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Colony  作者: Scherz
第六章 終わりと始まり
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14-2-4.遼の悩み



 足を組んで太腿の艶めかしさを強調したネネは、遼が自分の太腿に視線を取られているのに気付きながらも、敢えて触れずに話をする。小難しい話題になる事が間違い無いので、ある種の息抜きを与えているのだ。

 要は、ネネの気を利かせたサービスという事である。遼がそれを欲しているかどうかは別として。情報屋として裏社会を女1人で渡り歩いてきたネネが、数多の経験の中から培った会話のテクニックである。


「いい?遼ちゃんは機械街の紛争で戦う事になって、その時に命のやり取りを迫られる場面があったのよね?もしかしたら、自分のすぐ横で命を散らす人が居たのかも知れないわ。その中で、貴方はどんな選択をしたのかしら?」

「えっと…最初は戦う事も出来なくなっちゃったんですけど、それでも戦わない訳にはいかなくて…誰の命も奪わないで戦うってその時は割り切って戦ったんです。」

「それで…あなたは誰の命も奪う事なく戦えたのかしら?」

「…はい。一応出来たかなとは。でも、命を奪う覚悟で戦っていれば、もっと味方の被害を少なくする事が出来たと思います。」

「…ふぅん。じゃぁ、命を奪う戦い方をしていたら、敵味方合わせて命を落とす人の数は少なくなったと言えるのかしらね?」

「それは……………。」


 難しい問いかけである。遼が相手の命を奪わな事を前提に戦った事で、味方の被害が増えたのは間違いの無い事実。では、相手の命を奪って戦った時は…敵軍の被害が大きく増えた筈。そして、それに対して味方の被害が激減するとも考えにくかった。

 要は、遼が攻撃した相手が生きたまま行動不能になるのか、命を散らして行動不能になるのか…という問題だからだ。

 そう考えると、命を奪わない戦い方の方が犠牲は少ないのかもしれない。だが、それはあくまでも仮定の話であって、状況が常に変わり続ける戦場において確実といえる事は無かった。


「正直、分からないです。俺が相手の命を奪う戦い方をしたら、相手の死者は絶対に増えたと思います。でも、命を奪わない戦い方をしたからといって…味方の被害が減ったとは…。」

「そうよ。つまりね、考えるだけ無駄なの。」

「…はい?」


 ここに来て思考放棄を言うネネに、遼は完全に付いていく事が出来ていなかった。


「…なんで分からないのかしら?つまりね、遼ちゃんはその時に自分の信条に従った戦い方をしたのよね?その1人の行動で戦局が大きく変わる事は殆ど無いわ。遼ちゃんが戦いに加わっている人達の中で圧倒的な実力を持っていない限りね。」

「…それは分かります。」

「だからね、遼ちゃんが相手の命を奪おうと、奪わなかろうと、関係無いの。命を奪えば相手の被害が増える。命を奪わなければ相手の死者は増えない。但し、時間が経てば復活してまた戦いに加わるかもしれない。復活した相手が仲間を殺すかもしれない。復活した相手は遼ちゃんの仲間に殺されるかも知れないわ。それでも、それはそれなの。いつ戦いが終わるかも分からない。そんな状況で正解なんて無いのよ。」

「でも…相手の命を奪う覚悟をしている人達からしたら甘いですよね…。」

「それはそうよ。でもね、覚悟の仕方は人によって違うのよ。相手の命を奪わない戦い方が、結果的に2つの軍勢が手を取り合うきっかけを作るかもしれない。もしかしたら、片方の軍勢を全滅させるきっかけになるかもしれない。」

「……ですよね。」

「それは、相手の命を奪う戦い方をしていても同じよ。」

「え…?」

「命を奪うっていう事は、負の連鎖を生み出すわ。命を奪わないって事は正の連鎖を生み出す可能性があるわ。でも、それらは全て可能性でしか無いの。だから、その時に各々が自分の信条を貫いて全力で戦うしかないのよ。その結果に何が待ってるなんて分からないもの。」

「…確かにそうですね。」

「そうよ。だから、遼ちゃんは機械街での自分の戦い方に負い目を感じる必要は無いのよ。その戦い方でいいの。例え誰かに批判されようとも、貴方が自分の中にある想いに嘘をついてない限り、それを他人が批判する資格なんて無いんだからね。」

「…そっか。」


 ネネの言葉は遼の中でわだかまっていた感情を解消させていた。自分で自分の行動を周りと比較していた遼が陥っていた穴、それは本来あるべき穴ではなく、自分で作ってしまった穴だったのだ。

 それは心の持ちようですぐに埋まるものであったのだ。


「ふふ…。やっと分かったようね。じゃぁ、さっきの話に戻るわよ?」

「え?さっきの?」

「あら?今のは機械街での話よ?ここからは、これからの話。」

「あ、そうでした。」

「ふふっ。遼ちゃんは可愛いわねぇ。」


 機械街での問題が自分の中で解消された事で、悩みが全て解消されたと思い込んでしまっていた遼は頬を赤らめて恥ずかしがる。…女の子なら可愛い動作であるが、男だとまぁ…微妙であるが、ネネはそれを面白そうに見ていた。


「話が重複しちゃうけど、これから遼ちゃんが携わる任務には確実に命のやり取りが求められるものがあると思うわ。それこそ、さっき言った…命に代えても魔法街を滅ぼそうとするような相手との戦いとかね。」

「…例えばですけど、そういう相手でも命を奪わない…いや、俺の場合は命を奪いたく無いっていうのを貫き通して戦うのは…駄目ですかね?」

「…ん~、基本的に私はそれでいいと思うわ。それが遼ちゃんの良いところであって、弱点でもあるんだけどね。魔導師として任務に付く以上、最適なのは…基本的に命は奪わない。但し、やむを得ない場合に限り命を奪う…かしらね。」

「ですよねぇ…。俺にはその覚悟が出来るか分からないんです。」

「でもね、相手の命を奪わない限り魔法街が滅びてしまうのなら、命を奪うしか無いわ。もっと身近な話にする?…例えば、そうねぇ龍人ちゃんが相手と戦ってボロボロに負けるのよ。倒れた龍人ちゃんに向かって剣を振りかぶる相手。その場に居るのは遼ちゃんだけ。想像出来たかしら?」

「えっと…はい。」

「いいわ。その相手はとても強くて、遼ちゃんの普通の攻撃じゃビクともしないの。それこそ、全身全霊の攻撃を当てない限り止める事は出来ない。但し、その遼ちゃんの全力の攻撃が当たれば、相手の命を奪う可能性もあるわ。…この時、遼ちゃんはどうするかしら?そうねぇ、相手は森林街を滅ぼしたセフ…と想像するのが分かりやすいかしら。」

「う…。」


 天地のセフの名前まで知っているネネの情報収集力には舌を巻く思いだが、今はそこに突っ込む状況では無い。ネネが挙げた例は非現実的な様であって、いつか起きうる事態とも考えられるものだった。


「多分…そんな状況になったら、俺、相手の命を奪うとか考えずに全力で攻撃しちゃうと思います。」


 考えに考えて遼が出した答えは、何ら特別なものではなく、ごくごく普通の答えであった。だが、ネネは満足そうに笑う。


「ふふふっ。それで良いのよ。もし殺すつもりで攻撃するとか言ったら、本気で魔導師団を続けるのを止めようかと思ってたわ。」

「え…?これでいいんですか?」

「もちろんよ。それが遼ちゃんの普通よ。それで良いのよ。…但し、1つだけ心に留めておかないといけない事があるわ。」

「…はい。」


 笑みを消したネネは、真剣な顔で遼の瞳を射抜く。


「それは、魔導師団として活動する以上…貴方はいつか人の命を奪わざるを得ない時があるって事ね。貴方が望まざるともそういう事態が訪れる可能性はあるわ。でもそれは、貴方が本当に大事に思っている人達を守るため、絶対に譲れないものを守る為に不可避なもの。その覚悟が出来るのなら、貴方は魔導師団として仲間と共に戦うべきよ。森林街で起きた悲劇が2度と繰り返されない為にもね。」

「…ネネさん。」

「ん?なにかしら?」


 ネネの名前を呼んだ遼の表情は、相談する前のそれと大きく変わっていた。心に掛かっていた靄が晴れたかのような表情…というような顔。


「俺…自分がどうすればいいのか少し分かった気がします。迷って足踏みをしていても駄目ですもんね。俺、相手がセフでも命を奪わないで止められる実力を身につけられるように頑張ります。」

「…あらあら。」


 遼の出した答えは、ネネの期待を大きく超えるものだった。だが、これこそがネネが本当に伝えたかった事でもある。

 未来の事を考えて悩む位なら、未来に起きうる事態を想定し、それを自分の信条を曲げずに乗り越える為に努力を積み重ねる。今出来るのはそれだけであり、今それをしなければ未来に後悔するのは間違いないのだから。


(まぁ…遼ちゃんが相手の命を奪わなきゃいけない時に、どんな選択をするのかはその時にならないと分からないし、その点に関して解決はしてないけれど…前向きになったから良いとしましょうか。)


 懸念は残るが、一先ずは前向きに話が纏まったので良しとするネネであった。


「じゃぁ…これで話はおしまいね。そろそろ休憩も終わるし、仕事に戻るわよ?」

「え…?もう休憩終わりの時間ですか?」

「えぇ勿論。」

「え…ご飯食べてないんですけど。」

「あら。私は遼ちゃんが部屋に来る前に食べたわよ?この後私の予約が8件で、他の子達の予約が合わせて20件以上はあるからフルで動いてもらうわよ。」

「ちょっ!なんで今日そんなに忙しいんですか!?」

「何言ってるのよ。忙しいのは嬉しい悲鳴じゃない。」

「まぁそうなんですけど、今から何も食べないでとかちょっとむ…」

「無理とは言わせないわよ?メイドの為の執事が頑張らないと、メイドがご主人様にご奉仕出来ないのよ?ご主人様に奉仕出来ないメイドは存在価値が無いわ。それと同じようにメイドの為に動けない執事なんて存在価値無しよ。そんな事になったら、遼ちゃんの恥ずかしい話を街立魔法学院に広めちゃうんんだから。」

「げっ。それはいくら何でも…」


 チリンチリン。「お帰りなさいませご主人様~!」

 チリンチリン。「お帰りなさいませご主人様!」

 チリンチリン。「お帰りなさいませご主人様ぁ!」


「さぁご主人様が一気に来たわね。忙しくなるわよ。」

「…そんな。」


 空腹感に苛まされる遼だったが、怒涛のご主人様ラッシュによって夜遅くまで下僕のようにメイド達にこき使われるのであった。

 もちろん、最後のご主人様が退店した後、ゾンビの様に痩けた遼が裏で倒れていたのは言うまでもない結果である。


 遼がこんな悩みを相談し、メイドにこき使われている頃…中央区では2つの魔法学院の学院生がおしとやかに交流を深めていた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 魔法街で3つの魔法学院に所属する学院生は、他学院の所在区に行く事はほぼ禁じられていた。

 学院同士の仲が良くない事から、余計な揉め事を防ぐ為…という名目である。時折許可が下りたりもするが、極々稀な事例であり…普通の学院生は他学院の領域に踏み入る事は出来ない。

 それこそ高級官僚の子供だとか、親の力が無いと中々実現しないのである。

 こういう背景から、他学院の学院生同士が交流する時に使うのは中央区というのが一般的である。


「あ、こんにちわ!」

「こんにちわ。」


 片手を上げて手を振りながら元気に挨拶をしたのは、肩甲骨程まである茶髪を揺らす背の小さい女性。彼女は街立魔法学院に所属をする学院生…レイラ=クリストファー。

 おしとやか?に挨拶を返したのが黒の夜会巻きが目を引く平均的な身長の女性。面長なのと顎が少し出てるのが特徴とでも言える…スレンダーな体型をしたマリア=ヘルベルト。シャイン魔法学院の学院生だ。

 2人が待ち合わせをしているのは魔法協会中央区支部に併設された演習場である。


「今日は私の為にありがとう。」

「いいのよ。…なんて優しい言葉を掛けてみる私。」

「ふふっ。やっぱりマリアさんは面白いね。」

「そうかしら?それにしても、初めて中央区の演習場を使ったけど…プライバシーとか無いのねこの場所。」


 周りを見回したマリアは少しだけ眉を顰めていた。そもそも魔法というのは個人個人の技量が詰まったものであり、他人に無闇矢鱈に見せるものでは無いというのが基本的な考え方なのだ。それを考慮すると、演習場はなんとも言い辛い場所であった。

 魔法協会中央区支部に併設されている演習場は、勿論外から覗かれないようにはなっている。…のだが、演習場の中は一切仕切りが無いのだから。

 つまり、他人が練習している魔法を観察し放題なのである。

 そもそも、魔法を練習する人は自分の住む区の魔法学院を使うので、基本的に中央区まで来る事は無いのだが。


「本当だね。私、個室で分かれてるのかと思ってた。」

「まぁ…いいわ。どうせ私の魔法を見ても真似は出来ないと思うし。」

「ありがとうマリアさん!」

「ふふ。こんな寛大な事を言っちゃう私。じゃぁはじめましょうか。」


 この場所でレイラとマリアが会っているのには勿論理由がある。

 それは、以前2人が約束したマリアの防御結界技術をレイラが教わるというものである。



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