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Colony  作者: Scherz
第五章 機械街 立ち向かう者
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13-4-21.暴動の爪痕



 エレクは部屋の中にいる人々の顔をゆっくり見回していく。無言で放たれるプレッシャーに、ついさっきまでニーナを問い詰めていた英裕も黙ってしまう。そして、エレクは静かに語り始める。


「アンドロイド技術は機械街が何年も前から行っている極秘プロジェクトだ。その目的は機械と融合した人間を作る事。機械街には我々のように魔法を使えるものが少ない。故に、銃器などの武器が主として使われている。銃弾1発が当たるだけで死んでしまう。まぁ…だからこそ命が大事だという意見もあるのだが。そもそも実験が開始されたのは、闇社会の勢力が強くなってきた事にある。その為には戦力増強をする必要があった。それも…一気にだ。これらの状況から人間を半機械化する事で、肉体的に強化する案が出てきたのだ。だが、機械と人間を融合させ、人間の脳が発する電気信号に機械がタイムラグ無しに反応するのは…困難を極めた。」


 一旦言葉を切ったエレクは、意味ありげな視線をリーリーに送る。その視線を受けたリーリーは、悲しそうな表情をしつつも小さく頷いた。それを確認したエレクは再び口を開く。


「その為、魔電変換動力器を使う案が出た。動力器自体を体の一部に埋め込み、機械と人間を繋ぐ役目として使用する予定だった。魔電変換動力器は機械街に4つしか無く、機械塔として所有していたのは2つ。これではアンドロイドが完成したとしても2体しか作る事が出来ない。その為…魔電変換動力器の複製を行った。……結果、ビストの両親が複製実験失敗に巻き込まれて死んだ。」


 衝撃の事実に数人が息を呑む音が部屋に響く。


「これがアンドロイド技術に関する話の全てだ。聞かれてない情報を全て話させて貰った。…今回、ビストが天地について行ったのに無関係では無いかも知れないからな。」


 全員が沈黙する中、英裕が問う。


「今の両親が巻き込まれたってのは…ビストは知ってんのか?」


 視線の先に居るのはリーリー。


「いや…知らないんじゃのう。幼子の時じゃからのう。ビストには不慮の事故で無くなったと伝えてあるんじゃのう。」


 部屋にいる人達の殆どが納得したように頷く中、腕を組んだ英裕は更に問い掛ける。


「じゃ聞くが、何でビストをこの機械塔で育てずに、スラム地区の孤児院で育てた?」

「それは……。」


 リーリーは核心を突く問い掛けに価値を噤んでしまう。答えれば、リーリーが機械街を離れた理由も言わなければならないのだ。だが、今の機械街が置かれている状況から考えて、余計な隠し事が無用であるのは自明の理。決心をしたリーリーはそれまでとは違って強い眼差しで口を開く。


「それは、事件でビストの両親が亡くなった後…エレクが真極属性【獣】の存在を仄めかしていたからなんじゃのう。私は幼子だったビストが、感情が高ぶった時に髪の色が金に変化するのを…ビストの両親から聞いていたんじゃのう。その髪の変化が里の力を引き継いでいる可能性があるという事も。もし、エレクがビストの力を知った時に、実験に利用される可能性があると思い、スラム地区で孤児院を営みながらビストの存在を隠す事を選んだのじゃ。」


 リーリーの言葉を受けて、全員の視線がエレクに送られる。非難がましい視線が混ざっているのは否定しようの無い事実。


「…そうだったのか。一応弁明しておくが、俺はビストをアンドロイド技術の実験で使うつもりは無かった。真極属性【獣】の持ち主がビストというのも今知った。金獅子という噂から、もしかしたらその人物が真極属性【獣】の持ち主で、更にもしかしたらビストかもとは思っていたが。そもそも、アンドロイド技術の限界を感じていて、真極属性【獣】の持ち主に治安部隊のトップとして立ってもらえれば…位にしか思っていなかった。」

「………そうなんじゃのう。」


 エレクとリーリーか当時感じた事は大きな間違いでは無かったのだろう。アンドロイド技術の限界を感じ、新しく機械街を背負って戦う人物を求めていたエレク。両親を失い、真極属性【獣】としての可能性を見せていた幼子のビストを護りたい…争いとは無関係の生活を送って欲しいと思ったリーリー。

 どちらの思いも間違いでは無い。しかし、2人の思いが通じ合わなかったからこそ…そのツケが今現在に回ってきているのだと判断できる。もし…リーリーとエレクが過去に互いの思いを語り合っていたら…と思ってしまうのは、しようのない事実である。

 これで話は終わり…かと思いきや、英裕が再び口を開いた。


「まだ納得出来ねぇ。リーリーがビストにそこまで思い入れる理由は何だ?たかが他人の子供の為に4機肢としての地位を捨てられる理由が分かんねえな。」

「……。」


 この問い掛けにリーリーは迷いを見せるように目を泳がせる。だが…リーリーも分かっているのだろう。ここで答えなければ全員の理解を得る事が出来ず、ビストの心を取り戻す僅かなチャンスの為の協力を得る事も出来ない事を。数秒の逡巡を経て、リーリーは重い口を開いた。


「ビストは私の娘…エリスの子なんじゃのう。」

「…おいおい。つまり、リーリーは機械街…いや、機械塔に実の娘を殺されたって事なのか?」


 驚きを含んだ英裕の言葉はどこか呆れの感情も含んでいた。


「まて…。エリスがリーリーの子だと聞いた事が無い。…それに、あの実験事故は………エリスとその夫のペルーが俺を守ってくれた結果だ。」

「…どういう事なんじゃのう?」


 疑惑の目を向けるリーリーに対して、エレクは思わず溜息を吐いていた。思っていた以上にリーリーとのすれ違いがあるのだ。それも重要なポイントにおける2人の解釈が致命的にズレていた。


「…もう少しアンドロイド実験について詳しく話そう。」


 エレクが話した内容は以下の通りである。


 アンドロイド技術の実験は困難を極めた。死刑宣告を言い渡された悪人を利用しての人体実験を繰り返すも、機械との融合が引き起こす人体の拒絶反応を止める事が出来なかったのだ。それに加え、機械部分の駆動は頭でイメージしてから実際に動くまで数秒を要していた。これでは戦闘はおろか…日常生活を過ごすのですら危ないレベルであった。

 だが、成功に近い例も数は少ないが生み出されていた。それらの成功例の共通項として、属性【電】に類する属性を使える事が挙げられていた。電気信号のやりとりが通常よりもスムーズに行われていたのだ。更に、鉄を操作できる能力を持つ者は拒絶反応が他の者よりも少ないという結果も出していた。

 これらの結果から機械街が導き出したのが…魔電変換動力器の複製であった。

 この複製実験は大量の魔力と、電気を操る能力が必要とされ…複数人が力を合わせて行う複製実験が計画される。そして、全ての魔力を統制する主要ポジションは街主のエレク自らが担う事に決定されていた。勿論、エレク本人の希望によって。

 この実験が行われる時、機械街のメンバー全員が成功を疑っていなかったという。その理由として、複製の為の手順が明確になっていたこと、その手順に関する実験理論も根拠のあるものだった事が挙げられる。

 全員の魔力が集中したエレクは複製実験を開始する。予め立てていた道筋に沿い、実験は順調に進んでいった。そして、最後の手順…変換能力の付与でそれは起きた。

 球状に凝縮されていた魔力が突然暴走を始めたのだ。予兆など一切なく、変換能力の付与があと数秒で完成するという直前での暴走。これにより魔力の統制役を担っていたエレクに向けて暴走した魔力が逆流。気付いた時にはエレクのすぐ目の前に強大な魔力が迫っていて、避ける事が叶わない状況に陥っていた。エレクはこの時…死を覚悟したという。もし、エレクが暴走した魔力から逃げる為に魔力の統制を手放せば、他の者たちに暴走した魔力が襲いかかり…最悪全員が死んでしまう可能性があったのだ。

 しかし、そうはならなかった。突然、2人の人物がエレクの前に躍り出たのだ。…その人物がビストの父ペルーと、母エリスだったのだ。そして、2人は魔力の直撃を受けて重傷を負ってしまう。その怪我は取り返しのつかない程のもので、命が助かる見込みが無いものであった。

 「何故自分を助けたのか」と問いかけるエレクに対して、ペルーは「機械街を導く運命にあるエレクが死んではいけない」と答えたという。そして、「機械街にいずれ現れる里の力を受け継ぐ者を頼む」とも言ったという。そして、エレクを庇って自分たちが死ぬ事が知られたら、それはエレクにとっての不評に繋がるので、あくまでも事故に巻き込まれたとして欲しいと伝え息を引き取った。


 語り終えたエレクが口を閉ざすと、部屋の中は沈黙に包まれる。その中で、1番ショックを受けているであろうリーリーが震える声を出す。


「つまり…私の勘違い…ということじゃのう?」

「…あぁ。あの実験は当初4機肢にも極秘で行っていたからな。今はその実験の存在は4機肢の3人には伝えているが、実験が失敗した原因が未だに分かっていないから、その原因追求を行っている所だ。」

「そうなんじゃのう…。」


 リーリーは明らかに落ち込んだ様子で目線をテーブルの上に落として口を閉ざしてしまう。

 そして、再び口を開くのは英裕である。


「大体の状況は分かった。ってなるとだ、ビストとリーリーの確執?ってんのかな。それは今の話で勘違いが原因で始まったって分かったんだから、もう解消されたって事でいいな?今は手を取り合う時期だ。あとの問題は…天地がアンドロイド技術を狙う理由と、闇社会が機械街の乗っ取りを考える理由、魔電変換動力器の本当の能力についてだな。」

「残念だがその3つの点に関しては俺には見当が付かない。クレジが俺と密会している風の写真をばら撒いたそうだが、あれは奴がいきなり侵入してきた時の写真だ。俺と奴が旧知の仲という事もない。」

「そうか…まぁそりゃそうだわな。他の皆は何か思い当たる事は無いのか?」


 英裕は4機肢、魔導師団の顔を見回す。すると、遼が畏まった態度で手を上げた。


「お、藤崎遼だっけか?何か心当たりあんのか?」

「あ、うん。少し前に魔法街で魔法を使う動物が出現して、その動物達が天地の実験によって生み出されたみたいなんだよね。俺たちは魔造獣って呼んでるんだけど。」

「…魔法を使う動物?魔獣じゃなくてか?」

「うん。当初は魔法街でもかなり騒がれたんだけどね。後は…人が魔獣みたいにもなったんだ。もしかしたら、アンドロイド技術を手に入れて、その実験に応用するつもりなのかなって。」

「…おい、その話詳しく聞かせろ。」


 突然、エレクが興味を持ったかの様に身を乗り出した。


「え?…はい。」


 エレクの興味の持ち方に違和感を感じつつも、遼は自身が体験した話を覚えている限りで話していく。そして、その話を聞き終えたエレクは額に手を当てると溜息を吐いた。


「そうか…サタナス。あいつも天地の人間だったのか。……アンドロイド技術の提唱をしたのは…そのサタナスだ。」

「おい、今の話本当か?」


 部屋のドアが開くと同時に険しい顔で言いながら入ってきたのは龍人だった。


「龍人か。本当だ。一時期、機械街の技術者として働いていた。ある日突然行方を眩ましたがな。機械街はそこまで治安が良いとは言え無い。特に裏通りに行くと治安レベルが一気に下がる。サタナスは良く裏通りの方の怪しい店に出入りしていたと聞いていたから、何かしらの事件に巻き込まれたしまったのだろうと思っていたのだが。どうやら…俺たちはまんまと利用されていたみたいだな。アンドロイド技術の入口を教え、その技術が熟した所で盗む…か。上手くしてやられたようだな。」

「なるほどな。よし。じゃぁ今後の方針は纏まったな。」


 英裕は立ち上がると、ホワイトボードに文字を書いていく。


①機械街を闇社会の侵攻から守る。闇社会幹部を拘束、闇社会自体を解散させる。

②アンドロイド技術の死守。

③ビストを取り返す。

④火乃花を取り返す。


 書き終えた英裕はペンを指の上でクルクル回す。


「色々な事情があるとは思うが、基本的にやる事は①と②だ。可能なら③と④も行う。異論はあるか?」

「我々機械塔はそれで構わない。」


 即答するエレクに対して、龍人達魔導師団は迷いをみせる。彼らにとって1番の目的として挙げたいのは、間違いなく火乃花を取り返す事だからだ。


「俺たち魔導師団もそれでいい。」


 しかし、龍人は肯定の意を示した。遼とレイラが何かを言いたそうな顔をしていたが、敢えて気にしない。


「よく言った。その答えを出せるって事は、まだ頼り甲斐があるって事だな。エレク…闇社会の連中がどこに潜んでいるかだが、俺に心当たりがある。」


 そう言うと、英裕はホワイトボードに図を描き始めた。


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