13-4-7.機械塔の戦い
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カツカツカツ。カツカツカツ。カツカツカツ。カツカツカツ。
静かな部屋に足音だけが響く。
カツカツカツ。カツカツカツ。カツ。
足音が止まると同時に聞こえてきたのは…悲鳴だった。
「ひぃぃぃ…!た、助けてくれ!俺には…嫁も子供もいるんだ!子供も産まれたばかりで…!」
必死の懇願。口にするのは、機械塔治安部隊隊長だ。45Fの客室フロア防衛を任されていた隊長は、突然現れた黒仮面の人物によって追い詰められていた。黒仮面はいきなり現れたかと思うと、数人の隊員を瞬殺したのだ。黒仮面の手が触れた瞬間に、その場所から人が弾け飛ぶように殺される姿は、治安部隊の面々から戦意を失わせるのには十分だった。
客室フロアの廊下の端に、黒仮面から逃れるように集まった治安部隊達。その目の前で動きを止め、ユラユラと揺れ続ける黒仮面は…其れだけで恐怖を感じさせる存在感を放っていた。
隊長の懇願…プライドも何もかもを捨て去った命乞いは続く。
「こ、こいつだって結婚したばっかなんだ!こいつも最近やっと彼女ができて…!」
「煩いですねぇ。私にどうしろと言うのですかぁ?あなた達と私達は…敵同士なんですよぉ?舐めてるんですかねぇ?」
命乞いを一切聞き入れる気が無い黒仮面の的確な言葉に、治安部隊隊長は口を噤んでしまう。だが、それでも生き延びるために、勇気を振り絞って再び口を開く。
「で、でも…」
「しつこいんですよぉ。聞き分けの無い奴は…すぐに死ぬべきですねぇ。」
黒仮面は顔をクイィィと右に傾けると、廊下の端に集まった治安部隊達に向けて右手を向けていく。
「ま、まて…!待ってくれ!」
仲間が一瞬で弾け飛んだのを見ているため、同じ結末が自分達に襲いかかると想像するのは難くない。黒仮面の右手が翳される…それは、己達の死とイコールであった。隊員達は翳されつつある黒仮面の右手に絶望の目を向けるのみ。
そして…右手の動きが止まり…。
「死んで静かになって下さいねぇ?」
その時だった。階段から2人の人物が現れたのは。
「待て!」
治安部隊隊員達にとって恐怖でしかない黒仮面に向けて、勇敢にも制止の声を掛けたのは細身で身長が高く、イケメンの部類に属する人物であった。そして、その横に立つのは女性の平均を下回るであろう低身長で、長い髪を揺らす、美少女の部類に属する人物だ。
つまり、高嶺龍人とレイラ=クリストファーである。
黒仮面は龍人とレイラの方に顔を向けると、クイィィと首を傾けた。
「はて?あなた達はどなた様ですかなぁ?私には私のする事があるんですよぉ。それをあなた達に邪魔される理由が分かりませんねぇ。」
「関係あんだよ。関係ない人達を無闇矢鱈に殺してんじゃねぇし。」
「ふふふふふふ…。小さな正義を振りかざすのはさぞかし気持ちいいでしょうねぇ?そうやって優越感にでも浸っているつもりですかぁ?そんな小さな正義…圧倒的な力の前には平伏すしか無いんですよぉ~。」
黒仮面の右手が光り…手のひらの先にいた治安部隊隊員達の身体が次々と弾け飛んでいく。
「ちょっ…!止めろって言って…!」
「煩いんですよぉ。私のする事に文句があるのなら…力で止めみればいいでしょぉ?」
黒仮面の行動は、意地が悪いものだった。力で止められれば止めるのだが、それが出来ないタイミングで止めてみろと言うのは…明らかに確信犯であり、龍人を馬鹿にしているとしか言えなかった。
話しながら右手に集中する魔力の量が一気に増え、そこから発せられる何かしらの魔法に必死に耐えていた数人の治安部隊隊員が弾け飛ぶ。腕が千切れ、足が吹き飛び、物凄い力で強打されたかのように体が歪み、爆散した。
「…マジかよ。」
「ヒドイ…。」
映画でしか見た事が無いような残酷な現実。この階に来るまで、思い出すのも嫌なくらいの無惨な屍を見てきたが…目の前で人が同じ殺され方をするのを見るのは、精神的ダメージの差は計り知れない。
龍人はギリギリのラインで平静を保つ事に成功するが、レイラは嫌悪感によって胸の奥から湧き上がる吐き気に逆らえず、口元を手で覆ってしまう。
「…レイラ、ここで目を背けたら負けるぞ。」
そんなレイラに龍人が掛けた言葉は、慰めでも何でもなく「戦うぞ」…いや、「逃げずに戦え」という意味を込めた言葉だった。
非情に思えるかもしれないが、全てはレイラを守るために出てきた言葉である。
その龍人は、前を見たまま額に汗を垂らしていた。その原因は…クレジから発せられる異様な魔力である。
(なんだこいつ…。見た目が変なのは良いとして…雰囲気ってか魔力の感じが気持ちわりぃ。)
龍人の目線の先で黒仮面はクツクツと肩を揺らして笑う。
「ふふふふふ。君…良い眼をしているみたいだねぇ。もし、吐き気に襲われて私から目を逸らしてたら…君達死んでましたよぉ?」
「…そんな簡単に殺されてたまるか。」
「良いですねぇ。その無駄な強気。私はそういう気丈な人間が崩れ去る瞬間を見るのが好きなんですよねぇ。ふふふふ。さぁてと…本来でしたらこのまま目的を達成すれば良いんですがねぇ、あなた達みたいな面白い人間にあったんですから…少し遊んであげますよぉ。」
黒仮面はユラっと右手を上げて龍人達に向ける。そして…得体の知れない魔法が龍人達に襲い掛かる。ブゥン!と微かな音がしたと思うと、見えない何かの魔力が迫ってくる。
「…レイラ!」
「うん!」
吐き気に襲われていたとしても流石はレイラ。龍人が叫んだ時には2人の前に魔法障壁が展開されていた。
黒仮面の放った魔法とレイラの魔法障壁がぶつかる。
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!
連続で魔法障壁が強打されたような音が響き、魔法障壁が激しく震える。
(…なんだこの魔法?)
龍人はレイラに視線を送るが、レイラは困った顔で小さく顔を横に振るのみだ。
(レイラも分かんないか…。)
衝撃は30秒程続いた所で収まる。砂埃の舞い上がった部屋の向こうでは、黒仮面が再び肩を揺らして笑っていた。
「ふふふふふ。今の攻撃を防ぐとは…良いですねぇ。面白いですねぇ。魔法障壁をここまでのレベルで使えるのは機械街にはそういません。となると…どうやら私が仕入れた魔法街の魔導師団が来ているという情報は当たりだったみたいですねぇ。」
「…。」
無言で警戒を続ける龍人とレイラ。だが、そんな2人の様子を一切きにする事なく黒仮面は口を動かし続ける。
「良いですねぇ。良いですよぉ~?これまで私と対等に戦えたのは機械塔の4機肢と、闇社会の幹部くらいなものです。…あぁ、もう1人興味深い人物もいますけどねぇ。まぁそれは置いといて、私は強い人間に敬意を払うんですねぇ。…名を名乗りましょうかぁ。私の名前はクレジ=ネマ。機械街に異を唱える闇社会を統べる者です。」
黒仮面…クレジが唐突に始めた自己紹介は龍人とレイラに衝撃を与える。
「…闇社会のリーダー?」
「そうですよぉ?何を驚いた顔をしているんですかねぇ?トップが先陣切って乗り込む事が驚きなんですかねぇ。…私は、効率重視派なんですよぉ。部下に任せるよりも、私が動いた方が遥かに早く目的を達成出来るんですよぉ~。邪魔をする者を排除するのは…強い人間の方が早いですからねぇ…!………さて、君達も名を名乗りなさい。」
「……俺は、高嶺龍人。」
「私は…レイラ=クリストファー。」
「ふふふ。龍人とレイラ…ですね。それでは始めましょうかぁ。…死の舞踏会をねぇ!」
次の瞬間、クレジは飛び上がって龍人達に向かってくる。
「…レイラ行くぞ!」
「うん!」
龍人とレイラも応戦するべく動き出した。龍人は右手に魔法陣を展開して夢幻を取り出すと、飛び上がったクレジの下に潜り込むように進んでいく。
再びクレジの右手から何かしらの魔法が放たれて、龍人を潰さんと襲い掛かる。しかし、龍人は防御を取らずに夢幻を脇に構えて飛び込んでいく。そこをカバーするのはレイラだ。龍人の前に魔法障壁を展開して攻撃を防ぎ、クレジへの攻撃ルートを確保していく。
「魔剣術【一閃】」
横一文字の居合斬りが放たれた。剣筋と同じ形で飛翔する魔力の刃がクレジを捉えた…のだが、魔力の刃はクレジの手に触れた所で爆散してしまう。
(あいつが使う魔法…前にミータが使った属性【音】に似てる気がするな。)
そんな風に分析しながら一度クレジと距離を取った龍人は、夢幻を構えて警戒する。魔剣術【一閃】をこうも簡単に破られるというのは、流石に予想外の展開なのだ。
「ふふふふ。良いですねぇ!まだまだですよぉ?」
不気味に笑うクレジは着地するなり、レイラに向けて疾走を開始した。走りながら左手を床に付けると、その部分の床は瞬く間に細かく砕かれ、レイラに向けて飛び散る。
防御壁を展開して破片を防ぐが目の前にはすでに右手に魔力を集中させたクレジが迫っていた。
「ふふふふふ!ほらほらぁ。次行きますよぉ~?」
ブゥン!という音と共に物凄い衝撃がレイラを襲う。
「うっ…。」
ギリギリのタイミングで魔法障壁で防いだレイラだが、衝撃の強さに体が後ろに押されていく。
「おっと!…背後からとは物騒ですねぇ。」
レイラを助ける為に後ろから斬り掛かった龍人は、あっさりと攻撃を止めてひらりと躱したクレジの言葉に一切反応せずに、魔法陣を展開して極太の水砲を発射する。
「ふふ。こんな程度の攻撃では…無駄ですよぉ~!」
クレジの右手が振るわれると、水砲が一気に弾かれる。その弾かれ方を見た龍人は、予想が確信に変わる。
「なるほどな。クレジ…お前が使う魔法は振動を操ってんな。だから目に見えないんだ。属性【音】かと思ったけど、多分上位属性の属性【振動】ってトコか。」
「…ほぉ。これはどうしてなかなか…。思ったよりも観察眼にも優れているみたいですねぇ。」
クレジは動きを止めると、龍人達から少し距離を取った場所でユラユラと揺れ始める。
「ふふふふ。益々面白くなってきましたねぇ。私が思った以上に龍人とレイラ…あなた達2人は面白いみたいだ。」
肩を揺らして笑いながら揺れるクレジの姿は、嫌悪感しか感じさせないものだった。
ここで、新たな役者が舞台に姿を現わす。
ウィィィィン
というエレベーターのドアが開くと共に姿を現したのは…ニーナ=クリステルだった。
「…ニーナさん!?なんでここに!?」
予想外の人物が無防備に現れたのを見て、レイラは思わず大声を出してしまう。
「お2人が心配で、どうしても居ても立っても居られなくて来てしまいました。エレクさんとの約束は破ってしまいますが…、私は…私は…。」
状況がいまいち掴めないが、龍人達を助けに来た…というのは間違いが無さそうである。下を向き、両手の拳に力を込める姿を見る限り、何かしらの事情を抱えているのは間違いが無さそうである。
(おいおい。助けるって言ったって…流石にニーナを守りながらクレジと戦うのは無理だぞ?)
龍人の心配は…ある意味で的中する事となる。
「ほぉ。ここでニーナ=クリステル…あなたが出てくるんですねぇ。私の記憶ではあなたは…厄介な存在だったかと。ふぅむ。…ご退場願いましょうかねぇ。」
クレジはユラっと両手をニーナに向け…底から前方一方向に凝縮した震動波を放つ。
「……あ。」
下を向いていたニーナは、震動波に対して全く反応する事が出来ない。
「ニーナさん!!」
そのニーナを守ったのはレイラだった。震動波が放たれたのと同時にニーナの前に移動。そして魔法障壁で震動波を受け止める。
ドガガガドガガドガドガガガドドド!
「きゃあ!」
「いやっ…!」
震動波による威力は凄まじく、ニーナとレイラは魔法障壁ごとエレベーターの中に吹き飛ばされてしまう。そして、魔法障壁に弾かれた震動波が周りに拡散し、エレベーターの内部をズタボロに引き裂き…遂には支える鉄紐を切断してしまう。
その瞬間…ガクンと揺れたエレベーターは一気に急降下をして見えなくなった。急降下をする直前に、龍人とレイラの目が合ったのだが…瞬間的に連続して起きた為に龍人には何も出来なかった。
時既に遅し。
フロアに残ったのは、龍人とクレジの2人のみとなったのだった。




