13-7-6.天地の統率者
黒ローブと黒仮面を取ったクレジの姿は、アンドロイドのなり損ね…と評するのがピッタリであった。
因みに、アンドロイドとは外見が人間と区別が付かない人造人間の事だ。見た目は人間だが、肉が抉れると見えるのが金属…と言うとイメージし易いか。若しくは、金属のボディに肉と皮を張り付けた…とも表現できる。
これを前提として、クレジの体は人間の肉体にしか見えない部分と、ロボットの金属の体にしか見えない部分が疎らに混ざった体をしていた。
これが顕著に表れているのが頭…顔と言えよう。右半分の頭が機械で、左半分の頭は人間なのだ。人と機械を無理やり掛け合わせたような肉体。それは、最早人と呼べるのかも怪しい姿であった。
この姿を曝したクレジは言葉を発する事が出来ない面々を眺め、肩を震わせて笑う。
「くくくくくくっ…!分かりますかぁ?この姿にされた屈辱を。絶望を。憎しみを!私の姿を見た人々が何と言ったか分かりますか?………気持ち悪い。怖い。不気味だそうですよぉ。誰がこの姿を望んだと言うのですかねぇ?それすらも理解出来ない無能なゴミ屑共は、ただ遠巻きに見て罵るだけなんですよぉ。」
「それならば、貴方をその姿にした者へ復讐すべきですわ!無関係な人々を苦しめるだなんて…ただの八つ当たりですわね。」
呆れた声を出すのはマーガレットだ。可哀想なモノを見る目で溜息まで吐いている。
「…五月蝿い小娘ですねぇ。死になさい。」
クレジの両腕上腕に装着された球体が光を放ち始める。それは、どこかで見た事があると龍人の記憶が刺激される。
(…なんだ?どこで見たんだ?つい最近のような…。)
もう少しで思い出せそうな所まで来ているのだが、あと少しの所で引っかかって出てこない。思い出せればクレジが取ろうとしている行動を予測し、対策を練れそうなものだが、それを思い出す猶予をクレジが与えてくれるわけもなく、発光した球体から電気が迸ってクレジの掌に集まる。
ビリビリと部屋が震え、それが普通の範疇に収まらない魔力である事は誰の目にも明らかであった。
「あの世で後悔するといいのですねぇ!?」
放たれる振動波。しかも、振動波に属【電】が付帯されていた。龍人達は咄嗟に魔法障壁を張り、レイラは遮断壁【電】を最前面に出現させる。
遮断壁で電気を防ぎ、振動波を魔法障壁で防ぐ防御壁の並びは…咄嗟に取った対応としては及第点である。しかし、あくまでも普通の攻撃に対してであったなら…という前提に基づいてしまう。
今回の場合、その攻撃が普通では無いと読み切れなかった事が振動波と防御壁群の攻防における龍人達の敗因となってしまう。
振動波は遮断壁【電】に向かって進み、激突した瞬間に遮断壁を破壊する。そして、容赦なく魔法障壁を呑み込み次々と壊し、龍人達に魔の手を伸ばす。振動波をほんの数秒抑えるどころか、触れた瞬間にガラスのように砕け散る防御壁群。この減少からも振動波に込められた魔力の強大さはかなりのものである事が分かる。
このまま振動波を受けて大ダメージを受ける…と全員が無意識に覚悟を決めた時、1人の人物が両手を前に伸ばした。手の先に展開されるのは5角形の防御結界。物理障壁か魔法障壁に見えるが、何かが違った結界だった。そこに電気を纏った振動波が激突し…遮断され、反射されて部屋の中を掻き乱す。
(何だ今の防御壁は?反射と遮断を同時に行ってた様な…。まだ俺の知らない防御壁があるのか。)
クレジの攻撃を防いだのはジャバック。ジャンクヤードの王と呼ばれるだけあり、龍人の知らない魔法を容易く使っていた。
防御壁…または防御結界と呼ばれる魔法は物理壁、魔法壁、反射障壁、遮断壁に大きく分かれるのだが、ジャバックが使ったのは…反射障壁と遮断壁の効果を有した防御結界であった。
「ジャバック…1度は仲間として行動したのにも関わらず、私の行く手を遮るんですねぇ?」
「当たり前だ。お主の虚言を信じた我の落ち度だが、それが発覚した以上…お主に敵対はすれど、手を組む理由は無い。」
「私のこの体を見ても考えが変わらないのは残念ですが…それならそれでしょうがないでしょう。邪魔をするのなら…消すまでですねぇ。もう少し出力を上げて振動波を放たせて貰いますよぉ~!」
クレジの腕にある球体が再び発光を始める。ここで龍人が思い出せなかった見たことがあるという記憶が再び刺激される。
(……!思い出した。あの腕に装着されてるやつは魔電変換動力器か!だからさっきの振動波に属性【電】が付与されてたのか。機械塔から奪ったのが2つだった筈だから…元々2つ持ってたのか?どっちにしても4機肢の間を守っていた結界が2つの魔電変換動力器で張られていた事を考えると、4つはマズいな。さっきの攻撃が全力で無いのなら、防ぎきれるか?龍人化【破龍】を使ってジャバックが覚醒融合を使って、全力でいくしか無いか…。)
龍人がチラリと視線を送ると、同じ事を考えていたのかジャバックが小さく頷く。そうであるのなら話は早い。龍人は自身の中にある魔力を凝縮させていき、固有技名を口にする。
「龍人化【破……」
「いやぁ楽しい事になってるね☆もう少し後に来れば良かったのかな?ま、そうは言ってもこのタイミングじゃ無いと逆に困った気もするけどね☆」
龍人が固有技名を唱え切る直前、新たな闖入者が部屋に現れる。場の雰囲気をぶち壊す明るい声で入って来たのは、見た事がない人物だった。その人物は優雅に部屋の中を歩き、クレジの前まで行くと足を止めた。
その人物は細身の体型でフェザーウルフの銀髪が特徴的な男だ。何よりも目を引くのは真紅の瞳。ヘラヘラと笑っているが、その男から発せられる何とも言えない雰囲気は気を許してはならないと龍人の直感が警戒していた。
この男の登場に1番の反応を示したのは…クレジである。
「………何故、何故お前がここに居るのですかぁ?」
「ん?それは、クレジ…君に用があるんだよね☆」
男の登場によって殺意が身体中から溢れるクレジ。だが、その男はクレジの変化に気付いていないのか、ヘラヘラとした態度を変える事は無い。
「……私はお前に用事なんかありませんよぉ。いや、無いとは言い切れませんかねぇ。できる事ならお前を殺したいと思っていますからねぇ…。」
「ははっ☆怖い怖い!俺を殺したいって、もしかしてその体にしたのを恨んでるのかな?でも、君はその体になったお陰で今の力を手に入れたんだろ?それなら感謝すべきさっ☆恨まれる理由が分からないね!」
「……その人を舐め腐った態度、相変わらずですねぇ。虫酸が走りますねぇ。殺してやりたいですねぇ。」
銀髪フェザーウルフの男とクレジは、龍人達がいる事を忘れたかのように睨み合い…片方はヘラヘラと笑い続けているが…言い合いを続けている。一触即発の危険がかなり高いが、両者から気にも留められていない状況に変わったお陰で、龍人達は思考を纏める時間を得る事が出来ていた。
「なぁ…あの男誰だと思う?」
魔導師団の仲間に問いかけるのは龍人。だが、誰も口を開かない。初めて見る人物なので誰か分からないのは当然と言える。その中で、1人だけ様子が違う人物がいた。…ジャバックだ。驚いたように目を見開きワナワナと腕を震わせる姿は、何かを知っていると思わせるものだった。
龍人、レイラ、遼、マーガレットが無言で視線を送ると…クレジと言い合う男を見ながらジャバックが口を開く。
「あの男は…天地の統率者、ヘヴン=シュタイナーだ。」
「「「「………!!!」」」」
ジャバックが言った名前は、予想を、想像を遥かに超えたものであった。ともすれば、龍人達の最大の敵であるとも言える天地。その頭を担う人物がこの場に姿を現わすという事自体が常軌を逸していた。
(…って事は、あいつが森林街の、レフナンティの皆を…。あいつが遼のお姉さんを?外道な実験を繰り返すサタナスとか、冷酷無比なセフに命令を出してる?あいつが?………)
龍人の中に黒い感情が渦巻き始める。それは、今まで無意識に蓋をしていた感情。悲しみ、憎しみ、諦め、怒り…どうする事も出来ない現状に、相手が見えない現状に、行き場の無い感情として龍人の心の奥底に眠っていた感情。
それが、全ての元凶であるヘヴンを見た瞬間に龍人の心に手を伸ばし、感情を、理性を支配し始めていた。
目の前にいる男。その男さえ倒せば世界を暗躍する天地を止める事が出来る。その男さえ消えれば…その男さえ消せば……殺せば……。
「……君?……と君?…………龍人君!」
そっと誰かの手が龍人の腕に添えられる。そこから感じる人の温もり。優しさ。
これを感じた瞬間に、龍人の心を支配し始めていた黒い感情は嘘のようにスーッと鎮まっていった。
「ん?あぁ、悪い。」
「大丈夫?何か…怖い顔をしてたよ?」
「いや、大丈夫だ。まさか天地の頭が来るなんて思わなくてビックリしちまってさ。」
「…それならいいんだけど。無理しないでね?」
「おう。サンキューレイラ。…ジャバック、あいつが天地の統率者ってのは確実なのか?」
レイラが龍人に触れた辺りからマーガレットの表情が怖くなっているが、勿論気付かないフリをしてジャバックに話を振る。
「あぁ。間違いない。以前、1度だけ奴が我を勧誘に来た事がある。その時から偽者だったとしたら違うかも知れぬが…奴から感じる魔力圧からして、それは無いだろう。」
ジャバックの言うとおり、ヘヴンから感じる魔力圧はかなりのものである。特に魔力を放出していない状態にも関わらず…である。底知れぬ実力を秘めた男であると同時に、そうであるからこそ天地の統率者と言われても納得出来る何かがヘヴンにはあった。
龍人達がそうこう話している内に、ヘヴンとクレジの話は聞き捨てならない内容へ移っていた。
「ほぅ…それでは、貴方は私があなたを殺したいと思っているのを承知した上で私を天地に勧誘するというのですかぁ?」
「そうだよ☆君程の実力者を野放しにしておくのは勿体無いからね!君が目指す所と俺が目指す所は似通ってる。最終的に敵対するとしても、その分岐点までは力を合わせるとお互いに楽だよねっ☆」
「裏切る事を前提で協力を申し出るとは…中々にクレイジーですねぇ?」
「ははっ☆何とでも言ってくれ。それに、悪い話では無いと思うんだ☆君のその中途半端なアンドロイドボディ…君が手に入れたアンドロイド技術があれば、完全なアンドロイドとして完成させられると思うよ☆半分機械の見た目から完全なる人間の見た目になれるんだ。そして、それによって君自身の力も大きく向上するはずだよ☆ね?いい話だろ?」
「……私の体がアンドロイドとして完全体になった瞬間に、私は貴方に襲い掛かるかも知れませんよぉ?」
「それはこちらも同じさ☆君の体を完全体にすると言って、実験体として処理しちゃうかもね☆つまりそういう事なのさ。それらを前提として協力を申し出ているんだよ☆」
「クククククク……面白い。面白いですねぇ!復讐しようと思っていた相手と手を組むとは…しかも更なる力を得る事が出来るとは。確かにこのアンドロイド技術を手に入れて、どの様にして私の体に適用するかは考えものだったのですが…貴方の提案に乗れば様々な問題が解決しますねぇ。」
「でしょ?じゃあ…決まりでいいかな☆」
「えぇ。いいでしょう。…それなら、これからする事は1つですねぇ。」
「そうだね☆そこにいるゴミを消して、さっさとこんな星から出るとしよう☆」
クレジとヘヴンの視線が龍人達に向けられる。
…ゾワリと背中を走る嫌悪感。いや、恐怖。狂人とも言えるクレジと、底知れぬ力を感じるヘヴン。2人が同時に敵となった事で、本能が恐怖を感じたのだ。
「その話、止めさせてもらう。」
ガシャリと足音を立てて新たな闖入者が現れる。フルプレートアーマーに身を包み、大きな盾とハルバードを持った巨漢の男…エレク。そして、その後ろに立つのは頭から灰色のマントをすっぽり被った…ラウドだ。
「おっと…、不思議と役者が揃うねぇ☆」
「我が星なのだから当然。クレジと…お前は誰だ?」
エレクはフルプレートに包まれた頭を動かし、ヘヴンに視線を送る。
ヘヴンは銀髪を掻き上げてニカッと笑うと、楽しそうに名乗り始める。
「そう言えばちゃんと言ってなかったね☆俺はヘヴン=シュタイナー。この世界を変えるべく、君達の星で色々と暗躍させてもらってる天地のリーダーだよ☆」
ここでヘヴンはそれまでの楽しそうな雰囲気を嘘の様に消し去る。そして真紅の瞳が細められ、龍人達を鋭く射抜く。
「お前達が俺達の邪魔をするなら…この場で容赦なく殺させてもらう。刃向わなければ、今の所大した脅威でもないから見逃してやってもいいよ?」
低く怨念のこもった様な声。まるで別の人物であるかの様な雰囲気の変わり方であるからこそ、本気で言っていると信じざるを得なかった。
「…お主らが世界を変えようと画策するのなら、それは我が食い止めてみせよう。この世界に住む人々をお主らのような心無い者共の自由にはさせぬ。」
真っ向から対立する意志を示したのはジャバック。レイラや遼はヘヴンから発せられる雰囲気に呑まれつつあるが、その中でも臆する事が無いのは流石である。
「ふん。俺がお前達を相手に遅れを取るとでも思ってるのかい?お前達が束になって掛かってきても、俺には勝てないよ。」
「ぬかせ。やってみなければ分からん。」
「……生意気だなぁ。それなら、その身で味わえばいいさ。」
ヘヴンは無造作に右手を上げると、掌から無属性の魔力の奔流を龍人達に向けて放った。




