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Colony  作者: Scherz
第五章 機械街 立ち向かう者
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13-6-10.決意



 外壁南端を攻撃するジャンクヤード軍の軍団長は、戦闘開始の頃に比べると気持ち的に大分リラックスをしていた。勿論、少しの隙が負けを生む可能性は十分にある事に間違いない。しかし、転移魔法によって突然現れ、ジャンクヤード軍に多大なる損害を与えた2人組が転移魔法陣によって姿を消してからは、特に脅威と言える事態が起きていないのだ。


(敵軍の中に銃を使った魔法を使う者がいるようだが、その者の攻撃で致命傷を受けた者がいないという事は…この戦いに迷いを感じているはず。それならば、迷いを振り切って我が軍の脅威になる前に押し切るまで!)


 軍団長の指揮はアパラタス軍を指揮するニーナよりも優秀である。外壁に身を隠しながら応戦するアパラタス軍に対し、外壁を攻撃する為にその身を晒さなければならないジャンクヤード軍の方が、結果的に死傷者が少ないのが何よりの証拠。

 消耗戦とも言える状況だが、敵軍の防御壁の中枢を担っているのが1人の女性であるという情報も入手している。つまり、絶え間ない攻撃を続け…その女性が魔力切れを起こせば、自然と勝利への道が開けるのだ。

 ジャンクヤード軍軍は谷を挟んで外壁を攻めるという事もあり、防御に特化した魔法使いが多数従軍している。そのお陰でアパラタス軍から放たれる攻撃による被害は、当初の予想よりも遥かに少ない人数に収まっているのだ。

 そして、この消耗戦を早送りにする策が軍団長にはあった。それを実行する事で、勝利が確実なものになるという自信も。


「よし!ここで一気に攻める!防御部隊は外壁南端中央前に物理壁と魔法壁を多重展開してくれ!銃器部隊は敵軍が無駄な動きが出来ないように、全員総掛かりで攻撃だ!魔法部隊は中央に集まり、特大の攻撃を連射する準備をするぞ!」


 軍団長が編み出した作戦は単純にして強力。【風】【火】【水】【電】の基本属性を1箇所に集め、4つの属性を1つの魔法…複合魔法として連射する作戦だ。4つの属性を複合属性として放つのには相当な魔法技術が必要だが、要は相手の防御壁まで届けば問題が無いのだ。直撃した瞬間に属性同士の反発が起きたとしても、それは敵方の防御壁に反発で生まれたエネルギーが襲い掛かるだけ。これを繰り返す事で、一気に消耗させようという魂胆だ。


(よし。この攻撃が1度始まれば、相手は今以上に攻撃に人手を避けられなくなるはず…勝てるぞ。)


 4つの属性魔法が凝縮され、1つの塊として形成されていく。程なくしてそれは完成形を迎え、アパラタス軍に猛威を振るうべく脈動を始めた。

 勝利を確信した軍団長は外壁南端中央を見る。間も無く跡形もなく崩れ去るであろう外壁を…。

 すると、ふらっと1人の人物が外壁の縁に姿を見せた。両手には銃らしきものを握っている。

 このタイミングでの登場…明らかに何かをするつもりなのだろう。しかし、4属性の複合魔法を放つだけというこの状況をひっくり返す事が出来る筈が無い。…と、軍団長は判断して攻撃の合図を出そうと息を吸い込む。

 まるで、そのタイミングを見計らったかのように、外壁に立つ男は両手に持つ銃を上げると何かを連射する。その何かは外壁南端の谷前に布陣するジャンクヤード軍の上空に滞空していった。


(あれは…嫌な予感がする!)


 危険を察知した軍団長は、すかさず攻撃目標を外壁から上空に滞空する何かに変更して号令を掛けた。


「敵軍から放たれた上空の物体を蹴散らすぞ!複合魔法に従事してない者は攻撃魔法で上空のアレを狙え!複合魔法は予定通り外壁を狙う!………撃てえぇぇ!!」

「「「おぉぉぉおお!」」」


 軍団長の号令に呼応した兵士達は、複合魔法を外壁に向けて放ち、その他の兵士達が上空に浮かぶ何かに向けて攻撃魔法を放つ。

 複合魔法の威力は4属性という事もあってその威力は凄まじく、外壁に張られた魔法壁を震わし亀裂を入れるにまで至る。そして、上空に向けて放たれた攻撃魔法も難なく目標を穿ち、霧散させる。…かと思われたのだが、その浮かぶ何かを守るように魔法壁が出現し、全ての攻撃魔法を弾かれてしまった。

 外壁を守る魔法壁に亀裂を入れる事に成功したという事は、このまま何度か攻撃を続ければ…外壁に大打撃を与えられるのはほぼ確実。現に、次の攻撃に向けて複合魔法の形成が始まっていた。有利な状況…のように見えて、難しい判断を求められる状況に軍団長は顎に手を当てて考え込んでしまう。


(確かに我が軍が有利だが…上空に浮かぶものが気になる。魔法壁で守ったのは、本当に守るべきものなのか…そう思わせるためのブラフなのか。本当に守るべきものであるなら、このまま放っておいたら危険なのは間違いが無い。しかし、それを見越していたとしたら…それは外壁の魔法壁を壊される迄の時間を少しでも長引かせるという事。つまり、外壁を早く壊さないとこちらが停滞反撃を受ける可能性が高いか。)


 相手の戦略を先読みし、先手を打っていく事こそが集団戦で勝利をつかむための絶対条件。軍団長の考察は続く。


(例えば…上空の何かを見逃して、それが原因で受ける被害と、外壁を壊し切れずに受ける被害。この2つを比較したらどちらが安全だ?他にも、どちらの方がその後の戦闘を有利に進められるかも考えなければいけないか。2つの場合で言える事は、どちらでも我が軍に被害が及ぶのは絶対か。それなら………痛み分けといくか。)


 軍団長は上空への攻撃を中止し、一気に外壁を壊すべく…全ての複合魔法攻撃を外壁に向けて放つように指示を飛ばした。

 この時…軍団長は1つの可能性を見落としていた。それは、上空に浮かぶものが…ジャンクヤード軍に直接的な被害を及ぼすものではないという可能性。

 複合魔法を撃つ全部隊が外壁に向けて攻撃を放った瞬間、上空に浮かぶ何かの全てが同時に光を放つ。そして…強力な重力の負荷がジャンクヤード軍に襲いかかった。


「なっ…これは!?……そうか!」


 一瞬の思考停止の後、軍団長は敵の狙いに気づいてしまう。この重力負荷が単なる攻撃ではなく、あくまでもジャンクヤード軍を撤退させる為の作戦である事に。

 そして、その想像通り、敵軍から一斉に攻撃魔法と銃弾、ミサイルが放たれた始める。重力負荷が掛かっているジャンクヤード軍の兵士達は、攻撃を防ぐ事は出来ても、全員に掛かる重力のせいで普段通りの動きをする事が出来ない。よって…反撃を行う事がままならず、防御に専念する事しか出来なくなっていた。

 何人かの兵士が外壁に向けて銃器による反撃を試みているが、重力の影響で弾丸が外壁にまで届かない。逆にアパラタス軍はジャンクヤード軍よりも高い所から銃弾を撃っている為、通常よりも遠くに狙うつもりで攻撃をすれば問題が無いという状況であった。


(くそ…!やられた。このままでは確実に我が軍が疲弊して全滅させられてしまう。攻撃が届かない、重力で体力を余計に消耗する

…全てが悪い事尽くしだ。………この攻撃を放った相手は、かなり頭が回ると見えるか。…致し方無い。)


 完全に不利な状況に追い込まれた事を悟った軍団長は、全軍に指令を飛ばす。


「全軍撤退する!重力負荷の効果範囲から1km後退するぞ!1度態勢を立て直すために、後方の岩場の陰まで一気に移動する!被害を最小限にする事を第一に行動しろ!動けぇ!」


 命令を受けたジャンクヤード軍はすぐに撤退行動を開始した。中にはかなり悔しそうな顔をしている兵士もいるが、全員が今の状況の不利さを理解しているのだろう。不満の表情を浮かべる者はおらず、迅速な撤退行動によってあっという間にジャンクヤード軍は外壁南端の前から姿を消していった。


「…やった。」


 ジャンクヤード軍が撤退していったのを見た遼は、ほっと胸を撫で下ろす。もし、自分の作戦が上手くいかない場合、血みどろの戦闘は避けられないと覚悟をしていたのだ。


「遼君やったね!すごいよ!」


 嬉しそうに笑顔を浮かべて近づいてくるのはレイラだ。当初は遼の作戦を聞き、その大規模な魔法に不安の表情を浮かべていたレイラだが…遼の本気の想いに応え、作戦を成功に導く為に外壁を守りながら、空中に浮かべた重力球の防御をしてくれなかったら、この作戦はほぼ確実に成功していなかった。


「レイラありがとう。レイラがいなかったら絶対に成功しなかったよ。」

「ううん。私はちょっと手伝っただけだよ。遼君が凄いからだよ。」


 素直に遼の事を褒めてくれるレイラ。龍人が惚れたのはこの優しさなのだろう…なんて呑気な事を考えている遼の下にもう1人の人物が近寄ってくる。

 体のラインを強調したスーツを着こなす巨乳の女性…ニーナ=クリステルだ。


「遼さん、レイラさん…ありがとうございました。2人がいなかったら敵軍の攻撃を防ぎ切れたかどうか…。」

「いやいや、ニーナさんの的確な指示がなかったら、俺達が居ても防ぎ切れなかったと思うよ。」

「…ふふ。そう言って貰えると私としても少しは気持ちが楽になります。…あ、外壁北端から報告があったのですが、闇社会幹部のフェラムに操られていた火乃花さんを解放する事に成功したみたいです。」

「ホント!?良かったぁ…火乃花さんがいなくなっちゃって私…本当にどうしたら良いか分かんなかったんだ。」


 目に涙を浮かべて喜ぶレイラを見て微笑んだニーナは、表情を少し固くしつつ報告の続きを口にする。


「但し、良い報告だけでもありません。クレジとフェラムがアパラタス内に侵入するのを許してしまったそうなんです。」

「…それはマズイね。闇社会の侵入に対して今誰が動いてるの?」

「それが…外壁北端で追跡に割ける戦力が無いらしく、スピルさんから魔導師団の誰かを…と伝令が来ているんです。ただ、龍人さんとマーガレットさんの姿が消えてしまった事をスピルさんは知らないので…。」


 外壁南端に布陣していたジャンクヤード軍を撤退させ、一時的に事態が落ち着くと思っていた遼だが…闇社会幹部のアパラタス侵入はかなり状況が悪かった。


「どうしよう。龍人とマーガレットがここに居れば、2人が外壁の防衛で、2人が闇社会幹部の追跡で動けるけど…今の状況で次にジャンクヤード軍が攻めてきた時に、俺とレイラが抜けても…大丈夫かな?」

「正直…厳しいと思います。遼さんは攻撃の要、レイラさんは防御の要です。どちらかが抜けただけで…相手とのパワーバランスが崩れる事は間違いないかと思います。それに、今回の重力負荷への対策を講じてくると予想されますので、次の戦いは更に厳しくなるかと思いますね…。」

「あの…闇社会の狙いはなんなんだろう?」


 レイラの疑問は最もである。この目的次第では、外壁の防衛よりも闇社会追跡の優先度が高くなる可能性も高いのだ。

 ニーナは腕を組み、顎に手を当てて思考を巡らせると言いにくそうな顔をして、躊躇し…振り切るように口を開く。


「これはあくまでも私自身の予想なんですが、クレジがアパラタスで何かを狙うのだとしたら…アンドロイド技術を盗む事か、内側からアパラタスを崩壊に導くか…だと思うんです。」

「アンドロイド技術…。そうだよね、クレジがその技術を狙う可能性は十分にあると思う。そうなると、アンドロイド技術を盗まれるのだけはなんとしても防がなきゃだよね。あの残忍なクレジがアンドロイド技術を手に入れたら、どんなに残酷な事をするか分からないし。」

「ただ…1つ不思議な事もあるんです。」

「不思議な事?」

「はい。外壁正門前に攻めてきた敵軍の兵士の中に、体の一部分が機械化した兵士が居たという報告が上がっています。これが本当なら、ジャンクヤードではアンドロイド技術が実用化されている可能性もあるんです。そうなると、クレジがわざわざアパラタスに侵入する意味があるのか…という疑問が浮かんできます。」

「…つまり、アンドロイド技術が目的では無くて、アパラタスを内側から崩壊させるのが目的…?なんか違和感がある気がする。」


 様々な情報があるのは確かだが、正確な情報が少なすぎる為…推測するにも不確定要素が多すぎるという実情。確かめる為には、直接誰かがクレジの下に向かわざるを得ないというのが実際の状況であった。

 どうにもならない状況に場を沈黙が支配する。


(しょうがない…かな。)


 この状況を打破する為には、誰かが動かなければならなかった。そして、各メンバーの役割を考えた時に…クレジ追跡に携わるのに1番適任なのは、遼である。

 恐らく、外壁南端で戦うよりも危険を伴う事は間違いがないだろう。だからこそ、ニーナも遼に「行って欲しい」と言えないのだろう。そこまで分かるからこそ、遼は決意する。


「俺が行くよ。」

「え…でも…かなり危険ですよ?それに外壁の防衛も…。」


 心配そうに言葉を紡ぐニーナ。しかし、遼は意見を曲げるつもりは無かった。何故なら、それが最善の選択であると分かっているからだ。


「大丈夫。俺は中遠距離が専門だから、姿を隠しながら攻撃出来るしね。それに、外壁のの防衛は最悪ニーナが力を使えばなんとかなると思うんだ。今までの戦いで力を使わないで、指揮に専念していたのを見ると、多分何らかのリスクを伴うのかも知れないけど、ここまできたらそうも言ってられないよね。リスクを負う覚悟で動かないと多分…俺達は勝てないと思う。」


 遼の言葉にニーナは黙り込んでしまう。手をギュッと握り、下を見て何かを考え込む姿からも…彼女が自分の力に関して何かしらの負い目があるのは間違いがないだろう。だが、ここで彼女が覚悟をしなければ、外壁南端の防衛線は破られてしまう可能性が高い。

 だからこそ、遼は今この場で敢えてニーナの力について言及をしたのだ。

 胸の内に湧き上がる葛藤と少しの間戦ったニーナは、下唇を噛みながら顔を上げる。


「分かりました。私も覚悟をします。私の力は…仲間にも被害を及ぼす可能性があるんです。だから力を使う事は可能な限り避けたかったんですが…そうも言ってられないですよね。遼さんにはそれよりも危険な場所に向かって貰うんですから。…任せてください。私とレイラさんで外壁南端は守り切ってみせます。」

「ニーナさん!俺達の事も忘れないで貰いたいぜ!」


 突然飛んで来た声の方を見ると、そこには戦闘部隊と治安部隊の面々が集まっていた。



「俺達はニーナさんについていくって決めたんだ!俺達が全力でこの外壁南端を守ってやる!俺達がニーナさんも守ってやる!だから、魔導師団の藤崎遼!何も心配せずに行ってこい!クレジを倒してくれ!」

「そうだそうだ!」

「頼んだぞ!」


 周りから飛ぶ声に感激したのか、薄っすらと涙を浮かべるニーナ。それを見ているレイラも涙ぐんでいる。


(…素敵だね。よし!俺も全力でクレジの目的を探り当てて止めるぞ。)


 遼はレイラとニーナの顔を見てニッコリ微笑む。


「じゃぁ2人共…外壁は任せたよ!」


 そして、くるっと背を向けると…振り向くこと無くアパラタスの街中に向けて走り出した。


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