13-4-2.暴動
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タタタタタンッ!タタタタタンッ!
アパラタスの街に銃声が響き渡る。響く音はそれだけではない。他にも金属を叩く音、爆発音からコンクリートが砕かれる音が響き渡る。勿論、物が出す音だけでなく…人々が叫ぶ声や泣き喚く声、罵声や怒号がアパラタスの全地区に溢れかえっていた。
東西南北の各地区で同時に起きた暴動は、デモとかそういうレベルを越えた…文字通り暴動であった。負傷者多数。死者数不明。
治安部隊が暴動を止めるべく迎撃に当たっているが、暴動隊の死すら厭わないような突撃に押され気味なのが現状だ。普通に考えればアパラタス全域が暴動隊に占拠されてもおかしく無いレベルの士気の差。
それでも治安部隊が突破されないのには、大きな理由があった。
それが、北地区に出動したラウド、南地区に出動したスピルの2人だ。4機肢という機械街最高戦力の2人がいる事で士気がギリギリのラインで保たれ、治安部隊は押し切られるのを何とか防いでいた。
但しと言ってはなんだが、暴動側の戦力はかなりのもの…ざっと治安部隊の1.5倍の人員…であり、最高戦力とは言え…たった2人の4機肢で戦況をひっくり返す事が出来る訳でもなく、どちらの陣営にとっても消耗戦が続いているというのが現在の戦況だ。
とあるビルの屋上。そこに機械街では奇異の目を向けられるであろう服装をした人物が腕を組んで立っていた。
上は朱色の服で金色のボタン。襟が立っていて裾が長く膝上まであり、腰を細いベルトで締めている。ズボンはゆとりを持ったサイズの紺色のものだ。ひと言で表すなら中華服。
肩甲骨辺りまである髪は1本の三つ編みで纏められていた。目元もぱっちりしており、一見すると女に見えなくもないが…、その体つきは男そのもの。
その男は眼下で繰り広げられている暴動隊と治安部隊の攻防を楽しむように眺めていた。
「中々にヒートアップしているアルね。ミーも参加したいアルけど…ここは我慢アルね。」
先頭に参加したくて体がウズウズしているのか、組んでいる腕の下で指がトントンと動いている。
そんな中華服の男に後ろから声が掛けられる。
「あらぁ?そんな所で下を眺めて楽しいのかしら?もしかして…暴動を見てウズウズしちゃっのかしら。ふふふ…私とウズウズ解消する?」
暴動が下で起きているこの場に相応しくないエロい声に、中華服の男はピクリと眉を動かす。後ろを見ると、これまた機械街で歩いていたら周りの目を引く格好の女性が腰に手を当てて立っていた。
服の色は上から下まで黒一色。頭に被る帽子には横に広がる尖った耳のようなモノが付き、身に纏うのは肩と胸元が大胆に露出したドレスだ。深い谷間が自然と存在を魅力的に強調している。背中には羽の様なオブジェも付いていて、小悪魔の様である。腰の辺りはキュッと窄まり、そこからふわっと広がるスカートは薄く透ける素材で出来ており、男心をくすぐる足のシルエットが見える様になっていた。
ゴスロリ…と言うには一歩及ばない服装。小悪魔コスプレの方がやや近いか。
「フェラム…こんな所で誘っても無駄アルよ?」
「あらぁ?それなら…私と肌が密着する様な密室なら良いのかしら?あなた良い体してるから…私楽しみだわぁ。チャンの体を隅々まで堪能しようかしら。」
「それでも駄目アル!そもそも、そんな事をする為に来たんじゃないアルよ。」
「ふふっ。分かってるわよぉ。照れちゃって可愛いんだからっ。」
現在進行形で起きている暴動に全く興味が無いのか、フェラムはチャンの体に熱い視線を送り続けている。
体を舐め回す様に見られていると流石に居心地が悪いのか、チャンはフェラムからフイット顔を背けると再び眼下の暴動に視線を向ける。
すると、ピロリンという音がそれぞれ2人の元から発せられる。フェラムは胸元から、チャンは上着の内ポケットから携帯を取り出すと、画面を確認して目を見合わせた。
「フェラム、ふざけるのは終わりみたいアルよ。」
「そうね。ふふ…私好みの子がいるといいんだけどねぇ。イイ子が居たら…無無理矢理食べちゃうのもいいわね。ふふっ。体が疼くわぁ。」
両手を頬に当てて恍惚な表情をするフェラムは、もう少し放っておいたら涎を垂らしながら…1人で行為に及びそうな雰囲気であった。
「フェラム…行くアルよ。来ないなら置いてくアルよ。それで怒られても知らないアルよ?」
「あぁん…私の至福の時間を邪魔するのねぇん。…まぁ、あの人に怒られるのは嫌だし今は我慢するわん。」
頬に片手を当てたまま残念そうに溜息を吐くフェラム。本当に残念そうなのが救いようが無い。内股を何故かモジモジさせている辺りも…チャンには誘っているようにしか見えなかった。だが、ここで無駄な時間を使う訳にいかないのだ。
チャンは携帯を仕舞うと、暴動に背を向けてビルの屋内に向けて歩き出し、フェラムは一切応じようとしないチャンの背中を拗ねた目で見る。
「本当につれない男ねん。」
そう言ってまた溜息を吐くとフェラムもチャンの後を追いかけて歩き始めた。
そんなフェラムの思いを一切気にしないようにしているチャンは、既に思考をこれから始まるであろう事態に切り替えていた。
(これから楽しくなるアル。…油断は出来ないけど、まずは全力でこの状況を満喫させてもらうアルよ。)
ビルの下では爆発が起き、幾人かの人が苦痛に顔を歪めて地面を転がっている。暴動によって翻弄される者達、そして…その暴動を煽る者達。2つの立場に分かれた者達は、その役目を全うすべく動き出した。
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時間は暴動が発生した直後に遡る。
東地区の裏路地で今日の戦利品…孤児院の子ども達に届ける食料…をリュックサックに詰めなおしていたビストは、突然表通りの方から聞こえてきた爆発音にビクッと体を震わせる。
「今の…なんですかな。」
アパラタスは決して治安が良い都市では無い。しかし、一般人が利用する表通りの治安は非常に良いのが特徴だ。機械塔に所属する治安部隊が其処彼処で警備をしていて、簡単に犯罪を犯すこ事が難しいのだ。それ故に、犯罪は裏通りを中心に発生する事が多い。子供には裏通りに行ったら知らないおじさんに連れて行かれる…と、子供には教え込む程だ。
そんな訳で表通りだけに限定すれば、治安が非常に良い筈なのだが…今聞こえてきた爆発音、そして続け様に聞こえる銃声は異常事態である事を判断するには十分であった。
ビストは裏取引で手に入れた食料を手早く詰めて背負うと、警戒しつつ表通りに向けて走り出した。
そして…表通りに出るなり見えてきた光景に唖然とする。
「なんですかな…これ。」
そこは、見知ったいつものアパラタスでは無かった。左側には一般人の格好をした人々が銃を持ち、右側の治安部隊に向けて発砲している。対する治安部隊も暴動隊の容赦無い攻撃を必死に耐えている状況だ。
武器を持たない一般人は物陰に震えながら身を潜め、道端にはぐったりと倒れた人を抱きかかえて泣き叫ぶ人もいる。
最早意味が分からなかった。何故この状況が引き起こされたのか。何故罪も無い一般人が巻き込まれているのか。何故…何故。
様々な疑問がビストの頭の中を駆け巡るが、考えど考えど…答えが出るわけも無かった。
暴動隊から発射された銃弾が流れ弾となり、子供を抱き抱える母親の脇腹に突き刺さる。血を撒き散らしながら倒れこむ母親に泣きながら縋る子供。母親は激痛に顔を歪めながらも、愛する我が子だけは守ろうと…子を抱き抱える腕の力を緩めようとはしない。
治安部隊が暴動隊に向けて投げた手榴弾により、暴動隊の数十人が吹き飛んでいく。爆発地点の近くにいる人達は、手や足の向きがあらぬ方向を向き、体の至る所に裂傷を負い…それでも戦う意思の炎を消そうとはしない。動けなくなった者は動ける者に武器を渡し、肉壁となって治安部隊の凶弾を防ぎ…儚くも命を散らしていく。
目の前で繰り広げられる惨劇の数々を見る内に、ビストが握り締める拳からは血が滴っていた。
(こんなの…こんなのオカシイんですな。これじゃぁ…あの部隊とやってる事が変わらないんですな。これじゃぁ、僕が抜けた意味が無いんですな。これじゃぁ…皆が無駄に死んでいくだけなんですな。)
何としても戦闘を止めなくては…と、ビストが動き出そうとした時だった。裏路地から1人の少年が現れ、ビストの足に抱きついた。
「…え………君は!?なんでここに居るんですかな!?他の皆はどうしたの!?」
その少年はビストがリーリー孤児院に行くと、いつも遊んで欲しそうにしながらも、他の子供達がビストに群がるのを少し離れた所で見ていた少年だった。絵本が大好きで、いつも片手に絵本を抱いている姿を良く覚えている。ビストは何度かその少年と話をした事があったが、本当に心優しい少年だという印象が強い。
いつか自分の様に貧しい子供達が、いつ見ても笑顔になれる絵本を作りたい…と、恥ずかしそうに俯きながら話す少年だった。同じように貧しい少年時代を過ごしたビストは、自分が子供の時には全く思いつかなかったことを話す少年を見て、絶対に幸せになって欲しいと思ったのを覚えている。
「ビスト兄ちゃん…。リーリー孤児院が…みんなが…。」
か細く小さな声だったが、ビストにはそれだけで少年の気持ちが伝わった。
「分かった!僕がリーリーと皆を助けるんですな!だから…ここで待ってるんですな!」
そう言って少年の体を抱き起こしたビストは、手に伝わった感触に顔を青ざめさせる。それは…生温かく、ヌメッとしていた。それは…少年の腹部を中心に広がっていた。
「そんな…ちょっと待って!今……確か応急セットが…!」
尋常ではない出血量に焦ったビストは慌ててリュックを下ろそうとする。…だが、少年はビストの腕に手を乗せると小さく微笑んだ。
「ビスト兄ちゃん…僕ね…多分もう…だめ…なの。僕ね…みんなのこと…だい…すき。絵本…つくりたかった……な…ぁ。」
「え…あ…ちょっと…しっかりするんですな!まだ、まだ大丈夫なんですな!元気になれるんですな!怪我…治る…治すよ!目を…目を開けるんですな!」
必死に抱き抱えるビストの顔を見て、少年はニッコリと笑う。そして…ビストの腕に乗せられていた手がゆっくり…ゆっくり下に落ちていった。
「え…あ…。」
まだ暖かいが、決して動く事の無い少年の体を抱き締めるビストの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。雫は少年の頬に落ち、首元へ伝っていく。少年がその雫を拭う事は…無い。
1つの命が失われた。だが、それでも暴動隊と治安部隊の戦闘が終わる事は無い。恐らく、いや…きっとこれからも沢山の命が失われていくのだろう。だが、それでも戦闘が止まる事は無い。
(絶対にこの暴動…止めてみせるんですな。まずは…孤児院の皆を助けるんですな!)
皆を助ける。心にそう固く強く誓ったビストは、力を失った少年の体を近くの店に入ってソファーに横たえる。
「止めるんですな。僕は…僕が皆を助けるんですな!」
入り口で振り向いて少年を見つめると、ギリっと歯を噛み締めて店を出る。外はまだ戦闘が続いていた。むしろ…先程よりも激化していると言っても過言では無いだろう。
この暴動を一刻も早く止めたいが、まずはリーリー孤児院の危機を救うのが先決である。少年が命を失ってまでビストに伝えてくれたのだ。彼の想いを無駄にする訳には行かない。
(最短ルートでスラム地区に向かうんですな!)
ビストは周りを見回すと、高層ビル群の裏路地に向けて走り出した。
自身が向かう先に、彼をどん底に叩き落す罠が張り巡らされているとは知らずに。




