13-7-4.合流
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転移魔法でアパラタス内部に移動した龍人、レイラ、マーガレット、ジャバックの4人は一先ずの目的地を機械塔に定めていた。
その理由は幾つかある。まず第一にアンドロイド技術の保管をしているのが機械塔周辺であろうと思われる事だ。エレクは保管場所を明かす事が出来ないと言っていたが、機械街にとってトップシークレットも言えるレベルの技術である。例え機械塔に保管されていないとしても、保管場所に関する何かしらの情報は得られる筈だ。
そして、もう一つの大きな理由が以前クレジが機械塔を襲撃したという事実だ。アンドロイド技術の奪取を防ぐという目的もあるが、1番の目的は1人でクレジを追いかけた遼と合流する事。そのクレジが向かっているであろう場所として考えられるのが機械塔…という事になる。
これらの理由から、特に迷う事もなく機械塔を目的地に定めていた龍人達は、スラム地区を抜けてから30分程で機械塔がすぐ近くに見える所まで来ていた。
「それにしても…本当に人気がありませんわね。紛争終結直後だと考えても気味が悪いですわ。」
周りを見回しながらそう言うマーガレットは本当に気味悪く思っているようで、先程から警戒心露わに周囲へ視線を送っている。
「でも、紛争が終わったってまだアパラタスには言ってないんだよね?クレジを警戒させないために少しの間伏せてるって言ってたし…。だから街の皆はまだ紛争が続いてるって思って家の中に避難してるんじゃないかな?」
マーガレットの意見に対してごもっともな事を返したのはレイラだ。だが、マーガレットもそれは分かっているようで、レイラの言葉を聞いても警戒心を露わにした顰めっ面は変わらない。
「それは分かっているのですわ。にしても…なのですわ。」
「うむ。マーガレットが言う事は最もだな。幾ら紛争中とは言え、街の者達は生きる必要がある。つまり、紛争のために全ての商業活動が停止する事はあり得ないのだ。この人気のなさ…アパラタスの中心部に近づく程に酷くなっている。恐らく人払いに類する何かしらの結界が張られているのだろう。」
「ん?人払いの結界ってなんだ?」
ジャバックの言葉に聞き慣れない単語が出てきたのに龍人が食いつく。
「む…人払の結界は文字を読んだそのままだ。まさか知らないとは驚きだな。人間が無意識に足を遠ざけるように誘導する結界だ。この結界の効果範囲内は、一般人になればなる程…結界の存在に気付かずに自然と結界外に足を運ぶ。主らがよく使う探知結界を少し応用したものだ。」
「へぇ…そんなんがあるのか。って事は、探知結界を応用した結界って他にも種類があんのか?」
「当然。応用の中で基本のものと言えば、バフとデバフだ。」
「えーっと…能力の向上がバフで減衰させるのがデバフだったけ。」
「その通り。効果範囲内に影響を及ぼすのが特徴だ。中には結界ではなく直接対象を指定してバフやデバフをかける方法も存在する。まぁ…それを扱える属性持ちが希少だから滅多に見る機会は無いだろう。」
龍人とジャバックの話を聞いていたレイラが不思議そうな顔をする。
「あれ?龍人君って仲間に移動速度向上の魔法使えなかったっけ?それもバフって事だよね。」
「ほぅ。そんな事も出来るか。流石は里の因子を有する者だ。」
「いやいや、そんなすごい事じゃ無いって。風魔法による支援みたいなもんだし。」
「うむ。確かにその通りだ。」
あっさりと認められて龍人が少ししょぼんと落ち込むが、ジャバックは気にしない。
「バフの真髄は基礎ステータスを向上させる事にある。物理攻撃力防御力、魔法攻撃力防御力等だ。強力なバフになれば魔力総量を増やすものまであるからな。」
「そんなもんもあんのか…。それって、俺でも出来んのか?」
「…むぅ。何とも言えないというのが正直な所だな。お前のし…属性【全】が全ての魔法を使える事を考えれば、可能性はゼロでは無い。」
「そっか。なら今の問題が解決したらチャレンジしてみようかな。」
「うむ。努力をするのは良い事だ。そこから新たな閃きが生まれる事もある。」
「だな。」
ジャバックが龍人の属性を話題に出した時、龍人は一瞬ヒヤリとするものがあった。龍人の持つ本当の属性…真極属性【龍】について知っているのはヘヴィーとラルフ、そしてジャバックのみなのだ。ジャバックには周りに属性【全】と偽っている事を事前に伝えていたのだが、危うくボロが出る所であった。
まぁ…なんとか本当の属性を口にする事態は避けられたのだから結界オーライではあるのだが…。
(後でもう1回念押ししとかないとな。)
龍人が非難の意を込めた視線を送っても、ジャバックは何処吹く風で全く気付いた素振りさえ見せない。里の因子の重要さを知っているはずなのだから、そう簡単にペラペラと話す事はない筈である。しかし、どこか信じ難い所があるのも事実である。
こんな風にあれやこれやと話しながら機械塔に近づく龍人達だったが、そんは雰囲気がいつまでも続く事は無かった。
ビルの角を曲がって機械塔の正面玄関が見えた時である、眩い光が正面玄関をぶち破り…龍人達へと迫って来たのだ。
「…敵か!?」
これにいち早く反応したのは龍人だ。即座に魔法壁を展開して光の奔流を受け止める。…かなりの高威力魔法。この魔法の使い手は相当な強敵になり得ると予想が出来た。
それにしても、龍人より早く反応する事が出来たはずのジャバックは対処する素振りを一切見せなかった。信じられているのか、ただ単に面倒くさいだけなのか。
(…ん?)
光の奔流の中に何かが混じっているのがチラリと見えたが、それを確認する余裕は無かった。ここで魔法壁を解除すれば大きなダメージを受けてしまう。
10秒程の間攻撃を防ぐと、光の奔流はゆっくりと弱まっていった。
そして、龍人達の目の前には見知った人物が倒れていた。
「おい、お前…誰と戦ってたんだ?」
「……あらぁ…龍人だったかしらぁ…?それに…お仲間もいるのね…。」
羽の生えた黒ドレスを着た女…フェラムはヨロヨロと立ち上がる。大分ダメージを負っているようだが、余裕感を漂わせる笑みを浮かべている所を見るとまだ戦えそうである。
「ふふ…。ここで捕まるわけにはいかないのよねぇ。女3人男2人で淫乱な時間を満喫したいんだけどぉ…今はお預けね。」
「…龍人、この女…私が叩き伏せてもいいかしら?ムカつきますわ。」
フェラムの何処にイラついたのか分からないが、マーガレットが額に青筋を浮かべながら周りに光を出現させている。
「まぁ…いいけど。」
「まてー!逃がさないぞ!」
マーガレットが動き出そうとした時である、ビルの中から新たな人物が飛び出してくる。両手に銃を構えた人物。遼である。
そして、間髪入れずにフェラムに向けて魔弾を放つ。曲線を描く魔弾…飛旋弾だろう。
フェラムは魔法壁で魔弾を受け止めると、豊満な胸をプルンと揺らす。…その行動に意味があるのかは置いておこう。
「じゃあ…私は私の目的のために逃げるわぁ。」
「いやいや、この状況で簡単に逃げられると思うなよ?」
夢幻を構えた龍人は切っ先をフェラムに向けて威嚇した。弱っているとはいえ相手は闇社会の幹部。気を抜けば何をされるか分からない。
「あぁん。その強気…そそられるわぁ。でもねん…今はそれよりも大事なことがあるのよぉ。」
パチンとウインクをしたフェラムから何かが一気に発せられる。同時に龍人達の鼻腔を擽るのは甘い香り。
これに反応したのはジャバックだった。
「むっ…!?全員息を止めろ!」
ジャバックの両腕に魔力が宿る。そして、全身から魔力が発せられて辺り一帯に広がったと思うと、ジャバックの開かれていた掌が閉じられるのに合わせて魔力が1箇所に向けて凝縮されていく。同時に甘い香りも消えていった。
そして、凝縮した魔力はそのままプツンと消えた。…かと思うと、ブワッという音と共に竜巻が発生してフェラムを呑み込む。
「ふふっ…!これで私が負けると………」
竜巻に飲み込まれる寸前にフェラムが何かを言っていたが、引き起こされる轟音によって聞き取ることが出来ない。
少しして竜巻が消えると、フェラムの姿は何処にも見当たらなくなっていた。
「今の魔法…凄い。」
「あれ位は朝飯前だ。あの程度で驚くようでは困るな。」
感嘆の声を上げるレイラに対してあくまでも淡々とした態度を崩さないジャバック。
今のジャバックの魔法に助けられたのは事実だが、何故かジャバックがいるとギクシャクしそうな雰囲気になるのは気のせいだろうか。
(まぁ、元々ジャンクヤードの王だし、皆で仲良くってのは難しいか。)
こんな風にジャバックに関して勝手に考えていると、双銃を仕舞った遼が龍人達に近づいて来ていた。
「龍人達も来たんだね。紛争はどうなったの?あと、そこにいる人は…。」
「あぁ、紛争はジャンクヤードとアパラタスが手を取り合う形で終わったよ。で、ここにいるのがジャンクヤードの王でジャバックだ。」
「へぇ…ん?えぇ!?」
漫画のように驚きリアクションを見せる遼。まぁそうなるのも当然か。なにせ紛争相手の頭が仲間みたいになっているのだから。
「い、一応聞くけど…魔導師団のメンバーになったの?」
「いやいや、それは無い。あくまでもクレジを捕らえるまで手伝ってもらうだけだよ。」
「あ、なるほど…。いやぁ…龍人って本当に凄いよ。敵の大将を味方に引き込んじゃうなんてさ。」
「いや、俺は特に何もしてないんだけどな。」
「おい龍人。我はなにもクレジを捕まえるだけ…。」
「ちょっとあなた達!いつまでものんびり話してる暇は無いのですわ!こうしている間にアンドロイド技術が盗まれてしまう可能性を考えていますの?事態は1分1秒を争う事を忘れてはいけませんのよ!」
マーガレットの叱咤に男3人はビクッと体を震わせる。ジャバックですらも反応してしまうのを考えると、マーガレットが出す怒りの雰囲気による恐怖は万国共通か。
…さて、そんな冗談はさておき、遼が思い出したように手を叩く。
「そう言えば…フェラムが戦ってる時に地下には行かせないって言ってたんだよね。どこの地下か分からないけど…。」
「地下か…。機械塔の説明を聞いた時に地下の説明は聞いてないよな?」
「え…多分。」
「あ、機械塔に地下があるって話はニーナさんも言ってなかったよ。」
機械街に滞在する時間の殆どをニーナと仲良く過ごしていたレイラが言うのだから間違いないだろう。となると…。
「機械塔じゃ無い場所の地下って線もあるけど、フェラムが機械塔に居たってのを考えると…ここに隠された地下があるって考えるのがベターだな。」
「うむ。その通りであろう。まずは機械塔に地下が無いかを調べるべきだ。」
龍人の横で同意を示すジャバックはどことなく楽しそうである。
今後の行動方針がある程度固まった所で、マーガレットがカツカツと歩き出す。
「さっさと探しますわよ!機械塔に地下が無かった場合、他の場所を探す事を考えるとかなり時間的猶予がありませんわ。」
「だな。よしっ、行くか。」
遼が合流した事で5人になった第8魔導師団混合パーティーは、遼とフェラムの戦いで荒れに荒れたエントランスに入っていった。
因みに、捜索中に遼とフェラムの戦いについて遼が聞いたところ…こんな風に遼は話していた。
「火乃花が操られたのを知ってたから、距離を取って戦うようにしてたんだ。それで、時々甘い香りがフワッて漂ってくることがあって、その時に体の力が少し抜ける気がしたんだよね。魔力を放射状に放って香りを飛ばしてたんだ。香りって言っても、ただの匂いじゃなくて魔力だと思うから魔力で飛ばすのが1番かなって思って。後は刻印解放を上手く使ってフェラムを近寄らせないようにして戦ってたよ。ルシファーの刻印解放で使える属性【光】の制御がまだ慣れてなくて、少し暴発気味に発射しちゃった所で龍人達が来てくれたから本当に助かったよ。」
という事らしい。操られるのが分かっているとは言え、話を聞いた限りでは苦戦する事なく有利に戦いを進めていたらしい。刻印解放を会得した事で、大分強くなっている事が窺える。
因みに、属性【光】の攻撃が直撃しそうになった事を龍人が伝えると…
「あ、そうだったんだ。…本当にごめん。」
と、かなり反省した様子で謝っていたので優しく許す事にしたらしい。
もうひとつ補足しておくと、刻印解放の話を相当興味ありげな様子でジャバックが聞いていたが、隣に立つマーガレットがギロリと睨んでいたからか話に参加してくる事は無かった。
女性の強さが万国共通である事を秘かに実感した龍人であった。




