトのリーダー。しかも、禁区での魔獣狩りに於いて右に出る者は居ないとまで謳われる人物である。魔法協会ギルドに携わる者であれば、その名を知らない者は居ないとも言えるほどの知名人なのだ。登場だけで視線を集めるのも当然と言える。
会議室に居る人々は1度は静まり返ってルーベンを見ていたが、其処彼処から小さな声が出始め、次第に騒めきへと変わっていった。
ルーベンは騒めきが会議室内を埋め尽くすのにも動じず、ひな壇の上に上がるとそこに用意されていたマイクに手を伸ばす。
「あーっと、俺が出てきて驚いた奴もいるんだろうな。俺の事を知らない奴もいるだろうから、先ずは自己紹介をさせてもらう。俺は魔法協会ギルドに所属するチーム、ブレイブインパクトのリーダーをやってるルーベン=ハーデスだ。でもって、魔法街統一思想団体の代表も務めている。今日はよろしくな。」
一瞬の静寂の後、会議室内は大きなどよめきに包まれた。
ブレイブインパクトのリーダーが集会に現れただけでも大きな事なのに、その人物が統一思想の代表を名乗ったのだ。
これまで密かに活動していた魔法街統一思想団体は、その正体は秘密にされていた。その為、団体の代表が誰なのか、真に目指すものが何なのか…様々な点がベールに包まれていたのだ。
その実態が明らかにされると期待をして参加した人々は、衝撃の事実にどよめく。そして、ルーベンという有名人が魔法街統一思想団体の代表という…ある意味で素敵なサプライズに湧き始めた。
歓声にも似た声があちこちから飛び始め、会場は異常な熱気に包まれ始める。
歓迎の声を浴びながら、ルーベンは片手をゆっくり上げる。すると、観客達はシン…と静まった。
「先に言っとくぞ。今日は、俺たち魔法街統一思想団体の理念をこの魔法街に伝える日だ。従って暴力などの野蛮な行為は禁止にさせてもらう。もし、そういう事をする輩がいたら…俺がぶっ潰す。余計な野次も禁止だ。ってなワケでよろしくっ!…うし、じゃぁ俺たちの理念を伝える相手に入ってきて貰おうか。」
ルーベンは会場前方の右側にあるドアに手を向ける。すると、そのドアから3人のスーツを着た男性が入ってきた。これに合わせる様にして会場左側のドアから1人の人物が入ってくる。
ルーベンを含めた5人はひな壇上に置かれた椅子に座る。 客席から見て右側にスーツを着た3人。左側にルーベンともう1人の男だ。
合計6つある椅子の内5つに人が座った事になるが、1つの椅子は空席のままである。
(わざわざ6つの椅子を用意しているのに、統一思想団体側が1人足りないなんてあるのですわね。…というよりも、念願叶っての魔法街統一思想集会に主催側が1人足りないというのは…何かあるのですかね?)
客席で見ていたマーガレットを含め、他の観客達も同じ様な事を考えているのだろう。同じ様に首を傾げている人がちらほら見えていた。
「じゃぁ…早速魔法街統一思想集会を始めようか。」
マイクを持ったルーベンの合図で係員が椅子に座った5人の前にスタンド形式のマイクを準備し始めた。
係員による準備が着々と進められる中、会議室の天井付近に設けられた特別傍聴席で様子を見ていたゲイルは…頭を抱えていた。
「おいおいおい…何でこーゆー大事な所に中級レベルの官僚しか来てないんだよ。」
「…どうやら、行政区はこの集会をあまり重視していないみたいですね。」
隣に立つ部下もゲイルと同じく困った様顔をしていた。
「にしてもよ、思想関連の学者とかを連れて来るくらいは出来るだろ…。よりによってちょこっと勉強しただけのペーペー3人組か。」
「恐らくですが…魔法街統一思想団体から行政区へ官僚の参加を求めたのがギリギリだったのかと。もしくは、この集会を成功させる為に敢えてギリギリにしたか…ですね。」
「そりゃあそうたろ。問題なのは行政区の官僚共が、参加要請を受けるまで動かなかった事だ。この手の集会は放っておくと大衆を動かす可能性がある。普通なら参加を求められなくても、一般観客に紛れて参加する。」
「それじゃあ…今回のこれって完全にミス…というか、下手したら行政区にとってかなりマズイ結果になりますよね?」
「はぁ……まじで行政区のお偉いさん方は舐めてるよな。こりゃあ最悪俺が出るしかないか。」
「えっ…でも、今回表に出てしまっては…。」
「いいか。確かに今回の目的とは違うが、何もせずに俺の目的が達せられない状況になるのなら、俺は身を挺してその事態だけは防ぐ。」
「…分かりました。しかし、その場合の外の対応は…。」
「最悪お前さんにやってもらわなきゃだな!その時は任せたっ!」
「ですよねぇ…。」
想像していたよりも面倒な事態に巻き込まれている事を自覚した部下は、盛大に溜息を吐くのだった。
そして…ひな壇上のマイクやらテーブルやらの準備が完了した所で、魔法街統一思想集会が本格的に開始される事となる。
司会進行を務めるのは…どうやらルーベンらしい。
「さぁてと、早速集会を始めるわけだが、まずは俺たちの思想がどの程度認識されているのかを確認したいな。行政区のお偉いさんが来てくれてるわけだし、俺たちの思想に対してどう考えているのか聞かせてもらおうか。」
ルーベン達の主張を聞いてから話し合いが始まると思っていた行政区官僚の3人は、予想外の展開に身を固くしている。
(…やりますわね。あの行政区官僚のおデブさん、おチビさん、のっぽさんはどう見ても中級クラスですわ。もし、上級官僚ならこの集会に参加する前にある程度のリサーチはしているはず。そして、それに対する反論も用意しているはずですわ。まずは相手のレベルを確かめる…良い手ですわね。)
全員の視線が集中する中、マイクを持ったのは官僚デブだ。
「それに関してはある程度リサーチはしています。まず、魔法街を1つに統一するのが大きな目的ですね。それに付随するものとして、現在3つある魔法学院を1つに統合。各魔法学院のノウハウを取り入れる事で更なる魔法教育の充実化、更には星としての軍事力を高めるのが目的だと理解しています。」
予想していたよりもしっかりとした答えに観客達は静かに見守るのみ。
「そして、我々行政区の見解としては…基本的に反対の立場を表明します。理由といたしましては、魔法街を1つに纏めるとして、その具体的な方法が何も分からないこと。3つの魔法学院が現在において交流がほとんどない事。…中央区の各所で喧嘩沙汰が絶えないのに、1つにしたらそれこそ同じ学院で派閥同士の争いが絶えなくなると考えています。そして、新たな魔法学院の設置場所として考えられるのが中央区しかない事も理由の1つです。中央区はそもそも毎日建物の位置が変わるという基本ルールがあります。その例外なのはこの魔法協会中央区支部のみ。この例外を増やすにあたっては様々な問題をクリアしなければならず、その問題をクリアする事に注ぐ力を各学院の魔法教育に充てた方が遥かに効率が良いと考えています。」
官僚デブは長々と話し終えると、額の汗を拭きながらマイクを置く。何処となく誇らしそうな表情なのは、ルーベンと隣に座る男が無表情だからか。初っ端から論破出来た…なんて思っているのだろう。
ルーベンは腕を組んだまま身じろぎしないが、隣に座る男がゆっくりとマイクに手を伸ばした。短い黒髪で前髪は右目の上が短く
左目の方にいくにつれて長くなっていく斜めカット。そして黒髪の奥に煌く青い双眸が見る者を惹き付ける魅力を持った男である。
「なるほどねぇ。ごもっともな事を長々とありがとう。あ、僕はキャラク=テーレだ。まぁ自己紹介はこれ位でいいかな。さて…君達行政区の官僚さんは魔法街統一思想が、魔法街を1つに纏め…結果として魔法学院が1つになるって考えてるみたいだけど、それは大きな間違いなんだよね。」
キャラクの言葉を受けて官僚は明らかに動揺を隠す事が出来ない。
「そもそもさ、君達…魔法街統一思想についてそんなに調べてないよね。短い時間で部下にでも調べさせた情報を繋ぎ合わせて、後は自分達の想像で補ったのかな?それで知った風だなんて…行政区の官僚さんはその程度なんだね。失望だよ。あぁ失望しかないね。その程度のオツムしかなくて良く官僚が務まるよね。だからこの魔法街を変えなきゃいけないっていう僕達みたいな思想が現れるって事に気付いてないのかな?馬鹿だ。あぁ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ!少しは恥ずかしいと思った方がいいよ。」
完全に馬鹿にした言葉の数々に官僚チビがテーブルをバンっと叩いて立ち上がる。
「私達を馬鹿にするな!私達は…この星の為に身を粉にして働いている!思想を掲げて叫んでいるだけのお前達が私達を馬鹿にする資格はない!」
「くくく…。今の程度の挑発で逆上か。君達…大した事無いね。まぁいいさ、そんな奴らが相手だとしても僕は容赦しない。僕は魔法街統一思想が魔法街にとって理想の思想であり
、実現すべき思想である事を証明してみせる。」
官僚チビは挑発に乗ってしまった事が悔しいのか、プルプルと体を震わせ、顔を赤くしている。対するキャラクは余裕の笑みを浮かべたままマイク片手に語り始めていた。
「さて、この僕が魔法街統一思想の本当の目的を伝えようじゃないか。まず、そこのデブ官僚君は魔法学院の統一が主な目的みたいに言っていたけど、それは違う。僕達の思想の根本にあるのは…6つの浮島で構成されている魔法街を1つの陸続きの島にする事だ。」
衝撃の発言に観客がどよめき、官僚トリオは目を見開いて動きを止めていた。
観客に混じって話を聞いていたマーガレットも驚きを隠す事が出来ない。
(…どういう事ですの?魔法街を1つの島にするだなんて聞いた事がありませんわ。そもそもそんな事が可能なのかが分かりませんの。…これは、思った以上の話ですわね。)
一方、端の席で脚を組んで様子を眺めていたラルフはニヤリと笑みをうかべていた。
(やっぱりそういう事か。過去の過ちをなくす為に、過去に起きた原因そのものを無くそうって魂胆か。確かにこの方法なら3つの魔法学院が別々に存在する理由がなくなり、自然と1つの魔法学院に統合されるな。だが…問題はその方法だ。どう考えているのか…しっかり聞かせて貰うぜルーベンさんよ。)
観客達はキャラクが言った非現実的としか思えない考えにざわめき、隣の人とあれやこれやと話し始め、会場内のざわつきは最早騒音と呼べるレベルにまで達していた。
パンパン!と手を叩く音が響く。
「はいはい。まだ僕の話しは終わってないよ?この僕がわざわざ全部話すって言ってるんだ。全部聞くまでは静かにして欲しいな。これは、この魔法街を大きく変えるかもしれない思想なんだ。みんなには真剣に聞いて、この思想が本当に必要なのかどうかを判断して欲しいと思ってるんだけど?」
キャラクが観客に語りかけるにつれてざわめきは小さくなっていき、再び会場内は静かな空間へと変わる。
「うんうん。ありがとう。では…続きを話すよ。魔法街を1つにする方法は幾つか候補がある。この方法を今話すと、反対派から妨害される可能性があるから秘密にさせてもらうよ。それでだ、魔法街を1つの島にする事で様々な問題が解決されるんだよね。まず、各区から中央区に行く際の通行許可証が不必要になる。案外これって行動の妨げになっているのは、各区に住んでいる皆が分かっている筈だよ。そして、次に魔法協会支部が1本化されるんだ。これは大きな改革になるんだよ。今までは行政区の魔法協会本部の下に魔法協会中央区支部があって、その下に魔法協会南区支部、北区支部、東区支部がある構図だった。これが普通だったから疑問を持たなかったかも知れない。けどね、良く考えて欲しい。このせいで色々な不正が行われていたとしても、明るみに出にくくなっているんだよね。現に魔法街南区でクリスタルの仕入れ数を誤魔化すって事件が起きている。これだって魔法協会本部の下に魔法協会支部が1つしかない構図だったらすぐにばれた筈。そして、さっきから何度か話に出ている魔法学院を1つに統一する事。これは大きな進歩になる。今現在ダーク魔法学院、シャイン魔法学院、街立魔法学院の3つに分かれているけど、魔法学院によって魔法教育の手法はかなり違うと言われている。この3つの魔法学院の手法が集まる事で、これまで以上に最適な魔法授業が行われる可能性が高いのは自明の理だ。それにだ、魔法学院に進学しない者にはこの星以外にも沢山の星があるって事を伝えないっていう不文律があるよね。なんでこの決まりがあるか皆は知っているかな?まぁ、ある程度は知っている人ばかりだとは思うけど、これは過去に起きた魔法街戦争が他の星に住む奴らが引き起こしたのが原因なんだよね。魔法街で魔法を学び、魔法街のためにその力を使う事を知らない人が魔法街以外にも星がある事を知ったら…つまりだ、魔法の才能が無い者が魔法が主流じゃない星の存在を知ったら、そこに行きたいって思うのは当然だ。そうなると魔法街は他の星との交流を始めなければならず、結果としてテロリストが魔法街に侵入しやすくなってしまう。まぁ現状でも中央区には侵入出来るけど、各区への侵入がしやすくなるのが問題になってるんだね。でも、これって本当に必要な事なのかな?魔法街に引きこもって、魔法街だけの価値観で過ごす。これって…ある意味で危険なんだよ。他の星との交流を開き、様々な情報と共に更に発展する必要があるんだ。そうしなければ、魔法街は自分の星を守れない。過去に魔法街が戦争を起こしてしまったのは、情報を中途半端に規制してたからだ。今世界は大きく動こうとしてるんだ。それを知らずに魔法学院でのうのうと魔法の勉強をしてるだけだなんて…馬鹿だよね。今この瞬間世界で何が起きているのかを魔法街に住む人々全員が認識し、魔法を使える者は有事に備えて技術を磨き、魔法の才能に乏しい者は別の方法で備える。これがこれから魔法街がこの世界の中で生きていく上で必要な事なんだ。だからこそ、魔法街統一思想は必要なんだよ。」
長々としたキャラクの演説を静かに聴き入っていた観客達は、キャラクが口を閉じた後も静まり返っていた。
そして、この話を聞いていたのは…魔法協会中央区支部の大会議室にいる人々だけではなかった。
魔法協会南区支部の外に設置されている巨大モニター、更に各区の一般家庭にあるテレビで同時中継されていたのだ。これも魔法街統一思想団体のメンバーが陰で地道な交渉を続けた結果の賜物である。
この事実。それは…この瞬間魔法街に住む人々全員が他星の存在を否応なしに知らされた事になるのだった。




