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Colony  作者: Scherz
第六章 終わりと始まり
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14-1-2.覚悟



「…という訳で、前期試験の内容を発表するぞ」


 何が「…という訳で」なのか分からないが、そこに突っ込んでいると話が全く進まなくなるのはラルフ相手では暗黙の了解なので、誰も余計に口を挟まずに耳を傾けていた。2年生からラルフの授業を受け始めた学院生もいるのだが、僅か2ヶ月で全員が同じ対応をしているのは、良いことなのか悲しいことなのか。


「まず、前期試験は男女2人1組で行う。実際に行う試験の内容は無人島で男女が2人だけで生活した場合、どれくらいの期間クラスメイトとしての仲を続けられるのかってやつだな。相手が1人しかいない場合、自然と恋愛感情とか子孫繁栄の欲求が…ぶへっ!」


 高熱の塊が顔面に直撃したラルフは吹き飛ばされて黒板に頭をぶつけ、ズルズルと崩れ落ちていく。


「なるほど。キャサリンが果てしない女好きだから…と言っていたのはこれか。」


 床に倒れたラルフを見ながら冷静に分析するジャバックは、ラルフの女好きという点において納得したようだ。そんな納得はいらない…という気がするのは置いておこう。


「うむ。では我が試験について伝えようか。」


 どうやらジャバックにもラルフを助けるとか介抱するとかの考えはないらしく、生徒たちにとってやっとまともな情報が伝えられそうである。


「まず、試験の内容は至って単純。2人1組で魔獣の討伐を行ってもらう。場所は禁区で行う予定だ。男女1組にした理由だが、同性同士よりも異性同士の方が連携が取り難いからだ。魔獣は我らの予想を遥かに超えた動きをする。事前の準備から戦闘中の咄嗟の判断が問われる。人の命を何とも思わない魔獣相手に、命のやり取りをしてもらう。」


 予想外の試験内容に学院生達はシン…と静まり返ってしまう。殆どの学院生にとって未知の存在である魔獣を相手にした試験は、考えるだけで恐怖を感じてしまうものである事に間違いは無い。全員が口を閉ざし、何かを考え込んでいる中…ちなみが手を上げた。


「お主は…杉谷ちなみか。なんだ?」

「はい。えっと…その…魔獣相手に戦って、どうしたら試験合格になるんでしょうか。もしかして…。」

「魔獣討伐というからには、魔獣を殺してもらう。生き延びるために相手を殺す勇気、覚悟が必要なのだ。」

「殺す…いくら相手が魔獣だからと言って、そんな試験で殺すだなんて、やり過ぎではないですか?」

「成程。その意見は最もだ。だが…1つ問おう。お主はいざとなった時、魔獣に襲われ、殺さなければ殺される状況に陥った時、他に誰の助けもなく、ほんの少しの気の緩みが自身の命を差し出すという事が直感で分かってしまう時、何の躊躇いも無く自身に襲い掛かる魔獣の命を奪うことが出来るのか?」

「それは…。え…でも…。」


 ジャバックが言った事は正論である。つまり、いざという時に命を落とさない様に今から覚悟して戦う事を覚える必要があると言いたいのだろう。それは、機械街での1件や天地が暗躍しているという世界的な状況を鑑みれば必要な事に間違いが無い。

 しかし、このジャバックが言う事に納得する為には…それらの状況を知っているという事が前提となってしまう。


「俺もちなみの意見に賛成だな。そもそもよ、こんな平和な魔法街で魔獣と戦うなんて事無いだろ。」


 反対の意を唱えるのはバルク。足を組み、背もたれに体を預けた体勢のバルクはヤンキーにしか見えない。


「平和な…か。昨日ラルフから聞いたが、魔法を使う動物が街魔通りに出現し、暴れたという話を聞いたが?」

「あれはあれだろ。そもそも魔法を使う動物だけどよ、魔獣とは違うだろ。魔獣が南区の街中に現れる訳ねーって。それなら2対2の対人戦とかのがよっぽど有意義だろ。」


 最もな意見を述べるバルクは、ジャバックに対して良い感情を持っていないのだろう。胡散臭い変人を見る目付きである。


(確かにこの街中に魔獣が現れる可能性は低いかも知れない。けど、今のバルクの言い方だと…。)


 龍人はバルクの論に1つの見落としがある事に気づいていた。そして、ジャバックは当然のごとくそこを突く。しかも容赦無く。


「お主はバルク=フィレイア…か。どうやら本当に危機感が足りないようだな。学院長のヘヴィーが悩むのも頷ける。いいか。動物というのは魔法を使わない存在だ。その動物が魔法を使うという事自体が最早異常。それを認識すべきだ。そして、魔法を使う動物が自然発生する事はあり得ない。変異種なら考えられるが、それが何匹も同時に街魔通りに出現する事が自然と起きる訳がない。つまり、魔法を使う動物は人為的に生み出され、その動物たちが誰かしらの意図によって同時に出現した事となる。ここまで言えば流石に分かるか?魔法街には、この星を脅かすべく活動をする悪意を持った者が潜んでいるという事だ。では、悪意を持った者はいつ動き出す?1年後か?2年後か?バルクよ、答えてみるが良い。」

「…そんなの俺に分かるわけが無いだろうが。俺はその悪者じゃねぇんだよ!」


 ガンっと机を叩きながら怒りの声を出すバルク。しかし、ジャバックに効果は無い。


「その通りだ。」

「…何が言いたいんだよ?」

「バルク…お主の言う通り悪者はいつ動き出すか分からぬのだ。1週間後か明日か、今かもしれない。では、その悪者が動き出したとき、次は同じ魔法を使う動物なのか?それとも…もっと強力な?通常の魔獣なら良いが、もし、その悪者が魔獣を強化する実験をしていたとしたら?その魔獣が街に放たれたらどうする?一匹なら良い。だが、それが何十匹も放たれたら、魔法学院の学院生達も駆り出されるであろう。その時に、お主らは魔獣相手に戦えるのか?街の人々を守るために魔獣の命を奪うことができるのか?覚悟が出来ていなかったなんていう言い訳は通用しない。魔法を操る素養がある者達が集うのが魔法学院なのだろう?その学び舎で高みを目指すものが、いざという時に戦わずして、誰が戦うのだ。もし、お主らがそれでも魔獣と戦う必要が無いのだと考えるのだとしたら、魔獣討伐の試験に参加しなくても良い。代わりの試験を用意しよう。」


 沈黙。ジャバックの言う事がある意味で極論である事は全員が理解していた。その上で、魔獣と戦うという覚悟、更に言うならば有事の際に我が身を顧みずに危険の前に躍り出る覚悟をする必要があるという事だ。街立魔法学院で学ぶ者としての務めであるという事。

 誰もが何となくは感じていたかもしれない事実。ただ…明確な言葉として突きつけられた時、その事実に正面から向き合えるかは別問題でもある。学院生達の気持ちを理解しているのだろう…ジャバックはラルフを持ち上げて立たせると、何も言わずに教室から出て行った。


「あ~っと…そうだな…。」


 ラルフはもう少しオブラートに包んで言うつもりだったのだろう。学院生達が真剣な顔で沈黙を保ったままなのを見て、バツが悪そうに頭の後ろをポリポリしている。


「まぁ…ジャバックが言ったのは…事実だ。けど、それだけが街立魔法学院で学んでいる事の全てじゃぁない。命の遣り取りをしたくない奴はそれで良いと俺は思うぜ。じゃぁ、実際に魔獣とどうやって戦っていくのかをするか。そうだな…まだ心の整理がついてないと思うから、1時間後にグラウンドに集合だ。もし、魔獣と戦いたくない奴は今日は帰宅していいぞ。明日から別メニューを用意すっからよ。んじゃ、また後でな!」


 こう告げたラルフは気まずそうな顔をしたまま教室を出て行った。扉が閉まる音が響き、続いて無音が訪れる。急に突きつけられた現実に半分以上の学院生が戸惑いを隠せないようである。


(まぁ…そうなるよな。今まで魔法学院生として強くなる事だけを目標に普通の生活を送ってただけだし。そこにいきなり命を懸ける覚悟はあるかって言われても答えられる訳がないわな。)


 街立魔法学院に通う学院生達の目的は強くなる事だけではない。強くなる事はあくまでも目的を達成する為の手段である学院生が殆どなのである。例えば、行政区の○○庁官僚になる為に良い成績を残さなければならい…と考えていたりだ。実際問題としてそういった類の将来的な就職を見据えて実力向上を図っている学院生が大半であろう。

 但し、○○庁に入る為に魔法使いとしての実力が必要な本当の理由を、誰もが考えていなかった…という事だ。別に○○庁は魔法使いとしての実力がなければ入れないという訳でもない。座学における知識という面で秀でている者も勿論入庁する事が可能だ。では何故、実力のある者が求められるのか…。答えは単純。魔法街という魔法を中心に動く星で、魔法が使えなければ様々な場面で弊害が出るからだ。例えば、魔法教育の更なる向上。魔法を使った様々な発明。有事の際に戦力として参加する事。…日々の生活から、非日常の場面まで魔法とは切っても切り離せないのだ。

 ここまで考えて勉学に励んでいた学院生が少なかったという事実が、今の状況を生み出しているのは明白だった。

 全員が口を閉ざして突きつけられた現実について考えてたが、龍人は違った。むしろジャバックが言ったことは当然であり、今更言われても…という程度にしか思っていなかったのだ。

 これまで体験した事件が偶然起きたのでは無く、天地による策略という事も知っていたし、魔法街で何か事件が起きた時に率先して戦う覚悟もしていた。魔導師団に所属しているというのも龍人がこう考えている理由にはなるが。

 まぁ…、こういう考えを持っているという事は普通ではない。という事なのだが。龍人がそれを自覚しているかしていないのかは微妙な所ではあるが。


 ともかく、魔法学院2年生上位クラスは新学年が始まって2ヶ月で今後の人生を左右する選択を迫られたのであった。


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