13-8-1.魔法街への帰還
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機械塔。アパラタスの行政機関が一手に集まるこの塔は、都市の運営に欠かせない数々の行政機関が一手に集中した心臓部とも言える建物だ。
その機械塔の50Fは街主とその側近である4機肢のみが入る事を許されている。通称…4機肢の間。
この場所に第8魔導師団と4機肢が集まっていた。
フェラムに操られた状態から解放され、意識を失っていた火乃花も1時間ほど前に意識を取り戻して一緒にいる。操られていた時の記憶は断片的にしか無いらしいが、覚えている内容は絶対に他人には話したく無いと言っていたので、その詳細については誰も知らない。
魔法街から助っ人として来たマーガレットも勿論同席している。
そして、ジャバックも。今、4機肢の間ではそのジャバックとエレクによる話し合いが続けられていて、他の者達は黙って事の成り行きを見守っていた。
「では…本当にそれで良いのか?」
先程から同じ様な問答を繰り返しているが、エレクの声には戸惑った表情が未だに混ざり続けている。
対するジャバックは淡々と話すのみである。
「勿論だ。我の目的は機械街の統一にあらず。天地から機械街を護る事にある。」
「だが、それなら機械街で天地の襲来に備える方が合理的だろう。」
「うむ。それは違う。天地の狙いは機械街では無い。奴らの狙いは世界だ。それを防ぐ為には…我は機械街に居るわけにはいかぬのだ。」
「…となると、本当にアパラタスとジャンクヤードの統一を俺に任せて…魔法街に行くのか?」
「その通り。我はここにいる高嶺龍人を更なる高みまで引き上げる。それこそが天地の狙いを潰す事に繋がるのだ。」
バンっと龍人の背中を叩いたジャバックはニヤリと笑みを作る。
「…だが、それでジャンクヤードに住む者達が納得するのだろうか。」
「それは問題無い。我はいつかジャンクヤードとアパラタスが1つの国家になると信じ、ジャンクヤードに住む者達にはその様に話してきている。この星を護るためにジャンクヤードとアパラタスが1つの国家として纏まる必要があると伝えてあるのだ。それならば、後は国の代表として立つのが我かエレクかの差であるだけ。我はお主が我よりも劣るとは思っておらん。むしろ、主導者としては我よりも優れているのでは無いか?」
「むぅ…。」
ジャバックの言うことは最もなようであって、しかしエレクは素直に頷く事が出来なかった。
エレクはアパラタスを護るために様々な事に手を出してきた。それこそ戦闘部隊を使い、アパラタスに害をなす者達を暗殺する事を命じたりもしたのだ。
1つの国家が成り立つ為に何かしらの犠牲が必要なのは…避ける事の出来ない事実。だが、それはエレクからしてみれば是としてはいけない事でもあるのだ。
あくまでも理想は犠牲が無い平和な世界。勿論、それが只の理想であり、それが叶わない事は分かっている。
だが…だからこそなのだ。だからこそ、2つの国家を1つの国家として纏めていく過程で、様々な犠牲を自身の手で生み出してしまうのでは無いか…と危惧しているのだ。もし、何かしらの犠牲が必要になった時、エレクは自分がその犠牲を厭わないという事も知っている。
斜め下に視線を送って考え込んでしまったエレクを見て、ジャバックは溜息を吐く。
「エレク…お主は分かっておらん。お主が悩んでいる事は大体分かる。犠牲の上に成り立つであろうこれからの国家についてでも考えているのだろう。」
「…!?」
ジャバックの指摘が図星だったため、エレクは顔をバッと上げて反応を示してしまう。それは誰の目から見ても肯定している事に他ならなかった。
「エレク。機械街は元々2つの国家が隣り合わせだった星だ。それが何かしらの理由で片方が滅び、アパラタスが生き残った。そして、アパラタスは繁栄し、ジャンクヤードは国家の生き残りが細々と生き延びてきた。つまりは、1つの国家として纏っていてもおかしくは無いのだ。そのタイミングが今になったに過ぎん。ジャンクヤードはアパラタスと1つになる時の為に、機械の技術を発展させて来た。今こそ、1つの国家になるべきなのだ。」
「………。しかし…」
「それにだ、お主がどれだけ迷おうと我はこの星を出る。」
まだ迷いを見せたエレクに対し、ジャバックは一切応じる気がない事をはっきりと告げた。
それを聞いたエレクは深い溜息を吐くと顔を上げる。ここで、戸惑いや不安といった雰囲気がエレクから一切感じられなくなる。
「…分かった。それならば、俺がこの機械街を更なる巨大国家としてみせよう。」
「うむ任せた。1つだけ願いがある。」
「何だ?可能な範囲で叶えよう。」
「新しい国家の名前を…機械国家メタトロンとして欲しい。」
「機械国家メタトロン…。メタトロンは消滅した国家の名前だったな。……いいだろう。過去を背負い、過去を超える国家として繁栄してみせようではないか。」
「恩にきる。」
こうして、新たな国家…機械国家メタトロンが新たな国家名として決定される事となる。
満足そうに頷いたジャバックは視線を龍人達…魔導師団へと向けた。
「で、お主らはいつ帰るのだ?」
「あ、どうしよっかな。全然考えてなかったけど、闇社会の問題も一先ず解決したし…これ以上機械街にいる理由がないわな。」
魔法街に帰るタイミングについて本当に考えてなかったらしく、龍人は困ったように頭の後ろを掻いていた。
「はぁ…任務が終わったんだから帰るしかないでしょ?」
飽きれた様に話すのは火乃花だ。目が覚めたばかりではあるが、いつも通りの突っ込みである。
「いや、まぁそうなんだけどさ。なんか色々と気になっちゃって。」
「色々って何よ?」
「ん~、スラム街の子供達とかかなぁ。」
「それに関しては心配ないんじゃのう。全員無事…とは言えんが、それでも生き残った子供達は私が孤児院を再開させて面倒を見るんじゃのう。」
「え、じゃぁ4機肢を抜けるのか?」
「いや…今後は両方ともしっかりとやっていくつもりなんじゃのう。」
「そっか…。じゃぁいいのかな。うん。帰ろうか。」
「そうよ。魔法街でもやる事は沢山あるんだから、早く帰る以外に選択肢は無いと思うわ。」
「そうだね。俺も双銃の刻印についてキタルに報告したい事もあるし。」
「私も…クラスのみんなに会いたくなってきたかも。」
「ははっ。じゃぁ…エレク、俺達は帰るわ。」
龍人達の言葉を受けてエレクは頷く。
「分かった。第8魔導師団、そしてマーガレット…本当にお前達には助けられた。この恩は必ず返そう。」
「いいって。そもそも魔法街の任務で言われなかったら来なかったんだしさ。」
「いや、それでも違う者達が来ていれば…違う結果になった事は確かだ。お前達との出会いに俺は感謝する。」
「…ん、そっか。じゃぁ、何かあったらまた助け合おうぜ。」
「勿論だ。48Fの転送課には転送の許可を出しておく。準備を整え次第魔法街へと戻るが良い。」
「あぁサンキューな。」
こうして…機械街に於ける龍人達の任務は終わりを迎えた。
その後、各々荷物などを纏めて転送課の前に集合する事になった。
龍人が部屋で荷物を纏めていると、コンコンとドアをノックする音が響く。
「はーい。誰だ?」
「エレクだ。」
「ん?どうぞ。」
ドアがゆっくり開かれると、そこにはフルプレートアーマー姿の…つまり、いつも通りの姿のエレクが部屋の中に入ってきた。
エレクは部屋の中に入るなり、口を開く。その口調は真剣そのもので、遊びに来たわけではない事が…最初に名前を呼ばれた瞬間に龍人が感じ取る程のものだった。
「龍人。ジャバックから里の因子を有する者だという話は聞いた。俺が昔聞いた伝承で、里の因子を持つ者が集まる時、世界を変える力が生み出される…というのを聞いた事がある。正直、里の力が何なのかは正確には分からない。しかし、龍人やビストが使った力…アレは明らかに異質な力だ。それこそ世界を変える力があると信じたくなるほどに。」
「…それは俺も理解してる。俺は自分の持つ力が普通じゃなくて、その力を天地が狙ってる事も分かってる。まぁ…それでもどうして俺の力を、里の因子を天地の奴らが狙っているのかは分かんないんだけどな。」
「そうだな。だが…気をつけるんだぞ。天地の奴らが本気で龍人を狙う前に、それに対抗出来る力を身に付けるんだ。時間は少ないと思え。」
「…あぁ。忠告サンキューな。」
「何を言う。機械街の恩人に死なれては困るからな。」
「いやぁ…恩人は言い過ぎじゃないか?」
「まぁ、自覚がないのならそれで良い。では…俺は失礼する。またどこかで会おう。」
「あぁ。」
片手を差し出すエレク。その意図を察した龍人は躊躇わずエレクへ手を伸ばし、ガッチリと握る。
数秒して、手を放したエレクは片手を上げると無言で部屋を出て行った。
この時のエレクの忠告が…思ったよりも早く現実のものになるとは、この時の龍人は予想すらしていなかった。
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魔法街に帰る準備を整えた龍人が転送課のある48F(クレジによって破壊され、再建した後も各部署の場所は以前のままらしい)に到着すると…他のメンバーはすでに揃っていて龍人を待っている状態だった。
「悪い、待たせた?」
「そんなに待ってないよ。ご覧の通り、お別れ会みたいになってるから全然大丈夫だよ。」
苦笑気味の遼が言う通り、48Fはこれまで龍人達が関わった人々が見送りにきてくれていて、プチお別れ会の様相を呈していた。
レイラとニーナが名残惜しそうに手を握り合い、涙を浮かべながら話していたり。火乃花とスピルが何やら真剣な顔で話していたり。ジャバックの部下達が涙声で「行かないで欲しい」と懇願していたり。
この光景を見ていると、そこまで長い時間の滞在ではなかったが、小さな…それでいて確かな繋がりが出来たのだと実感ができて、機械街に来て良かったのかも知れない。…と、龍人は自然と思う事が出来ていた。
「龍人のにいちゃん!」
周りを見ながら何故か感慨深い気持ちになっていた龍人が自身を呼ぶ声に振り向くと、転送課の入口からリーリー孤児院の子供達が入ってくる所だった。
その中の1人の男の子が龍人の下へ駆け寄ってくる。
「龍人のにいちゃん!ビストにいちゃんを助けて!」
「ビストを…?」
返答に困った龍人がリーリーへ目線を送ると、リーリーも困った顔で頭をさげる。つまり、自分でどうにかしろという事である。
子供を傷付けずに…とは思うが、隠し過ぎるのも良くないのもまた事実。龍人はある程度の事実を交えつつ話す事にした。
「あのな、ビストは自分から望んでついて行ったんだ。攫われたんじゃ無いんだよ。だからさ…助けるってのは違うんだ。」
これを言う事で、目の前にいる男の子が悲しむ事は当然覚悟している。それでも伝えなければならない…と判断してのことだ。…だったのだが、男の子はキョトンとした表情を見せて首を傾げた。




