14-2-1.理から外れた者
其れは世界に漂うものであった。其れは世界に認知されないものであった。ほんの僅か、その存在を知っている者が全神経を集中させる事でそこに居る事がわかる程度のものだった。いや、もしかしたらわかる事が出来ない程に希薄な存在であった。
其れはそれ以上の存在になる筈ではなかった。そのまま世界を漂うものの1つとして、未来永劫在り続ける筈だった。
しかし、其れが内包していた者に変化が訪れた事で状況は変わる。その者が力を得る事で世界に漂う其れは影響を受け、世界を漂う其れが一箇所に集まり始めたのだ。
世界に散らばっていた其れが集まる事で其れは存在を増し、世界に認知される存在となる。
そして、奇しくもその場所は内包していた者が居る所の近くであった。数多ある世界の中で、同じ場所に存在する事。それは奇跡としか言いようが無い出来事。だが、それが事実。
其れは知り得る事を内に秘め、内包していた者へ伝えるべく彷徨い始めた。
世界は其れの存在を…いや、其れらの存在を知っていた。
だが、知っているだけである。何故其れらが存在し、なぜ其れらが現れるのか。様々な説があるが…全ては憶測に過ぎなかった。
憶測は真実にも虚実にも成り得る。数ある憶測の中から何を知り、何を根拠に真実と判断するのか。
其れらの存在を知る人々、研究する人々は、其れらが余りにも理から外れた存在である事から、其れらの存在を定義付ける事を恐れていた。
誤った定義が定着してしまえば、そこから崩壊が始まるからだ。一度始まった崩壊は止める事が出来ない。崩壊を止めるために破壊が必要になる事もある。だからこそ、世界は其れらの存在について慎重であった。そして、一部の人のみが知る存在となるように仕組んでいた。
全ては、其れらが何を目的とし、何の為に生まれ、何を為す為に活動しているのか。全ての真実を紛う事なきものとする為である。
だが、其れらを知る一部の者共は知らない。其れらが決して1つでは無いという事を。
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魔法街東区。シャイン魔法学院があるこの区で悩める1人の女が居た。
名をマーガレット=レルハという。
彼女が悩むのは…決して龍人との恋に進展が無いという事では無い。勿論、悩みの1つである事に間違いは無いのだが、そこまで深刻では無かった。そんな簡単に落とせる相手だとも思っていないし、何よりも自分の中にある気持ちが簡単に揺らぐ事がないと知っていたので、そこまで焦りという感情が無かったのだ。レイラという恋のライバルの存在もいるが、マーガレットとしてはライバルが居た方が燃えるというものだった。
それよりも彼女を悩ませているのは…1つの考えだった。
「はぁ…ですわ。」
シャイン魔法学院校舎の屋上で遠くを見ながら悩むマーガレットは、本日何度目か分からない溜息を吐いていた。
彼女が悩んでいるのは、魔法街の在り方について…である。
機械街で2つの勢力に分かれていた星が1つに纏ったのを経験した彼女は、街立魔法学院、シャイン魔法学院、ダーク魔法学院という3つの勢力に分かれている魔法街について考えていたのだ。
(もし…もしですわ、3つの魔法学院が1つの魔法学院になったら…3つの魔法学院のノウハウが1つになりますの。そうしたら、魔法がさらに発展するきっかけになる筈ですの。それに、行政区だけ別に存在しているのも手間を増やしている原因なのですわ。」
彼女が考えている事は的を得ていて、効率化という点に注視すれば3つの魔法学院が1つに纏まることで、魔法教育や人材教育などの点に於いてかなりの成果が上がる筈である。
また、魔法街を運営する上で必要になってくる様々な行政手続は、現在各区の魔法協会支部が代理手続をするという手間を取るシステムになっている。
もし、この行政区が独立せずに隣町のように存在したら…。この点に於いても効率化が図られるのだ。
ここまで考えれば3つの魔法学院が独立して存在している理由が分からないのだ。
(確かに魔法学院同士で仲が良くないのは事実ですわ。…というよりも、魔法学院学院長同士の仲が悪いのですわ。)
朝から同じような事ばかり考える思考のループに陥っているマーガレットは、空を見上げて優雅に飛ぶ鳥を発見する。
(鳥は自由ですの。私も社会のルールとかそういうのから解放されて自由に飛び回りたいですわ。…いえ、きっと鳥にも鳥社会のルールがあるのですわ。…やっぱり現実逃避気味ですわね。お父様にでも相談したら何か答えのヒントが見つかるのでしょうか。)
答えが出ない思考は精神を消耗させる。普段は人に頼る事が無いマーガレットは、珍しく父であるゲイル=レルハに相談しようかとすら思っていた。
マーガレットが考えている事は、とてもじゃないが1人でどうにか出来る問題ではなく、それこそ魔法街に住む人々を大きく巻き込む必要があるものだった。それを只の魔法学院生であるマーガレットに行う事は当然の如く難しい。
だが、自分が1人で行うのが難しいとしても…今の自分の考えが間違いだとは思っていなかった。
(私が機械街で見た事は間違いの無い事実ですの。それを見たら…今の魔法街の在り方はおかしいと断言できますわ。でも…1人ではどうにもなりませんの。……今の社会情勢について書かれた本でも読んでみるのも良いかも知れませんわね。)
このまま悩み続けていても何も解決しないのは分かりきったことで、だからこそ行動に移す事を選択したのである。
目的地は中央区にある大きな書店。そこで色々と調べる事にしたのだった。
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魔法街行政区法務庁。ここの長官を務める金髪オールバックの男は、部屋を訪れた女性部下の報告を聞いていた。
「はぁん。そんな事になってんのか。まぁ…前々から地下で思想を広める活動をしてたのは知ってたけどなぁ。」
「コホッ…。長官、少しは煙草を止めたらどうですか?体に悪いですよ?」
椅子の肘掛に肩肘を付きながら、咥え煙草をする長官の部屋は煙草の煙で薄っすらと白んでいた。
「煙草は俺の嗜みだから無理だ無理!にしてもホンットに困ったよな。反対派も沢山いる中で、この思想が結構蔓延してるってのは…正直予想外だ。」
「それはそうですね。ただ…この思想に賛成の意を唱える人の中には、魔法街で大きな影響力を持つ人も居ます。蔑ろにする事が出来ないこともまた事実かと。」
「…ふぅ~~~。」
眉を顰めながら煙草の煙を上に向けて出す長官。当然、正面に立つ女性部下は嫌そうな顔しかしていない。
「それでは失礼します!また各所に動きが出たら報告に来ます。」
女性部下はクルッと華麗なターンをすると、長官の返事を聞かずに部屋を出て行った。バタンと大きな音を立てて閉まったドアを見ると、煙草の煙が充満した部屋の中が本当に嫌だったのだろう。
「ったく、俺の煙草くらい許してくれてもいいのにねぇぇ。」
口を尖らせながら女性部下が置いていった資料を捲る長官は1枚の紙に目を留める。
「おいおい。あいつこんな大事な事を言わずに出てったのかよ。」
そこに書かれていたのは…『魔法街統一思想集会』という文字であった。
「こりゃぁ…本格的に対応に移らなきゃだねぇ。3つの魔法学院が1つになったら法整備が大変なんだよなぁ…。っしゃーね~!少しばかし本気で動きますかね。」
長官は煙草を咥える側の口端を持ち上げて笑みを浮かべると、両手を上に伸ばす。
法務庁長官…現在の各庁長官の中で仕事能力が最も優れていると言われる男が動き出す。
彼の名をゲイル=レルハという。シャイン魔法学院に通うマーガレット=レルハの父親である。




