13-7-3.狂人と狂人
互いに真正面からぶつかるクレジとトバル。その目は真剣でありながらも、今の状況を楽しむかの様に歪んでいた。普通では無いでは無い狂った嗜好を持つ2人は目の前の敵を倒すべく全力をもって攻撃に当たる。
互いの距離が縮まった所で、トバルが持つ槍の穂先が大きな弧を描きながらクレジへ迫る。ユラリとした動きで避けるクレジに対し、頭の上で槍を数回転させて両手で握りなおしたトバルは高速で連続突きを放った。
「ほぉ…中々では無いですかぁ。」
逃げ場の無い連続突きを視認したクレジはトバルに向けて右手を翳す。そして…無造作に振動波を放った。
「…!ぐっ。危ねぇ!」
振動波が秘めた破壊力に気付いたトバルは連続突きを強制的に止めて横へ飛び退く。
「ほほぅ。今のタイミングで自分の行動を止めて回避までしますか。なら…逃げられなかったらどうしますかぁ?」
クレジは両手を真横に広げると、左右に振動波を放つ。そして振動波を放ったまま両手をトバルへ向けた。
「おぉ!いいねぇいいねぇ!こういうハラハラする攻撃を俺は求めてたんだ!これだ!これだよ!俺はこれを乗り越えて更に強くなってやるぜ!」
手の動きに合わせて湾曲しながら迫る振動波。更にトバルへ直撃する寸前、クレジは攻撃にひと手間を加える。両手を体の前で交差する様に1回転させたのだ。この動作によって円を描く様に周りから迫りくる振動波は、トバルが持つ槍1本で防げるものでは無かった。防御壁の類を張るか、回避をするか…分が悪い選択肢しか残っていない状況でありながらも、トバルから余裕の笑みが消えることは無かった。
その彼が選んだのは防御でも回避でも無かった。体の前で垂直に持った槍を高速回転させながら振動波に呑み込まれていったのだ。
ガガガガガガガ!!!っと激しく削る音と共に粉砕された部屋の壁や床から巻き上がる砂埃によってトバルの姿が見えなくなる。
確かにトバルに直撃した筈なのだが…クレジの態度はイマイチだ。
「…今の攻撃を防ぎますか。」
ボソッと呟いたクレジの言葉通り、砂埃が晴れると無傷のトバルが立っていた。
「ははっ。今の攻撃…少しヒヤッとしたぜ?だけど、まだ足りねぇ。俺を満足させるにはまだ足りねぇな!まだ本気を出してねぇのは知ってんだ。早くお前の本気を見せてくれよ?」
「…貴方、相当イカれてますねぇ。そこまで戦いを求めてどうするというのですか?」
「なぁに言ってんだ。この世界は強さが全てだ!どんなに頭が良くたって、どんなに仲間が沢山いたって…そんなもの圧倒的な力の前には無意味だ!全ては力で決まる!だからこそ俺は強さを求めるんだ。ははっ。お前みたいな奴には理解出来ねぇかも知れないけどなっ!」
「…いえいえ。それはある意味で真理を突いていると思いますよぉ~?それでも戦いを求め過ぎだとは思いますけどねぇ。」
「それは俺の自由だろ?俺は戦うのが、強くなるのが、強い奴を叩き伏せるのが好きなんだよ。もちろん…お前をもな!」
槍を構えたトバルがクレジに向けて突進する。振動波を放って迎撃に当たるクレジだが、トバルは槍を使って体の動きを急制動する事で振動波を避けつつ接近していく。そして、振動波を掠めながら避けたトバルは体を1回転させつつ槍を物凄い勢いで突き出した。クレジは正面に物理壁を展開し…短く叫ぶ。
「…!しまっ…!」
だが時既に遅し。クレジの槍に込められた魔力が物理壁を穿ち、凝縮された爆発を引き起こす。そのエネルギーは物理壁を簡単に砕き、クレジを呑み込んだ。
「まだまだぁ!」
トバルは槍の穂先から連続して属性【爆】のエネルギーを射出する。そして…立て続けに凝縮された爆発の花がクレジの全身に咲き乱れ、細切れの様に吹き飛ばした。
壁に激突して地面に落ちたクレジは…ユラァと立ち上がる。黒のローブは所々が破れ、黒仮面には数本の亀裂が入っていた。破れたローブから見えるのは皮膚の肌色と…金属と思わしき銀。攻撃の直撃を受けた事で相当のダメージを受けた筈なのだがクレジはいつも通り…今現在戦っている事を忘れているかの様に笑い始める。
「クククククク…!クククククク…クッククック…フフフフフ!ハハハハハ!!」
下を向いていたクレジの頭がグリンと回ってトバルへ向けられる。
「この私にここまでダメージを与えるとは…貴方は逸材…逸材ですよぉ~!!クククククク。私はこの世界を憎んでいます。私はこの世界を壊したいと思っています。この世界は腐っている。」
「はぁ?お前が勝手に腐ってるって思い込んでるだけだろ?」
「若僧がほざくなぁ!」
突然、クレジの態度が豹変する。
「お前は何も分かってないのですよぉ。私は普通の人間だったんですよぉ?ごく普通のごく一般的な生活を送るそこら辺にいる一般人と同じだったんですよぉ~?それなのに、それなのにその生活を奪ったのはお前達…天地なのですよ。この私の人生を全て奪い、捨て…その私を助ける者は1人もいなかった。その時に私は悟ったのですよぉ~。この世界は腐っているとね。世界を創り変えた所でそこに住むのが人であることには変わらない。だったら世界を創り変えた所で世界は変わらないのですよぉ。創り変えるのではなく、システムを変えない限り…この世界が変わる事はありません!私はこの世界を苦痛で埋め尽くすと決めているのです。誰かが苦しんでいる時に、親子で笑って手をつないで歩き、カップルで仲良く肩を組んで幸せを謳歌し、この世の中に住まう者達は皆自分自身の世界が幸せであればそれで満足なのですよぉ。なら…それなら…私は私が幸せと思う世界を構築するのです。その為にこの機械街を手に入れ、この世界を苦しみで埋め尽くしてやるんですよぉ。そうして全ての人間が不幸、苦痛を味わう事で、初めて世界の人々は世界を認識し、世界の在り方を考え、苦痛と向き合い、人の存在価値を知るのです!クククククク…………………。私の邪魔をするのなら、容赦しませんよぉ?」
ギギギ…と頭を動かすクレジを中心に魔力が渦巻き始める。
「オマエ達を…ぶち壊して差し上げますよぉ!?」
渦巻く魔力が次第に紫色を帯び始めたのを確認したトバルは焦った声を出す。
「ビスト!これはヤバイ!一旦引くぞ!」
先程までの闘志が嘘の様に消え去り、慌てた様子のトバルはクレジと反対側のドアに向けて走り出した。
「えっ?どういう事なんですかな!?」
事態を理解仕切れないビストは慌ててトバルを追いかける。
しかし、紫色を帯びた魔力がクレジから伸びてトバルの行く手…ドアに触れる。すると…ドアがジュウジュウという音を立て、鼻が曲がる様な悪臭を発しながら腐っていった。
「ちっ…!」
逃げ場を失って足を止めるトバルに追いついたビストが焦った声を出す。
「トバル…これも魔法なんですかな!?」
「あぁ…!まさかこんな凶悪な属性を操れるとは思って無かった!…本気を出せりゃあまだいいんだが、今の状況じゃ無理だ!」
「意味がわからないんですな!ここで出し惜しみする必要は無いはずなんですな!」
「違ぇ!俺が機械街に持ってきてる武器は属性【爆】しか使えないんだよ。」
「…ん?どういうことですかな?武器が無いと属性魔法を使えないって事なんですかな?」
「あぁ……ってもしかしてお前は違うのか!?」
「勿論ですな!」
「マジか。…って今はそんな事話してる場合じゃ…ねぇ!」
どうやらクレジに2人が話しているのを待つつもりは無い様で、腐った扉の前で慌しく話す2人に向けて紫色の魔力を放っていた。
慌てて左右に飛び退ったトバルとビストの間を紫の魔力が通り過ぎ、その道程上にある物を次々と腐らせていく。
「逃げるんですかぁ?強い者を倒して強くなりたいんですよねぇー。それなら、臆せずに立ち向かむてくれば良いじゃないですかぁ。苦しみを、痛みを、無力さを感じさせてあげますよぉ~!?」
狂った雰囲気を更に強めるクレジは体の周りを渦巻く紫の魔力を両手に集中させる。
「ホラホラぁ。…この私の邪魔をして、無事に逃げられると思わない事ですよぉ。仮にも機械街闇社会のトップの私が、そんな甘ちゃんじゃない事は理解してますよねぇ?」
紫の魔力が発光し…クレジの両手から振動波が放たれる。勿論、タダの振動波では無い。融合属性【振動腐】…つまり、紫味を帯びた振動波である。
禍々しいエネルギーを有した振動波はクレジの前方広域に向けて放たれる。トバルとビストが避ける隙間が無い程に部屋を埋め尽くす振動波。
「くそっ…!ビスト!全力で魔法障壁を張れ!気を抜くと死ぬぞこれ!」
「わ、分かったですな!」
ブゥンと音を立てて5角形の防御壁…魔法障壁が2人の前に2重展開される。強力な防御結界であるが、トバルとビストに余裕の表情は無い。それだけ迫りくる振動波から発せられる禍々しい魔力の脅威を肌で感じているのだ。この攻撃だけは受けてはいけない…と直感で感じているのだ。
そして、融合属性【振動腐】の紫味を帯びた振動波が魔法障壁に激突する。
「ホラホラァ!どうしたんですかぁ!?先程の威勢が嘘みたいですねぇ!?」
狂った様に叫ぶクレジは、魔法障壁をジワジワと侵食する振動波に注ぐ魔力を更に強める。魔法障壁の色が少しずつ燻み、黒くなった所から崩れていく。
このまま攻撃を受け続ければ、魔法障壁は崩され、トバルとビストはその身に振動波を受け…致命的なダメージを負ってしまう。
「ヤバイな…。ビスト、クレジの攻撃を相殺するレベルの攻撃使えるか?」
「ん…少し魔力を溜める時間をもらえれば可能だとは思うんですな。でも、1度相殺したからといって何度も何度も出来るとは限らないんですな。」
「あぁ…そこは俺に考えがある。ビストが振動波を相殺してくれれば、その隙に俺がなんとかする。…頼めるか?」
「分かったんですな。」
「天地の手先どもが何をごちゃごちゃと言っているんですかねぇ!?」
ブワッと振動波の威力が更に上がり、魔法障壁の浸食速度が上がる。
だが、ビストは焦る事無く自身の中に眠る力に意識を集中させ始めた。
(…よし、いけるんですな!…ん?これは、なんですかな?)
ふと、頭の中に1つの単語が浮かぶ。これは今まで無意識に使っていた力が明確に力として認識され、ビスト固有の力になった事を表す単語…固有技名である。
ビストはこの単語を見て、それが固有技であると直感的に理解していた。迷わずその単語を口にする。
「いくんですな!獣人化【獣王】」
ビストの周りに魔力が集まり、黄色い稲妻へと変化する。更に、黒髪が金髪に変化し…まさしく獣王の力を顕現した外見に変化した。固有技として力を使った事による今までを遥かに超えた力の上昇に、横にいるトバルは驚きの表情を隠すことが出来ない。
「マジか…。」
「これで…相殺するんですな!」
ビストは両手の掌を振動波に向けて魔力を集中させる。そして、属性【雷】による雷撃を前方広範囲に放射する。一瞬にして視界を埋め尽くす雷撃が振動波とぶつかり、激しい音と共に相殺していく。
そして…光が収まった時、部屋の中にいるのはクレジ1人だった。
「…逃げられましたねぇ。武器を犠牲にしてでも逃げますか。中々の状況判断力と高評価をするべきですかねぇ。属性【腐】でコーティングした扉を壊す威力の攻撃を放つとは恐れ入りますねぇ。」
クレジの視線の先にはトバルが持っていた槍の柄部分半分だけが転がっていた。その先にはクレジが腐らせた扉があった所に人がギリギリ通れるだけの穴が空いている。
「ふふふ…。それにしてもビストのあの力…想像よりも遥かに進化していますねぇ。それにしても、私が手に入れた力を披露するタイミングが無かったことは残念ですねぇ。……さぁて、私は私の目的の為に動きますかねぇ。彼らに先を越されては困りますしねぇ。」
クツクツと笑って肩を上下させるクレジは、トバルが空けた穴に向かって歩き始めた。




