13-4-12.引き寄せられる強者達
クレジの話し方。恐らくここ機械塔に魔電変換動力器がある事を知っていたのだろう。そして、エレクもクレジがそれを狙って動いてくる事を分かっていたかのようにも見える。
(…にしても、どうすんだよ。さっきのクレジの攻撃で結界が解除されたって事は、魔電変換動力器の魔力が切れたって事だよな。そしたら、何かあった時にこの機械塔を守るもんが無いじゃん。)
…そう。約10分に渡ってクレジによる強力な振動波を受け続けた結果、魔電変換動力器が張っていた結界が解除されてしまったのだ。つまり、保管されている49Fへの隠し階段が見つかってしまえば、魔電変換動力器が強奪されてしまう可能性が非常に高い事を意味する。
そんな龍人の心配をよそに、エレクは一切動じない声音で返事を返していた。
「そんなもの、とっくの昔に手放した。」
「はぁ?なぁに寝ぼけた事を言ってるんですかぁ。ついさっきまでの結界…電磁フィールドは明らかに魔電変換動力器を使ったものですよねぇ?」
「それは違う。そこにいる高嶺龍人に頼んで張ってもらったものだ。」
いきなりの振り…に思うが、これは既に打ち合わせ済みの内容だ。あくまでも魔電変換動力器の存在を隠す事が目的である。
「ほぉ…それはおかしいですねぇ。」
クレジの体の揺れが大きくなる。それは振り子時計の様でもあった。
「この機械塔に乗り込んで、そこの龍人と戦っている間も上から強力な魔力反応を感じていたんですよぉ。あれ程の魔力を戦闘を維持しながら維持できるとは思いませんねぇ。」
「ふん。それはお前の思い込みだろう。」
「ほぉぉ?」
グニュアッと首を傾げるクレジ。エレクはそんな奇妙な行動に一切反応せずに淡々と告げる。
「龍人は魔法陣魔法のスペシャリストだ。普段の使い方は通常とは大分異なるが、普通に魔法陣が使えないわけが無いだろう。」
「ほほーう。それは確かに言う通りですねぇ。では、問いますが…龍人がわざわざ此処に強力な結界を張っていた理由は何なんですかぁ?」
(おいおい、流石にまずいんじゃないか?)
クレジの鋭い突っ込みに、龍人は本当に魔電変換動力器の存在を隠しきれるのかを危ぶみ始める。だが、流石は1つの星を治める人物…と言うべきか。エレクは淡々と言葉を紡ぐのだった。
「そんなもの、此処が機械街の中枢だからだ。此処には機械街の機密書類などが多数保管されている。そこを守るのは当然だ。まぁ…それもお前が結界を壊したから意味は無くなったが。」
「……。」
筋の通ったエレクの言葉にクレジは口を噤む。そして…体の揺れを段々小さくしていき、動きを止めた。
続いて方が小刻みに、上下に揺れ始める。いや…震え始めた。
「くくくくくくく…くくくくく!楽しいですねぇ…いいですよぉ。いいですよぉ!私が求めていたのはこういう事なんですよぉ!実際の戦闘でも、只の口論でもいい。一筋縄ではいかないこの感じですよぉ!頭脳が優れた者、戦闘に特化した者、どんな者でもいいんです。そいつらを正面から叩き潰す…これほどの快感は…ありませんよねぇ?…………エレクの言い分は十分に理解しましたよぉ。それでも、私は自分の目で見ない限りは信じないんですよぉ。だから、あえて、宣言しますねぇ。私はあなた達2人を叩き潰して、徹底的にこの機械塔を調べさせて貰いますよぉ!」
ブワッとクレジから魔力圧が発せられ、龍人とエレクにのしかかる。
(いやいや、確かに魔力を電気に変換出来るって魔具は凄いけど…ここまでして手に入れるもんなのか?)
話の中心になっている魔電変換動力器をクレジがそこまで欲する理由…そこが明確に理解できない龍人は、この暴動の中心である筈の魔電変換動力器がエレクから聞いた情報以外の何かを持っているのでは…と疑い始めていた。
しかし、今この状況で詳しい事を聞ける筈もない。それこそクレジに付け入る隙を与えてしまう。それに…黒マントを靡かせながら強力な魔力を発するクレジは、戦闘を開始する気満々であった。
まずは目の前の脅威をどうにか乗り越える事が先決である。他の細かい事の確認は…それからだ。
クレジは徐に右手を龍人達に向ける。
「さぁて、さっさと消え去ってもらいますよぉ?」
エレクは組んでいた腕を解くと、龍人に声を掛ける。
「龍人、奴が本気を出すと…正直、俺と同格だ。気を抜くな。」
「…あぁ。」
そして場が動く…と思った時である。4機肢の間に新たな人物が悠然とした態度で入ってきた。その人物…黒いドレスを着た女性は腕に誰かを抱えながら、その重みを感じさせない足取りでクレジに近づいていく。
抱えられた人物の顔が揺れ…腕の間から赤い髪が一房零れ落ちた。
「もしかして…火乃花?」
独り言のように呟いた龍人だったが、それが聞こえたのか、火乃花らしき人物を抱える女性が妖艶な笑みを浮かべた。
「ふふっ。この娘がどうなってもいいのかしらぁ?」
「…てめぇ!」
「あら!動いたらこの娘…死ぬわよ?」
その女性が腕を動かすと火乃花の顔が露わになり、その額の上にどこからか現れた球体がトン….と乗る。ただの球体な筈なのだが、女性が出す雰囲気から、本当に火乃花が殺されてしまうと分かってしまった龍人は行動に移す事が出来なかった。
「ふふふふ。その苦悶の表情…いいじゃなぁい。私…そう言う顔をする子を苛め抜くの好きなのよねぇ。快楽に溺れた姿を見てみたいわぁ。」
「いいですねぇ。フェラム…ナイスタイミングですよぉ。さぁ…お二人とも。この娘を殺すか、魔電変換動力器の保管場所を話すかの2択ですよぉ?」
恐らく、どちらを選らんでも…その先にあるのは後悔しかない事が分かりきった2択。龍人はエレクが火乃花の安全よりも魔電変換動力器の存在を隠す事を優先すると分かっていた。だからこそ、自分が動かなければならない。相手の僅かな隙を見つけ、それこそ一瞬で全ての動作を完結させる程の緻密で迅速な行動が求められる。一瞬に全てをかける覚悟をする必要があった。
「クレジ…。先ほどから言っている。魔電変換動力器は既に手放している。」
「くくくくっ!この状況になってもまだ言うんですねぇ。結局の所、自分の星を、立場を守るために他人の命を犠牲にするんですねぇ。エレク…あなたが…いや、この機械塔に魔電変換動力器がなければ、どこにあると言うのですか!さぁ、娘の命を失いたくなければ、言うんですよぉ!?」
しかし、クレジがどれだけ火乃花の命を引き換えに出しても、エレクが揺らぐことは無かった。
「知らないものは知らない。」
「それは…これを見ても言えるアルか?」
そう言って姿を現したのは中華服を着た男性…チャン=シャオロンだった。そして、その肩にはまたもや1人の女性が担がれていた。
悪戯っ子のような顔をしながらその女性を下ろすチャン。そして、その顔を見たエレクが動揺の呻き声を漏らしたのだった。
「まさか…ニーナか?」
当然、この反応をクレジが見逃すはずも無い。
「くくくく。他人なら見殺しに出来るのに、自分の仲間だとこうもわかりやすく動揺してくれるとはねぇ。良くも悪くもエレクも人間って事ですねぇ。」
エレク指が僅かに動く。
「分かった。クレジ…お前の要望を聞こう。」
「おいエレク!それじゃぁ…。」
抗議をしようとした龍人に対して、それ以上話すなと手のひらを向けると、エレクはゆっくりと4機肢の間の中央に移動していく。そして、エレクの体から放電現象が起き、床の中央部分がスライドして49Fへ続く階段が現れたのだった。
「くくくくくく!いいですねぇ!それでは、下に行かせてもらいますよぉ?」
「待て、火乃花とニーナを解放してからだ。それをしないのなら…俺はそいつらの命を失ってでもお前を止める。」
「ほぉぉう。怖いですねぇ。ふふふ。もちろんですよぉ。フェラム、チャン、そこの女2人を解放しなさい」
「分かったわぁ。もう少しこの豊満な体を堪能したかったけど…しょうがないわねぇん。」
「もちろんアル。ミーは約束は守るあるよ。」
チャンとフェラムは火乃花とニーナの体を抱えて龍人の前まで運ぶと、優しく床に起き、元の位置に戻っていく。人質に取るという非道な事をする割に、その辺りの行動がヤケに素直である。何となく違和感を覚えつつも、龍人は火乃花とニーナの様子を確認していく。
(…一先ず大きな怪我とかは無さそうかな。)
外見上、大きな怪我は無いが…見え無い所がダメージを受けている可能性があるので、龍人は回復魔法を火乃花とニーナに施していく。
それと並行して、クレジは49Fへ余裕綽々の態度で降りていった。ゆらゆらと揺れる黒マントの背中に、エレクが声を掛けた。
「おい。魔電変換動力器の特性を知っているのか?」
「…ふふふ。もちろんですよぉ。だからこそ、私は欲しているんですからねぇ。」
「そうか…。ならば、少しの間そこに閉じ込められたとしても、お前自身が迂闊だったとしか言い様がないな。」
「…はぁ?」
エレクが言っている意味を正確に理解できず、首をかしげるクレジだったが、次の起きた現象で全てを理解する。
ブウゥゥゥンという音と共に、49Fへ続く入り口が電磁フィールドに遮られたのだ。
「ふん。まだまだ詰めが甘いな。」
「この…くそ餓鬼がぁ。…ふふ。だが、甘いですよぉ。こんなもの動力器自体を接続から外せばすぐに解除されるんですからねぇ。」
「残念だが、動力器自体を守る様にも電磁フィールドを張っている。つまり、動力器に蓄積された魔力が無くならない限り、お前はそこから出る事は叶わない。」
「…くそぉぉぉぉおおおお!チャン!フェラム!私は私なりに動きます!お前たちはこの馬鹿2人をぐちゃぐちゃに殺すのです!」
クレジは怒りに肩を震わせながらも、エレクに背を向けると49Fへ降りていった。
「さて、俺の予想ではこの電磁フィールドは保って1時間だ。それまでに、そこに立っている2人を倒すぞ。」
「…はは。分かったよ。」
魔電変換動力器の魔力が切れた事自体が、クレジを閉じ込める為の嘘だった事になる。そして、敵の主戦力が全員この4機肢の間に集まった。恐らく、全てエレクの考えた通りに物事が運んでいるのだろう。
ここから先は非常に分かり易い図式で動く事になる。電磁フィールドが解除される前に、フェラムとチャンを倒せるか否か。それがこの後の展開を大きく左右する事は間違いが無かった。
龍人は夢幻を取り出すと、体の真正面に構えて口の端を持ち上げる。
「さて…こっからは小細工なしの全力勝負だな。」
機械街で起きた暴動。それを締めくくるであろう戦いの火蓋が切って落とされる。




