13-4-17.喪失
「おいおい餓鬼共。お前らのヒーロー…ビスト兄ちゃんは、そんなに良い奴なのか?」
ヤクザ風リーダーの男の馬鹿にしたような話し方に、少年の1人がむっとした顔で叫び返す。
「なんだい!お前なんかにビスト兄ちゃんの悪口言う資格なんか無いんだぞ!ビスト兄ちゃんは僕たちの為に食べ物を持ってきてくれたり、遊んでくれたりするんだい!」
「はっ。そんなら、俺たちは悪者って事かよ?」
「当たり前だ!ビスト兄ちゃんがヒーローで、お前達なんか悪者だぃ!」
「くくくく…そんならよ、お前が言う悪者ってどんな奴なんだ?」
不可解なリーダーの質問に、リーリーの眉が顰められる。ビストも相手が何を意図しているのかを掴みきれずに無言のままだ。
少年は男の質問に考えながら口を開いていた。
「えっと…人を殴ったり、物を盗んだりする人だい!」
「ははっ!確かにそんなら俺たちは悪者だなぁ!ならよぉ、悪者なのにいい人の振りしてんのはどうだよ?」
「……そんな奴、いい人じゃない!悪者よりも悪者だもん!」
この少年の言葉を聞いた瞬間、リーダーは肩を震わせて笑い始める。
「くくくくくくくっ!そうだよなぁ?悪い事をしていい人をする奴は悪い事を公然とする奴よりも悪人だなぁ!?おい餓鬼共!てめぇらがヒーローと崇めるそこにいるビスト=ブルートは、オメェラが言うその極悪人なんだぜ!?」
予想だにしないヤクザ風リーダーの言葉に、子供達はざわめき始める。
「え…そんなわけ無いよ。」
「…ビスト兄ちゃんが悪い事するわけ無いもん。」
「そうだよね。」
「そうだそうだ!」
幸いな事に、ビストに対する子供達からの信頼はかなり高いようで、男の言葉に動揺したのはほんの少しの間だけだった。
「ねぇ、ビスト兄ちゃん、ビスト兄ちゃんが悪者なんて無いよね!?」
ビストに答えを求める子供達の目は必死であった。今まで、辛い時も、悲しい時も、食べ物を持ってフラッと現れ、楽しく遊んでくれたビスト。そんな子供達から大人気のビストが悪者だなんて、子供達からしてみたら考えられ無い事なのだ。
「あぁ…勿論ですな!こんな悪者の言う事に惑わされちゃ駄目なんですな!」
揺るが無い子供達とビストの意志。だが、それでも尚…ヤクザ風リーダーの態度は変わら無い。
「あぁそうか。そうやってお前は子供達を騙し続ける訳か。」
フッとリーダーの雰囲気が豹変する。
「いいかぁ餓鬼共!てめぇらが縋るビストは…俺達の倉庫から物を盗んだコソ泥なんだよ!今までてめぇらにビストが持っていってた食材は、買った物じゃねぇ!全て盗んだ物なんだ!分かるか餓鬼共!?てめぇらは盗人が盗んできてた食べ物を有難く食ってたんだよ!分かるか餓鬼共!?ビストは人の物を盗む悪人なんだよ。その癖して、自分は良い奴って面してんだ。これはさっきの餓鬼が言ってた悪者よりも悪者って奴だよなぁ?俺たちはただ真面目に仕事をしてただけなんだぜ!?その俺たちから食いもんを盗んでよぉ、子供に与えるだぁ?ほんっと腐った人間だぜ!」
「嘘だ!!!」
先程口を開いた少年が再び叫ぶ。大好きなビストが悪人扱いされたのが悔しいのか、目には今にも溢れそうな涙が浮かんでいた。
「…嘘じゃねぇ。いいか、俺達の倉庫から盗まれたのはパンが10袋。鯖の缶詰が20個。焼きそばの麺が20人前だ。さぁ…これで物と数がピッタシだったら…言い訳出来ねぇよなぁ?ほら、てめぇはみんなのヒーローなんだろ?それを証明するためにそのリュックの中を見せてみろよ!」
ピクっとビストの体がヤクザ風リーダーの言葉に反応を示す。この状況で、リュックの中を見せないという選択肢はあり得無い。
ビストの周りにいる子供達は、縋るような目で、不安の感情で揺れる目をして、ビストを一様に見つめていた。
「………。」
ビストは無言で近くの子供に背負っていたリュックを渡す。そして、子供はリュックの中の物を出して数え始めた。
「くくくく。さぁて…どうなるかな?」
ヤクザ風リーダーの男は余裕の笑みを浮かべて楽しそうに酒を煽るのみ。
そして、数え終わった子供は…肩を震わせ、涙声で報告を始める。
「う…う…。パンが10袋。鯖の缶詰…20個で、焼きそばの麺が20個あるよぉ。」
その瞬間、ビストは感じた。子供達と自分の間に見え無い何かが現れ、精神的な距離が大きく大きく離れた事を。
「みんな…これは違うんですな。」
弁明しようとして一歩足を出したビスト。それに対して子供達は…逃げるように後ずさってしまう。それを見たビストは…心の中の何かがポキっと折れるのを感じた。大切なものを失った感覚。もう…戻らない。全ては失われてしまったのだ。
「さぁて、用は済んだ。俺は先に戻る。てめぇらはここにいる奴らを皆殺しにしてから戻って来い。」
満足したように酒瓶を放り投げたヤクザ風リーダーは、懐からクリスタルを取り出すと、記憶されていた転移魔法陣を発動させて姿を消したのだった。この機械街でかなりの高価品とされるクリスタルを惜しげも無く使う辺り、相当な大物がバックに付いている事が伺える。
「さて…と、俺たちのお楽しみといこうか」
ヤクザ風の男達は得物を握り締めてビストに近づいて行く。
子供達は男達の接近に恐れをなし、動かないビストを置いて後退を始める。
「おいおい!お前達のヒーローがどうなっても良いのかな?」
「………。」
ヤクザ風の男の言葉に、子供達はビストから目を背けるのみ。信じていた自分達を騙していて、盗人だったと知ったのだ。…当然の反応と言える。そして、その当然な反応は容赦なくビストの心を抉り続けていた。
(…僕は分かっていたんですな。僕がしている行為が子供達にとって受け入れ難い事実である事を。それで、僕は確かに皆に慕われている状況に酔っていたんですな。……最低なんですな。)
男達の接近に対して…地面を見つめ、一切の反応を示さないビスト。抜け殻…と言っても過言ではない反応である。
リーリーはヤクザ風リーダーによって引き起こされたこの状況に驚きを隠す事が出来ないでいた。
ビストがヒーローズに所属している事、そしてそのヒーローズが普段どんな仕事をしているのか、そしてビストが孤児院に出入りしている事。これらを知っていなければ、今回の事が引き起こされる訳が無いのだ。
その上で、ヒーローズに所属するビストが自分達の倉庫をビストが襲うように仕向け、暴動が起きたタイミングでスラム地区のリーリー孤児院に乗り込み…という完璧な流れである。これはどう考えても…ヤクザ風軍団は何かしらの大きな組織の情報提供を受けている可能性が非常に高い。…それこそ、闇社会のような。
「ビストや…気をしっかりと持つんじゃのう!お前さんがここで動かなかったら子供達が殺されてしまうんじゃのう!」
「それはどうかなぁ!?ビストは!お前達を騙してたんだろ?そんならよぉ、仲良くして慕わせて、1人ずつ闇の売買組織に売るつもりだったんじゃねぇか?」
ヤクザ風の男が言い放つ言葉に…子供達の心は大きく揺さぶられる。ビストという信じられるものが失われた今、子供達の心はちょっとした虚言でも信じてしまう状態に陥っているのだ。そして、子供達はヤクザ風の男の言葉で更にビストから距離を取ってしまう。
「くくく…おい!」
「おうよ!!」
いきなり数人の男がビストから離れるようにして集まっている子供達に向けて躍りかかる。その手に握るのは金属バット。一振りで数人の子供の意識が奪われるのは確実。当たりどころが悪ければ命を失ってもおかしくない。
大切な、大事な子供達の危機。ここでビストは無意識的に動く。全ては子供達を守る為。
ビストの体の周りに黄色い稲妻が発生する。同時に黒髪はその色を金へと変えた。ビストが金獅子と呼ばれる所以の姿だ。そして、圧倒的な速度で金属バットを手にした男に近づき…全力で殴り飛ばした。
「ごふっ…。」
低い呻き声と共に吹き飛んだ男は、庭を囲うように立てられた柵に激突し…意識を手放した。
「はぁ…。皆、大丈夫ですかな?…………え?」
助けた子供達の顔を見たビストは…そこに予想だにしない表情が並んでいた事で思考が停止してしまう。
子供達の顔には恐怖、裏切られた絶望、戸惑いが浮かんでいた。…子供の1人が呟く。
「前に…機械街の悪党…金獅子ってお話聞いた事あるんだけど…金獅子って……ビスト兄ちゃんなの?」
「……。」
無言で答えるしか出来ないビスト。自身の行動が、子供達の淡い希望を打ち砕いた事を…今この場面で漸く理解していた。
「そんな…ビスト兄ちゃんの事信じてたのに。」
その子供の言葉はビストの胸に鋭く、深く突き刺さる。もう…子供達の関係が修復不可能である事を思い知る。
今まで…ヒーローズで活動を続けていたのも、全ては孤児院にいる子供達の為。今となっては、その為だけに任務をこなしていたと言っても過言ではない。
(…全て失ったんですな。あの時から…失ってばかりなんですな。)
ビストの生い立ちはこうだ。
彼は元々リーリーの孤児院で育ち、そこから機械街の戦闘部隊に入隊をした。孤児院で生活をしている中で、スラム地区に住む者たちが差別され、謂れのない暴力を受けていたのが入隊のきっかけだ。
罪無き人々を守るという崇高な目的為に機械街に…身売りをしたと言っても過言ではない。
だが…ビストが戦闘部隊で任務をこなす中、目にしたのは…スラム地区に住んでいた時と同じ光景だった。所属が違う者達が繰り広げるだけの同じ光景だったのだ。機械街の戦闘部隊が行う任務は、全てが機械街の…アパラタスの中心である機械塔の利益になる任務だったのだ。つまり、ここでも罪なき人々が《機械街の為》という名目で殺されていたのだ。罪なき人を助けるつもりで、罪なき人々を傷付けていた現実。それに耐え切れず、逃げるようにして戦闘部隊から逃げ出したビスト。
無断で脱退した者は排除の対象とされ、ビストは激しい追撃を受け、満身創痍で路地裏に倒れる。そこで手を差し伸べたのが…今ビストが所属するヒーローズのリーダーである朱鷺英裕だった。
ヒーローズの本拠地で介抱を受けたビストは、ヒーローズがあくどい商売を行う者達を対象として制裁を加えている事を知る。それは、闇社会でも、機会街の組織でもだ。
遂に自分が望む事を行っている組織と出逢えたと感じたビストは、迷わずヒーローズの一員となったのだった。
それからというもの、ビストは精力的に裏取引を潰し続け、遂には機械街の闇に住む者達に《金獅子》として恐れられるようになる。
そんな頃であった。任務でスラム地区の近くに来たビストは、ほんの気の迷いで孤児院を訪れる。とは言っても、遠くから眺めるだけのつもりだったのだが…。
数年振りに訪れた孤児院は…ビストがいた頃よりも困窮していた。それも、外観からそれが疑いもなく分かるほどに。
孤児院の庭を囲う柵は至る所が折れてボロボロの状態。家の外壁も所々ヒビ割れ、窓カラスに至っては数ヶ所が割れており、代わりに板が貼り付けられていた。そして、荒れた庭で遊ぶ子供達は痩せ細り…見るからに栄養不足といった様子である。しかし、遊ぶ子供達に貧困に喘ぐ廃れた様子はない。今の現状を受け入れ、今という時間を精一杯生きていた。
子供達が見せる笑顔は明るく輝き、大人が抱えるような様々な悩みとは無縁である事が伺える。着ている服がボロボロでも、子供達の心は淀む事なく澄み渡っていた。
だから…だろうか。ビストは無意識の内に柵の近くまで移動しており、そのビストに気付いた子供達に声を掛けられてしまう。
無邪気に集まってくる子供達に、どうすれば良いのか分からないビストが立ち竦んでいるのを、孤児院から出てきた老婆が見つける。その老婆は幼いビストを引き取り、この孤児院で育ててくれた恩人…リーリーだった。
「もしかして…ビストかい?」
それは…ヒーローズとして活動をしていたビストの運命を変える再開であった。
リーリーとこれまで互いに歩んできた道を話したビストは、孤児院が思っていた以上に困窮している事実を知る。そして、任務で悪徳運搬業者から奪った食料を孤児院に寄付したのだった。
元々は貧困に喘ぐ者達へ分配されるべき食料。それを悪さを働く者から奪い、貧困層に施す。100人がこの話を聞けば、半数以上の人が賛同するであろう善行とも言える行為。だが、それは一歩間違えれば…いや、紙一重で悪行と認識される行為である。
ビストはこの事を理解していなかった訳では無い。しかし、自分が育った孤児院に施すという行為、そして食料を持っていった時の子供達の笑顔…これらを理由に無意識の内に正当化していたのだ。
だからこそ続けてこれた。だからこそ頑張ってこれた。だからこそ…裏切られたと感じた子供達の瞳はビストの心を深く抉る。もう取り返しのつか無い程に。
全てを失ったビスト。それを見て愉快そうに笑うヤクザ風の男達。
そこに現れたのが…トバル=ニアマだった。




