13-5-3.紛争への序章
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ジャンクヤードのとある建物では、女の艶かしい声が室内に響き続けていた。
「あぁぁぁ…。うんっ!?アァン!」
ピクっと身体を震わせる赤い髪の女。そして、その女の身体を弄ぶのは紫の髪を持つ女だ。紫の髪の女…フェラムの細い指が赤い髪の女…火乃花の体を上から下へと優しくなぞっていく。敏感な部分を指が通るたびに震える火乃花の体。
「あん…。…はふっ。」
普段の火乃花であれば、指を触れられた瞬間に焔でもって相手を燃やし尽くしている筈なのだが、今は逃げる事もせずに…いや、むしろ快楽に身を任せるようにして立っていた。
内股になった太ももが震え、立つのも精一杯といった様子。
「ふふ…。いい身体してるわねぇ。私もそこらの女に負けない身体をしている自信があるけど、この娘も中々よぉ。勝気なこの顔が快楽を求める表情に変わる瞬間…そそられるわぁぁ。」
トロンとした目で火乃花の胸に指を這わすフェラムは、指を開くと胸に押しつけるようにして揉みしだいていく。念の為に言っておくが、火乃花は普通に服を着ている。決して生まれたままの姿では無い。
「…フェラム。いつまでやっているアルか?そろそろ話を始めるアルよ。」
近くのテーブルに備え付けられた椅子に足を組んで座るのは、髪を後ろで1本の三つ編みにした男…チャン=シャオロンだ。同じテーブルにはクレジの姿もあった。
「ふふぅ。この娘の甘い声が恥ずかしくて聞けないのかしらぁ?私はこの娘の身体を触りながら話を聞くからさっさと初めていわよぉ?」
「…あんっ。いやぁ…。」
ウットリとした表情で話すフェラムの指が太ももの奥に伸び、火乃花は今までよりも大きく身体を震わせる。
「フェラム、その女の身体を弄ぶのは1度止めませんかねぇ?私達だけで話すのならいいんですけどねぇ…もうすぐあの人がこの部屋に来るんですよぉ。この意味…分かりますよねぇ?」
あの人…その言葉を聞いた瞬間にフェラムは恍惚とした表情を収め、エロモードをオフにする。
「それは…遊んでいる場合ではありませんね。」
「いいですねぇ。ちゃんと場を弁えられるその常識力は…自らの命を守りますよぉ?」
ゾワッのフェラムの背中を悪寒が走り抜ける。今のクレジの言葉は、火乃花の身体を弄び続けていたら殺していた…と言っている事と同義なのである。
(やっぱり同じ闇社会に属する者でも、自分の思い通りにならない人はすぐに始末するのねぇ…。ふふ…今は言う事を聞いてあげるけど、私は私の生きたいように生きるわよぉ。)
平静を装ってフェラムが座るのとほぼ同時に…部屋のドアが開かれる。
「ほぅ。お主らが闇社会の幹部か。ようこそジャンクヤードへ!」
そこに立っていた人物から発せられるオーラ。それは常人のものを遥かに超えていて、居合わせる者全てに畏怖の感情を植え付ける程強力であった。
「ククク…。いいですねぇ。私が思っていた以上ですよぉ~。宜しくお願いしますねぇ、ジャバック=ブラッドロード。」
「ほぉ。俺の名を知っていたか。ならば話は早い。アパラタスを潰す話…早速始めようでは無いか。」
「望むところですよぉ。」
この部屋に現れた人物、ジャバック=ブラッドロード…ジャンクヤードの王と呼ばれる男は、悠然とした態度で闇社会が集まるテーブルの一席に腰を降ろしたのだった。
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翌日…闇社会の3人はジャンクヤードのとある場所に来ていた。そこには数多くの機械がひしめき合い、大小様々なケーブルで繋がれている。
「これは…中々に凄いですねぇ~。」
クレジはユラユラと機械群に近付くと、ケーブルを差し替えたり、別の機械を持ってきて接続したりを始める。
「クレジ…勝手に弄って大丈夫なのアルか?」
心配そうに問うのはチャン。この場所を彼らに教えたのはジャバック。言ってしまえが彼の所有物の使用許可を貰っただけであって、あれこれと弄って変えて良いとは言われていないのだ。
「ククク…。問題ありませんよぉ。好きに使って良いと言っていたじゃ無いですかぁ。」
「そうよ。チャンは気にし過ぎよ。私は…ちょっとあの部屋で実験してくるわねぇ。…覗いたら性奴隷にしちゃうわよぉ?」
妖艶な笑みを浮かべたフェラムは火乃花を引き連れて部屋の中に入っていく。中からガチャガチャという音が聞こえたと思うと…
「な、何よこれ!?ってあんた…何であんたがここに居るのよ!?あ…やめてよ!あ…あ…ぁ…ぁ。」
と言う火乃花の声が聞こえて静かになった。
「ほぅほぅ。フェラムも更に高みを目指しているのですねぇ。」
部屋の中から漏れる声を聞く限りでは、フェラムが火乃花の身体を弄んでいるようにしか思えないのだが…クレジは楽しそうに肩を揺らしている。
部屋の中でフェラムが何をしているのかを想像しても、特に何も得られないと判断したチャンは興味の矛先をクレジへ向けた。
「クレジはその機械を使って何をする予定アルか?」
「私ですかぁ?私は魔電変換動力器を専用の武器にしようかと思ってましてねぇ。とは言っても分解が出来る訳でもないので、何かしらの手段を講じる必要があるんですけどねぇ。その為の実験をこれから行うのですよぉ~。アパラタスを攻めるまであと1週間…奴らを叩き潰すためにする事はたくさんあるんですよぉ。」
大規模な戦闘が行われると言う事は、大勢の命が失われる可能性がある事と同義。しかし、今まで闇社会として機械街の陰で暗躍してきたクレジにとって、自分の命以外は目的を達成する為の駒でしかない。1週間後に行われる戦闘を恐れるのではなく、楽しみにしている様子が見て取れた。
「くくく。この魔電変換動力器を使う事で、私はさらなる高みに達するのですよぉ!」
他のものが目に入らないといった様子で、一心不乱に機械に向かう姿は狂人のような雰囲気も感じさせていた。
(これは…ミーも何かするアルかね。)
フェラムとクレジがそれぞれのしたい事に没頭を始めた今、チャンは完全に手持ち無沙汰になっていた。
少しの間考えたチャンがたどり着いた答えは…筋トレであった。
「よしっ!次の戦いに備えてもっともっと身体を鍛えるアルね!」
闇社会幹部の中で1番真っ直ぐで1番単純な男…それこそがチャンなのであった。
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闇社会幹部の3人が各々の強化に没頭し始めた頃、ジャンクヤードとアパラタスを隔てる外壁を遠くから眺められる丘陵に1人の人物が立っていた。下半身に紺の袴を巻き、上半身は鍛えげられた褐色の肌を晒す男…ジャバック=ブラッドロードだ。
彼がここに来たのは、他でもない外壁の様子を確認する為である。
(どうやら…昔と比べて大分老朽化しておるか。昔の面影は失われたと見える。ならば…容赦なく消させて貰おう。過去に起きた事を恨むわけではないが、少なくとも過去に起きた過ちを忘れていると見える。ならば…我が失われた国をこの手で復興してみせよう。)
強めに吹く風がジャバックの髪を靡かせる。金の混じった白髪が靡く様は、彼がこの場に立つ姿を1枚の絵のように見せていた。
(闇社会…か。奴らは我らを上手く利用しようとしているように見えるが…我らジャンクヤードに住む者達の絆は強い。アパラタスを攻める口実をくれた事には感謝するが、思い通りにはさせぬ。)
決意の籠った視線を外壁の向こう側にあるアパラタスに向けると、ジャバックは身を翻して歩き去る。
アパラタスの機械塔で外壁の防衛に当たる人員計画書を見ていたエレクは、ふと視線…いや、意思とでもいうのだろうか…を感じて顔を上げた。
(…なんだ今のは。決して近くから放たれたものではない。遥か遠くから送られてきたかのような…。)
エレクは椅子から立ち上がると窓の外を見る。夕暮れに染まりつつある空の向こう側に、ジャンクヤードとアパラタスを隔てる外壁が聳え立っている。
「…。」
何故だろうか。今見ている光景を眺めるのは…今回が初めてでは無い気がしていた。遥か昔に同じ気持ちで、同じ様に外壁を眺めた事があったかのような…。
記憶の残滓が何かを思い出させようとエレクを刺激する。…だが、そんな訳がないのだ。
(そもそもアパラタスがジャンクヤードと戦う事自体が初めてだからな。)
エレクは自分の中から響く何かの感情を振り払うように頭を振ると椅子に戻る。そして、計画書を手に取って読もうとし…もう1度窓の向こうに見える外壁へ視線を送った。
4機肢との会議の際に話した1つの可能性。それは、闇社会幹部を超える実力の持ち主がジャンクヤードにはいるかも知れないという事。アパラタスには、誰が決めたのか分からない暗黙のルールが存在している。
【外壁の向こうに住まう龍を刺激する事なかれ】
このルール。何故取り決めがされたのか、誰が決めたのか、外壁の向こうの龍が何なのか。…全てに於いて謎に包まれているのだ。
今までこのルールについて深い疑問を持つ事は無かった。だが、今回ジャンクヤードとの戦いが繰り広げられるであろう状況になり、ふとこの言葉が頭に浮かんだのだ。そしてそれ以来…この言葉が頭を離れる事が無かった。まるで、大事な何かを忘れているような。そんな感覚がエレク思考の片隅をチリチリと刺激するのだ。
(どちらにせよ…戦いが始まればわかるかも知れないか。戦いの兆候は既に現れている。…今は今出来る事に注力するのみ。)
現に、外壁に一定の間隔で配置した監視部隊からは、ジャンクヤード側からの偵察と思わしき人物が頻繁に姿を現しているという報告が入っている。
ここ数年で1度も無かった現象であるが故に、ジャンクヤードとの戦闘は避けられない可能性が非常に高くなっていた。
エレクは心に固く誓う。アパラタスに住む全ての人々を守る為に、全力を尽くす事を。




