13-6-14.アパラタス軍の隠し駒
外壁正門前の戦いは、リーリーがジャンクヤード軍に対して無双を繰り広げるという一方的な展開になっていた。
リーリーが操る魔法は属性【縛】。魔力を縄の様に精製して相手を拘束する属性魔法だ。拘束する以外にも鞭の様に叩く、束ねて横殴りにする、先端を尖らせて突き刺す、網の様にして敵の攻撃を受け止める…といった風に、形状を変化させる事で様々な使い方が可能な魔法でもある。
この属性【縛】を巧みに操るリーリーは相手を掴み、振り回し、投げ、吹き飛ばしながらジャンクヤード軍が外壁正門に近付くのを阻止し続けていた。
数の利を活かし、リーリーが対応出来なくなるのを狙って全軍突撃を掛けるのが上策と思われるのだが、ジャンクヤード軍が取った手法は数十人単位の部隊を順番に送るというものであった。だからこそ、リーリー1人で進軍を防げているという事実もあるのたまが。
相手にしている部隊の最後の1人を遠心力を使って放り投げたリーリーは、荒くなり始めた息を吐きながらジャンクヤード軍の本隊があるであろう場所を見る。
「…これだけ戦っていて、全然数が減った様に見えないんじゃのう。流石に魔力が厳しくなってきたんじゃのう…あれはまだ来ぬんかのう。」
息を大きく吸い、ゆっくりと吐き出していく。久々の実戦が紛争の舞台という事もあり、緊張こそしていないが…現役の頃と比べると大分勘が衰えているのを実感していた。
(このままではジリ貧じゃのう…。)
この後も1人でジャンクヤード軍の進軍を食い止める事に問題は無いのだが…、問題があるとするならリーリーの魔力である。通常の属性魔法と比べて属性【縛】の消費魔力は少ないが、それでも1時間近く戦い続けているのだ。当然、魔力残量は大分心許なくなっていた。
仲間である外壁正門上に待機するエレクに動きは見えない。リーリーを見殺しにする筈が…恐らくない以上、何かしらの考えがあるのだろうと予想は出来る。その考え自体もリーリーにはなんと無くではあるが予想が付いている。
しかし、問題はその考えが実行されるタイミングであった。リーリーが単独でジャンクヤード軍との相対を始めた辺りに、動き出していると踏んでいたのだが…それにしては動きが無いのだ。
(エレクよ…老ぼれはそろそろ限界が近いんじゃのう。早く…しておくれよ。)
そうこう考えている内に、次の部隊がジャンクヤード軍から進撃を始める。その部隊の姿を確認したリーリーは思わず苦い顔をしてしまう。
(厄介な相手が出てきたんじゃのう…。)
その部隊の隊員には1つの大きな特徴があった。体のどこかしらの部分が機械化しているのだ。この機械化した部分から放たれる電撃は、通常の属性【電】に強めの魔力を込めた時に発生する電撃と同じレベルの威力を誇るのだ。部隊員の数はざっと50人。同時に電撃を放たれたら避けるのが至難の技であるのは当然である。
更に、機械化した部分が鋼鉄の硬さを誇るのは当然で、その部分を使った人間離れした動きも厄介であった。例えば…機械化した腕を地面に突き刺して強引に動きを変えたり、そのまま地面を吹き飛ばして攻撃してきたり、機械化した脚を使って慣性を無視した動きをしたり…である。
通常の人間がしない行動をするので、予測が難しいのだ。とは言え、今まで培った経験と、持ち前の柔軟な対応力で体の一部が機械化した部隊…サイボーグ部隊の2度にわたる進軍は撃退していた。
(じゃが…今回は人数が前回の倍近くいるんじゃのう…。)
押し寄せるサイボーグ部隊。彼我の距離は約50Mにまで縮まっていた。躊躇する時間は無い。ただひたすらに来るべき時の為に、全力を尽くすのみである。
「気合を入れて行くんじゃのう!」
両手から魔力の縄を出したリーリーは、果敢にサイボーグ部隊へ突撃していった。
外壁正門上では、リーリーとサイボーグ部隊の戦いが始まったのを視認したエレクが腕を組みながらトントンと指を叩いていた。
「おい。奴らはどうした?もう動いているんだろう?」
「は、はい!ただ…相手の通信機器妨害で、現在の状況は未確認です。道中で何かあったのか…単に時間が掛かっているだけなのか…正直判別が付きません。」
「むぅ…。このままでは良くないな。あと10分だ。10分待って何も動きが無ければ、作戦を変更する。全軍に通達するのだ。」
「はっ!畏まりました!」
ビシッと敬礼をした治安部隊隊員が走り去ると、エレクは周りの隊員達に気付かれないように小さな溜息を吐いた。
(…奴らを切り札として起用したのは間違いではない筈だ。頼む…間に合ってくれ。)
不安な胸中を隠し、毅然とした態度を崩さずに、エレクは腕を組んだまま敵軍を睨みつける。来るべき時を待ちながら…。
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真っ暗な道を照らす数十本のライトが、ユラユラ揺れながら道を進んでいく。
「本当にこの道…ジャンクヤードに続いてるんだよな?ここまで長いと不安になってくるんだよね。」
不満そうに呟いたのは、前髪を眉の上で右に流し、トップを立てた黒髪の男…ケイト=ピースだ。細身の体躯ながらガシガシと歩く様は、決して細いだけではないことを伺わせる。
「そう文句を言うなって!俺が信じられると見極めたんだ。安心してついて来いって。俺達の行動がアパラタス軍を勝利に導けるかも知れないんだからよ。」
こう言ってケイトを宥めるのはオレンジの髪をアシンメトリに整えた男…朱鷺英裕だ。
そう。この暗い通路を進んでいるのは、アパラタスの私設集団ヒーローズである。リーダーである英裕に言われたケイトは憮然とした表情をしながらも…
「分かったよ。たださぁ…俺達だけで本当にアパラタス軍をどうにか出来んのかな?そこが本当に心配だわ。」
と言って大人しく言う事を聞く様に思わせつつ…次の文句を言っていた。
この地下道の進軍が始まってかれこれ1時間近く経つが、未だに出口が見えないのだ。そのせいでヒーローズの面々が段々イライラし始めているのは、英裕も充分に理解している。だが…進む以外に道がないのも事実なのだ。それこそがヒーローズに託された任務なのだから。
アパラタス軍とジャンクヤード軍の紛争が本格化し、外壁での防衛における配置の作戦会議において、ヒーローズは特別な配置をエレクから言い渡されていた。
それが、機械塔の近くに隠されていたジャンクヤードへの地下通路を通り、ジャンクヤード軍の後方へ移動し、外壁正門の部隊と挟撃するというものだ。
この作戦会議の時に、エレクは敵軍の主力が外壁正門前に布陣すると予想していたのだ。そして、伝令兵から聞いた内容によれば、ほぼその予想が当たっている事となる。ただ、南端が攻撃をされていて北端が攻撃を受けていないという状況は…英裕の勘が何かおかしいと告げていた。
(マジで俺達がどれだけ活躍出来るかが勝負の分かれ目だよ。絶対に成功させなきゃだ!)
やる気満々の英裕はテンションが下がり始めているヒーローズの仲間達を鼓舞しつつ、ハイペースで地下道を進んでいく。
それから約10分。遂に出口の光がヒーローズを出迎える。英裕は1度進むのを止めると、全員の方を振り向いた。その表情は真剣で、これから行われるであろう戦闘が如何に大事なのかを…語らずともヒーローズの面々に伝えていた。
「いいか皆。俺達が伝令兵から聞いた最後の状況からすでに1時間近く経ってる。その間にも状況は大きく動いている可能性が高い。もしかしたら、この出口を出たらジャンクヤード軍のど真ん中かも知れない。もしかしたら、ジャンクヤード軍の真後ろに出て虚を突く形で挟撃出来るかも知れない。もしかしたら…アパラタス軍の勝利、敗北のどちらかで紛争が決しているかも知れない。」
この英裕の言葉にヒーローズの面々からはどよめきが漏れる。
「だが!」
急に声を張り上げる英裕。ヒーローズのどよめきは自然と収まりをみせる。そして、全員の視線が英裕に集中する。
「だが、俺達はその全ての可能性を考慮した上で、全ての可能性を忘れて行動しよう!ここから先に待っている状況の中で、各々が最善の行動を考えて行動してくれ。俺達は、俺達の街であるアパラタスを守る!その為に怯む事は許されない。強い意志をもって、強く、誇りを持って戦うぞ!」
英裕の言葉に答える者はいない。ただし、それは声に出さないだけである。つい先程までのどよめきが嘘の様に、ヒーローズ全員の瞳に力強い意思が炎の様に灯っていた。
「よし。行くぞ。」
英裕はクルッと地下通路の出口を向くと、力強く一歩を踏み出す。
そして…地下通路の出口から出た彼らを待っていたのは…。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
外壁正門前に布陣するジャンクヤード本軍は、リーリーの無双具合に苛立ちを募らせていた。送り込む部隊が尽く撃破される状況は、軍の士気を維持する上で大きな障害となっていたのだ。
唯一、リーリーが苦戦をしたと思われるサイボーグ部隊を50人編成で送り込んだが、期待もむなしく…残るのは10人程度である。
全軍で攻めれば…とは思うのだが、其れには1つの問題があった。それがアパラタス軍の通信妨害をする装置である。この機械によって外壁北端、南端、正門の状況把握を遅らせ、それによって戦闘を有利に進めるというのがジャンクヤード軍が立てた作戦の肝なのだ。
つまり、この通信妨害装置を守る事が優先事項であり、全軍突撃をする=通信妨害 装置を放棄=大元の作戦が崩壊…なのだ。
大規模戦闘において、1つの選択ミスが一気に軍隊の崩壊につながる可能性が高い為、ジャンクヤード軍も思い切った行動が出来ずにいるのだ。
その結果が部隊を小分けにして送り出すという戦法であった。
本軍の指揮官がこめかみを押さえて唸る。
「これは参った。このままではアパラタス軍の…たった1人の防衛ラインを越えることが出来ない。消耗戦でなんとかなるレベルなのか…?」
指揮官はリーリーの無双っぷりを遠目に再度確認する。…丁度、2人のサイボーグが縄に掴まれて地面に叩きつけられる時だった。残りは6人。この6人が倒されたとしても、ここで攻撃の手を緩めるわけにはいかない。何故なら、ジャンクヤードの王であるジャバックからその様に命令されているからだ。
「ジャバック様…。このままでは無駄に時間が過ぎ、無駄に兵力を失うばかりです。…早く、早くお戻りください。」
本来であれば、闇社会のクレジによる甘言に乗ってこの紛争を引き起こす事ですら反対を唱えていた。だが、王が決めた事は絶対。そこに何かしらの意図があるのだろうと指揮官は予想していたが、その意図までは掴みきれていなかった。何度か質問をしたのだが、結局のところ教えてもらう事が出来なかったのだ。
どれだけ悩んだところで一度始めてしまった紛争が止まる訳が無い。
サイボーグ部隊が全滅したのを確認した部隊長は、次なる部隊を編成して送り出す。次の部隊はサイボーグ20人、魔法使い20人、重火器装備20人の混成部隊である。攻撃のバリエーションを増やす事で、リーリーの対応能力を上回るのが目的だ。
この部隊編成は成功を収める事になる。今まで無傷でジャンクヤード軍の部隊を撃破してきたリーリーが、初めて攻撃魔法の直撃を受けて吹き飛んだのだ。
(これなら、この編成なら押し切れる!今まで色々なパターンで攻撃を仕掛けた甲斐があった。よし、ならば、次の部隊編成も先に…。)
「指揮官…!大変です!突如、後方に敵部隊が出現しました!後方を固めていた闇社会の連中が勝手に持ち場を離れた事で、我が本軍が攻撃を受けています!」
「…なんだと!」
後悔。この言葉が指揮官の頭に浮かび上がる。闇社会の集団が何も言わずにジャンクヤード本軍の後方から離れたのは、既に周知の事実であった。ただ、クレジを始めとする面々が気味がが悪かった事や、指揮官がそもそも闇社会を信じていなかった事もあり…触れぬ神に祟りなしという感じで勝手な行動を黙認していたのだ。
そもそも、本軍の後ろに敵が現れるなど…一切予想していなかった。個人で迂回したのなら気づけない可能性があるが、大勢が回り込んでくる事を察知出来ない訳が無いのだ。全ては闇社会を放置した指揮官に責があった。
「…くそ!こうなったらもう引く事は出来ん!全軍、総力を上げて後方から攻撃を仕掛けてきた敵部隊を撃破しつつ、外壁正門を一気に攻める!通信妨害装置は廃棄!小細工なしの全力戦だ!」
追い詰められたジャンクヤード軍による最後の侵攻が始まる。




