13-4-20.暴動の爪痕
エレクによってハルバードの切っ先がを突き付けられているのだが、狂ったように笑うクレジにはそれを気にする様子は一切見られない。
「クククククク…!良いですねぇ!想定外の事態も起きましたが…私の思惑通りに役者が揃うとはねぇ!ラウドを揺さぶってエレクを裏切るように仕向けたんですが、どうやら私の工作が甘かったのはフェラムとチャンが捕らえられているのを見ても明らかですぇ…!しかし!そんな些細な事はどうでも良いのですよぉ!ヒーローズの2人も来ましたしねぇ。金獅子が天地に連れて行かれたのは結果的に良しとしましょうか。これで…機械街で闇社会と対立する者達が雁首揃えてここに集まった事になりますねぇ!ふふふふふふふ。さぁ、互いに手を取り合って闇社会に立ち向かってくるが良いのですよぉ!私はあなた達が揃って向かってきても、負けない力を手に入れて見せますよぉ~。」
エレクがチラリクレーターの外側に目線を送ると、クレジの言葉通りにヒーローズの幹部である朱鷺英裕とケイト=ピースが困惑した顔で立っていた。明らかに不利な状況のクレジが1番勝ち誇った態度でいるのだから当然と言えば当然の反応。
「…何が目的だ?」
しかし、エレクはクレジの不可解な態度に動揺する事なく、淡々と対応をしてみせる。
「クククククク…。私が手に入れたモノを忘れたのですか?魔電変換動力器…これが4つある理由を知らないのですかぁ?これの本当の価値を知らないのですかねぇ?」
「…どういう事だ?」
「知らないのなら…その目で直接確かめてもらいましょうかねぇ…。」
途端、クレジを中心に地面がひび割れ始める。
「…させるか!」
地面に向けて震動波が放たれている事に気付いたエレクは、すぐにハルバードをクレジの喉元に突き立てる。…が、時既に遅し。地面にポッカリと空いた穴がクレジを呑みこんでいた。
「微弱な震動波で地面を脆くしていたのか…。」
完全なる油断。優位に立ったが為にクレジの小細工を見逃してしまった事実にエレクは溜息を吐く。
(俺も甘くなったものだ。)
見れば、クレーターの外側で取り押さえられていたフェラム、チャン、火乃花が居た場所も穴が開いていて、3人の姿も見えなくなっていた。
小さな油断が相手全員に逃げる隙を与えてしまった事になる。
(先ずは…追手を出さなければならないな。)
追跡を行う適任者を頭の中で選出したエレクは、スピルの方を向く。
「スピル!クレジを追え!奴の目的は魔電変換動力器の4つを1箇所に集める事だ!」
「分かりました。逃走を妨害しつつ、治安部隊を上手く使って食い止めます。」
エレクの命令に一切の異論を挟まず、スピルは踵を返すと…一瞬で姿を消した。属性【電】によって爆発的に身体能力を強化したのだ。肉体の操作は体の電気信号のやり取りによって行われる。そこに人工的に電気信号を操作する事で、通常ではあり得ない身体能力を発揮する事ができるのが、スピルの特徴でもある。故に、追跡に適任であるとエレクは判断したのだ。
闇社会のメンバー、天地のメンバー…機械街に対抗する勢力が共に姿を消した事で、各地区で起きた暴動を発端とする機械塔襲事件は収束を見せる事となる。
機械街4機肢、魔法街第8魔導師団、ヒーローズ。3つの勢力がこの場に残り、顔を見合わせる事となったのだった。
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闇社会の面々が姿を消した翌日…龍人はスラム地区に1人で来ていた。
機械塔では4機肢とヒーローズ、魔導師団のメンバーによる作戦会議が行われている。今後闇社会が取るであろう行動の予測と対策、天地のトバルが言っていたアンドロイド技術についての話を中心に話が進んでいるのだろう。
その会議が始まる前にエレクとクレジが4機肢の間で会っている写真を巡ってひと問答あったが、結果的には闇社会が機械塔勢力に混乱をもたらす為に捏造した事が分かっていた。
またヒーローズは今までの機械塔のやり方に全面的に賛成している訳ではないが、闇社会がこれから取ろうとしている行動を予測した上で…敵対している場合ではないと判断して機械塔との一時的な協力関係が成立していた。
本来であれば龍人もこの会議に参加するべきなのだが…どうしても確認をしたい事があった為、遼とレイラに任せて外出をしていた。
その確認したい事は…このスラム地区で分かる筈なのだ。
(ビストと戦った時…俺の中に迷いがあった。だからこそ、次戦う時に迷わないで良いように知っておくべきなんだ。)
スラム地区における暴動の爪痕は途轍もなく、元々ボロボロだった家々はその殆どが半壊していた。
因みに…各地で暴動を起こしていた者達は、クレジ達がクレーターから脱出したのとほぼ時を同じくして逃走し、全員が姿を眩ましていた。相当数の人々が忽然と姿を消したという事実は不気味のひと言に尽きる。治安部隊が奇襲を警戒して各地区の警備を強化しているが、現状としては何の情報も得られていない。
嵐の後の奇妙な程の静けさである。
(何か…嫌な予感がするんだよな。全てがクレジの計算通りな気がして嫌な感じだ。)
悶々と考えながら歩いていると時間が経つのは早いもので、気付けば孤児院の前に到着していた。
「…酷いな。」
思わず呟いてしまうほど、孤児院は至る所が破壊されていた。機械塔での1件が落ち着いた後に子供達を迎えに来たリーリーの話は聞いていたので、ある程度は予想していた。だが、それにしても酷い有様であった。恐らく、リーリー達が孤児院を離れた後に、別の暴動隊が襲ったのだろう。壁の殆どが破壊され、とてもじゃ無いが人が住める状態では無かった。
(子供達が無事で本当に良かったわ。この状態まで破壊されて見つからなかったってのは…本当に運がいいな。)
子供達はリーリーが何かあった時には隠れるようにと言っていた孤児院の地下に隠れていたらしい。入口がトイレの奥に設置されていた事もあり、運良く見つからなかったというわけだ。
龍人は孤児院の中に入ると、目的の物を探し始める。
(リーリーの話だと、押入れの奥にしまってあるって話だったけど…ここまで家の中が荒らされてると残ってるか不安だな。)
探し始める事1時間。押入れの中に入っていたのであろう大量のおもちゃや本をどかしながら漁っていた龍人は、1つの冊子を手に取る。
「あったじゃん。」
龍人は近くの床に座ると冊子を開いて読み始めた。
ゆっくり読み進める龍人。30分程した所で冊子を閉じた龍人は、今にも崩れそうな天井を仰ぐと小さく呟いたのだった。
「これでビストの気持ちが少しでも戻ってくれたらいいんだけどな…。……ん?」
複雑な気持ちで天井を仰いでいた龍人だが、孤児院の外に魔力を感知する。冊子を魔法陣の中にしまうと龍人は警戒しつつ探知結界を糸のように周囲に広げていった。
姿を眩ました闇社会の手先だろうか。機械街は魔力を持つ者が圧倒的に少ない為、微弱ながらでも漏れる魔力を感知するという事は、それなりの強敵が近くに来ていると考えるのが妥当である。しかも、今まで龍人が機械街で出会った者たちの属性は、それぞれが個性的で強力であったため、油断するのは禁物であった。
そして、相手は龍人の存在に気づいていないのか…探知結界を張っても動きを緩める事は無かった。むしろ、一切の迷いを見せずに孤児院の中に入って来る。
(このタイミングで孤児院に来るって事は、俺がここに来てるのを知っているか、俺と同じように何かを探しに来たかって事だよな。一般人がわざわざここに来る理由は思いつかないし。…来る!)
謎の人物は、まっすぐ龍人が隠れる部屋に向かって進んで来ていた。これは龍人がこの部屋に隠れている事がバレている…と考えるべきであろう。
龍人は展開した魔法陣から夢幻を取り出すと、気配を極力殺してドアが開く瞬間を待ち構える。…そして、ドアノブが回されてゆっくりドアが開いたタイミングで身を低くしてドアの前に躍り出ると、夢幻の切っ先を突き付けて低い声を出す。
「誰だ!?……へ?」
目の前にいた人物を見た瞬間に緊迫感が砕け散り、龍人は間抜けな声を出してしまう。
そこに立っていたのは亜麻色の髪を揺らし、パッチリとした二重瞼に長い睫毛というお嬢様風の雰囲気を携え、ボンキュッボンのナイスバディを持つ1人の女性だった。
「龍人!!探したのですわ。全く…何で私がこんな汚らしいスラム地区に来なければならないのか分かりませんわ。でも安心なさい。私が来たからには…どんな敵でも片っ端から倒して上げますわよ!ホーッホッホッホッ!」
何故か偉そうに高笑いをするこの人物…。そう、第6魔導師団に所属するマーガレット=レルハ。龍人に恋する乙女…レイラのライバルであった。
マーガレットは両腕を立てて胸の横に付けるポーズを取って震えると…
「う~龍人!会いたかったのですわ!!」
と、叫ぶと夢幻の切っ先を押し退けて龍人に飛び付いたのだった。
「うぉい!?」
機械街にマーガレットがいるという事実に頭が追い付いていない龍人は、マーガレットの勢いに負けて床に押し倒されてしまう。
この後周りに誰もいないのをいい事に、マーガレットが龍人から全然離れようとしなかったのは容易に想像が出来よう。
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場面は半壊した機械塔の一室に移る。ここでは3つの勢力…機械街、ヒーローズ、魔導師団に所属する者達が会議をしていた。
機械街は…街主エレク=アイアン、4機肢リーリー=シャクル、ニーナ=クリステル、ラウド=マゲネ、スピル=スパーク。
ヒーローズは…朱鷺英裕、ケイト=ピース。
魔導師団は…藤崎遼、レイラ=クリストファー。
バンッと英裕がテーブルを叩く。機嫌が悪そうに目線を送る先に居るのはニーナだ。
「おいおい!そりゃあ意味が分からねぇ。天地が狙ってるアンドロイド技術が実在してんのかを聞いてんだよ!」
「で、ですから…詳細をお伝えする事は出来ないんです。」
「だからよぉ…それがおかしいんだって言ってんだろ?そもそも天地がアンドロイド技術を狙うって公言したんだろ。それなら、その技術がどんなもので、俺たちがそれを守る為に動くべきなのかを説明すべきだろ。」
「…それはそうなんですが。」
英裕が言っている事は正論であり、だからこそニーナは返答に困ってしまう。
「えっと…あ。」
口を開いたニーナの前に鉄の手が翳される。その手の主…エレクはニーナを見ると「任せろ」と頷き、視線を英裕に送った。




