14-2-6.テングの苦悩
モニターに映った英裕は相変わらず奇抜な髪型をしていた。右耳の上に剃り込みが入った左側が長いアシンメトリーの髪型に、右耳に付けられた5つのピアスが光を受けて輝いている。髪の色がオレンジである事も重なり、どう見ても素行の悪いヤンキーにしか見えない。
だが、英裕は機械街に蔓延る悪を成敗する私設集団ヒーローズのリーダーであり、その統率力は機械街街主のエレクに認められる程であった。
更に言えばその驚異的な戦闘能力は、ともすればエレクを超えるのでは無いか・・・と、陰で噂されるほどの実力の持ち主である。
そんなカリスマ的な存在の英裕はテングの顔を見た瞬間に眉を顰めていた。
「んん…どうした?何か悩んでる顔をしてるんじゃないか?」
「はは…やっぱり分かりますよね。実は機械街から自動車技術を輸入する話が順調に進んでるんですよ。」
「おぉ。そりゃぁ魔法街でかなりのお手柄なんじゃないか?」
「そうなんですけどね…。そもそも、この技術を輸入しようと動いたのは天地に所属していたからなワケで…。」
「…なるほどな。」
腕を組んでテングの話を聞いていた英裕は納得した様子で頷く。
「つまり…今までは機械街をクレジから救うっていう目的の為に天地の為に動いていて、その見返りとしてクレジの情報を得ていた。だけど、今はそのクレジが天地に所属している。お前にとって天地に加担する意味が無くなっちまったって事か?」
「はは…さっきのだけでここまで読まれちゃうんですね。そうなんです。正直…天地の為に動く必要性が無いんですよね。」
「まぁ…確かに今までの目的だけを考えたらな。」
「…?というと?」
「よく考えてもみろ。あの狂人…クレジを天地が手に入れたんだぞ?つまりだ、クレジの驚異に晒されるのが機械街だけじゃ無くて、他の星もって事だ。」
「それは分かりますよ。でも…そこまでして、僕は命を懸けて天地の為に動く必要があるのかなって。」
言いたい事が上手くテングに伝わらない英裕は首を横に傾げてしまう。
「なぁ…テング、お前はなんの為に天地に所属してんだっけ?」
「え…それは天地からクレジの情報を引き出して、機械街を守るためですよ?」
「それならよ、もう少し考えてみろって。お前さんはクレジが天地に加わったって事に思考を支配されすぎだよ。」
「それって…。」
「いいか。クレジが天地に加わった事で、機械街へ何かしらの被害が及ぶ可能性は増えたか?それとも減ったか?」
「…!」
英裕はハッとした表情のテングを見ながら深刻そうな顔で頷いた。
「気付いたか。そうだ。非道な手段で機械街の闇を掌握していったクレジが、この世界を暗躍する天地に所属したんだ。つまり…クレジの魔の手がこの世界全ての星に及ぶ可能性があるって事だな。」
「…しかも、他の星に与えた影響が波及して機械街に及ぶ可能性があるって事ですね。最悪、星間戦争が引き起こされる可能性も否めない…と。」
「そういう事だ。だから、気が進まないかもしれないけど…機械街との魔法街の技術交易はこのまま話を進めた方が良いと思う。ただ、それで魔法街が滅ぼされるなんて事になる事になったら本末転倒だ。…信頼できる魔法街の誰かを仲間に引き込んで、天地の企みを阻止した方が良いな。」
「魔法街で信頼出来る人…ですね。」
テングは腕を組んで今まで出会った人の顔を思い出していく。そして…
「…1人居ますね。あの人なら、僕の言う事を信じてくれるかもしれないです。」
「お?案外すぐに出てくるじゃん。じゃぁ…その人に情報を流して、テングは天地の一員として真面目に働くべきだな。」
「…それ、正直凄い心が痛いんですけど。」
「そりゃぁしょうがないだろ。そうでもしないと天地の奴らの目を欺くのは無理だと思うぞ?」
「はぁ…僕って本当に厄介な役回りが多いですね。」
「その厄介な役回りを完璧にこなせるからこそ、俺はお前に託したんだ。」
「そう言われたら断れないじゃないですか。…しょうがないか。僕の…僕達の敵がクレジから天地に変わったって事ですね。やれるだけやってみますよ。」
「あぁ…面倒かけるがよろしく頼む。」
その後、今後の計画を念入りに話し合ったテングと英裕は軽く頷き合うと通信を切断する。
丁度その時であった。テングがいる部屋のドアがノックされる。
「…はい、どなたですか?」
テングの返事に答えずにドアが開かれ、そこに立っていたのは…銀髪長髪の男だった。
「………セフさん。こんな所にどうしたんですか?というより、どうやってここまで来たんですか?一応魔法協会本部の警備はそれなりに厳しいはずなんですけど。」
「ふん…俺がこの程度のセキュリティを抜けられないと思うか?」
「それは…そうですね。」
何気ない態度を装っているが、テングの内心はかなり焦っていた。今いる部屋は防音になっているが、相手がセフではその意味がない可能性もかなり高い。
もし、英裕との会話を聞かれていたとしたら…それは天地としてこれ以上活動をする事が出来ないという事を意味する。最悪…この場でセフに殺されてしまう可能性すらあった。
(無抵抗で殺されるつもりはないけど…あのセフさん相手に僕がどこまで抵抗出来るか…。)
全てはセフがなんと言ってくるか。それに掛かっていた。
「テング。お前は今何の任務を遂行している?」
「え…それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味だ。」
「……指示通りに機械街から自動車技術の輸入交渉を進めています。」
「それは知っている。その先に何があると聞いている?」
「…?セフさん、言っている意味が分からないんですけど。僕は自動車技術を輸入して実現させる。その自動車技術がこの魔法街での目的を達成するのに必要である事は通達されていると思うんですけど。」
「……お前も俺と同じ1人という事か。」
「どういう意味です?もしかして、この計画を土台にした他の計画があるんですか?」
「推理力は見事だ。先に言っておくが、これはあくまでも推測だ。だが…可能性は高いと踏んでいる。」
その後、部屋の中でセフが話した内容はテングを驚かせるには十分なものだった。
数分後…セフが去った後の部屋でテングは椅子に座り、腕を組んで天井を見上げていた。
正直な所、セフから聞いた内容はある種ぶっ飛んだもので…自分の中に落とし込むのに時間がかかりそうたった。
ただ、1つだけ分かった事がある。
「…天地も一枚岩じゃないって事か。天地の目的ってこの世界を破壊する事だけど、その破壊の先になにがあるんですかね。そもそも魔法街を優先的に狙う理由が天地の活動を阻害するからっていう理由だけだとは思えなくなりましたね。」
テングが天地に加入した時に他の構成員から伝えられた天地の目的は、腐ったこの世界を破壊し、裏切りも憎しみも無い1つの世界を構築する事…と言われていた。
今回の天地としての活動はその目的に準ずるものであり、特に違和感は無い。
そして、セフから伝えられた内容が本当だったとしても…それ自体も天地の行動原理から外れたものではなかった。
ただ、この2つは似通っているようで…何か前提が違う気がしていたのだ。それが単なる気のせいなら良いのだが…。
(でも、気のせいじゃなかったとしたら…何か途轍も無く大変な事が起きる気がしますね。)
天井を見上げていた視線をモニターに移したテングは、体の奥底に溜まった負の感情を押し出すかのように深いため息を吐いていく。
だが、その目は死んではいない。寧ろすべき事を成すために闘志に燃えた目をしていた。
「先ずは…彼にコンタクトを取ってみますか。」
立ち上がったテングは部屋を出て行く。ドアが閉まり、電気も消えた部屋。一切の光が無い空間。
そこに一瞬だけ、モニターを横切るように一筋の光が走る。
ジジッ
光はすぐに消え、何もなかったかのように部屋の中は暗闇に支配された。




