13-4-19.巡る想い
クレジ、トバル、エレクによる三つ巴の戦いは終わりが見えないと思わせる程に互角な戦闘が繰り広げられていた。
トバルが操る槍の連撃をハルバードでいなしたエレクは、雷撃を放ちつつ距離を取る。
(…想像以上に強い。流石は天地が送り込んできた刺客といった所だな。)
3人が互いに牽制しながらの戦いである為、正確な実力を測る事は難しいが…それでもトバルの戦闘能力は特筆すべきものがあった。彼が操る属性は恐らく【爆】。凝縮された魔力による爆発を中心とした戦術は荒削りではあるが、一発一発が一撃必殺の威力を秘めた攻撃である。それだけならまだ驚異度は低いのだが、トバルは超人的な肉体能力と反射神経を備えていた。
技巧的では無いが、それを補って余りある身体能力の高さによって、様々な角度から放たれる槍の穂先はエレクに踏み込んだ攻撃を躊躇させる程であった。
(…このままでは拉致があかないか。)
事態の進展が見込めないと踏んだエレクは、今までとは趣向の違う攻撃魔法を放つ。ハルバード…雷斧槍【滅神】を横一文字に振るうと、刃の軌道から大量の鉄針が出現する。その数は膨大で、エレクの前方180度が鉄の針で覆い尽くされていく。
更にエレクは雷斧槍【滅神】を空に向かって真っ直ぐ伸ばし、力を込めて振り下ろした。すると、同時に空から数多の落雷が発生。鉄針で埋め尽くされた地帯に直撃し、鉄を伝って駆け巡った雷が一帯を駆け巡り、中心地点に向けて集中。続けて属性【雷】による大規模爆発が引き起こされた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
剣と拳による死闘を演じていた龍人とビストは、クレーターで起きた大規模な爆発に一度動きを止めていた。
(エレクの魔法か。…すっげぇ威力じゃん。)
爆発を見る龍人の脳裏には、街魔通りに魔獣が出現して暴れた事件の際に、ラルフが見せた強力な魔法が浮かんでいた。恐らく、あの魔法と同等かそれ以上。
伊達に街主というポジションにいる訳では無いという事だ。
勝負が付いたか…と思いきや、鉄針を弾き飛ばすようにしてトバルが姿を見せ、クレジも円心状に鉄針を吹き飛ばして姿を現す。今まではほぼ無傷の2人だったが、今回の攻撃は大分堪えたようで…トバルの髪はボサボサに、クレジの黒マントは所々破れていた。
ヒュン!
クレーター内部の様子を見ていた龍人の耳に風を切る音が届く。咄嗟の反射で漆黒化した夢幻を振りつつ確認すると、ビストが回し蹴りを放っていた。
「ちっ…!」
ビストの蹴りは夢幻を大きく弾き、体勢が崩れた龍人に向けて体を急激に捻って踵落としが放たれる。龍人はどうにかして回避をしようとするが、高速で繰り出された攻撃を避けきる事は叶わず…左肩に踵落としをくらってしまう。その衝撃に動きが止まった所に、ビストは体を低くして足払いからの突き蹴りを龍人の鳩尾に深く食い込ませた。
「かはっ…!」
一瞬の内に叩き込まれた連撃に、龍人は肺の空気を絞り出すようにして…体をくの字に折り曲げながら吹き飛ばされてしまう。手から離れた夢幻は、クルクルと回転してビスト近くの地面に突き刺さった。
「…これで、諦めるんですな。龍人…。君では僕に勝つ事は不可能なんですな!」
「か…はっ……。」
地に伏した龍人は、それでも戦意を失う事無くビストへ目線を向ける。
「まだ…だ。俺は…ここで負ける訳にはいかないんだ。ビスト、お前を天地の元にいかせるわけにはいかない。皆の幸せを願うお前には、別の道があるはずなんだ!」
喰らったダメージで震える膝を懸命に動かし、立ち上がる龍人。ビストは龍人の纏う雰囲気が変化したのを敏感に感じ取っていた。
(なんですかな…この感覚。人ではない生き物が目の前にいるみたいなんですな。)
龍人の右手に魔法陣が展開されて砕け散ると、その手には3匹の龍が絡まったかのような造形をした刃を持つ劔…龍劔が握られていた。そして、黒の稲妻が刃を成す龍の1匹に吸い込まれていき、その刃が黒に染まった。
龍人が使う本来の武器である龍劔。それと龍人化【破龍】が合わさる事で、強力な圧力がビストに向かって放たれていた。
《我が主よ。我の力は絶大だ。1度感情に突き動かされて、主の許容範囲を超える力を引き出した場合…お主は我の力に呑まれ、自我を失う。心しておけ。》
(あぁ…。)
《…はぁ。既に感情によって力を使っている主に言っても無駄か。もう1度言うぞ。力に呑まれるなよ。》
(分かってるって。俺にだって帰る場所があるからな。自分を失う程無闇矢鱈に力は使わないよ。)
《…期待しておこう。》
グンッと魔力を込めると、龍劔から黒の稲妻が一気に発生し始める。あまりの魔力圧にビストは無意識に足を1歩後退させていた。
「ビスト…行くぞ?」
その言葉を聞いて警戒心マックスでビストが構えた時には、既に龍人は目の前まで迫っていた。下段に構えられた龍劔が魔力の刃を伴って振り上げられる。
「龍劔術【龍牙撃砕】」
刃の左右に3本ずつの魔力の刃と、龍劔本体の刃…合計で7本の刃がビストを切り裂かんと煌めく。夢幻で放つ龍劔術【龍牙撃砕】よりも魔力の刃が大きく、密度も高くなっていた。
「ぐっ…!」
避け切れないと判断したビストは体の前で腕を交差し、金の稲妻を前面に集中させる。そして、そこに魔力の刃が激突し、黒の稲妻と金の稲妻が鬩ぎ合った。
「ビスト!俺は何としてでもお前が天地についていくのを止めてやる!」
「五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿いんですな!僕はこの世の中に絶望以外感じないんですな!皆が幸せになる為に、僕は…突き進むって決めたんですな!」
偶然出会い、ほんの数時間一緒に居ただけの間柄…それでも龍人がビストを放って置けないと感じるのは、2人が里の因子を受け継ぐもの同士だからか。
(…いや、違う。俺は…初めて会った時からこいつとは仲良くなれるって思ってた。だからこそ、そんな奴が残虐な天地に所属するのが許せないんだ。…結局は俺のエゴかも知れない。でも、それでも、俺は俺の直感を信じる!)
金と黒の稲妻がぶつかって弾ける向こうに見えるビストの目は、力強い意志を携えて龍人を睨み付けていた。だが、龍人は確かに感じていた…その中に小さな迷いがある事を。
「ビスト…皆の幸せは……お前一人で創るものじゃないんだよ!」
龍劔に集中していた黒の稲妻の質量が瞬間的に増大し、ビストの腕を弾く様にして龍劔が振り上げられる。そして…両手が跳ね上げられて無防備になったビストに向け、龍劔術【龍牙撃砕】の二の太刀が振り下ろされた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
クレーターではエレクによる鉄と雷を使った複合魔法による怒濤の攻めに、クレジとトバルは防戦に回っていた。千変万化する鉄による多種多様な攻めに加え、雷が鉄を伝って襲い掛かり、時には直撃を狙って放たれるのだ。機械街街主として統治する実力は間違いなく本物であった。
鉄の刃による波状攻撃をギリギリのラインで避けたトバルは、チラリとクレーターの外に目線を向ける。
(ははっ。流石にこりゃあマジィな。こんな強い奴と戦える機会は滅多にねぇから、もっともっともっと楽しみてぇけど…流石に任務を放棄したら上にドヤされっからな。…うしっ!)
トバルはクルッと身を翻すと、エレクとクレジから逃げる様にして猛ダッシュを始めた。目指すのは…龍人とビストの下だ。2人は至近距離で魔力による鬩ぎ合いをしていた。一見互角に見えるが、トバルにはビストが押されつつある事が予測できていたのだ。
折角仲間に引き込んだ里の因子を持つ者を、こんなところで失う訳にはいかない。
「ははっ!ギリギリだぜ…よっ!」
龍人がビストの防御を弾き劔を振り下ろした瞬間に、高速接近したトバルは属性【爆】による爆発を至近距離で龍人に向けて放っていた。
「なっ…!」
突然の横槍に対応しきれない龍人は、何の受け身を取ることも出来ずに爆発の直撃を受けて吹き飛ばされてしまう。地面を擦るように転がり、瓦礫に激突して体を半分埋めた龍人は…ビストの横に楽しそうに立つトバルを睨みつける。
「ぐ…くそ。トバル…お前はなんでビストを天地に引き込もうとしてんだよ。」
「ははっ。そんなのお前に言う必要はねぇだろ?…いや、お前も見たところ里の因子を持ってるみたいだし、無関係でもないか。まぁそんなら少しだけ教えてやる。この世界を変える方法は1つじゃねぇって事だ。」
「方法…?」
トバルの言う事の意味が全く理解出来ない龍人は、軋む体に鞭を打ちながら立ち上がる。見たところビストも龍人の斬り上げで腕を弾かれた際に、黒い稲妻の魔力によって負傷しているようで、服の前が破けて血が滲んでいた。
「おっと、これ以上戦うのは勘弁だ。まだするべき事が残ってるんでな。場が混乱してる今がチャンスなんだ。アレがある場所の見当は大体付いてる。1度退散させてもらうぜ。」
そう言ったトバルが取り出したのはクリスタルである。
「…!逃がすかよ!」
トバルが何をしようとしているのかを察知した龍人は、阻止するために魔法陣を展開して風の刃を放つ。…が、時既に遅し。クリスタルが記憶していた魔法陣を発動し、トバルとビストは光に包まれて姿を消してしまった。
「ちくしょう…。」
ビストをとめることが出来なかった悔しさから、龍人は地面を殴りつける。拳に痛みが走るが、そんな事はこの際どうでも良かった。不甲斐ない自分への怒りをぶつける何かが無ければ、どうにかなってしまいそうだったのだ。
地面に膝をつき、拳を突き立てて項垂れる龍人に近づく足音。
「龍人君…大丈夫?」
その声は、レイラだった。
「レイラ…無事だったんだな。良かった。俺…あいつのこと救えなかったよ。」
「ううん。私…最初から全部を見ていたわけじゃないけど…龍人君の気持ち、ビスト君に届いてたと思うよ。転移魔法で消える瞬間、ビスト君泣いてたもん。」
「…ビストが?」
「うん。何があったのかが分からないけど、きっとビスト君の中にも迷いがあるんじゃないかな。でも、きっともう後に引けない所まで行っちゃってるんだと思う。…でもね、諦めちゃダメだと思うよ。次会った時に…頑張ろう。」
「…そうだな。…ありがとうレイラ。」
レイラの言葉は龍人の中に渦巻く後悔という負の感情をほんの少しではあるが、薄れさせてくれていた。
そして、落ち着きを取り戻し始めた龍人は今がどんな状況であるのかを思い出していた。
「…よし。切り替えよう。まだクレーターでクレジとエレクが戦ってるはずだ。」
「あ…それなら勝負が付いたみたいだよ。」
そう言って近づいてきたのは遼だ。後ろにはリーリーも立っている。龍人がクレーターの方に目を向けると、中心部分で膝を付いたクレジにエレクがハルバードの切っ先を突きつけていた。
そして、クレーターの外側にいるフェラムとチャン、火乃花の3人は地面に倒れていて、両手両足を拘束するようにして黒い物体が巻き付けられていた。隣には灰色のマントを被った長身の人物と、スーツにネクタイをビシッと決めた黒髪の男が立っている。
どちらの人物も龍人には見覚えの無い人物であった。
「誰だあの2人?」
「あの2人は…スーツを着ているのがスピル=スパーク。灰色のマントを被っているのがラウド=マゲネ。どちらも4機肢じゃのう。」
龍人の疑問に答えたのはリーリーだった。
「ってなると、この場に4機肢が3人揃ってるって事か?」
「ん?何を言ってるんじゃのう?4人揃ってるおるんじゃのう?」
「え?だって他には誰もいないぞ?」
「…もしかして、あやつ…4機肢である事を隠してるんじゃのう?別に隠す事でも無いと思うんじゃが…ラウド達から少し離れた所に立っている女がいるじゃろう?彼女…ニーナ=クリステルが4人目の4機肢なんじゃのう。」
「へっ?」
「ウソ…!?」
リーリーから告げられたニーナの真実に龍人達は二の句を告ぐ事が出来ない。特に、親しく色々な話をしていたレイラの驚き方は群を抜いていた。両手を口に当てて目を丸くしている。
「ニーナさんって4機肢だったんだね…。私、失礼な事して無いかなぁ?」
「でもさ、なんで隠してたんだろう?別に隠す必要ないと思うんだけどなぁ」
遼の疑問を聞いたリーリーは苦笑いを浮かべる。
「それは…私が話す事ではないんじゃのう。気になるのなら、本人に聞いてみると良いんじゃのう。」
こんな話をしている内にクレーターの方で動きが起きる。ハルバードの切っ先を突き付けられているクレジが…地面に倒れたまま狂ったように笑い出したのだ。




