13-7-2.闇社会の目的
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外壁正門に建設された仮設作戦室。ここにアパラタス軍陣営の主要メンバーが集結していた。エレク、スピル、ラウド、リーリー、ニーナ…アパラタス軍の治安部隊と戦闘部隊はクレジの行方を目下捜索中である。クレジがアンドロイド技術を狙っているだろうという現状…この場所で集まっているのには大きな理由があった。
それが、彼らの前で両手両足を縛られ、魔法が使えないように魔封じの拘束具を両手両足に装着させられた捕虜…チャン=シャオロンの存在だ。
スピルが丁寧な口調でチャンに声をかける。
「さて、チャン…あなたに闇社会の目的を話して貰いましょうか。」
「…話す事なんて何も無いアル。」
「えぇ。まぁそうでしょうね。貴方達の目的がアンドロイド技術の奪取である事は既に分かっています。」
「…!だったら何で聞いたアル!?」
「…やはりアンドロイド技術奪取が目的でしたか。」
「…騙したアルね!ズルいアルよ!」
「引っかかる貴方が悪いのです。」
「ぐっ…!」
拗ねた子供のようにプイッと顔を横に向けるチャンだが、スピルはそんな様子に一切構うことなく言葉を続ける。
「本題はここからですよ。闇社会が街主を嫌っていて、その政権を奪おうとしているのは知っています。しかし…それにしてはやり方がいちいち大袈裟ですよね。ジャンクヤードを引っ張って紛争を引き起こしたり…何が目的ですか?」
「そんなの知らないアル!ミーはクレジに何も詳細は聞いてないアルよ。」
「では、あなたは何故闇社会の幹部として活動しているのですか?わざわざアパラタスを敵に回して…そんなにメリットがあるとは思えません。」
「…それは…ミーは強くなる事が目的アル。闇社会に入れば強い人達と沢山戦えるとクレジに誘われたから入っただけアルよ。ミーはそもそも闇社会の本当の目的とかはどうでもいいアル。ミーは強くなれればそれでいいアル。」
「なるほど…。つまり、何も知らない…と主張するのですね?」
「そうアル!だからミーを解放するアル!」
「そうですか…。」
スピルは無表情のまま屈むと、チャンの肩にそっと手を添える。
「それでいいアル。ミーは無害アル!」
解放されると思ったチャンは嬉しそうに声を上げるが…次の瞬間全身を電気が駆け巡り、体を痙攣させた。
「あっががががががが…やべぶアル…!!!」
「ん?なんですか?聞こえませんねぇ。」
体を痺れさせた電気が止まると、チャンはスピルを睨みつける。
「ぐ…拷問は反対アル!正々堂々と戦うアル!」
「いやいや、私はあなたと戦って勝ったではないですか。」
「あれは…ミーは本気を出してなかったアブブブブブブブブウブブブ…!」
途中から再び電気が流れ、体を痙攣させるチャン。
この拷問の様子を眺めながらリーリーはエレクに声を掛けた。
「こりゃぁ…情報を引き出すのに時間がかかりそうじゃのう。」
「あぁ。…どうも闇社会の構成員はクレジの本当の目的を知らされていない気がするな。」
「……なるほどじゃのう。つまり、利害が一致したメンバーが集まり、そのメンバーは自身の欲求を満たすために動いている…って事じゃな。その利害が一致した行動の先にクレジの目的がある…と。」
「あぁ。そう考えれば、重要な局面でクレジ自ら動いているのにも説明がつく。」
「じゃが…そうなるとクレジを捕まえない限り、彼が本当に定めている目的は…分からないんじゃのう。」
「そうなるな。まずは奴を捕まえてアンドロイド技術を守らねばなるまい。」
「そうじゃのう。では…チャンから情報を引き出すのはスピルに任せて、私は他の情報を整理するかのう。ニーナよ、手伝っておくれ。」
「あ、はい。分かりました。」
スピルによる電撃拷問を顰め顔で見ていたニーナはどこかほっとした表情を浮かべながら頷いた。幾ら敵とはいえ、見ているのに気分が良くないのだろう。
「チャンが何かの情報を話したらすぐに教えて欲しいんじゃのう。」
「当たり前だ。」
リーリーとニーナは近くの治安部隊隊員を呼び寄せながら仮設作戦室から出て行った。
エレクは隣に控えるラウドへ視線を送る。
「…。」
灰色のマントを頭からすっぽり被ったラウドは表情を見る事は出来ないが、スピルの視線に気づくと顔を向けて動きを止めた。
ラウドが言葉を殆ど発さないのは昔からなので、エレクはそれを気にする事なく口を開く。
「ラウド…お前はアパラタスの中心部に行き、街中の情報を把握しつつ緊急事態に備えろ。アンドロイド技術の保管場所は…覚えてるな?」
コクリとラウドは頭を縦に動かす。
「よし。藤崎遼がクレジを追っているから、危ない時は手助けをしろ。…これは非常だが、第1に優先すべきなのは技術を死守する事だ。その為なら…最悪他人の命を犠牲にする事も止むを得ない。」
非情とも言えるエレクの言葉にラウドは再び頷き、仮設作戦室を出て行った。
「ビビビビいいいいい!」
スピルによる電撃拷問でチャンが意味不明な叫び声を上げているが、まだまだ根を上げそうにもない。
(俺は…いざという時に備えるべきか…。)
「スピル…後は任せたぞ。」
「あ、はい。お任せください。何が何でもこの中華男から情報を引き出してみせます。」
「期待している。」
拷問をしながら優雅に一礼するスピルに向けて片手を上げたエレクは、端末を取り出して操作をしながら作戦室から出て行った。
「ぐ…ミーは負けないアル!負けないあるぶぶうぶっぶぶぶうぶぶう…!」
絶えないチャンの叫び声は、作戦室の外に盛大に漏れ、それを聞いていた治安部隊の中ではスピルがドSなのではないかという話題で持ちきりになったという。
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薄暗い通路を歩く黒ローブの男。通路の横には幾つもの扉があるが、それらの前を迷う事なく通り過ぎていく。カツカツと足音を立てながら進む彼は幾つかの十字路を迷う事なく曲がって進んでいく。
そして、1つのドアが突き当たりに見えてきたところで黒ローブの男の足音が消えた。歩くのを止めた訳ではない。進むのを止めた訳でもない。今まで通りに歩いているが、足音だけが忽然と消えたのだ。
これだけでこの黒ローブを羽織った男のハインディングスキルの高さを窺い知る事が出来る。
黒ローブの男はドアに近づき、静かにドアノブを回して必要最低限の隙間を開けると中に滑り込んだ。ドアの先の空間は暗闇。光点は一切無く、広がっている筈の空間が部屋なのか、それとも通路なのかも分からない。
黒ローブの男は慎重に一歩を踏み出す。もちろん足音はしない。ゆっくりと首を動かして周りへ視線を巡らす。そして、緊張させていた筋肉をほんの少し弛緩させるともう一歩を踏み出した。
その時である、真っ暗な空間を光が埋め尽くした。
突然の光に眩しさを感じた黒ローブは顔の前に手を翳して眼を細める。光に慣れた彼は、今いる所が正方形で広めの部屋である事を認識する。そして、その部屋の反対側に2人の人物が立っているのも。
その内の1人が口を開く。
「よぉ!お前の目的は俺達と同じだろ?ここで鉢合わせたって事はよ、戦うしかねぇよな!戦って勝った方が手に入れるって訳だ!あぁ~ウズウズするぜ!なぁ…クレジ!」
楽しそうに両手を広げながら大声でこう言うのは真っ直ぐに逆立った赤髪と、額に巻いた赤バンダナが特徴的な男…トバル=二アマだ。
挑発する言葉を投げ掛けられた男…クレジ=ネマは光から顔を守っていた腕を下す。すると、緑の曲線が彫られた黒仮面が晒された。クレジは肩を揺らす。
「ククククク…!まさかここで待ち構えられているとは思いませんでしたよぉ。確か天地のトバルでしたかねぇ?隣にいるのはヒーローズのビスト…ですか。どうやら本当に天地に所属する事にしたらしいですねぇ。あの外道集団に属するなんて私には理解が出来ませんねぇ?」
「…五月蝿い!僕は…この世界を皆が笑って安心して過ごせる世界に変えるんだ。」
クレジの言葉に激しい反応を見せるビスト。天地に所属する前には確かに存在した目の輝きは無く、濁った目…絶望を抱えた目をしながらビストはクレジへの敵意を剥き出しにする。
「ほぉ…どうやら何かがあったみたいですねぇ。まぁ、私が引き起こしたアパラタスでの暴動で闇社会の構成員が何かをしたのかも知れませんが。あなたを憎んでいた構成員は多いですからねぇ。暴動を機に復讐を考える者が居たとしてもおかしくはない…ですかねぇ。」
「…僕はお前を許さないんですな。」
「ふふふふ…!好きにして下さい。私は貴方に大した興味はないんですよぉ。」
「ははっ!良い感じだぜ!じゃぁ、さっさと戦おうぜ!俺は強者と戦うために天地にいるんだ!お前みたいに強い奴とは中々出会えないからな!だからこそ、俺はお前の前に立ちはだかる!お前が狙ってるものが俺達の目的であるのもそうだが、俺はただ奪うだけじゃぁつまらないんだ!俺は、お前を倒して、その上で、目的を達成してやる。ははっ!血が沸るよなぁ?興奮して鼻血が出そうだよなぁ?これこそが…俺の求めるものなんだぜ!」
興奮してイカれたかの様に破顔するトバルは1本の槍を取り出すと構えた。途端、発せられる闘気が部屋の中を埋め尽くす。
「ほぅ…これは中々の…。」
「逃げようなんて考えんなよ?ビスト、お前は奴が逃げそうになった時に備えろ。この戦いは俺のものだ。」
「…分かっているんですな。」
何か言いたそうな顔をするビストだが、素直に後ろに下がる。
そして、トバルは視線を真っ直ぐクレジに向けた。
「紛争が起きている中によぉ、俺はお前がここに…機械塔の地下に来るって信じて暴れたいのを我慢してたんだ。その我慢していた俺の気持ち…満足させろよ?」
「…これは戦いを避けられそうにありませんねぇ。いいでしょう。ジャンクヤードで手に入れた新しい力の試し撃ちも兼ねて相手をしてあげますよぉ?」
クレジとトバル。己の目的を狂った様に求める者と、戦いを純粋に狂った様に求める者。両者は相手の動きを窺い、同時に動き出した。




