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Colony  作者: Scherz
第五章 機械街 立ち向かう者
727/994

13-3-11.蔓延



 カツ。

 カツカツ。

 カツカツカツ。


 規則正しい足音が裏路地に響く。足音を奏でるのは1人の男性。鍛え抜かれた肉体はムキムキと表するのが適当で、その肉体はビシッと着こなしたスーツ越しにでも分かるレベルで筋肉が盛り上がっていた。それだけの体躯を誇る上に、

 彼が歩くのは魔法街中央区のとある場所。人混みが常の中央区で人気が無いこの場所は、それだけ人気の無いエリアという事になる。彼の行き着く先には…小さな商店があった。

 男はポケットから鍵束を取り出すと、1つの鍵を摘み…店のドアを解錠する。

 ガチャリ…と、ドアを開けて中に入ると、一般的な店と同じ内装が目に飛び込んでくる。とは言え、電気が点いていないので薄暗く、何処に何が置いてあるのかをすぐに判別するのは難しくなっていた。

 だが、男は迷う事なく店内のとある場所に向けて進んでいった。ドアを開け、薄暗い通路を進んでいく。突き当たりのドアを開けると…其処には大量のクリスタルが陳列されていた。


「どうですか?含有率の調整は上手くいってますか?」


 ムキムキで鍛え上げられた肉体を誇る彼であるが、言葉遣いは丁寧だ。男勝りな話し方をしそうな外見からは、中々想像し難い話し方である。彼の問いに答えるのは白衣を着た男性。


「はい。含有率を現状で最高の50%で実験を行うと、初めて使った者は拒否反応を示します。ただ5%などの低含有率だと、依存を引き起こすまでの使用回数が10回を越えてしまいますね。出来れば3回程度の使用で無意識に依存状態になるようにしたいのですが…、この調整がかなり難航しています。」

「そうですか。すいませんが、出来れば早い段階で調整を終わらせて頂きたいんです。急かすようで本当にすいません。」

「いえ…。個人の反応を見て、含有率が異なるクリスタルを渡せば…80%程度の確率で無意識のまま依存状態に出来るので、流通方法を変える事が出来れば少しずつ依存者を増やせるかと思うのですが。」


 ムキムキ男は顎に手を当てると顰めっ面をし…ゆっくり首を横に振った。


「すいません。駄目ですね。その様な広め方をするのは元々の計画を崩してしまいます。飽くまでも狙いは撹乱です。依存者を増やす事では無いんです。折角提案して頂いたのに、本当にすいません。ただ、私の今の考えでは…使用者の30%程度が違和感を感じる様に調整出来れば、そこか、思惑通りに事が進むはずなんです。」

「ははぁ。なるほどですね。そういう事ですか。けれど、その30%は明らかな違和感ではなくて、僅かに首をかしげる程度の違和感ですよね。」

「えぇ。そうなりますね。1週間後には動き始めたいです。」

「1週間後…。分かりました。何とか間に合わせますね。」

「はい。本当にすいません。かなり無理なお願いをしているのは承知しております。けれど、これも私達の目的には欠かせない事なんです。よろしくお願いします。」

「はい。それでは、さっそく取り掛かりますね。」


 そう言うと、白衣の男は幾つかのクリスタルを取り出すと近くの実験機器に向かっていく。

 ムキムキ男はその実験を見る事はせずに部屋を後にする。そのままゆっくりと歩いて店の外まで移動した。外に出ると春の爽やかな空気が頬を撫でる。

 深呼吸で気持ち良く空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出していく。


(さて…この平和ボケした魔法街は、私達による混乱でどんな表情を見せてくれますかね。素敵な結果を心待ちにしてますよ…。)


 口元をニィッと歪めたムキムキ男は、中央区の雑踏に姿を紛れさせていく。


 トン


 …と、殆ど聞こえない足音を立て姿を現したのは、長い銀髪をサラサラと揺らし、漆黒の瞳でムキムキ男が姿を消した方向を見る長身の男だ。彼の名はセフ…セフ=スロイと言う。龍人と遼が住んでいた森林街を壊滅させた張本人とも言える人物だ。

 セフは後ろを振り返り、ムキムキ男が出てきた店を眺め…小さく鼻を鳴らす。


「ふん…下らん。…目的が見えないな。あれを蔓延させた先に起きる事態ですらカモフラージュの可能性がある。…あの男が考えてる事は、悔しいが俺の想像を遥かに超える。…だが、俺も俺の目的を達成する為に動かせてもらう。」


 セフが商店に背を向け、ムキムキ男が去ったのとは逆方向に歩き出すと、後ろから1人の人物が姿を現わす。


「セフ様。今後の動きはどの様に?」


 全身黒の服を着るスレンダーなその女性は、夜会巻きにした金髪だけが唯一色彩を放っていた。むしろ、黒一色の中の金だからこそ目立ってもいるのだろう。


「…ユウコ。髪を隠せ。流石に目立ちすぎる。」

「はっ。申し訳ありません。」


 ユウコが返事をするのと同時に、足元の影が蠢き…髪に纏わり付く様に動き、次の瞬間に金髪は真っ黒な髪へ変化していた。

 髪の色が変わったのを確認したセフは、ゆっくり歩きながらユウコの問いかけに対する答えを口にする。


「今後の動きは…1度潜伏する。天地としての本当の目的が今の段階では見えないからな。」

「…ですが、潜伏してしまっては任務の遂行に支障が出るのでは。」

「ふん。各区の魔法協会に勤める主要人物数人の暗殺など…俺が動かなくても、お前の能力で簡単に成し遂げられるだろう?」

「…それは勿論です。」

「ならば…期待しているぞ。俺は目的を成し遂げるために動く。」

「…はっ!」


 セフに期待され、任務を任された事に感激したユウコは、その喜びを噛み締めながら返事を返していた。嬉しさに震える腕を諌める様に拳を握り、必ずセフの期待に応えると胸の内に固く誓う。


 セフとユウコが歩き去った店の前にまた1人の人物が姿を現わす。亜麻色のロングヘアーを揺らすその女性が纏うのは、白を基調とした布地に、縁が金の刺繍で彩られている服だ。その服は見る人が見ればシャイン魔法学院の制服だとすぐに気付くだろう。

 その女性が腕を組むと、質量感のある胸が強調される。ラルフ辺りが近くにいれば、確実にセクハラをしてくるのだろうが…幸運な事に近くに居る様子は見られなかった。


「あの2人が天地のメンバーですわね。何を企んでいるのか知りませんが、私が阻止して見せますわ。」


 彼女の名前はマーガレット=レルハ。第6魔導師団に所属する魔導師だ。シャイン魔法学院2年生の彼女は、龍人達と同時期に魔導師団に選任されている。そして、龍人達の第8魔導師団が任務で行くのとほぼ同時に魔法街での任務を与えられていた。


(天地メンバーが魔法街に何かしらの工作をするのを防ぐって任務…最初はそんなつまらない任務だなんて思っていましたが…あの2人、かなりの実力者である事に間違いないですわ。)


 最初は得体の知れない天地という組織が本当に魔法街に人を送ってくるのかという、根本的な所から疑問だったマーガレットは、任務を言い渡された時に猛反発をした。第8魔導師団の様に他の星に行って活躍したいと、シャイン魔法学院学院長のシャイン=セラフに猛抗議をしたのだ。

 勿論、龍人と同じ場所に行って任務をしたいという下心があったのは否めないが…。

 こんな感じで、最初は全く乗り気では無かったマーガレットだが、任務の一環で中央区を監視している時に…偶然セフとユウコを見かけたのだ。明らかに異様な存在で、目立つ筈の2人であるのにも関わらず、周囲の人は誰も彼らに注意を払う事が無かった。恐らく、魔法で気配を可能な限り消しているのだろうが…それが仇となり、マーガレットの目に留まったのだ。


(あの2人が何をしようとしているのか分かりませんが、それを阻止して…更に捕まえれば龍人が私を褒めてくれるに間違いないのですわ!私は龍人の心をがっちり掴むために…この任務、完璧にやり遂げてみせますの!)


 恋に燃える乙女は真っ直ぐ突っ走るのであった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 魔法街から遠く離れたとある星。そこにとある人物が右手にアイスを持ち、チビチビと齧っていた。

 彼が座るデスクにはPCが置かれ、画面上には次々とメールが届く様子が映し出されていた。その1つ1つを開封し、中の文章を確認しながら彼はアイスを舐める口元を笑みの形に歪める。


「ははっ☆面白いね。面白いねぇ!この俺の予想とは少し違う流れになっている所もあるけど、それでもまだまだ俺のレールの上を走っているに過ぎないんだね☆セフも俺の目を誤魔化すつもりらしいけど…まだまだだねぇ☆俺はそんな簡単に騙されないんだよねっ。」


 その男はヘラヘラと笑い、次の瞬間には半分以上残っていたアイスを一気に口に放り込み、獰猛な笑みへ表情を変えた。


「それにしても、里の因子を持つ奴らが全然見つからないのは…気に喰わないね。今…候補に挙がっている魔法街の高嶺龍人も、里の因子を持つ者として本当に覚醒しているとは言い難い。…俺の計画は確かに計画通りに進んでいるけど、里の因子を持つ者達に関しては完全に遅れが出てる。」


 アイスが無くなった棒を指で上に跳ね上げると、棒は空中で弾け飛ぶ様に木っ端微塵になる。


「いくら優秀な部下といっても、成果を出せないなら…それ相応の罰は受けてもらわないとね。ふふ…ふふふふ。」


 男の低く陰湿な笑い声が部屋に木霊する。部屋に居るのは彼1人。だからこそ、彼が出す獰猛な雰囲気が顕著に部屋の中を支配していた。

 ついさっきまでヘラヘラ笑っていたり、次の瞬間には獰猛な笑みを浮かべたり。短い間に2つの表情を1人だけの空間で見せる姿は…明らかに異常と言えた。

 彼がこの様になった理由は何なのか。彼が率いる天地という組織に所属する者で、その真相を知る者は…居るのだろうか。

 ただ、1つだけ言える事がある。二重人格とまではいかないにしろ、明らかに違う2つのキャラを有するという事は、彼が何かしらの意図を持って使い分けているという事だ。

 そんな異常な二面性を持つ彼は天地の最大決定機関であり、彼こそが天地そのものであった。そうであるが故に、もし彼が狂えば…天地という組織そのものが狂ってしまう事を意味する。

 例え…天地に所属する者たちが彼を止めようとしたとしても、彼を止める事が出来るのかは謎である。それ程の実力者。それ程のカリスマ性。

 天地という世界を跨いで暗躍する組織をまとめ上げ、1つの目的に向かって行く男。


 彼の名を…ヘヴン=シュタイナーと言う。

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