13-4-13.4機肢の間
龍人とエレク、フェラムとチャンによる2対2の戦いは終始…龍人とエレクが有利に進めていた。因みに、龍人は龍人化【破龍】を使っていない。使わずとも、エレクの実力が途轍もなく高いのだ。本来ならメインとなって戦う事が多い龍人だが、今回はエレクのサポートする形で立ち回っていた。
エレクが使う武器…魔具は雷斧槍【滅神】と言うらしく、斧と槍を組み合わせた万能型の武器だ。一振りすれば雷が迸り、もう一振りすれば鉄の素材で出来ている物がグニャリと形を変えて襲いかかる。物理と魔法を1人で絶妙なバランスで繰り出し、対するチャンとシャオロンは…防ぐ事で精一杯の状況にまで追い詰められていた。
(これが街主の実力か…。龍人化【破龍】を使っても勝てるか分かんない位に強いな…。しかもまだまだ全力を出してる感じもしないし。)
エレクの後方で支援をしている龍人の視線の先で、一向にエレクへ近づく事が出来ないチャンが業を煮やしたのか…全身に高密度の魔力を纏うと、エレクへ一直線に駆け出した。
敵である龍人から見ても、明らかに無謀な特攻だ。
(こりゃぁ勝負ついたか?…いや、まだ何かあるな。)
龍人がそう思ったのは、チャンの無謀な特攻を止めるどころか笑みを深くして見守っているフェラムの存在があった。仲間が倒されるかもしれない状況で一切の焦りを見せないという事は、仲間が倒されないという自信…もしくは、倒されたとしても負けないという何かしらの自信がある事を意味する。
龍人はフェラムを注視し、何か動きがあった瞬間に対応出来る様に幾つかの即効性の高い攻撃魔法陣を組み上げていた。
「ん…。ここは?」
その時だった。龍人の後ろで火乃花が小さい声を出したのは。仲間の意識が戻った事に喜びながら、龍人はフェラムの動きから目を離さずに火乃花へ声を掛けた。
「火乃花、大丈夫か?ここは4機肢の間だ。とりあえず、動けるなら敵のフェラムとチャンを倒すのを手伝ってくれ。」
「フェラム…チャン。…分かったわ。」
龍人の後ろでカツカツと足音が聞こえ、近づいてくる。意識が戻ってすぐに歩ける事を考えると、火乃花が受けたダメージは、思ったよりも少なかったらしい。最も、先程龍人が回復魔法を掛けたのも理由の1つではあるだろうが。
火乃花は龍人の横まで来ると、フェラムのいる方をまっすぐ見て動きを止める。
「動けそうで良かった。今の状況なんだけど…火乃花?」
「……。」
龍人はここで漸く火乃花の様子がおかしい事に気付く。確かにしっかりと自分の足で立っており、外見上不審な点は無い…ただ1つを除いて。それは、火乃花の目だ。目は開かれているのだが、いつもの火乃花の様に勝気な雰囲気が一切感じられないのだ。まるで、大切な何かを失った直後の、廃人になる直前の人間の様に…まるで意思というものを感じる事が出来ない目をしていたのだ。
「おい火乃花…どうした?」
心配になった龍人は横目で火乃花を見ながら声をかける。すると、火乃花は前をまっすぐ見たまま徐に口を開いた。
「龍人君…。今、あの女…フェラムさ…フェラムと戦ってるのよね?」
「ん?そうだけど…。」
「そう…。」
明らかに様子がおかしかった。これは何かあると感づいた龍人は、フェラムに対する最小限の意識だけ残し、火乃花の方を向く。
「火乃花…もしかして何かされ……!……かはっ。」
「えぇ。何か…されたのかしらね。言える事は1つよ。フェラム様に仇をなすのなら、龍人君でも…殺すわ。」
龍人の右脇腹には…火乃花がいつの間にか作り出した焔剣が突き刺さっていた。おふざけではない。火乃花の目には、つい先程までとは違い…殺意という感情が浮かんでいた。
「ぐ…!」
龍人はすぐに構築していた魔法陣の1つを発動し、水の竜巻を火乃花と自身の間に発生させる。その隙に焔剣から無理やり体を引き抜き、火乃花と距離を取ったのだった。剣が突き刺さっていた場所は焔によって焼かれ、焼けた細胞が焦げ臭い匂いを発し、同時に焼かれなかった部分からは出血が始まっていた。
すぐに治癒魔法を発動させるが、そんなにすぐに傷を癒す事が出来るはずも無く、龍人は激痛に膝をついてしまう。
「火乃花…なんでだ。」
「なんで?理由なんか無いわ。敢えて言うなら、フェラム様が私にとって一番だからよ。」
ドガァン!という音と共にチャンを吹き飛ばしたエレクは、その巨体とフルプレートアーマーからは想像できない軽やかなステップで龍人の隣に移動をしてきた。
「…龍人。あの女はフェラムによって操られている。」
「操るって…なんだよそれ。」
「それがフェラムの持つ属性【魅了】の効果だ。操る人数が多いほど、操られた者の実力が落ちていくのだが、1人の場合は最大の力で操れる。」
「…どうすればその属性【魅了】を解除出来るんだ?」
「俺もあまり見た事が無いから正確には言えんが、フェラムが属性【魅了】を継続出来なくするしかない。気を失わせるか、魔力切れにさせるかだな。もしくは、操られている者の意識を失わせるか。…恐らくこの3つが最善策だ。どのようにして魅了状態にしているのかがわかれば、他の方法もあるかもしれんが…今の状況でそれを見つけられるとは思えん。」
「なるほどな…。」
正直な所、龍人としては最悪な状況であった。火乃花の強さは共に戦ってきた龍人だからこそ嫌という程に痛感している。だが、それよりも何よりも…仲間である火乃花が敵に回るという事態は受け入れ難い事実であった。
ギリ…と歯を食いしばる龍人をチラリと見ると、エレクは雷斧槍【滅神】を構える。
「今はどうする事も出来ん。全力で戦い、さっさと解放してやれ。」
「…分かってる。」
戦いたくない…という無意識の内に浮かび上がってくる感情を、なんとか意志の力で抑え込んで夢幻を構える龍人は、目線をフェラムに真っ直ぐ向けた。
「あらぁん。そんなに熱い視線を向けられたら…私の体の芯が疼いちゃうじゃないのぉ。」
こんな状況であっても、自分の路線を決して崩す事がないフェラムだが、龍人はそれに惑わされる事無く、一気に勝負を付けに行く事を胸の内に誓っていた。
「本気でいく。」
「ならば…俺も少しは本気で倒しに行くか。」
龍人の呟きに呼応する様に、エレクの全身から雷が迸り始める。そして…龍人も自身が持つ全力で敵を倒す為、固有技名を呟いた。
「龍人化【破龍】。」
途端、龍人の全身を黒い稲妻が纏わる様にして発生。更に、夢幻はその色を漆黒に変える。
「あらぁん…。思ったよりも強いんじゃなぁい?」
「フェラム!気を抜いては駄目アル!」
どうやら、フェラムとチャンは龍人の様子が一変した事で警戒の態勢を取った様だが、そんな事は既に関係が無かった。
相手が構えていようが、構えてなかろうが、関係が無いのだ。ただ、仲間を救う為に…目の前の敵を全力で叩き伏せるのみ。
龍人は力強く地を蹴ると、グンっと重力の枠を抜ける様に加速する。集中力が研ぎ澄まされ、認識される全ての動きが遅くなっていく。一段上の加速の中で、龍人はフェラムに肉迫し、夢幻による漆黒の斬撃を連続で放った。
「これは…ヤバイわねぇん!」
フェラムは龍人の目にも留まらぬ斬撃を自身の持つ鉄球を全て出して防いでいく。この鉄球の名は炎艶と言って、フェラムの持つ属性【炎】【魅了】に対応した魔具だ。両属性を操れる優れものであるが、今は火乃花を操っている為…使える属性は【炎】のみ。そして、物質的な連続の斬撃に対して【炎】を使っても、斬撃自体を止める事はほぼ不可能。つまり、鉄球を操作する事で物理的に防ぐか、物理壁による防御しかないのだ。
龍人が操るのは1本の剣。フェラムが操るのは10個の鉄球。数を見れば有利なのはフェラムなはずなのだが、龍人が繰り出す縦横無尽な斬撃の連続に、フェラムの操る鉄球は徐々に押されつつあった。
そうして2人が攻防を続けるうち、鉄球の布陣に綻びが生じる。夢幻によって弾かれた鉄球が戻る速度よりも、弾かれる速度の方が早い為、フェラムの周りにある鉄球の数が減っているのだ。
そして、鉄球と鉄球の合間に出来たフェラムへ続く1本の道が生み出される。勿論龍人がその道を見逃すはずは無い。
「シッ…!」
龍人は鋭い息を吐きつつ夢幻の切っ先を水平にしてフェラムの胸元に突き出す。避ける事は叶わない一撃必殺のタイミングで放たれた攻撃。…しかし、夢幻はフェラムの胸に吸い込まれる前に横から加えられた衝撃によって軌道がズレてしまう。
「…火乃花!」
龍人が崩された態勢を直しつつ横を確認すると、其処には右手をこちらに向けた火乃花が虚ろな目のまま立っていた。
「ふふふ。私の僕は優秀ねぇ。思った以上に良い動きをするわぁ。さぁて、ここからわ私達2人で行かせてもらうわよぉ?」
「…くそっ。」
フェラムが自身の周囲を一列に回るように鉄球を配置すると、鉄球から炎が噴き出し始める。そして、その横に並んだ火乃花は炎鞭剣を右手に作り出し、更に周囲に炎の矢を複数生み出して停滞させる。
「…こりゃあ腹を括るしかないんかね。」
龍人は周りに魔法陣の欠片を大量に出現させると、構築はせずに停滞させる。
「ふふふふ…行くわよ坊や?」
余裕の笑みを浮かべたフェラムが鉄球を龍人に向けて飛ばす。一連となった鉄球は龍人の顔目掛けて一直線に飛翔する。
普通に体をズラせば避けられる可能性もあるが、龍人は魔法陣を展開して光弾を連射する。案の定、一連に連なった鉄球に光弾が衝突すると、鉄球は弾ける様にして散開し、四方八方から龍人に襲いかかる。
防ぐのは全方位に向けて張られた物理壁だ。
「…!ちっ!」
鉄球が物理壁に弾かれた瞬間、それら全てを突き抜ける様にして紅蓮の炎が襲い来る。その威力にあっという間に砕け散る物理壁。ここで龍人は周囲に停滞させていた魔法陣の欠片を使って魔法陣を構築…水の壁を自身と炎の間に出現させた。
水が炎を防ぎ、炎は水の温度を上昇させていく。次第に水は一定の温度を超えて蒸発を始めた。
このままでは紅蓮の炎に水の壁が破られるまでそう時間は掛からない。属性の相性から言って普通は逆なのだが…消されても消されても絶えることなく炎を放ち続けるからこそ…の現象である。
(このまま防御してても駄目だ…!先ずは火乃花の動きを止める!)
龍人は漆黒に染まった夢幻の刀身に沿うようにして魔法を構築、離れた火乃花の足目掛けて夢幻を振るった。すると、冷気が火乃花の放つ炎の下を這うようにして進み、火乃花の足に直撃して氷を発生させ…床と足を固定する。
更に、転移魔法陣を構築して発動。龍人は火乃花の後ろに回りこみ、意識を奪うべく雷撃を叩き込んだ。
「…!ちっくしょ!」
龍人の放った雷は、火乃花の前に垂直に連なって地面へと続く鉄球が避雷針代わりとなって防いでいた。
攻撃を受け流されたことで隙が出来た龍人に向けて、火乃花の焔鞭剣がしなりながら襲い掛かる。普通であれば直撃必至のタイミング。しかし、龍人は残像を残すように高速移動を行い、火乃花とフェラムの射程距離圏外に移動をして攻撃を避け切ったのだった。
「あなた…思った以上にやるわねぇん。その焦った表情…ふふ、可愛いわねぇん。でも、まだまだよぉ。その黒い稲妻を出して戦闘能力は上がったみたいだけどぉん。貴方の攻撃には…躊躇いがあるわぁん。ふふふ。その躊躇いを捨てない限り、私に勝とうなんて甘いのよぉ。」
「………。」
フェラムの挑発するような台詞に、龍人は無言で対応する。ここで何かを言われたとしても、龍人の怒りを買おうとする言葉を言われるのは目に見えていた。今は言葉ではなく…行動で状況を打破しなければならないのだ。
(消費魔力は上がるけど…もう一段階上げるか。)
龍人の周りに纏わり付いていた黒い稲妻がバチッと音を鳴らすと、夢幻の周りにも広がっていく。
「あらぁん。まだ魔力が上がるのねぇ。いいじゃなぁ。そうやって攻め手を増やせる男は…優秀よねぇ。女を飽きさせないコツを知ってるじゃなぁい。私に感じさせてよねカ・イ・カ・ン!」
ダンッと力強く床を蹴った龍人は、フェラムと火乃花に向けて再びの疾走を開始した。
一方、エレクとチャンの激突は…ほぼ一方的な攻防が展開されていた。




