13-7-5.地下
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クレジはとある扉の前で立ち止まっていた。目の前にある扉は何の変哲も無い普通の扉…に見えて、魔法による強力なロックが掛けられていた。
その扉を眺めるクレジの姿はトバルとの戦闘でボロボロになったままだ。緑のラインが彫られた黒仮面はヒビが入り、黒ローブは所々が破けて隠された体を部分的に露わにしている。露わになった部分が肌色だけではなく、銀色の部分も見えるのが不自然ではあるが…当の本人にそれを気にする様子はない。まぁ自分の体なので当然ではあるか。
「これはこれは…中々のものですねぇ。機械街のアパラタスが秘密裏に進めていた極秘技術なだけあって、かなり強固な防護魔法が掛けられていますねぇ。さぁて、どうやってこの防護魔法を壊しましょうかねぇ。」
扉の防護魔法を調べながら周囲を確認するが、特段不自然なものは見当たらない。
「ふぅむ。無理に壊すと……中のアンドロイド技術か破棄される可能性もありますねぇ。となると…解除方法を探す必要がありますかぁ。……いや、もしかしたら既に持っている可能性もありますか。」
クレジの腕…上腕二頭筋の辺りが光を発する。そして、両腕を光らせた状態でクレジは扉にそっと触れた。
ブウゥゥウウンという音と共に扉が反応を示す。拒絶ではなく同調に近い反応。数秒後…扉は音を立てずに封印を解いて開いていった。
「くくく…。どうやら全ての流れが私に味方しているみたいですねぇ。もしやと思っての行動がせいかいに繋がっているとはねぇ。ふふふふふふ。さぁて…アンドロイド技術を我が手に!」
部屋の中にスルリと入っていくクレジ。彼の目に映るのは何もない部屋。…いや、正確に言えば部屋の中央にある台座以外に何も置かれていない部屋だ。
台座の周りや床、壁を確認したクレジは顎に手を当てて首を傾げる。
「これは…幾ら何でも無防備すぎますねぇ。取ろうとすると何かが作動するんですかねぇ?それとも、ここに来るまでの地下1階から9階までトラップだらけの迷路だったからですかねぇ?いや…あそこまで厳重に守っていて最後に何も無いと言うのは…。」
ブツブツと言いながらもクレジは1歩を踏み出すことが出来ずにいた。確かにこの場所…機械塔の地下10階に至るまでの迷路とトラップは尋常ではないもので、少しでも気を抜けば命を落としかねないものであった。その迷路を抜けられないのを前提に、最後の部屋に何もトラップを設置していないというのも考えられる。
部屋に入る扉に強力な防護魔法が掛かっていた事もそう考えられる根拠の1つでもある。防護魔法を無理矢理破るとアンドロイド技術が破棄されるという条件なのであれば、その中の部屋にトラップを仕掛ける必要が無い…とも言えるのだ。
更に考えられるのが、何かあるかも知れないと思わせるブラフだ。たどり着くまでのトラップの異常さから、最後の部屋に何も無いはずが無いと思わせる。そうする事で、奪取されるまでの時間を稼ぐ事が出来る。…まさしく今クレジが陥っている状況だ。
この状態を抜け出るには、時間を掛けて部屋の中を精査するか、何かしらの被害を受ける事を覚悟で足を踏み出すか。もしくは…誰かを身代わりとして部屋の中央に放り込むかだ。
「ふぅむ…。」
踏み入るという即断が出来ないクレジは魔力探知の結界で部屋の中を調べていく。
誰かが追いついてくるかも知れないが、トバルとビストであれば撃退できる自信があるし、エレクや4機肢、魔導師団の面々が来たとしても一定時間の足止めは可能である。更に地下10階に降りる階段には気付かれないように線状の結界を張ってある。誰かが通れば、今いる部屋に辿り着く前にクレジが気づく事が出来るようになっていた。
ここまでの自信と準備をしているからこそ…クレジは焦らず部屋の中を調べていく。
数分後…クレジが張っていた地下10階への階段に張った結界に反応が起きる。
「む…。誰ですかねぇ?」
クレジは隠密の結界を自身の周囲に張って気配を消すと、扉の陰に身を潜ませた。
カツカツという足音が近づき、扉が静かに開かれていく。そして、後ろ姿が見えた瞬間にクレジは振動波を放つ準備を整えた掌を突き付けた。
「動くと死にますよぉ~……なんだ、フェラムですかぁ。」
「あらぁ。クレジねぇん。そんな後ろから襲い掛かるなんて…遂に私と貴方の子孫が欲しくなったのかしらぁ?私はいつでも歓迎よん?」
「…今は冗談を言っている時ではありませんよぉ?」
いつもなら適当にあしらうクレジだが、今に限ってはフェラムを諌める言葉をかけた。それを敏感に感じ取ったフェラムはすぐに態度を改める。
「あらぁ?どうやらおふざけの時間じゃぁないみたいね。この部屋は…なるほどねぇん。ここに来るまでのトラップの残骸から相当なトラップが仕掛けられていたとは思っていたんだけど、まさかの最後の部屋に何も無さそうなのねぇん。確かにこれは動けないわねん。」
「えぇ、そうなのですよ。この部屋に入る扉にはかなり強固な防護魔法が掛かっていて、私がアレを作動させたらすんなり入れたんですがねぇ。通常であればそんな簡単に入れない筈…という前提があるので、基本的に大丈夫だと信じたいのですがねぇ。私の野望に欠かせない技術なので、どうにも踏ん切りがつけられないのですよぉ。」
「そうねぇ…でも、それなら扉の防護魔法が破られたら中のアンドロイド技術が破壊されると考えるのが普通よねん。ここは思い切ってみなぁい?」
フフッと笑いながら妖艶な笑みを向けるフェラムは、クレジの返事を待つ前に鉄球を数個周りに出現させていた。
「この鉄球であの台座の周りを調べるわぁ。そうすれば…トラップが仕掛けられてるかどうか分かるわよねぇん。さっ行くわよぉ~!」
「いいですねぇ。それでは頼みましょうか。そろそろ外野が五月蝿くなりそうな気配もありますしねぇ。」
「ふふっ。代わりにいい男をお願いねん。」
腰をクネッと動かしたフェラムは鉄球を台座の周りに向けて放つ。鉄球は部屋の端から円を描くようにして次第に台座へと近づいていく。床、天井と全ての角度から台座に近づく鉄球。この鉄球になんの反応もなければ、魔力探知の結界に無反応、物理的にも無反応…となり、トラップが仕掛けられていないことはほぼ確定する。勿論、ごく稀に特殊な条件下のみで反応するトラップもあるが…今のこの状況でそこまで気にしていてはどうしようもないのもまた事実である。
「ふぅん…。なんのトラップも結界も無いみたいねぇん。」
鉄球での調べが済んだフェラムは何も起きなかった事がつまらないのか、少々不満げな態度を見せる。とは言え、この部屋にトラップに類する何かが仕掛けられていないのはほぼ確定で、それはつまりクレジが部屋の中央にある台座に近づける事を意味していた。
「ご苦労様です。これでアンドロイド技術を手に入れられそうですねぇ。」
「ふふ…いいよのぉ。それにしても…随分とヤられたみたいねぇ?」
「まぁ敵方にも中々の実力者が居たという事ですねぇ。」
「そうなのねん。でも…ローブが破けたって事は、貴方の本当の姿を見られたって事よねぇ?それって…良いのかしらぁん?」
「良くはありませんよ?元々私の姿を隠す為にローブを着ているのですからねぇ。まぁ…知られたからどうこうなるとも思えませんが、それでも隠している方が色々と動きやすいのは事実ですからねぇ。ふふふ…あなたが私の心配をしてくれるなんて珍しいですねぇ?」
「これでも一応闇社会幹部として長く付き合ってるからねぇん。それなりに心配はするわよ?ふふ…もしかして私の優しさに心が動いて欲情しちゃったかしらぁ?」
「それはありませんが、まぁ…仲間意識を持っているという事には一応感謝の意を示しておきましょうか。」
「ふふっ。ありがとねん。ついでに私の体に…どお?」
「その話は後ほどですねぇ…階段に仕掛けた結界に反応がありました。さっさとアンドロイド技術を手に入れますよ。」
「分かったわぁ。それにしても…ここまで来るなんて……誰かしらねぇ?」
「誰であっても邪魔をするなら命を奪うまでですよぉ。」
台座に近づいたクレジとフェラムは、台座の上に安置された物体を見て動きを止める。
そこに置いてあったのは、一辺が5cmの黒い立方体だ。言うなればブラックボックス。部屋の照明を受けて鈍く光るそれは、見るだけでただならぬ情報が保存させられていると思わせる雰囲気を漂わせていた。
「…なるほどですねぇ。ブラックボックスと来ましたかぁ。情報の解析に時間が掛かりそうですねぇ…しかし、これで目的は達成出来ました。後は邪魔者が来る前に……遅かった様ですねぇ。」
振り向いたクレジの視線は、新たな侵入者を捉えていた。
「ようこそ皆さん。ここは機械街の地下10階。機械街が隠していたアンドロイド技術の保管場所ですよぉ?」
新たな侵入者…それは、龍人達第8魔導師団のメンバーとジャバックの5人だった。
「クレジ…今取ってた黒いやつを渡せ。それにアンドロイド技術が保管されてるんだろ?」
「恐らく…ですがねぇ。どっちにしろ1度手に入れたものを他人に渡す義理はありませんよぉ?」
「そんなら…奪うまでだ。そんな技術を使って悪い事なんかさせない。」
「くくくくく……いい闘志ではないですかぁ!」
最初から会話の余地などないかの様に戦闘を前提にしたやり取りをする龍人とクレジ。すぐに戦いになるであろう事は最初から予測済みで、後ろにいる遼達も静かに戦闘の準備を整えていた。
「その技術を生み出す過程で生まれた犠牲をお前は知らないんだ。だから簡単に奪って私利私欲の為に使おうと出来るんだろ?俺は…そんなの認めない!」
龍人が言う犠牲…それはビストの両親がアンドロイド技術の実験で命を落とした事だ。その母親は4機肢であるリーリーの娘でもある。これだけの悲劇を生み出した技術を悪用するのは、龍人にとって許しがたい事実なのだ。
だが、そんな龍人の言葉を聞いたクレジは俯くと肩を震わせ始める。
「ククククク…クク……ククククク……ハハハハハハハハハハ!!!」
狂った様に笑い始めたクレジを、部屋にいる者達は唖然として眺める事しか出来ない。
一頻り笑ったクレジは、ピタリと笑いを止めるとそれまでの雰囲気を一変させて低い声で語り出した。
「あなたは何を言っているんですかぁ?このアンドロイド技術を提唱したサタナス…彼がこの世界でした様々な悪行を知らないのですかねぇ?彼は世界の闇に棲み、自分の思い通りに実験を繰り返し、数多の犠牲者を出しているのですよぉ。そんな、実験の失敗程度の犠牲が私を止める理由になる訳がないじゃないですかぁ。私は人の痛みを見て見ぬ振りをする腐った人々に、痛みを、苦しみを味あわせるのですよぉ。そうする事で世界は後悔するのです。それこそが私の世界に対する復讐なのですよぉ!」
「戯言を…お主は何を言っているのだ?そんな程度の子供の様なエゴで我らが納得するとでも思ったのか?」
あくまでも冷静に言うジャバック。狂ったクレジの言い分にイラついているのか、全身を闘気が纏わり始めている。
そんな冷静な言葉を受けたクレジはグリンと頭を動かしてジャバックへと向けた。
「ジャバック…私の敵に回るとは意外ですねぇ。あなたはこれを見ても私の言うことが戯言だと言えるのですかぁ!?」
そう叫ぶとクレジは穴だらけのローブをバサッと剥ぎ取り、ひびの入った仮面をゆっくり外す。
曝されたクレジの体と顔を見た龍人達は、言葉を失ってしまう。彼の言動から想像していたのから大きく外れた外見。それは、クレジの言葉が真実である事を否応にも物語っていた。




