13-4-3.機械塔襲撃
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機械塔の1Fロビーにて、龍人、火乃花、遼、レイラは優雅に午後のティータイムを楽しんでいた。とは言っても、あくまでもフリである。暴動が起こっている中で、無関心にティータイムを過ごすなど普通の神経を持つ彼らには出来る筈もない。では、何故空気を読まない行動を取っているのか。それは…エレクからそうする様に言われたからだ。
敵が姿を見せるまで第8魔導師団が機械塔側の戦力として認識されない事。これがエレクに言われた事だ。エレク曰く『敵は各地区の暴動に4機肢を割いている事で、機械塔の守備が甘くなっていると考えている筈だ。奴らは必ずそこを狙ってくる。弱体化していると思われている機械塔と闇社会という構図を、お前達が参入する事で一気にひっくり返す。だから、お前達は…敵が機械塔の中に侵入するまで何もするな。』という事である。
こういった事情がある為、龍人達はのんびりとティータイムを楽しんでいるのだが…いつ敵が攻めてくるか分からない状況で落ち着けるはずも無く、そして会話が弾む訳もなく…微妙な空気が4人の間を流れていた。
ビルの外は治安部隊が周囲を巡回しながら警備に当たっており、何か異変が起きればすぐに街主エレクに情報が届けられ、ニーナを通じて第8魔導師団にも伝えられる様になっている。
後は敵が姿を現わすのを待つだけ…という状況なのだが、その敵が現れない以上は何もする事が出来ないのも現実である。会話もなく淡々と時間が過ぎていくのに耐えられなくなった龍人は火乃花に声を掛けた。
「なぁ火乃花。機械塔の訓練室で何を練習してたんだ?」
「…新しい魔法の練習よ。」
「へぇ。毎日訓練室に籠ってたって事は、相当難しいんだろうな。」
「そうね…。龍人君も固有技の練習はしたんでしょ?多分それと大差ない事をしてると思うわ。」
「固有技か…。だから訓練室が壊れまくってたのか。」
「う…それは…それは訓練室の壁とかドアがしっかり頑丈に作られていないのが悪いのよ!まぁ…しっかり制御出来てなかった私も悪いんだけど。」
「ははっ。まぁ気にしなくていいんじゃないか?ってか制御出来てなかったって言うって事は、制御出来る様になったのか?」
「えぇ。まぁ…ね。まだ安定性には掛けるけど、戦いの最中で問題なく使える程度には仕上げてあるわ。」
「流石火乃花だな。」
龍人が火乃花を褒めたのはお世辞でもなく、心から思っての言葉だ。固有技は習得がかなり難しく、龍人も未だに2つしか習得出来ていない。それこそ血の滲むような地道な努力を積み重ねる事で初めて自分の技として習得する事が出来るのだ。
そんな龍人の心情を何となくではあるが察した火乃花は、照れ隠しを含めて話を遼に振る。
「遼君はどうなの?ずっと武器屋に通ってるって聞いたけど。」
「えっ。俺?」
「そうよ。出来る様になった事があるなら、教えておいて貰わないと。これでも一応私達はチームなんだし。」
「…確かに。えっと…双銃の刻印解放ってのが出来る様になったんだ。簡単に言うとレヴィアタンは属性【水】でルシファーが属性【光】を使えるんだ。まぁ…まだ扱い切れてないから、1回解放した後は最低でも1時間は刻印解放が出来なくなるんだけどね。」
「それ…便利な様で不便ね。決め所以外で使えないじゃない。」
「そうなんだよね…。でも、ここぞという時の攻撃のバリエーションは格段に増えたよ。」
「まぁ…確かにそれは強みね。そうなると刻印の謎は全部解けたのかしら?」
「それが…そうでもないんだ。レヴィアタンとルシファー…2つの魔具が持つ属性を使える様になっただけなんだ。まだ無反応の部分の刻印もあって、その刻印をどうやったら使える様になるのかは…まだ分からないんだよね。」
「そう…。龍人君の魔法も結構謎だけど、遼君の魔具もかなり謎よね。」
「はは。そうだね。」
「ちょいちょい!俺の魔法の何処が謎なんだし。」
謎呼ばわりされた龍人がすぐに食らいつく。
「だってそうじゃない。魔法陣展開魔法と魔法陣構築魔法が使えて、しかも謎の黒い靄を出すともっと強くなるし。」
「確かに。そう考えると龍人って底知れないよね。」
「あ…。」
ここで龍人は黒い靄の正体が自身の中にいる《破龍》の力によるもので、その名前を知った事で黒い靄が黒い稲妻に変化した事。そして、《破龍》の力を顕現させる固有技…龍人化【破龍】を習得した事を伝えていなかった事に気づく。
そんな龍人の反応に怪訝な反応を示すのは…もちろん火乃花だ。
「…もしかして龍人君、私達からあれこれ聞いておいて…自分の事を何も言ってないの?」
さぁ、火乃花が出す雰囲気は…一歩間違えれば焔による制裁を受けかねない状況である。久々にピンチに追い込まれた龍人。
「いや、そういう訳じゃないんだけど…。」
ここで1つ問題があった。それは…龍人が自分の本当の属性をラルフとヘヴィー以外に伝えていないという事実だ。属性【全】であると偽っている以上、龍人化【破龍】という固有技名を伝えるだけで、龍の名前が付く固有技について、更には内なる声の破龍という存在が何故居るのかとい話になってしまう。
それを説明するには、龍と召喚契約をしたとかの言い訳が必要になってくる。そもそも龍という稀少な魔獣と遭遇する事はかなり確率が低く、遭遇したからといって契約が出来る訳ではない。むしろ、99%の確率で不可能と言っても差し支えないだろう。つまり、龍と召喚契約したという嘘を吐いても、すぐに綻びが生じてしまうのだ。もう1つ言ってしまえば、召喚契約から固有技を使える様になったという流れもかなり無理がある。それだけ固有技とは一朝一夕でどうにかなるものでは無いのだ。
「じゃぁ…どういう訳よ。さっきの『あ…。』は何か忘れてたのを思い出した様にしか聞こえなかったけど。」
ここまで突っ込まれてしまっては話す訳にはいかないのだ。龍人はなんとか自身の属性について触れないように話をする決意をした。
「えっとだな、まぁ伝えて忘れてたって事になっちまうんだけど、前にギルドクエストで禁区に行った時に上位魔獣と遭遇してさ…あやうく殺される所だったんよ。でだな、その時に気付いたら黒い靄が稲妻に変化しててさ。前よりもパワーアップしたっていうかなんて言うか。」
「…それ、隠すほどの事?」
「いや、隠してたんじゃなくて、普通に言い忘れてただけで。」
「なんか怪しいけど、まぁちゃんと話してくれたからいいわ。」
なんとか火乃花の怒りが爆発しなくて済んだ事に安堵した龍人は天井を見上げるのだった。
すると、今まで静かに龍人達の話を聞いていたレイラが口を開いた。
「あの…実は私も魔法の練習をしてたんだ。」
「あら。どういう練習をしてたの?」
龍人に対する話し方とは打って変わり、怒りの雰囲気など全く感じさせない口調で火乃花が応じる。
「あのね、ニーナさんに色々相談してて…私の属性って極属性【癒】でしょ?それでね、今まで防御系の無詠唱魔法を基本とする魔法でしか皆の事をサポート出来てなかったのに気付いたの。」
「…それは確かにそうかも知れないわね。」
「うん。それでね、皆が傷ついた時に回復をするのは勿論なんだけど、その他にも何か出来ないかニーナさんと考えたの。それでね、私が居なくても回復が出来る方法を思い付いたんだ。」
レイラがサラッと言った言葉に、龍人、火乃花、遼の3人は目を丸くする。それもその筈…本人が居ないのに、その人の傷を治すというのは誰も聞いた事がなかったからだ。
皆の驚きを含んだ反応にレイラは恥ずかしそうにしながらも説明を続ける。
「あのね、治癒系の魔力を誰かの周りに付与するんだ。そうすると、その人が怪我をしても、付与した魔力分を自動治癒出来るんだ。」
「それ…かなり凄いわよ。どうやってるのそれ?」
「え?普通に治癒属性の魔力を付与してるだけなんだけど…。」
「詳しく教えてもらえるかしら?」
火乃花とレイラが魔力について話し始める。
この話題は、遼がベルーグの元で教わった話と同系統のものだった。
人は生まれつき最大で3種類の魔力を持つ。其々の親からの継承属性が2つ。そして、本人が生まれながらにして持つ先天的属性だ。
そして、これらの属性を顕現させるために魔法街では対応属性の魔具を使用する。魔具を使用する大きな理由は、簡単にその属性を魔法として顕現させる事が出来るという利点が挙げられる。
だが、その利点を重視して魔具を使うという風習が、魔法街に住む者達に魔力に関する考え方を間違った方向に進ませていたのだ。
魔法街に住む殆どの人々は、無属性の魔力を魔具に流す→対応属性を持つ魔具がその魔力によって属性魔法の媒体として活性化→属性魔法の発動…という流れで属性魔法が発動されると認識している。
この認識がそもそもの前提として間違っているのだ。生まれつき持っている継承属性や先天的属性が覚醒しているのであれば、対応属性の魔力を流す事が出来るのだ。
つまり、有属性の魔力でも無属性の魔力でも属性魔法は発動出来る。有属性の魔力を属性魔法発動に使った方が魔力の節約になる位の違いではあるが、それが出来るのと出来ないのでは大きな差になってくる。
今まで遼がどれだけ双銃の刻印に魔力を流しても反応しなかったのは、無属性の魔力を流していて対応属性の魔力で無かったからだ。
この有属性魔力を操る事で、レイラが言った自動回復魔法が可能にはなっているのだが…。そもそもの前提として、治癒属性の魔力だけで治癒の効果が発生する事は無い。では、何故レイラは自動回復を可能にしたのか…という点が重要になってくるのだが…。
遼がそこまで考えを巡らせた所で、爆発音と共に強めの振動が機械塔を揺らした。
「…龍人、来たんじゃない?」
「あぁ。話は終わりにして、いつでも戦える様に準備でもしておくか。」
「うん。そだね。」
龍人と遼が外の様子を確認する為に立ち上がると、レイラが火乃花との話を打ち切って声を掛けた、
「あ、2人共…自動回復の【癒】属性魔力の付与をするね。相手が一杯攻めてきたら、離れ離れになって魔法をかけられなくなっちゃうかも知れないし。」
「お、頼むわ。」
「うん!」
レイラは龍人の返事にニッコリと笑うと、龍人、遼、火乃花に向けて魔力を伸ばす。
【癒】属性魔力に包まれると、ほんわかと温かい感覚が龍人の全身を包んだ。
(これ…マジで凄いかも。やっぱしレイラってすげぇな。)
自分の体を見回しながら感心している3人を見て、レイラは微笑む。
「これである程度の傷だったら自動で回復出来ると思うよ。さっきも言ったけど、魔力が切れたら回復は出来なくなっちゃうから…、アテにして戦わないようにしてね。」
「おう。サンキューレイラ。」
「レイラ、ありがと。」
「中々に凄いじゃない。思った以上だわ。ありがとね。」
3人から感謝の言葉を言われ、レイラは恥ずかしそうに俯くのだった。
「ん?あそこ…おかしくない?」
視界の端に映った異変に遼が反応する。皆がその方向を見ると、機械塔治安部隊の面々がオモチャのように吹き飛んでいた。
これは比喩表現ではない。本当に吹き飛んでいるのだ。吹き飛んだ治安部隊の面々は地面に落下し、転がり、苦しそうに呻いている。
「…相手の主力が来たのかしらね。」
目付きが鋭くなった火乃花が外を警戒するように眺めると、上からガラスが割れる音が響く。
「…ちっ。」
龍人は軽く舌打ちをすると、上方に物理壁を展開して降り注ぐガラスを防いだ。
何者かが侵入したのだろうと判断した龍人は、続け様に攻撃魔法を放とうとして上を確認し、動きを止める。
「…いない?」
次の瞬間同時に複数の事態が龍人達を襲う。
まず、機械塔が再び激しく揺さぶられ…続けてロビーの中央に1人の人物が降り立つ。そして、龍人の耳元に甘い声が囁かれた。
「あらぁ。いい男…いるじゃない。ふふ。私の虜にしてあげるわぁ。」
そして、再びの強烈な振動が機械塔を襲い…腕輪型通信機器からニーナの悲痛な叫びが響く。
「皆さん!至急上階へお願いします!闇社会の主犯格と思われる人物が25階から侵入!上へ進み始めてます!」
龍人はニーナの叫び声を耳に聞きながら、後ろから体に回された手を振りほどきつつ…距離を取る。
そこには…何とも奇妙な格好をした女性が佇んでいた。




