13-6-11.ジャバックと龍人
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風、水、光、火、土の刃が空を裂き魔闘場の1点に向けて飛翔していく。異なる属性刃が同時に何発も直撃する事で生み出されるエネルギーは強大。属性同士の融合、反発が繰り返されて威力を高めていく。そして、属性魔法によるエネルギーが1箇所に留まる限界を超え、爆発を起こすべく膨張する。
だが、内側から発せられた力によって複数属性によるエネルギーは拡散してしまった。
拡散した後に姿を見せたのは筋骨隆々とした上半身をはだけ、腰には紺の袴を付け、金が混じった白髪を靡かせる男。その佇まいは威厳を誇っており、ひと目見ただけで王者という言葉が浮かぶ程である。
5つの属性刃による集中攻撃でも一切の傷を負わない様子を見た龍人は…苦笑いを浮かべながら魔闘場に降り立つ。
「今の魔法が直撃で無傷か。めっちゃ強いじゃん。」
「当たり前だ。我はジャンクヤードの王…ジャバック=ブラッドロードだぞ?あの程度の攻撃で傷を負う程軟弱では無い。」
腕を組みながら龍人を真っ直ぐ射抜く眼光は、一般人であればそれだけで逃げ出してしまいたくなる程の威圧感を備えていた。
「龍人よ…この程度の実力しか無いのであれば…お主に用は無い。里の因子を受け継ぐ者がこの程度ならば、1度死んでもらい…別の者に転生して貰う方が世界の為になる。
「…言ってくれるじゃんか。そう焦るなって。まだまだ俺の本気はこれからだ。」
「ふん。出し惜しみを続けるのなら…そこに横たわる女の命でも奪うか?」
「…下らない冗談はよせ。」
「冗談では無い。我は遊びでお主と戦っているのではない。本気でお主の実力を見極め、この世界の為に役立つのかを見極めてやると言っているのだ。」
完全に上から目線の言葉。これにイラっとした龍人は両手を上に上げ指を組むと伸びをする。
「分かった。じゃぁ…ここからは俺の全力で行くわ。後悔すんなよ?」
「ふん。後悔させて欲しいものだ。」
「期待してろ。」
伸びをしていた龍人は両手を下すと、手の先に魔法陣を展開。右手に持っていた夢幻を仕舞うと、龍劔を取り出した。そして魔力を高め、自身の中に住まう力…破龍に語りかける。
(ってな訳だ。全力で行くから力を貸してくれよ。)
《我の力を使うのにいちいち断りなど要らぬ。我の力に呑まれなければ、我は常にお主の力となるのみ。》
(力強い言葉サンキュー。じゃぁ行くわ。)
龍人は小さく呟く。…今出来る全力を出すために、固有技の名を。
「龍人化【破龍】。」
龍人の内側から強大な力が溢れ顕現する。次の瞬間、龍人の周りには黒の稲妻が走り、手に持つ龍劔の刃…3匹の龍が絡まって形作った刃の内1匹の龍の部分が漆黒に染まる。
溢れ出す力の波動によって周囲に落ちていた小石や瓦礫が円心状に吹き飛んでいく。
ジャバックは龍人の変化を見ると、眉を少し上げ、目を少し見開くと組んでいた腕を解いて下ろす。
「ほぅ…。これは思ったよりも……!!!」
思ったよりも強そう…と口にしようとした時である。気付けば目の前に龍人が迫り、龍劔を横に凪いでいた。必殺の間合いだが、ここは流石ジャバックと言うべきか、物凄い反応速度で龍人の斬撃を避けたジャバックは楽しそうに笑う。
「はは!いい!いいぞ!想像以上だ!」
豪快に笑うジャバックの両腕に雷が迸る。
「ならば見せてやろう!我の力は轟き、全てを破壊する!」
次の瞬間、ジャバックの両腕から前方広範囲に雷が迸る。雷が覆う範囲、秘められた威力の高さを察知した龍人は内心で舌を巻いていた。
(なんだこの魔力の密度…。普通の雷じゃないよな…もしかして上位属性の【轟雷】ってヤツか?直撃はマズイな。)
龍人は直ぐに転移魔法陣を展開発動して轟雷の直撃を避けると、ジャバックの真上に姿を現す。その時には既に龍人の周りには複数の魔法陣が組み上がっていた。龍人化【破龍】をした龍人は、魔法陣の展開、分解、構築の手順を飛ばし、魔法陣の欠片を出現させて一気に構築が出来るようになる。この能力を使ったからこそ出来る早技だ。そして、この力によって組み上げた魔法陣はどれも上位の威力を秘めた魔法陣であった。
「これでも喰らえ!」
魔法陣の1つが輝き、その紋様に秘められた力を顕現させる。迸るのは高圧縮された熱の塊。そこに在るだけで周囲の水分を蒸発させる程の超高熱の塊が、物凄い勢いでジャバックへ襲い掛かる。
「ふむ。中々か。」
避ける素振りを一切見せずに、熱の塊に向けて右腕を上げるジャバック。その手の先に渦巻くようにして焔が巻き上がる。いや…焔と言うには荒々しく、渦を巻く爆発と言った方が正しいか。
ジャバックが生み出したその爆発は龍人が放った熱の塊を難なく受け止める。但し、それだけではなく、熱のエネルギーを取り込み…爆発のエネルギーに強制変換するという高等技術をサラッと行っていた。
「さぁどうする?」
ジャバックの右腕から渦巻く爆発が迸り龍人を呑み込むべく牙を剥く。
(マジか…突き破る!)
普段の戦闘であれば再び転移魔法陣で攻撃範囲から逃れていただろう。しかし、転移からの魔法攻撃という同じ手段を繰り返した所で、ジャバックに傷を負わせるイメージを持つ事が出来なかったのだ。それならば、違う手段での攻撃を選択するのがベターである。同じ手段ならば対策を講じられる可能性もあるが、新しい手段を採用すれば…それが相手の意表をつく事が出来るかも知れないのだ。
だからこそ、龍人は力勝負を選択する。龍劔を体の横に構え、破龍の力を凝縮し、必殺の一撃として放つ。
「龍劔術【黒閃】。」
漆黒の魔力の刃は迫り来る爆発の渦に真正面から激突し、爆発を二分する様に切り裂いていく。そして、上から下まで綺麗に爆発を切り裂いた龍劔術【黒閃】は右手を上げたままのジャバックへ襲い掛かった。
プンッとジャバックの姿がブレたかと思うと、次の瞬間に綺麗さっぱり姿が消えており…漆黒の刃は魔闘場のリングに巨大な一文字の亀裂を斬り結ぶのみとなる。
「成る程。ここまでの力を出せるという事は、里の因子を持つ者としての素質は十分にありそうか。」
いつの間にか龍人のすぐ後ろに浮かんでいたジャバックは、腕を組み、感心した様に言葉を漏らしていた。
「……!」
ジャバックが後ろに移動していた事に全く気付かなかった龍人は、その小さな声に反応して振り向きざまに龍劔術【黒閃】を放つ。しかし、ジャバックは揺れる様にして漆黒の刃を躱して龍人に肉迫する。
「素質はあるが、経験がまだまだ足りない。」
そして…雷の牙が巨大な顎の様に出現し、龍人を呑み込んだ。雷の牙は龍人を中心に集中して密度を上げていき、爆発を起こす。
噴き上がる黒煙。それが晴れるとジャバックは眉をピクリと上げた。
「…ほぅ。」
そこに黒い稲妻が走る五角形の防御壁…魔法障壁に包まれた龍人が無傷で浮かんでいたのだ。
「…やっぱ強いな。あんなに強力な魔法をほぼノータイムで発動するとか格が違うわ。俺の魔法陣魔法も発動速度は速い方だけど…。」
「良く言う。その我の攻撃を無傷で防いだのはお主自身ではないか。」
「いやいや。ギリギリ間に合ったに過ぎないって。」
「…ふん。下手な謙遜をしたとしても、我が油断する事は無いぞ?」
「ん?そんなつもりじゃなくて、本当にギリギリだったんだけど。」
「口では何とでも言える。」
「…まぁそうなんけどさ。じゃ、今度は俺が連続で攻めさせてもらうぞ。」
「…こい。」
龍人はニヤッと笑みを浮かべると、龍人化【破龍】を使った事で劇的に向上している身体能力をさらに向上させるべく…無詠唱魔法の身体能力強化、反応速度向上を行う。そして龍劔を体の正面に構え、地を蹴った。
ガッという地を蹴る音と共に龍人の姿が消える。但し、今回は後ろや横へ移動しての奇襲ではなく、純粋に真正面への突撃。そして…そこから繰り出す目にも留まらぬ連撃がジャバックに襲い掛かる。
常人ではその連撃に反応する事はおろか、知覚することも難しいであろうレベル。だが、ジャバックは見事に反応してみせる。
全ての斬撃を紙一重で躱し、僅かな隙を見つけて反撃の攻撃を放ってくる。
「まだ…まだぁ!」
龍人はジャバックの反撃を意に介さず、更に斬撃の速度を上げていく。それだけでは無い。斬撃の合間に魔法陣を展開して攻撃魔法を組み込み始めた。
剣撃と魔法による怒濤の攻めに、やっと反応に遅れが出始めるジャバック。それを察知した龍人は横一文字の薙ぎ払い、体を回転させつつ斜め下からの斬り上げから真正面に展開した魔法陣から爆発を迸らせる。回避が間に合わなくなったジャバックが遂に魔法壁を張り、爆発を防ぐ。
龍人はこのタイミング…ジャバックが防御をする事で動きが止まる瞬間を待っていた。
「ここだ!龍劔術【龍牙撃砕】!」
通常の龍劔術【龍牙撃砕】は斬り上げからの斬り下ろしだが、龍人が放ったのは斬り下ろしからの斬撃だ。龍劔の横に3本ずつ…計6本の漆黒の刃が現れわ合計7本の刃による斬撃がジャバックに襲い掛かった。
(…イケる!当たれぇ!)
直撃を確信した龍人は魔力を更に込める。
ガギィィィィン!
金属同士がぶつかる甲高い音が響き渡る。そこには、龍人の龍劔術【龍牙撃砕】を受け止める一振りの刀を握るジャバックの姿があった。
「我に轟龍刀を抜かせるとはな。良い強さだ。だが、まだまだ甘い。お主は龍の力をまだほんの一部しか使う事が出来ていない。我を倒そうと使ったその固有技…龍劔術の中で初級の技に類するものだろう。研鑽が足りぬ。…だが、我に轟龍刀を抜かせた事は賞賛に値する。故に、龍の力がどういうものか…お主に体感させてやろう。」
龍人の龍劔を受け止めるジャバックの二の腕に力が入り筋肉が盛り上がる。そして、物凄い魔力がジャバックから発せられたと思うと、龍人は劔を弾かれジャバックの蹴りが腹部に突き刺さっていた。
「…ぐっ!」
吹き飛ばされた龍人は、何とか耐えてリング上に着地する。蹴り1発に込められた威力が、今まで体験した事がない位に重いものであった。
1撃に込められた威力の高さは驚愕に値するものだが、それ以上に驚異的なのが…それらの攻撃を放つ動作に特段の溜めなどが無く、あくまでも通常の攻撃動作である事だ。もし、ジャバックが本気で威力特化の攻撃を放ったら…と考えると恐ろしいものがある。
「我の真の力…特別に見せてやろう。」
ジャバックの全身から魔力が迸る。右手に持つ金の柄に幅広の刀身である轟龍刀が光り輝き始める。
(…なんだこの魔力?なんか…雰囲気が俺の龍人化【破龍】に似てないか?)
これからジャバックがしようとしている事が把握出来ず、警戒しかする事が出来ない龍人の目線の先で、遂にジャバックが動く。
「我が力となれ。轟龍召喚!」
ジャバックの全身から発せられる魔力が魔法陣を形作り、そこからパチパチと弾ける稲妻と共に1匹の龍が姿を現した。赤黒い体表、頭から尻尾にかけて極太の棘が立ち並び、後ろ脚から生える爪はそれらが名刀とも言える輝きを放つ。前脚と同化した翼は大きく、天空の王者と言うべき風格を持つ龍であった。
「グルルル…。久々に俺を喚び出したと思えば、相手が小僧とは…。」
「そう言うな。小僧と言えども、その身に宿す力は絶大。確か…龍人化【破龍】と言っていたか。」
「破龍だと?奴が人に与する筈が…いや、確かに小僧から感じる力は破龍のそれか。しかも、他にも…?………良いだろう。俺の力を振るうに相応しい相手と認めよう。」
「…?ふむ。それならばいこうか。我らの力の真髄を見せてやろう。…覚醒融合【轟龍】」
途端、轟龍とジャバックの体が合わさり1つになっていく。強烈な光が放たれ、強大な魔力が発せられ、異質な存在が誕生する。
光が収まった後に立っていたのは、風貌が変わったジャバックであった。




