13-7-1.追跡
アパラタスに侵入したクレジを追いかける為、外壁南端からアパラタスの中に戻った遼は比較的高いビルから探知結界を周囲に広げていた。アパラタスの街は人気がほとんど無い状態だった。紛争がすぐ近くで起きている為、有事に備えて屋内に避難しているのだろう。
(やっぱりそう簡単には見つからないよね。無闇矢鱈に探し回っても…これだけ広いアパラタスの中で見つけるのはかなり厳しいかな。となると…やっぱりアテが欲しいね。)
遼は今まで龍人から聞いたクレジの情報を頭の中で整理していく。
(機械塔で魔電変換動力器を奪ってジャンクヤードに逃走。…確かその時にアンドロイド技術も渡せって言ってたんだっけ。ってなると、やっぱりクレジの目的はアンドロイド技術だって考えるのが妥当だよね。その為にジャンクヤードに行って紛争を起こしたって可能性も無くは無い…かな。そうするとアンドロイド技術が保管されてそうな場所に行くのが1番だね。ん~…………。機械塔しか思い付かないや。うん。行ってみようかな。)
遼は探知結界を解除すると、自身の周りに無詠唱魔法で膜を形成する。この効果は存在感を限りなく薄くするもの。隠密時に使う者が多い技の1つである。
少しでも視界を広く保つ為、地上では無くビルの上を渡る事を選ぶ。そうして30分程進んだ所で、機械街の隣のビルまで到達する。屋上から下の道路を確認するが、やはり人気は無い。
上部が建設中みたいに落下防止のネットが張られている機械塔の中は、所々電気が点いていた。紛争を行うアパラタス軍の後方支援としての様々な業務を今も行っているのだろう。
(あ、クレジの目的がこの機械塔の再破壊っていうのも有り得るね。そうすればアパラタス軍への後方支援が滞るもんね。…でも通信妨害がされてるから、通常よりは滞ってるのに変わりはないかも。ん~、微妙かなぁ。)
ふと視界の隅で何かが動く。それは…黒いマントに仮面を着けた人物だった。…遼が探していたクレジだ。機械塔から北の方向へ離れるように歩いていく。
(いた…!普通に姿を隠すこと無く歩くなんて…紛争で主力が全員外壁に行ってるから、隠す必要が無いって事なのかな?取り敢えず、後を追わないと。)
遼はビルの壁面を無詠唱魔法を巧みに操って滑る様に降りると、ユラユラと歩くクレジの追跡を始めた。
遼が居なくなった機械塔の前にフラッと現れる1人の人物。建物の陰から小さくなっていく遼の後ろ姿を確認したその人物は、楽しそうに肩を揺らすと…機械塔に向けて歩き始めた。
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追跡を開始して30分。最初から感じていた違和感をどうしても拭う事が出来ない遼は、この後の行動をどうするか決めあぐねていた。
(このまま目的地にクレジが到着するのを待つのもありだけど、それならこの場所で攻撃を仕掛けて足止めしてもいいよね。それに…何か変なんだよね。幾らなんでも無防備過ぎる。…やってみようかな。)
遼は双銃を取り出すと照準をユラユラと歩くクレジの背中に合わせる。精製する魔弾は貫通弾と飛旋弾だ。直線と曲線による魔弾で回避を難しくするのが狙いだ。一瞬で魔弾を形成した遼は、即座に貫通弾と飛旋弾を連射した。そして…魔弾はあっさりとクレジの背中を貫いた。
「…え?」
余りにも手応えの無い反応に遼は思わず動きを止めてしまう。エレクと互角に近い戦いを繰り広げたクレジが、今の攻撃に対して…例え奇襲だとしても…何の反応も見せずに受けるというのは、遼としては有り得ない結果だったのだ。
魔弾の直撃を受けたクレジは仰け反るようにして崩れ落ちる。
遼の頭の中は疑問が次々と湧き出て埋め尽くされていく。
(え…どういう事だろ?本当に奇襲が成功したのかな。でも、あのレベルの攻撃で倒れるって事が有り得るの?確かに何の魔力も体に帯びてなければ、ダメージは大きいと思うけど…。そもそも、あそこで倒れてるクレジって本物なのかな。本物で無いとしたら、あそこに倒れてるのは…。それに本物は?そもそも偽物を立てる必要性ってあるのかな。俺を誘導する為だけに偽物を?アンドロイド技術を盗む事が目的だとしたら、あそこに倒れてるのが偽物だとしたら、北に進んだっていうのはクレジの目的地から遠ざけられたって事…?でも、あそこに倒れてる人を調べて俺はクレジかどうかの判断が出来るのかな。黒マントに黒仮面以外は何も知らないし…。)
思考がまとまらない遼は、クレジに近づく事が出来ない。動かなければならない事くらい頭では理解しているのだが、動くに至る結論が出ないのだ。
そして、そんな遼を嘲笑うかの様な事態が更に起きる。
建物の陰からふらっと姿を現した人物がいた。その姿を見た遼の思考は更に混乱をきたす。…なんと、黒マントに黒仮面の姿をしていたのだ。この人物はユラユラと遼の方に近づいて来ていた。
(え…こいつが本物?…いや、偽物の可能性もあり得るけど、本物の可能性も十分にあるよね。油断は出来ない…!)
警戒して身構える遼に向けて、クレジと思わしき人物は両の掌を向けた。
「これは…!」
黒仮面の両手に凝縮された魔力の密度に、遼の全身が総毛立つ。そして、魔力の波が遼に向けて放たれた。
(振動波!?って事は、さっきのは囮?)
遼は前面広範囲に魔法壁を展開し、振動波の直進を妨げつつ自身は斜め後ろへ退避する。魔法壁や物理壁などの防御壁は、空間に固定でしか展開出来ないからこその回避方法だ。マリアなどの防御に特化した属性を持つ者であれば非固定の状態で扱う事も出来るが、大半の者は遼と同じ空間に固定された状態でしか防御壁を展開する事ができない。
もし、遼が非固定で魔法壁を扱えれば、この後の展開に苦心する事も無かったのかも知れない…。
斜め後ろへ退避した遼の後方から高密度の魔力圧が放たれる、慌てて後ろを確認すると…そこには、いや…そこにも黒仮面の黒マントを被った人物が立ち、遼に掌を向けていた。そして…再び放たれる振動波。
「ぐっ!」
遼は咄嗟に魔法壁を張るが、至近距離で放たれた振動波を受け止め切る事ができずに吹き飛ばされてしまう。
それでもなんとか空中で体勢を立て直す遼。
(なんなんだ!?クレジが2人って…片方は偽者だよね。振動波を使ったのが本物で、ユラユラと歩いてたのは、俺の隙をつくための囮って事かな。…え?)
着地した遼が見たのは、フラッと揺れて地面に倒れる黒仮面の姿だった。理解できない事態に遼は思わず着地した体勢のまま動く事が出来ない。
(どういう事だろ?なんでここで倒れるんだろ。さっきの振動波が限界だったのかな。いや、そこまでの威力がこもってた訳じゃない。でもそう考えると、倒れてる2人の黒仮面が共にクレジの偽者って事になるよね…。)
この遼の推測が正解だとなると、導き出されるのは1つ。それは、クレジがどこかに潜んでいて遼に決定打を与えるタイミングを狙っているという事。
アンドロイド技術奪取という目的を達するために、邪魔者である遼を消そうという算段なのだろうか。
となれば…周囲のどこかにクレジがいる可能性が高くなってくる。油断は禁物。一瞬の気の緩みが死を招く事に間違いはない。
この遼の推測はある意味で当たる事となる。
ユラっと建物の陰から黒仮面が姿を現したのだ。…正確には黒仮面達が。
(…え?)
疑問に思い、考察する時間が与えられる事は無かった。現れた黒仮面達が遼に掌を向け、次々と振動波を放ち始めたのだ。
「うわっ…!」
遼は慌てて全方位に魔法障壁を展開する。そして、立て続けに響く振動波着弾の音。魔法障壁越しに伝わる衝撃の強さは、振動波を放つ黒仮面達が只者ではない実力を秘めている事を表していた。
(マズイ…。このままだと直ぐに魔法障壁を破られそうだよ…!)
どうにか打開策は無いかと思考を巡らせる遼であったが、一際強い振動波群が押し寄せ、魔法障壁を壊しそうになった瞬間…静寂が訪れた。
「え…?」
不可解な静寂に遼は戸惑いを隠すことが出来ない。今のまま攻撃を続けていれば、確実に遼を倒せた筈なのだ。攻撃を止める理由が見当たらなかった。
振動波によって巻き上げられていた砂埃が晴れ、周囲の様子を窺った遼は更に不可解な現象を目の当たりにする。
…周囲にいた黒仮面達が1人残らず地面に倒れていたのだ。
「誰かが…助けてくれた?」
遼はキョロキョロと周りを見渡す。もしかしたら遼を助けてくれた人を見つけられるかもしれないと思って。だが…そんな人物は見つからない。
静寂の中、いつの間にか荒くなっていた自分の息だけが鼓膜を刺激する。
(誰かが助けてくれたんじゃない?どういう事?)
遼は倒れている黒仮面の1人に恐る恐る近づいて行く。何かが起きるのは避けたいので触れる事はしないが、倒れて動かないその体を観察していく。
「外傷は…ない。でも…胸が僅かに動いて呼吸はしてるね。…魔力虚脱状態に似てるかな。………。」
魔力を使い過ぎると、全身に力が入らなくなる魔力虚脱状態に陥るのが一般的だ。重度の場合、最悪死に至る軽視出来ない状態である。現に倒れている黒仮面達はどれも僅かに
呼吸をしているのみで、重度の魔力虚脱状態である事は疑いようもない。
この状態になった原因は…。
(さっきの振動波…?つまり、あの振動波1発で魔力虚脱状態に陥ったってことだよね。もしかして…ここにいる黒仮面は全員が偽者?それも、魔法の適性が低い人達って事になる。つまり…つまり………。)
1つの答えに辿り着いた遼は力強い意志のこもった目で高く聳え立つ機械塔を見ると、双銃を力強く握りしめ…駆け出した。
行く手を阻むように其処彼処から黒仮面達が姿を現す。しかし、遼は怯まない。怯む事など出来なかった。
「俺を機械塔から遠ざける為の捨て駒なんて…許さない!」
遼の双銃、白銃ルシファーと蒼銃レヴィアタンが魔弾を射出する。魔弾は黒仮面達の胸元に吸い込まれていく。すると、ピキィン!という音と共に黒仮面達の胸元て何かが弾け、攻撃を受けた黒仮面は力を失った人形の様に崩れ落ちた。
(…ビンゴだ!)
つい先程、大勢の黒仮面達に攻撃を受けた時、振動波を放つ直前に黒仮面達の胸元が光っていたのを確認していたのだ。
その時は何の光なのかは分からなかったが、今なら分かる。
使い捨ての黒仮面として振動波を強制的に放たせる何かを彼らは胸元に潜ませているのだ。それを破壊すると動きを止めて崩れ落ちることから、胸元にある何かが彼らを操る核となっている事も確実である。
更に遼はもう1つ確信している事があった。それは、操られているであろう黒仮面達を操る人物だ。走りながら探してはいるのだが、未だに姿は見つかっていない。
しかし、すぐに目の前に現れるはず…という不思議な確信があった。
その人物…フェラム=ルプシェールは火乃花という操り人形を失った今、別の対象を求めている筈で…遼が候補に挙がっているのであれば1人で行動している今が狙うチャンスである事。
闇社会の目的であるアンドロイド技術奪取の邪魔をする遼が目的地に近づけば、足止めをするために出て来ざるを得ないであろう事。それには偽者黒仮面が役に立たないという前提が必要になるが、遼は現れる黒仮面達を尽く無力化しているので問題はない筈だ。
(偽者の黒仮面を操ってるのがフェラムなら多分…いや、絶対に俺の前に出てくる筈。クレジをどうにかしなきゃいけないのは分かってるけど、先ずは確実に相手の戦力を減らす事が大事だよね。クレジと相対した時にフェラムを倒してるのと倒してないのでは…全然余裕感が違うもんね。)
黒仮面達を無力化しながら走る事15分ちょっと。漸く離れていた機械塔の近くまで到着する。そして、ここで状況に変化が訪れた。
今までとめどなく現れていた黒仮面達がぱったりと現れなくなったのだ。これ以上黒仮面を遼に仕掛けても無駄だと判断したのか、それとも遼に向ける黒仮面の数が尽きたのか。
歩を緩めた遼は沈黙に包まれた大通りを警戒しながら歩く。目指すは機械塔の正面玄関だ。人の気配は…無い。探知結界を周りに巡らせているが、特に反応も無い。となると、この場に居ないのか。
ガラス張りの正面玄関に到着した遼はドアを開けて中に入っていく。すると、受付に1人の女性が座っていた。スーツを着て、髪型をぴっちし整えた女性…ではなく、胸元が大きく開いた羽の生えた黒いドレスを着た女性。…そう、遼が探していた闇社会の幹部であるフェラム=ルプシェールである。
フェラムの姿を確認して止まった遼を艶かしい目線で見るフェラムは、受付台に肘をついて前屈みになると妖艶な笑みを形作った口を開いた。
「ふふ…ようこそ機械塔へ。ここにいる職員達は皆眠って貰っているわ。つまり、ここにいるのは私と…遼の2人ねぇ。何をしてもいいのよぉ。もちろん…快感の先に到達するために、汗を流し、互いを求めあい、激しく…なんてのもねぇ。さぁ、私の虜になってもらいましょうかぁん。」
「誰が…虜なんかになるか。俺の目的はクレジがアンドロイド技術を奪うのを止める事だよ。それを狙ってクレジもこの機械塔にいるんだよね?」
「んん…?何の事かしらぁ?私はあなたとの熱い時間を手に入れるためにここにいるのよぉ~?他の誰かがいる訳ないじゃなぁい。」
「そっか。なら…倒して先に進ませてもらうよ。」
「ふふ…噛み付いてくるわねぇ。その自信…どこまで持つかしらねぇ?」
フェラムは軽やかな体裁きで受付台の上に立ち、周りに鉄球を出現させた。
「じゃぁ…私も力づくで貴方を手に入れるわぁ。」
フェラムの体から溢れんばかりの魔力が迸り…鉄球が遼目掛けて動き始めた。




