13-6-13.決着
龍人とジャバックのぶつかり合いは死闘と呼べる程に激烈であった。龍劔と轟龍刀がぶつかり合う度に円閃が弾け、エネルギーの余波が魔闘場の観客席やリングを壊していく。
剣撃だけでは無い。龍劔を操りながら龍人の周りには魔法陣の欠片が常に溢れ、次々と魔法陣を構築…攻撃魔法、補助魔法、防御魔法を発動していく。対するジャバックも斬撃を繰り出しながら属性【爆轟】【轟雷】を操り、1つの動作から生まれる攻撃を2段にも3段にも増幅させて龍人へ襲い掛かっていた。
どちらも1歩も引かない互角の攻防。2人が繰り出す攻撃はどれも高威力の攻撃で、互いに全ての攻撃を完全に防ぐのは難しく…少しずつ2人の体に傷が増えていく。
幾度と無く続いた打ち合いの後、ギャリィン!という激しい音で鍔迫り合いを始めた龍人とジャバックは、其々の刃の向こうにある相手の顔を見る。一歩間違えればどちらかが命を落としかねない攻防の最中であるのにも関わらず、2人の表情は今の状況を全力で楽しんでいるかのように笑みを浮かべていた。
「龍人よ…思った以上だ。それにしても…先程よりも格段に動きが良いな。何か大きく変わった事でもあるのかな?」
「それを教えると思うか?」
「普通なら言わぬな。」
「そういう事だ!」
2人の魔力が同時に高まり、バァンという音と共に龍人とジャバックは大きく後方に飛び退り、着地をすると再び構えを取る。
(まぁ…実際のとこ大きな違いがあんだけどな。)
そう。破龍を召喚した後に行った龍人化【破龍】では、それまで大きく異なる点があった。それは…龍人化を行う事で魔力の流れのラインを捉え、次の行動を予測する事が出来ていた能力が更にパワーアップしていたのだ。今までは魔力の流れから敵がどの様に魔法を飛ばそうとしているのかを察知していたのだが、この視覚として認識出来る魔力情報がより詳細までわかる様になっていた。1番の違いは魔力の流れの切れ目がわかる様になった事。これにより、相手の攻撃の切れ目を予測する事が出来るのだ。もはや反則とも言い切れる能力だが、例え魔力のラインが見えたところでそれに対応出来る身体能力が無ければ意味が無い。この身体能力が大分向上している事も、今回の動きが良くなった事に繋がっていた。
(とは言え…この力をフルに使って、ギリギリジャバックと渡り合えるレベルか。やっぱ強いな。それに…1番の懸念は…ジャバックがまだ固有技を1回も使って無い事だ。これだけの強さで使えないなんて事はあり得ない。それを使って来た時に…凌げるかが分かれ目だな。)
この龍人の懸念に関して、ジャバックも同様に考えていたようで…轟龍刀の切っ先を天に向けて構えを取ったジャバックは獰猛な笑みを浮かべる。
「次の段階に行こうか。我が固有技…防ぎきって見せよ。」
ジャバックの刀に集中する魔力を感じ取った龍人の額を汗が伝う。
(…この攻撃、マジか?)
龍人の目に映る魔力ラインは、龍人に向けて真っ直ぐ伸びるのみであった。つまり、この攻撃は小細工などない、単純動作による技と力を最大限に発揮した攻撃である可能性が高いこと。そして、何よりも龍人を警戒させていたのが…魔力ラインの大きさであった。それは龍人が横に5人並んでも呑み込まれてしまう程の大きさを誇っていたのだ。
(これ…受けるのが正解なのか、避けるのが正解なのかもわからねぇ。受け切れる威力なのかも分かんないし、避け切れる速さの攻撃でなのかも分かんないよな。多分攻撃を放った瞬間に動かないとお陀仏だろ。…いや、それじゃぁ今までの俺と同じ戦い方か。…なら。)
龍人は龍劔を両手で握り体の左側に持っていく。切っ先は体の後方に向け…居合斬りをする様な構えを取った。
この構えを見たジャバックが笑みを浮かべる。
「ほぉ…逃げでも、防御でも無く、立ち向かってくる事を選択したか。」
「……。」
龍人は真剣な表情のまま返事をしない。いや、する余裕すらなかった。
それを察知したのか、ジャバックはそれ以上口を開かず、笑みも消して真剣な表情で龍人へ鋭い眼光を送る。
そして…龍人とジャバックの視線が2人の間で交錯し、場を束の間の沈黙が支配する。
相手の全身に神経を集中させる。僅かな動きが…この後発生するであろう2つの剣技のぶつかり合いの開始の合図であった。
予兆は無かった。2人とも示し合わせたかの様に、同時に己が放つ剣技…固有技名を口にしていた。
「龍劔術【黒閃】!」
「轟天ノ型【一ノ型・閃滅】」
横に構えた龍劔が黒の稲妻を纏いながら横に空間を薙ぎ、漆黒の刃を形成。
対する轟龍刀は上から垂直に叩きつける様に振り下ろされ、縦一文字の赤い刃を形成する。
赤と黒の刃が交わる。互いに相手の刃を切り裂かんと猛威を振るい、秘められた力をぶつけていく。
先に威力を弱めたのは…赤の刃であった。パリィィンと甲高い音と共に赤の刃は砕け散り、黒の刃がジャバックに向かって飛翔する。
(うしっ!………しまった…!)
固有技同士の一発勝負。そう思い込んでいたのが仇となってしまう。赤の刃が砕け散った先には、ジャバックが轟龍刀の切っ先を龍人に向け、突きを繰り出す構えを取っていた。
「轟天ノ型【二ノ型・轟破突】!」
突き出された轟龍刀から一直線に赤の刃が伸びる。その速度は凄まじく、1撃目を撃破して油断してしまった龍人は避けるタイミングを失ってしまっていた。かと言って、防御壁を展開する時間も無いのが現実。
赤の切っ先は黒の刃を易々と貫き、龍人に迫る。全力で魔力を込めた龍劔を切っ先に対して斜めにいなす様にしながら体を捻っていくが…やはり思い通りに叶う威力では無かった。
赤の切っ先に触れた瞬間、物凄い衝撃に龍劔は吹き飛ばされてしまい…そのまま伸びた切っ先は龍人の右肩を貫き、魔闘場の観客席に突き刺ささり崩壊させた。
「うぐ…!」
右肩を貫かれた衝撃で吹き飛んだ龍人は、受け身を取ることすらままならずにリング上に転がる。
「久々に肝を冷やしたぞ。だが、やはり経験不足は否めぬか。我の1撃目を打ち破った時点で次の技を放っていれば…この結果も少しは変わったかも知れぬな。」
「いっ…てぇ…。」
肩から走る痛みが集中力を掻き乱す。そして、ジャバックはゆっくり龍人のもとに歩き出した。
(くそ…このままじゃマズイ…!治癒魔法は間に合わない…右腕は全く動かないし、龍劔は…あんなとこに刺さってんのかよ。)
龍劔は龍人の左側の客席に刀身の半分を突き刺していた。しかも、気付けば攻撃を受けた衝撃でなのか…龍人化も解けている。
スッと龍人に影が掛かる。見れば、ジャバックがすぐ目の前に立って龍人を見下ろしていた。轟龍刀が持ち上げられ下される。
(駄目だ…何もできない!)
龍人は目をギュッと瞑り、覚悟を決める。
しかし、衝撃は無く…代わりに龍人の耳すぐ横でカッという音が生まれた。
何が起きたのか分からないまま薄っすらと目を開けると、目と鼻の先数センチのリング上に轟龍刀が突き刺さっていた。
「ククククク…ハハハハハハハ!」
突如として笑い出すジャバック。訳が分からない龍人は転がったまま怪訝な顔でその様子を眺める事しか出来ない。ひとしきり笑った後にジャバックは右手を龍人に差し出した。その意味が分からない龍人は思わず声に出してしまう。
「え…どういう事だ?」
「お主の力を認めよう。短時間でのパワーアップ、そして戦闘におけるセンス。里の力を継ぐものとして素質を持っていると判断した。」
「…つまり?」
「む?つまり、この戦いは終わりだ。そもそも我の目的は、アパラタスにいる里の力を持つ者の力量を判断する事。その為にこの紛争を始めたのだからな。まぁ…クレジは我らを上手く利用したと思っているかも知れぬが、目的が終わった以上は戦う必要性は失われた。」
「……え?って事は、この機械街の紛争は俺に会う為に起こしたって事か?」
「うむ。クレジがそうでもしないとお主と戦うのは難しいと言ったからな。今まで不干渉だったアパラタスとの関係を壊すのは憚れたが、里の力を持つ者を見つける方が優先度が高かったのだ。」
「マジか。」
「当たり前だ。里の力を有する者が天地の手に渡り、その結果この世界が奴らの思惑通りに創り変えられたとしたら…想像しただけで反吐が出るだろう。」
「…まぁ確かに。因みに、里の力ってのは本当に世界を創り変えれんのか?」
「記録上は…だ。詳しい手順等は一切不明だ。だが、かつてこの地にあったメタトロンが消失したのは紛れも無い事実。その原因が世界の創り変え…変遷にある可能性は高い。ならば…我は同じ不幸が繰り返されないようにすべきだと考えている。」
「なるほどな。分かった。それに関しては俺も色々と調べてみるわ。…で、まずはこの紛争真っ只中の状況をどうすんだ?」
「そうだな…。我に考えがある。ついて来い。」
ジャバックは龍人に背を向けるとゆっくり歩き出した。
「考え…ねぇ。いてててて…。」
龍人は貫かれた事で血を流し続ける肩に魔法陣で治癒を掛けると、未だに気を失っているマーガレットの下に歩いていく。
「おいマーガレット。おーい。…マジか。起きないんだねぇ。しゃーない、おんぶでもするか。ジャバック!少し待ってくれ!」
このままマーガレットを放っておく訳にもいかないので、龍人は肩の治癒が終わるのを待ってからマーガレットをおんぶしてジャバックを追いかける。因みに、ジャバックは腕を組んだまま龍人の治癒が終わるのを待ってくれていた。龍人を見つける為に紛争を起こすなど、大分行動のスケールが大きい男だが、こういう所を見ると案外優しかったりするのかも知れない。
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