13-6-2.機械街紛争
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ジャンクヤード軍から放たれた兵士達には、1つの特徴があった。それは、体の動きに微妙な違和感がある事だ。その動きの違和感の正体は分からないが、只の兵士でない事はその数から予想する事が出来る。兵士達の総数は凡そ100人。隊列を組む事無く、それぞれのペースで外壁正門に向けて走って来ていた。
彼らが向かう外壁正門には、万を超えるアパラタス軍の兵士がいる。アパラタス側が防衛に徹しているとはいえ、100人程度でその防衛を突破出来るはずもないのだが、相手の行動に恐れなどの感情を読み取る事は出来なかった。
エレクは銃器による迎撃を命じ、戦闘部隊は敵が魔法を使ってきた時にすぐに応戦するように命じていた。敵から感じる違和感の正体を掴まなければ、自分達が痛い目を見てしまうだけなのだ。防衛の手順としては妥当と言える。
「撃てえぇぇ!」
外壁上に並んだ治安部隊の隊長の号令で一斉にマシンガンが作動する。外壁上に土台を置き、その上に設置されたガトリングガンも明滅する閃光と共に数多の鉛玉をジャンクヤード軍の兵士に向けて放ち始めた。
圧倒的な量の弾幕は容赦無くジャンクヤード兵士に襲いかかり、風穴を開けていく。…と思われたのだが、兵士の1人が右手を前に突き出すと、手が割れて広がり電磁フィールドを前面に展開した。良く見れば10人程度の兵士が等間隔に並び、割れた腕から電磁フィールドを展開している。
「……!?リーリー、あの技術が流出したのか?」
「いや…そんな筈は無いんじゃのう。アレは体の一部分が機械化しているんじゃのう。…つまり、サイボーグ技術だと考えるのが妥当なんじゃのう。」
「サイボーグ技術…確か過去の文献にその記載があった気もするな。確か…体の一部を機械化させる事で、戦闘能力を飛躍的に向上させる技術だったか。」
「そうじゃのう。アパラタスが過去に実用化していたとされる技術なんじゃのう。」
「アパラタスで失われた技術が、ジャンクヤードで使われている…か。皮肉なものだ。」
アパラタスで失われた技術が何故ジャンクヤードで使われているのか。真相は定かでは無いが、これでハッキリした事があった。それは、ジャンクヤードの機械技術がアパラタスを上回っている可能性が非常に高いという事。
戦闘部隊が倒したジャンクヤード軍の第1陣の兵士達が急に消えたのは…恐らく何かしらの魔法だと推測する事が出来る。つまり、魔法で擬似生命体のようなものを創り出したという事だ。どんな魔法を使ったのかは定かでは無いが、魔法技術もかなりのものだと言わざるを得ない。
アパラタスには魔法を使えるものが少ない。機械技術で劣っている時点で、魔法技術でジャンクヤードを上回っていなければ…完全に不利な状況である。
とは言え、エレクに諦めるという選択肢は無い。こうなる事も見据えた上で…今の状況を作っているのだから。
「先ずは奴らを叩き伏せるぞ。」
「分かったんじゃのう。」
エレクとリーリーの視線の先では、サイボーグ技術を取り込んだ兵士…機械兵が次の行動に移っていた。
電磁フィールドで銃弾を防いだ機械兵の陰から別の機械兵が現れる。その数…約10名。彼らが両脚を踏ん張って立つと、足からプシュゥゥゥと蒸気が上がる。そして凄まじい勢いで連続蹴りを放ち、蹴りの軌道に合わせて空気の塊が放たれた。それらは真っ直ぐ外壁正門に向かい、正門を守るように張られた魔法壁に激突し外壁を震わせた。
1発1発の重みがかなり大きく、油断すれば魔法壁が破られてしまいそうだ。
機械兵の攻撃は終わらない。次に現れた10名の機械兵は両手をフックのようにして撃ち出し、外壁の上に引っ掛けるとウォールクライミングを始める。治安部隊がフックを外そうと動くが、そこに襲い掛かるのは迸る雷撃。見れば別の機械兵の両腕が1つの機械に組み合わさり、外壁上のアパラタス軍に向けて雷撃弾を連射していた。
その間にも電磁フィールドを張る兵士達の前進は続き、少しずつ正門との距離を詰めていく。
治安部隊はマシンガンとガトリングガンで、戦闘部隊は遠距離魔法で応戦するが…それらの攻撃は悉く防がれてしまう。
サイボーグ技術を使った機械兵達の攻撃は、全て魔法のようであり魔法でないというのが厄介な状況であった。魔力を持たないものでも魔法と同じ事が出来るというのは、総攻撃力がこちらの予想を遥かに上回っている可能性を示唆していた。
完全に防戦に追い込まれている状況。次第にアパラタス軍の兵士達の間に焦りが生まれ始める。マシンガンのカートリッジの交換に手間取ったり、ガトリングガンの砲身を交換して冷却する手際が悪くなったり…。少しずつだが、確実に綻びが出始めていた。
そして…外壁上にフックを掛けてウォールクライミングをしていた機械兵の1人が遂に外壁上に到達する。遂に敵の侵入を許してしまったアパラタス軍。これから始まるであろう外壁上における乱戦を予想し、誰もが唾を呑み込む。
その時だった。1人の人物が軽やかに外壁から単身で飛び降りた。その手から伸びた薄青に光る線…太さ的には紐や縄と言ったところ…が外壁上に乗り込んだ機械兵の体に巻きつくと、強制的に引っ張り上げて地面へ叩きつける。更に、外壁を登る他の機械兵達にも次々と薄青に光る縄が巻きつき、壁から引き剥がして地面へ叩きつけた。
倒れる10人の機械兵達の中央付近に降り立ったその人物は、白髪が混じって灰色に見える髪を後ろで1本に纏め、おちょぼ口と丸い鼻が特徴的で、その体は背中が曲がっていて歳を重ねた人物である事を一目見て窺わせていた。その人物は、伸びきらない背中を伸ばすと皺だらけの顔をキリッとさせて言い放った。
「折角頑張って攻めている所…申し訳ないんじゃが、ここから先は私の威厳にかけて進ませないんじゃのう。」
それは、機械街の最高幹部の1人。4機肢に名を連ねるリーリー=シャクルであった。
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外壁北端では最初の爆発以降、沈黙が続いていた。爆発自体も外壁のジャンクヤード側で発生した為、大きな被害は全く出ていない。その爆発から続けて攻撃を仕掛けられると警戒を続けていたのだが、動きがあったのは外壁正門の方であった。
縦にストライプが入った紺のスーツに、黄色いネクタイをビシッと締めた男…スピル=スパークは、警戒を続けながらも正門側の動きを観察していた。
(ふむ。これは最初の爆発は完全にアパラタス軍の意識をこちらに集中させる為ですね。そこからの通信妨害に、正門を集中的に攻撃する…ですか。まるで、今度は全員の意識を正門側に向けようとしているみたいですね。その意識の隙間を狙って北端か南端に攻撃をしてくる可能性は非常に高い。と、言わざるを得ませんね。)
冷静に状況を分析するスピル。本心としては外壁正門の方に行きたいのは山々だ。しかし、こちらの索敵結界にちらほらと引っかかるジャンクヤード軍兵士の存在がそれを許さなかった。
問題なのは、索敵に引っかかるが決して攻撃を仕掛けて来ないという事だ。まるで、存在を主張してスピルやラウドと言った機械街の主戦力をこの北端に引き止めようとしている様にも感じる事が出来る。…だとしてもだ、敵の存在がある以上、この場を放棄して離れるわけにはいかない。どう考えても相手の思い通りに事が運んでいると言わざるを得ない状況であった。
(このままでは全ての行動が後手後手に回ってしまいますね。ならば…こちらから攻めますか?しかし、正門側は今にも攻略されてしまいそうですね。あの100人程のジャンクヤード側の兵士…遠くてイマイチ分かりませんが、魔法の様なものを使っているのは確かですね。ん?…あれは。そうですか。ここでリーリーが出ますか。)
南端と正門でかなりの距離がある為、正確に判断する事は出来ないが、外壁を登っているジャンクヤード軍兵士達が次々と地面に叩きつけられていた。こんな芸当が出来るのは、スピルの知る限りリーリーしかいない。かつて、4機肢で1番の実力者として名を馳せたリーリーの実力はまだ健在…という事だろう。
(さて、正門でリーリーが動いたとなると、こちらの動きも多少変えないといけませんね。リーリーが出ている限り、正門が破られる事はほぼ無いでしょう。なら、こちらはこのまま守るか、攻めるか…相手の動きをもう少し見極めたいというのが1番…。何よりも今優先しなければならないのは、外壁北端を守りきる事。…通信妨害をされているのがもどかしいですね。これでは動きようがありません。出来れば伏兵として敵軍側に忍び寄って、通信妨害をしているであろうあの大型機械を壊したい所ですが。)
外壁の上からジャンクヤード側に広がる木々を眺めたスピルは小さくため息を吐く。
正門と南端の正確な情報が分からないため
何かしら行動を起こすとなると、全てがある一定の予想を元にしなければならないのだ。外壁の防衛が勝敗を大きく分ける状況である以上、迂闊な行動を起こす事が出来ないのであった。
(悔しいですが、ここは我慢すべき所ですね。)
外壁北端の面々は、自身達がジャンクヤード軍の思惑通りに動いている事を理解しながらも、その思惑を外れる事が出来ないというジレンマに苦しんでいた。
そして、この日、外壁北端のアパラタス軍は1日防衛に努める事となる。
この選択が吉と出るか凶と出るか…それは、この紛争の結果がどこに向かうのか。それを見届けるまで判断をする事は出来ない。
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外壁正門ではスピルの考え通り、リーリーが圧倒的な実力を見せつけていた。
機械兵が連続で放つ蹴りによる風圧弾は、リーリーが広げた網状のものによって威力が相殺される。雷撃弾は避雷針の様にエネルギーを地面に誘導され、リーリーに届かない。
薄青く光る魔力の縄を巧みに操るリーリーの前では、ジャンクヤード軍の機械兵達は子供同然であった。
縄は次々と機械兵に巻きつき、叩きつけ、縛り上げていく。リーリーが外壁から飛び降りてから10分もしない内に、総勢100人の機械兵は行動不能に陥っていた。
「まだまだじゃのう。ほぼ引退同前の私に手も足も出ないのでは、話にならないんじゃのう。」
リーリーは縄を一斉に伸ばして倒れている機械兵達を掴み、精製した網に集めていく。そして、全員を集めて球状に纏めると、ジャイアントスイングの様にグルグル回し、遠心力を利用して駐屯するジャンクヤード軍に向けて投げ返した。まるで砲丸投げ。
この大胆な行動がアパラタス軍に活力を与える。治安部隊を中心とした兵士達は「うぉぉぉぉ!!」とリーリーの活躍に歓声を送る。
さて、次なる攻撃は…と全員が警戒する。…が、奇妙な事にジャンクヤード軍はこれ以降一切の動きを見せる事は無かった。
「ほぅ。1回休憩なんじゃのう?全く…こちらの戦力を探っているようで気味が悪いんじゃのう。」
リーリーは縄を巧みに操って体を外壁上まで持ち上げると、エレクの隣に戻っていく。第3波までの攻防は、ほぼ互角…もしくはアパラタス軍の優勢で締めくくられた。
この後もジャンクヤード軍に動きは見られず、膠着状態はそのまま夜まで続き、闇夜が機械街を支配する。




