14-2-3.魔法街統一思想
目の前に座る男は誰なのか。
その巨体から…近付いてくれば分かりそうな筈なのだが、声を掛けられるまで一切存在を感知する事が出来なかった。
しかも、マーガレットがここ最近悩んでいる3つの魔法学院統一に関する思想について…何かを知っている様でもある。
全身真っ黒の鎧という事も合わさり、はっきし言って怪しいとしか思えないのだが。
「…あなた、誰なんですの?それに魔法街統一思想というのは具体的にどういう思想なのです?それに行政区が疎ましく思っているって…。」
「まぁまぁ落ち着けってお嬢ちゃん。先ずはさっきのダークと街立の喧嘩…見事な仲裁だったぜ。ははっ。見ててスカッとしたぜ。」
「…ありがとうですの。」
「んでだ、そん時にお前さん…3つの魔法学院が仲良くならなきゃ…みたいに言ってたろ?そして今この図書館で思想に関する書物を読み漁ってて、しかも見つからないときた。つまりだ、お前さんは3つの魔法学院が1つの魔法学院になるべきっていう…魔法街統一思想に似た考えを持ってるって事だ。」
「…それが何ですの?特に問題がある考え方だとは思いませんのよ。」
「あぁ勿論。お前さんと同じ様な考えを持ってる奴は結構いるぜ。ま、さっきも言ったが行政区の奴らはそれを疎ましく思ってるみたいだけどな。」
「何故ですの?メリットは沢山あると思いますの。」
「そんなの簡単だよ。メリットは沢山あれど、面倒くさい事が途轍もなく多いって事だ。文化が違う3つの学院が一緒になるんだ。その面倒臭さは少し考えれば分かるだろ?それなら統一じゃない今の形を維持したまま手を取り合う方法を…ってのが行政区の言い分だな。」
「そんなの詭弁ですわね。少なくとも魔法街戦争以降、3つの学院の関係が良好だった事はありませんの。」
「……くくくっ。」
目の前に座る男はマーガレットの言葉を聞くと小さく笑い声を漏らす。
「よーく分かってんじゃねぇか!そーゆー事だ。だからこそ、魔法街統一思想を掲げる者達は行政区の弾圧に屈さない。そして、今までの努力が実を結んで…明日、統一思想団体がその実現に向けた集会が開かれる。でだ、お前さんも参加しねぇか?レルハ家のお嬢ちゃんよ。」
「…!?何で私の名前を知っていますの?」
「そりゃあお前さんの親父さんが有名だからな。行政区で1番とも言われる手腕を持つゲイル=レルハの娘さん位知ってるさ。」
「…お父様の名前でってのが気に障りますが、しょうがないですわね。それで…いい加減貴方は誰なのか教えて欲しいのですわ。」
「ん?あぁ悪い悪い。俺の名前はルーベン=ハーデス。魔法協会ギルドに所属するブレイブインパクトのリーダーをしてる。そんで、魔法街統一思想団体の代表者でもある。よろしくなっ。」
差し出される右手。
「………。」
マーガレットはその手を見ながら悩んでいた。行政区から疎ましく思われ、更には弾圧もされているという統一思想団体と手を取り合って良いのか。
握手=団体所属という訳では無いのだろうが、この手を取ったら後には引けないと直感で感じていた。
(このルーベンという男…裏表は無さそうですわね。見た目に惑わされていけないのは重々承知していますが…。いや、大事なのはそこではないですわね。私が3つの学院を1つの学院とした方が良いと本当に考えているかですわ。)
自身の心と真正面から向き合うマーガレットは、少しの間を空け…真っ直ぐな瞳をルーベンに向けた。
「私、本当に統一思想が良いのかどうかはまだ判断が付いていませんの。ただ、その集会には参加させてもらいますわ。その上で色々と判断させてもらいたいのですわ。」
「勿論!これは強制的な話じゃねぇ。あくまでも賛同する奴だけが団体にいればいいんたわ。ま、最終的には魔法街統一を実現してみせっけどな。」
「その自信…好印象ですわ。一先ずはよろしくですわね。」
そして、マーガレットはルーベンが差し出していた手を力強く握り締めたのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
『あなたと私の萌え心。』街魔通りにある個室対応型のメイド喫茶である。個室…という単語から卑猥な事が行われているのでは?と想像する人も居るかも知れないが、そんな事はない。あくまでも健全なメイドカフェであり、過激なサービスは行われていない。
また、このメイド喫茶にはメイドの為の執事がいる。普通であればお客様の為の執事であるはずだが、この店ではお客様をおもてなしするメイドの為の執事…という位置付けであった。
こんな少し風変わりなメイド喫茶『あなたと私の萌え心。』で働く人気メイドが、専用の個室で執事と寛ぎながら話をしていた。
「あら。相談があるかって時間を取ったけど、表情から察するに相当悩んでるのね。普段から良く悩んでるのは知ってるけど、今回のは思った以上に深刻そうね。」
秘密めいたお姉さんみたいな笑みを浮かべるメイドは、黒髪ツインテールという余り見ない髪を指先でクルクルといじりながら執事に話しかける。
「まぁ…そうなんですよ。どうしても自分自身を納得させられなくて。なので、ネネさんに相談してみようかなって思ったんです。」
「あら、頼ってくれて嬉しいわ。それで…遼ちゃんは何について悩んでるのかしら?」
「えっと、魔導師団にいる事の重みっていいますか…。」
よっぽど言い難い事なのだろう。遼は視線を泳がせた後に話そうとするが、次の言葉が出てこない。
ツインテールを揺らしたネネは、どうやら遼から聞かずともある程度の事情は把握しているようで、「ふふっ…」と妖艶な笑みを浮かべていた。
「そこまで言葉にするのを躊躇する事かしら?間違ってたら悪いけど、遼ちゃんが悩んでいるのは…人の命を奪う魔導師団に所属している意味があるのか?…なんて所かしらね。機械街での紛争に巻き込まれたみたいだし、その中で辛い思いをしたんでしょうね。だからこそ、命のやり取りをする事に対して疑問を持った…って感じかしら?」
遼はポカンと口を開けて首を縦に振ることしか出来ない。自分が思っていた以上にネネに読まれていたのだ。
「ネネさん…本当に凄いね。」
「あら。お褒めの言葉ありがとう。それで、あなたは私から何を聞きたいのかしら。」
「えっと…なんていうか、人の命を奪ったりする可能性がある魔導師団自体に疑問を持ったっていうか…。なんか、魔法街の為に働くのが魔法師団だってのは理解してるんだけど、その仕事で人の命を奪うって…つまりさ、これから俺たちが言い渡される任務には魔法街の汚れ仕事もあるんじゃないかって思っちゃって。」
「…ふぅん。なるほどね。」
腰掛けていたソファーから立ち上がったネネは窓際へ移動すると、カーテンを開き、窓を開ける。
窓の外に広がるのは街魔通りだ。
「遼ちゃんは…この街魔通りを歩く人達を守る覚悟はあるのかしら?」
「…え?」
「魔法学院に通う学院生の中から優秀な学院生を選抜し、その学院生を魔法街公認の魔法使い…つまり魔導師として雇う。そしてその魔導師を4人1組の魔導師団とし、魔法街の為に様々な任務を言い渡す。…これが魔導師団よね。それなら…例えば暗殺なんていう任務を言い渡されたとしても文句は言えないわよね。」
「…そうなんですが、それでも人の命を奪う任務を言い渡すっておかしいんじゃないかなって思ったんです。」
「…。もう1度聞くわね。あなたは、この街魔通りを歩く人々を守る覚悟はあるのかしら?」
「それはありますよ。だって、それが魔導師団として……あ。」
「ふふ…気付いたからしら?そうよ。魔導師団は自分の星の人達の命を奪おうとする者が現れた時、その者の命を奪う事で魔法街の人を守らなければならないのよ。」
分かっていた筈の事実。…だが、機械街での紛争に巻き込まれた時に見失っていた事実。
しかし、この事実を今考えた時、遼は自信を持って魔導師団を続ける…とは言い切ることが出来なかった。
こんな遼の心情を察しているのだろう。人差し指を口元に持って行ったネネは遼の顔を見つめる。
だが、ネネが遼にかけた言葉は…慰めや同調といったものではなかった。寧ろ、遼の心を抉るものであった。
「遼ちゃん…貴方は勘違いをしているわ。」
「えっ?勘違いって…。」
「貴方は、人の命を奪う魔導師団に関して疑問を持っているようだけど…違うわね。貴方は自分自身の中にある恐怖を魔導師団のせいにしているに過ぎないわ。」
「…恐怖?」
「そうよ。貴方は魔導師団に対して疑問を持っているのではないわ。魔導師団が魔法街の機関である限り、様々な任務があるのは理解している筈よ。…つまり、遼ちゃん。貴方は自分が人の命を奪う事を恐れているのよ。」
「…………。」
ネネが言い放った言葉は、遼が知らず知らずの内に蓋をしていた本音であった。自分が魔導師団のメンバーであること。その魔導師団として失格というレッテルが貼られないように、遼は無意識の内に自分の問題を魔導師団の問題にしていたのだ。
遼は無言で立ち上がるとネネの隣、窓際へと移動する。
窓から見下ろすと街魔通りを様々な人達が、様々な表情をしながら歩いていた。
「…俺は、弱いのかな。なんかさ、人の命を奪うって事…それに直面すると怖くなっちゃうんです。これじゃ駄目だって分かってるんですけど…。」
「…ふぅん。だから自分の問題を魔導師団のせいにして、逃げようって事なのね。」
「いや、逃げようだなんて…!」
「言っている事は同じよ?」
遼はネネの言葉を受けて口を噤んでしまう。
自分自身の中にある弱さ。それが他人に指摘をされる事ではっきりと明確になった瞬間だった。
「遼ちゃん。貴方は、何の為に魔導師団になったのかしら?ただ選ばれたから何も考えずに魔導師団になった訳じゃないわよね?」
「それは…うん。俺は…俺と同じ思いをする人がいないように、魔導師団で…その為に…って思ったんだ。」
「そう…。つまり、あなたは森林街で起きた天地による壊滅事件と同じ事が起きないようにしたいって考えてるのよね。もしくは、それに類する事件で魔法街の人々が不幸になるのを防ぎたい…と思ってるのよね。」
「…!?なんで森林街の事件を…!?」
「ふふ…。それ位の事、この私が知らない訳ないでしょ?私が誰だと思ってるのよ。」
「…そうでした。」
参ったとばかしに頭を下げる遼を見てネネはクスクスと笑う。
「遼ちゃんは真面目ねぇ。…いえ、それが普通なのかも知れないわね。普通なら人の命のやり取りなんて躊躇するわ。」
一筋の風が解放された窓から吹き込んでくる。ネネのツインテールを揺らす。隣で見ている遼には、その姿は1枚の絵画のようにであった。
「例えば…森林街を壊滅させた犯人が魔法街を壊滅させようとして暴れたら…あなたはどうするのかしら?」
「それは勿論…止めに行きますよ。黙って見てるなんて出来ません。」
「そう。なら…その犯人が自分の命に代えても魔法街を壊滅させようとしてたら?」
「え…それって…」
「そうよ。その犯人は命尽きるまで絶対に止まらないの。その犯人に対峙した時、貴方は選択を迫られるわ。…相手の命を奪うのか、それとも貴方が命を奪われるのか、はたまた全てを他人に託し逃げるのか。」
痛い質問であった。命のやり取りに躊躇している遼は、今のままその状況に陥ったら…命を奪われるか逃げるという選択を選ぶ筈である。
ただ、本当は相手の命を奪うという選択肢が魔導師団…いや、魔導師としての正解なのは分かっていた。
「俺は…。」
「分かっているわ。相手の命を奪えないんでしょう?」
「…うん。」
「一応聞くけど、機械街ではどうしたのかしら?」
「え…えっと、機械街では相手の命を奪わないで、行動不能にするって割り切って戦ってたんですけど…。」
「…はぁ。それじゃぁ駄目なのかしら?」
「…え?」
このネネの発言を遼は理解する事が出来ない。つい先程までの話では、命を奪うか奪われるか。この2択を選ぶ事が出来るのかという話だった筈なのだ。
戸惑う遼を見てネネはもう1度溜息を吐いた。
「あのね…物事を決める価値観なんて人それぞれなの。貴方は、それに縛られすぎなのよ。」
眉間に皺を寄せる遼。それを見たネネは更に溜息を重ねると、ソファーに移動して腰掛ける。
「いいわ。分かりやすく説明してあげるわ。」
そう言うと、ネネは右足を上に足を組み微笑むのだった。…その時にパンツが見えそうで見えなくて、遼がどきっとしたのは秘密である。




