13-7-8.ビストとの決別
龍人達の前に立っていたのは、かつてアパラタスでほんのひと時を仲良く過ごし、機械塔襲撃事件で対立したビストだった。アパラタスのスラム地区でリーリーが営む孤児院に時折通い、子供達に盗んだ食料を分け与えていた優しき男。だが、その優しさが仇となり…子供達の心が離れるという辛い現実を味わった悲しき男。
その現実から天地であるトバルの説得を受け、皆が幸せに過ごせる世界を作る為に天地に身を置く事を決めた男。
龍人からしたら、世界で暗躍して不幸な人々を次々と生み出している天地に所属するなど考えられない事だ。
だが、ビストの気持ちが分からなくも無い…とも思っていた。大事にしていた子供達との心が離れ、それまでの拠り所を失い…全てを失ったビストは絶望感しか感じていなかった筈。そして、そのビストは貧富の差に喘ぐ人々がいるこのアパラタス…ひいてはこの世界を変えたいと心の底で切望したのだろう。そこにタイミング良く現れたトバルによって…ビストは絶望というどん底から這い上がる希望を得たのだ。
もしそこに現れたのが龍人、エレクだったとしたら…もしかしたら結果は大きく変わっていたのかも知れない。
しかし、どれだけ仮の話を想像したところで現実が変わる事はなく、龍人の前にはどんよりと濁った瞳をしたビストが、戦う意思のある目線で龍人達を睨みつけていた。
「ビスト…。」
思わず名前を呼んでしまう龍人だが、ビストは大した反応を見せない。
「お前達をここから先には行かさないんですな。」
「…ビスト、お前は間違ってる。」
何とか説得を試みようとする龍人。他のメンバーは龍人の意図を汲み取っているのか、後ろで静かに成り行きを見守っている。
「間違ってなんか無いんですな。」
「世界中で不幸な人達を生み出してる天地の所に行く事のどこが正しいんだ?スラム地区を襲った奴らの親玉のクレジを引き込んでるんだぞ?これからさらに酷い悲劇が生み出されるのは分かるだろ。そんな奴らのところに行く意味が分かんないぞ。」
「……それなら、僕がこのままここに…機械街にいてこの世界を変えられるんですかな?血の滲む努力の末に機械街を平和にしたとして、それを壊す奴らが外から来るんですな。それでは意味が無いんですな。…意味が無いんですな!それなら…僕はこの世界自体を変えるんですな。」
「それは違うだろ。一生続く幸せなんてない。だからこそ…皆それを知ってるからこそ…ひと時の幸せを大事にするんだ。幸せの為に頑張るんだ。ビスト、お前が目指してるのは犠牲の上に成り立つ幸せだ。そんな幸せ…本当の幸せとは呼べない。」
「なら…なら…僕はどうすればいいんだ!僕は…僕は………何もしないなんて出来ないんですな!……獣人化【獣王】!」
ビストの髪が金に染まり、体の周りに金の稲妻が現れる。里の因子を持つ者が使える固有技による能力の劇的な向上。
これ以上話し合いの余地は無い…という事だろう。それならば、龍人にできる事は拳で語る事だけだ。
「皆…ここは俺に任せて先に行ってくれ。」「分かったのですわ。…龍人、無茶は許さないのですわ!」
「あぁサンキューな。」
「龍人…奴の実力は恐らくお主と拮抗していおる。手を抜くな。」
「勿論だ。」
マーガレットは頷き、助言をしたジャバックは無言で目線をビストの向こうへ逸らし、他のメンバーもビストを迂回する様にして走り出した。
その中で1人だけ動かない人物が居た…エレクだ。
「龍人…ビストを頼む。」
「任せてくれ。…何とか止めれる様に頑張ってみる。」
「あぁ。」
リーリーの孫という存在であるビスト。そして、ビストの両親はエレクを庇って命を落としている。その過去があるからこそビストに対しての負い目を感じているのだろう。
それでも、エレクは街主としてクレジ達を追い掛ける事を優先しなければならない。だからこそ、想いを龍人に託したのだ。
エレクはビストへ視線を送ると、迷いを断ち切る様に走り出した。
それを確認したビストの全身から雷が迸る。
「行かせないと言ってるんですな!」
ビストから放たれた雷が鬼の手の様に広がり、エレク含むマーガレット達に襲い掛かる。しかし、雷は直撃する前に横から加えられた衝撃に吹き飛ばされた。
「それは俺も同じだよ。」
雷を吹き飛ばした龍人が龍劔を構え、鋭い目線でビストを射抜く。全身に黒い稲妻を纏った姿は、龍人化【破龍】により破龍の力を顕現した姿。それは、何としてでもビストを止めるという龍人の決意の表れだった。
「龍人…僕は君と友達になれると、いや…友達になれたと思っていたんですな。」
「ビスト…それは俺も同じだ。」
ビストから告げられた本当の気持ち。それは、ピストの中に僅かにでも迷いがあるのだと想像する事が出来るものだった。或いは…迷いを断ち切るために頑なになっているのか。
だからこそ…龍人は決意する。全力で戦うと。言葉ではなく、拳と拳を合わせる事で気持ちを伝えると。
ここから先、思いを伝えるのは言葉ではない。
…友達だと、今も信じているからこそ。
「行くぞ?」
「いつでも来い…!なんですな!」
龍人は龍劔を構え、ビストは拳を握りしめ、互いの動きをその目に捉え…駆け出した。
いつもの様な小手調べは一切無し。ビストに向かって走りつつ、龍人の周りに魔法陣の欠片が現れて魔法陣を構築していく。
構築された魔法陣から次々と放たれるのは属性【光】を主体としたレーザー群。龍人化【破龍】を使っている事で、1つ1つのレーザーに黒い稲妻が走っていて…それ単体でかなりの破壊力を秘めているのをビストは感じ取っていた。
1発でも直撃すれば大ダメージを与えられるのは確実。だからこそ龍人は魔法陣から次々とレーザーを撃ち続ける。更に、龍劔を横に構えて必殺の一撃を放つ。
「龍劔術【黒閃】!」
横一文字の居合斬りによって漆黒に染まった魔力の刃が飛翔し、レーザー群の隙間をぬってビストに襲い掛かる。ビストはレーザー群をいなすのに手一杯で直撃はほぼ確実。
「獣牙撃【虎砲】!」
しかし、ビストは固有技を用いて龍劔術【黒閃】の迎撃に当たっていた。正拳突きの延長線上に魔力の塊が放たれ、魔力の刃の中央に突き刺さった。
里の力を有する2人の固有技同士の激突は物凄いエネルギーを生み出し、周囲の建物がその余波で壊されていく。機械塔エントランスの強化されたガラスでさえも粉々に砕け散っていた。
龍劔術【黒閃】を放った龍人は、ビストが獣牙撃【虎砲】を撃ち出したのを確認すると、敢えて【黒閃】を追いかけていた。
そして、2つの固有技がぶつかり、エネルギーを生じさせて弾けた瞬間にその中へ飛び込み、突き抜け、ビストへと斬りかかる。
「ビスト!お前の間違った正義は不幸しか生み出さない!」
「くっ…五月蝿いんですな!僕の正義は僕が決めるんですな!」
龍人の連撃を魔力を纏った拳でいなしながら、ビストは龍人に向けて叫ぶ。冷静には程遠い叫び声がビルに反響し、虚しく消えていく。
「何度でも言うぞ!人を犠牲にしてつくる平和なんて、幸せなんて紛い物だ!それはお前が見える範囲だけが幸せになるだけだ!それを作り出す過程で生み出された犠牲はどうするんだ!」
「……だからなのですな。誰かが犠牲にならなければ誰かが幸せになれなきゃ世の中…この世界がおかしいんですね。だからこそ、この世界を変えるんですな!獣牙撃【虎砲】!」
龍人の斬撃の隙をついた属性【雷】の魔力突きが放たれる。【黒閃】を弾いた時のような集約した魔力ではなく、拡散型の放出だ。
(魔力の放ち方を変えられるのか!?)
予想外の攻撃に虚をつかれた龍人は直撃を受けて吹き飛ばされる。
(それにしても…本当に何を言っても伝わらない。皆が幸せになる為の犠牲に対して分かっているはずなのに目を背けてる感じだ。…止めるのは無理なのか?)
思考をまとめながら着地した龍人はビストが魔力を練りこんでいるのを確認する。龍人化【破龍】によって魔力の流れが見えるからこそ気付けた変化である。
獣人化【獣王】を使ったビストにも魔力の流れが見えるのか…という疑問も残るが、今までの攻防から判断するに見えてはいなさそうではあるが…。
ともかく、ビストが練りこんだ魔力が両脚へ集中していくのを確認した龍人は、それが移動速度の強化か攻撃力の強化だろうと当たりをつけた。
(どっちにしろ脚を使った攻撃をしてきそうなのは間違いないな。…なら、2連撃の1発目で弾いて、2発目でダメージを与える!)
即断した龍人も魔力を龍劔に集め、ビストの動きを静かに伺う。
「………………。」
「……………行くんですな!」
一瞬の静寂の後、先に動き出したのはビストだった。
今までを遥かに超える速度で龍人に向かって駆け出したビストの動きを、魔力の流れでどうにか察知する事が出来た龍人は、辛うじてビストの突きを躱す事に成功する。
(……!なんてスピードだ!こんなん避け続けるのは難しいぞ…!)
この時、龍人は大きな失敗を犯していた。ビストが脚に溜めた魔力が速度強化のみに使われている…と勘違いしてしまったのだ。
この小さな油断は、この後ビストが取った行動へのレスポンスがほんの少しだけ遅れてしまう。コンマ数秒の遅れだが、ギリギリの攻防に於いて、それは致命的な遅れだった。
龍人に突きを避けられたビストの口が小さく動く。
「……獣牙撃【黒豹爆襲】。」
ビストの両脚が金色に光り、右脚による回し蹴りが放たれる。龍劔の腹で何とか受け止める事に成功する龍人だが、右脚の爪先が龍劔に触れた瞬間、雷爆が発生。その衝撃に龍劔を手放してしまった。
「……しまっ!」
ビストの攻撃はそれだけでは終わらない。初撃である右脚の回し蹴りから立て続けに蹴りが放たれたのだ。その数10回。
龍人は黒の稲妻を両腕に集中させて防御を試みるが、被撃と同時に発生する雷爆によって防御は崩され、モロにダメージを受けてしまった。
「がはっ………!」
最後の1撃…右斜め下からの蹴り上げを鳩尾に食らった龍人は体をくの字に折り曲げながら宙を舞う。
(…今の固有技、防ぎようがない…!)
意識を手放しそうになる程の痛みが全身の感覚を支配するが、ここで気を失えばそれで終わりである。龍人は必死に意識を繋ぎ止め、体の向きを変えて地面に着地する。足や鳩尾、腕などダメージを受けていない所はなく、立っているだけで足の力が抜けて崩れ落ちそうな位まで龍人の体力は消耗していた。
一瞬の攻防は龍人の油断によってビストに軍配が上がった事となる。
「これで僕を止めるだなんて考えは諦めるんですな。僕は僕の信じた道を行くんですな。」
「ビスト…ぐ……駄目だ。」
「……。龍人……で…んですな。」
何かを小さく呟いたビストは、龍人に背を向けると走り出した。
「待て………う…。」
ビストを追いかける為に走ろうとした龍人だったが、最初の1歩を踏み出した瞬間に全身を激痛が襲い、地面へ崩れ落ちてしまった。
(くそっ…。俺は何も出来てない…!俺にもっと力があれば、ビストも止められたし…クレジも倒せた。力が…力が足りない…!)
自身の力不足を嘆く龍人の視界からビストの姿が遂に消える。
残るのは…虚無感のみ。
大切な友達を失ったという虚無感、喪失感。それは、森林街の人々を失った時に味わったものと同じ感覚であった。その時は、そばに気を失った遼が居て、そこに来たヘヴィーが手を差し伸べてくれた。その時は、皆が死んだという事実に押しつぶされそうになったが、なんとか乗り越えることが出来た。
今は…1人。少しすれば仲間が龍人の下に戻ってくるだろう。その仲間に声をかけてもらえれば、虚無感や喪失感は薄れるだろう。
だが、ビストが天地に行ってしまった。ビストを天地の下に行かせてしまったという罪悪感が龍人の中で薄れる事は…恐らくない。ビストが生きていて、天地という組織の中で今後も活動をしていくという現実。
考えようによっては他人の事なのだからそこまで気にする必要はない。…とも言える。
しかし、同じ里の因子を有する者としての感情が龍人の中で大きく暴れまわっているのだ。
里の因子を継ぐ者、高嶺龍人とビスト=ブルートゥース。この2人が決別した事は、後の物語に大きく関わる事となる。




