13-6-12.ジャバックの力
光の中から姿を現したジャバックは、頭の左右に2本ずつの角を生やしていた。色は白と黄色の中間色あたり。そして、身体の周りには魔力の波線が浮かんでいた。
「ふむ。この力を使うのは久々だが、やはり心地良いものよ。さて、龍人よ…お主の力がどこまで通用するのか試してみるが良い。」
轟龍刀の切っ先が龍人へ真っ直ぐ向けられる。それだけで、周囲との空間が断絶させられたかのような気にさせられる。龍人とジャバック…2人だけの世界。それ程の威圧感、空間を支配する覇気が発せられていた。
(はは…格が違いすぎる。どーゆー攻撃をすれば倒せるのかすらも全くイメージ出来無いんだけど。)
龍人の額を一筋の汗が流れ落ちる。対するジャバックは表情を一切動かさずに龍人を観察していた。
「どうした?我から攻めたら勝敗は直ぐに決してしまうだろう。お主の全力を止めた上で、格の違いを体感させてやる。さっさとかかってくるが良い。」
「……。」
かかってこいと言われても、どの様に攻めるかのビジョンが見えない状態で攻めたところで…結果が見えている事に変わりは無い。それならば、何かしらの策を練るのが妥当である。
龍人は内なる力に向けて語りかける。
(…なぁ、破龍。)
《なんだ?》
(あの馬鹿みたいに強い力を持った轟龍ってのは…どういう龍なんだ?)
《轟龍か…。奴は我と似た力を持つ龍だ。攻撃力の一点強化に特化している。但し、全ての属性を強化できるわけではなかった筈だ。爆轟や轟雷など、上位属性に轟が付く属性のみを強化出来る筈。…正直な所、龍単体での力は我の方が上だと言えよう。》
(…マジか。って事は、今のこの力の差は完全に俺とジャバックの実力の差って事か?)
《主たる要因はそうだろう。》
(って事は、他にもあんのか?)
《…ここから先は主自身の頭で考えろ。頼ってばかりでは成長に繋がらん。》
(げ…まじ?)
《………。》
それ以降、どれだけ声を掛けても破龍が答えることは無かった。
(自分で考えろって言われてもな…。)
「来ないのならば我からいくぞ?」
その言葉にハッとなると、すぐ目の前まで一瞬でジャバックが迫っていた。轟龍刀の煌めく剣閃が龍人に襲い掛かる。 咄嗟に龍劔で防ぐが、あまりの威力に龍人の腕は龍劔ごと跳ね上げられてしまった。
「ぐっ…!」
ガラ空きになった龍人の胴目掛けて轟龍刀が横に薙ぎ払われる。
(マズイ…!くそっ!)
このまま攻撃を受ければ、致命傷を負ってしまうのは必至。龍人は物理壁を展開し轟龍刀の進路を阻む…が、その時間は僅かに1秒程度。物理壁はすぐに砕け散り轟龍刀は龍人を切り裂くべく刃を龍人の胴体に吸い込まれる様に動かしていった。
しかし、轟龍刀の刃が龍人を捉えることは叶わない。突如として龍人の姿が消え去ったのだ。
「……中々の機転の効きようだ。物理壁で時間を稼ぎつつ、転送魔法陣を構築か。それ程の技量をもってしても我が覚醒融合に及ばぬ力しか示せぬか…。恐らくは環境の問題か。師に恵まれなかったか。」
ジャバックの右側に転移した龍人は、この言葉を聞いて眉をピクリと反応させる。
「…師に恵まれなかっただと?一応俺にはかなりの実力者が教えくれてるとは思ってるんだけど。」
「それはそうであろう。そうでなければ先程のような魔法の使い方は出来ぬ。魔法の基礎をしっかりと行ったからこそ…だが、お主の力の特性を引き出してはいない。現に我のように覚醒融合を使わずとも、固有技で龍の力を引き出せるのにも関わらず、我よりも龍の力を引き出せていない。」
「……。」
ジャバックが言葉にした事実は的を得ていて、龍人には反論の余地が無かった。だが、それでも活路を見出すべく思考を回転させていく。
(俺とジャバックの力の差の用意が、覚醒融合と固有技の龍人化かと思ったんだけど…今の話だと龍人化の方が覚醒融合より優れてるのか?だけど、俺とジャバックの実力以外の要因はそれしか無い筈だ。)
「逃げてばかりでは勝てぬぞ?」
ジャバックが無造作に轟龍刀を振ると、刀の軌道に合わせて雷刃が飛翔する。
「くっ…。」
龍人は黒い稲妻を龍劔の刀身に集中させて雷刃を弾きながら避けていく。雷刃1発の威力が重い。ジャバックが使うと思われる属性【轟雷】の事を考えれば、雷刃というよりも轟雷刃と称した方が適当かも知れない。その轟雷刃を避けながら龍人は自分とジャバックの違いについて思考を巡らせていく。
(何が違う?あいつは轟龍を召喚して覚醒融合を使った。そして頭に角が2本ずつ生え、魔力の波みたいなんが体の周りに現れた。魔力の波は俺の黒い稲妻と大して変りがない気がする。角は…いや、これも髪の色が黒になるって事で同じじゃないか?俺の髪の色が元々黒だから変化が見て取れないけど、ビストは髪が黒から金に変化してた。そう考えれば、俺の髪も黒に変化していると考えるのが妥当だ。いや…でも色の変化と角が生えるってのは物理的な問題で大きく違うか?…そもそも外見の問題か?それ以前に、もっと根本的に違う何かがあるはず…!)
攻撃を避けるに専念する龍人に飽きたのか、轟雷刃を飛ばすのを止めたジャバックは轟龍刀を下ろすと息を吐く。
「つまらぬ。我と主の力に差があるのは当然。固有技と言えども、真に力を引き出さねば覚醒融合に劣るのは当然。だが、それでも里の力を受け継ぐ者ならば、臆さず敵に向かうのが真の心構え。それも出来ないのなら…ここで死ぬが良い。」
ジャバックの雰囲気が変わる。轟龍刀の柄を両手で持ち、体の右側に広げるようにして構えを取る。今まで無造作に刀を振っていただけに、改めて構えを取られるだけで…龍人はゴクリと唾を飲み込んでいた。
轟龍刀に熱が宿り始める。それは次第に熱量を上げていき、距離があるのにも関わらず龍人の肌をチリチリと刺激するまでに高まっていく。
「お主相手に固有技を使うまでもない。この、魔力を込めた通常の一撃で沈むが良い。」
ジャバックの両腕の筋肉が盛り上がる。そして、横に構えられた轟龍刀が目にも留まらぬ速さで降り抜かれた。
ブワっと熱の剣閃が広がり、龍人の視界を埋め尽くす。それに触れれば…呑まれれば…黒焦げになると赤子でも想像が出来そうな程の圧倒的な、力任せの攻撃。
絶体絶命のピンチ…なのだが、龍人は落ち着いていた。ついさっきジャバックが言った言葉が龍人の中でパズルのピースの様にはまっていたのだ。
(そうか。そうだったんだ。俺が龍人化【破龍】で使っているのはあくまでも破龍の力の一部分なんだ。それに対して覚醒融合は召喚対象の力の全てを自分のものとして融合してる。つまり、俺は破龍の力を全て引き出してるって思い込んでたのか。だけど、どうしたら破龍の力をもっと引き出せる?…違う。俺は破龍の…力の事しか今まで考えてこなかった。だけど、そうだ。違う。破龍は俺の中にある力であり、それと同時に強大な力を持った龍だ。俺は、その破龍がどんな姿をしてるのか…それすらも知らない。共に戦う龍の事を何も知らないんだ。……はは、それじゃぁ力の全てを引き出すなんて夢物語だわな。………だけど、それなら俺が今すべき事は……!)
迫り来る熱の剣閃。龍人はそれを意に介さず自身の前方に魔法陣を構築展開する。今まで見た事もない、使った事もない魔法陣だが…自然とどの様に魔法陣を組み立てれば良いのかは頭に浮かんできていた。
そして…魔法陣が完成し、光り輝く。
「頼むぜ。共に戦う仲間だもんな。…破龍召喚!」
バチィ!!と黒い稲妻が弾け、次の瞬間には1匹の龍が姿を現していた。
「漸く我を呼び出したか。この時をどれだけ待った事か。」
その龍…破龍の姿は黒に近く、一言で言えば暗黒龍などと表するのが分かりやすいのだが、どこか神々しさを感じさせる姿でもあった。
体表は黒に近い青で、全身は流麗な曲線を描きその中で煌々と光る赤い目が存在を強調する。両腕の肘から手首にかけた外側は羽のように広がっていて、羽の外側は薄っすらと紫を帯びている。胸には中央に澄んだ青の結晶が嵌め込まれた金の装飾。背中には金縁の鏡が浮かび、体の周りには黒の稲妻。頭から生える薄い青紫の角は太く、後ろに向けて頭の左右から1本ずつ生えている。更に、体の所々に金の刺繍のような紋様が施されていて、これが神々しさを感じさせる要因の1つである事は間違いがないだろう。太い後脚は外側に棘が2本ずつ生えていて、尻尾は太いが動きな風に揺れるシルクの様に滑らかであった。
圧倒的な存在感。何もしていないのにその内側から発せられる力は、それを感じ取るだけで途轍もなく破龍が強い事が分かってしまう程。
破龍は迫り来る攻撃に左腕を向けると、黒の球体を出現させて破裂させる。そこから発生した黒の奔流が熱の剣閃を呑み込み、いとも簡単に打ち消してしまう。
その間も破龍の赤い眼光は龍人に注がれたままだ。
「龍人…我が主よ。我はこの時を待ちわびていた。我の力は主が思っている以上に強い。以前、主が意識が飛びそうになっていた時を遥かに超えるだろう。主はそれに堪えられるか?我は主の力として宿る意味を知っている。だからこそ、主には我の力を使いこなしてもらう必要がある。だが、我の力は先にも述べた通り強大。気を抜けば力に呑まれ、自我を失い、主の存在自体が消えるであろう。その覚悟はあるか?そして、その覚悟を背負った上で、この力を所有する者としてもがく覚悟はあるか?」
破龍の言葉を黙っていた龍人には、破龍の言葉が意味する事の全てを理解する事は出来ていなかった。分かった事は、力が強大であること。その力に呑まれれば自分という存在が消えてしまうかも知れない事。
「あぁ。俺は迷わない。戦うって決めたんだ。」
「力強い言葉だな。ならば、共に征こうではないか。我が主よ。さぁ、我が力を行使するがよい。」
「おうよ。龍人化【破龍】!」
破龍の姿が光の粒子となって龍人に降り注ぎ、光に包まれていく。そして光が収まると、姿形はそれまでとは変わらないが、発する魔力圧が桁違いの龍人がジャバックの前に立っていた。
龍人と破龍の遣り取りを黙って見ていたジャバックは口の端を自然と持ち上げていた。
「我の力を全力でぶつけられそうな好敵手がここで誕生するとは…なんとも嬉しい天の導きか。」
「…ジャバック、お前のお陰で新しい力を手に入れる事が出来た。礼を言っとく。」
「礼などいらぬ。これこそが我が目的であるのだからな。さて…と、ではその力を我に示してもらおうか。」
「あぁ。」
龍人とジャバックは龍劔と轟龍刀を同時に構えると、一瞬の溜めを挟み…同時に地を蹴った。




