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Colony  作者: Scherz
第五章 機械街 立ち向かう者
756/994

13-6-4.魔導師団の活躍



 外壁南端の谷に横一列に布陣したジャンクヤード軍。その中央付近に、この軍の指揮を任された男がいた。

 彼の名前は…いや、ここでは軍団長と呼ぼう。この物語に大きく関わるわけでは無い彼の名前を特筆すべき理由は無い。

 軍団長はジャンクヤード軍に在籍する兵士の中で、ごくごく一般的な武力を有した軍人であった。そんな彼がアパラタス軍の外壁南端を攻める軍団長に任ぜられたのには理由がある。それは他の兵士たちよりも戦略という点に於いて優れていたのだ。

 ジャンクヤード軍では日々の訓練の中で、チェスゲームをするという風習があった。もう1度言うが、遊びではなく訓練の一環でだ。その中で軍団長の彼は、ほぼ無敗を誇る実力の持ち主であった。

 軍隊と軍隊が衝突する場面において重要なのは、相手の駒が秘めている実力を正確に把握すること。そして、相手が取るであろう行動を予測し…その行動を潰すべく先手を取り続ける事だ。

 軍団長にはこの才能があったのだ。幾つにも予想されるパターンの中から、相手の顔を観察し、考えている事を想像し、確実な一手をひとつずつ確実に決めていく。これをチェスを始めた当初から意識する事なく行っていた。その点で、軍を動かす戦略という点に於いては天分の才能を有していると言えた。

 つまりだ、彼が軍団長として外壁南端を攻める任を仰せつかったのは、ほぼ必然とも言え、反対するものは誰も居なかった。

 そして現在、軍団長は外壁南端に同時に発生した防御壁を見て感嘆の溜息を付いていた。


(想像以上に強い魔力を持った者が居るみたいだな。もしかしたら、闇社会の連中が言っていた魔法街の手先が紛れ込んでいるのか?防御壁が発動する前に光った魔法陣…あれだけの魔法陣を予め設置しておくとは。どうやらアパラタス軍にも頭が回る者がいるらしいな。)


 攻撃の第1波はほぼ防がれてしまうという結果になるが、軍団長に焦りは一切無かった。この後に敵が取りうる行動はほぼ予測が付いているからだ。


(アパラタス軍がこの後取ってくるであろう戦法は、外壁上からの遠距離攻撃主体による迎撃、防御壁等の魔法を中心にして俺たちが諦めるのを待つ防御集中態勢、もしくは谷を迂回して横から俺たちに攻撃を仕掛けてくるかだ。)


 外壁南端の前に谷が広がる以上、こちらが取りうる行動にも制約が掛かるが、相手が取りうる行動にも制約が掛かるのだ。だからこそ、行動の予測がし易く、それらの対応策も比較的容易に組み立てる事が出来ていた。


(遠距離攻撃ならこちらも応戦しつつ防御を行えば良い。そして、相手の隙を突きつつ着実に外壁とアパラタス軍にダメージを蓄積させる。こちらは外壁を守るという縛りが無いから、少し不利になるのであれば、1度後退して体勢を立て直す事が出来る。そして、防御に徹するのでもする事は同じ。防御壁を常に維持しなければならない程度の間隔で攻撃を続け、相手が疲弊するのを待つのみだ。迂回して横から攻撃に関しても、既に偵察兵を放ってある。動きが出次第対応が出来る。何なら、気づかないふりをして、手痛い反撃をしてやる事も可能だ。…この状況、負ける要素が全く無い!)


 軍団長はこれまでに無いほどに興奮していた。自身が今まで培った経験から、例え勝てないとしても負ける事は無いと確信しているからだ。初めての紛争で、大きな功績を残せば…ジャンクヤード軍で偉くなる事だって夢では無いのだから。

 ただ…この興奮した精神状態が、たった1つの小さな可能性を見逃している事に軍団長は気づく事が出来なかった。

 彼が想定していたのはあくまでも軍と軍の衝突だ。つまり…軍と個人の衝突に関しては全く考慮していなかった。

 そして、その事を思い知るのは、慌てた様子で駆け寄ってきた伝令兵が荒い息を吐きながら、報告をした時であった。


「はぁ…はぁ…!報告申し上げます!敵兵と思われる2人の人物が突如我が軍の北側に出現し、猛威を奮っております!その勢いは凄まじく、陣形が乱されつつあります!軍団長!すぐにご指示を!」


 衝撃の報告に軍団長は目を見開いて立ち上がる。


「…なんだと!?」


 全く想定していなかった事態に、軍団長は思考を混乱させながら視線を北に向けたのだった。


 外壁南端に陣取ったジャンクヤード軍の北側では、龍人とマーガレットによる無双状態が繰り広げられていた。


「うし!続けるぞマーガレット!」

「もちろんですわ!」


 次々と展開する魔法陣から放たれる攻撃魔法と、龍人が振るう夢幻によって、ジャンクヤード軍の兵士達は次々と地に伏していく。そして、マーガレットは属性【光】と両刃剣を組み合わせた斬撃を操り、相手の防御をすり抜けるようにして意識を奪っていった。

 2人は兵士達を蹴散らしながら、着実に軍団長のいる中央へと近づきつつある。


(…何てことだ。アパラタス軍の4機肢以外にこれ程の実力を有する者がいるとは…!)


 完全なる油断。よもや相手が谷のこちら側に乗り込んで攻めてくるとは全く考えていなかった。


「軍団長!こ指示を!」


 部下の言葉でハッとなり、思考を回転させ始めた軍団長だが、ここで彼を混乱させる出来事が更に起きる。

 外壁南端のアパラタス軍から魔法攻撃…火矢と風矢が立て続けに発射され始めたのだ。


(…何て事だ!外壁からの攻撃魔法を防ぎつつ、暴れている2人を止める…。どうしろというのだ。…落ち着け。今優先すべきなのはあの2人だ。ならば、外壁からの攻撃を防ぐ人員は最低限に抑えて、残りの人員で叩くのが最善策か。…くそっ。アパラタス軍の思い通りにはさせないぞ!)


 状況を冷静に分析した軍団長は鋭い声で指示を飛ばす。


「魔法壁を張る人員は最小限に抑え、残りの者で北側から攻めてきている2人を倒す!2人だからと言って舐めるな!奴らの実力は闇社会の幹部連中に匹敵すると思え!」

「「「おおぉぉぉうう!!」」」


 ジャンクヤード軍の兵士達は、軍団長の指示に呼応して声を上げ、陣形一切の乱れを見せずに行動を開始した。


 夢幻を横薙ぎに一振りして周りの兵士を吹き飛ばした龍人は、ジャンクヤード軍が動きを見せた事に気付くとニヤリと笑みを浮かべていた。


(多分、外壁からの攻撃を防いでいる間に俺とマーガレットを倒そうって算段だろうな。ま、今以上の攻撃が来ないって思い込んでくれて…こっちとしてはラッキーか。)


 そう。外壁には遠距離攻撃のエキスパートが残っているのだ。その名も藤崎遼。遼は第8魔導師団のメンバーの中で、1番観察眼に優れている。その遼ならば、今この状況で必要なのが、外壁から放たれる攻撃魔法への認識を改めさせる事だという事を理解しているはず。そして、その為の行動に移っているはずである。


「…よしっ!」


 龍人は外壁南端の中央部分に重力球が出現したのをみると、小さく声を上げた。重力球の周りには6つの引力場が設置されている。遼が使う魔弾の中でも随一の威力を誇る重轟弾だ。

 重轟弾が放たれるのであれば、今ジャンクヤード軍が張っている魔法壁を突き破るのは簡単であり、大打撃も与える事が出来るはず。ならば、龍人はそれに合わせた行動を取るまでであった。


「マーガレット!10秒後に転移するぞ!準備してくれ!」

「分かりましたわ!」


 龍人に返事をしたマーガレットは煌めく剣閃で前方の兵士達を吹き飛ばすと、一気に龍人の隣へ移動してきた。そして、何故かギュッと龍人の腕に抱きついて胸を押し付けてくる。当然、龍人の腕には柔らかい感触が…。


(いやいやいや!そんな事考えてる場合じゃないから自分!)


 強靭?な精神力で無理矢理邪な考えを押し出した龍人は、自身の四方に魔法陣を展開発動し閃光を放つ。目的は攻撃ではなく、只の目眩まし。ジャンクヤード軍の兵士達の眩んだ目が再び景色を映し出した時、既に龍人とマーガレットの姿は消え去っていた。

 龍人達がどこに行ったのかを探す前に、外壁南端中央部分から放たれるのは…遼が作り上げた重轟弾。強力な圧力を掛けながら引力場を携えた重力球はジャンクヤード軍の魔法壁に激突する。

 重轟弾が秘めた威力にいち早く気付いたのは軍団長だ。彼は焦り、金切り声を上げて全軍に命令を飛ばす。


「今すぐ魔法壁を全力ではれぇぇぇぇ!!!!!!!!!」


 …そして、魔法壁に激突した事で重力球の周りに付帯していた引力場の位置がずれ、6つの引力場と重力球のバランスが崩れ、重力と引力が入り混じる事で強大な重力爆発が引き起こされた。


 ゴゴゴゴゴゴォォォォォォォンンンン。


 深い地響きと共に周囲の物が引き込まれ、引き千切られ、吹き飛ばされ粉々に破壊されていく。


「やった…!これで倒せたかな?」

「遼君…これって相手の兵士達を殺し…ちゃったの?」

「ん?そこまではいってないと思うよ。相手が全力で魔法壁を張るところまで計算して威力を調整したから。骨折とかの重傷者は出ちゃってると思うけど、死人は出てない…と思うな。」

「そっか…よかったぁ。」


 ジャンクヤード軍の安否を心配するレイラと、威力を抑えて重轟弾を放ったと言う遼。この戦場において、相手に対して情けをかけるというのは…自身の命を差し出すことに他ならない。更に言ってしまえば、自身の命を失う危険に晒し、それを守ろうとする仲間の命を失う可能性だってあるのだ。だが、今この時点において遼とレイラはそこまで思考が及んでいなかった。

 その代わり…と言ってはなんだが、遼の横に来たニーナがジャンクヤード軍の方を見て真剣な声を出した。


「遼さん…。手加減をしたのが仇になったみたいです。敵軍は無傷です。」

「…え?」


 言われて見てみると、ジャンクヤード軍の魔法壁は破壊されることなく残っていた。つまり…遼が手加減をした事で、一連の攻撃行動が無駄になってしまったのだ。

 そして、この状況を上空に転移していた龍人とマーガレットも確認していた。


「こりゃぁ…厳しいな。今の攻撃は確実に相手に大打撃を与えられた筈だろ。」

「そうですわね。ただ、相手を殺してしまうかも知れないという…プレッシャーの掛かる最終的な攻撃を遼に任せたのが失策ですわ。まぁ、私達も相手を気絶させるっていう甘い方法を取っているので、責めることは出来ませんが。」

「…そうだよな。だけど、このままだと悉くチャンスを俺たちのせいで潰しちまいそうな気がすんな。」

「間違いありませんわ。やはり私達が覚悟を決めるしかないのですわ。…私達達が気絶させた兵士達も少しずつ目を覚ましているみたいですし。」


 言われて見てみると、確かに手が空いた兵士が治癒魔法で仲間の兵士達の傷を癒していた。これでは、本当につい先程までの行動が全て無駄になってしまう。


(…困ったな。踏ん切りをつけらんねぇ。)


 その時であった。急に龍人とマーガレットの前後上下左右の6方向に魔法陣が展開し、サイコロの様に全方位を塞ぐ。


「龍人、何をするつもりですの?」

「…いや、これ…俺の魔法陣じゃないぞ。」

「えっ。どういう…きゃっ!」


 6つの魔法陣はそのまま光り輝き、内側を眩い光で覆い尽くす。そして、魔法陣と光が薄れた後には…何も残っていなかった。


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